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「ふぅん……あなた達、『ドロシー』って言うんだ? やっぱり、ライマン・フランク・ボームの『オズの魔法使い』から取ったの?」


 魔法少女が空中に腰掛けて足を組み、髪の毛を指先で弄びながら、興味深そうに俺と花乃を見る。

 俺たちが所属する組織の事まで知ってるのか。俺は表情に出さない様に気を付けつつも驚愕する。展開から一瞬で発動する奴の魔法に注意を払いつつ、俺も口を開く。


「名前を付けたのは俺たちではないから解らんが、多分そうなんじゃねえかな。それより、あんたに意識がはっきりとある事にも驚いたが、俺たちの組織の事まで知ってるんだな」


「うん。『おともだち』が教えてくれるの! 私が望みのままに動く事を邪魔してくる、悪い奴らだ、って」


 さも愉しそうに、年相応の少女らしい笑みが、花咲くように彼女の顔に広がる。同じ言語を話しているはずなのだが、何処かズレが生まれている様な違和感を抱えつつ、俺は口の端で微笑を作る。


「これでも世間的には正義の味方で通ってるんだけどね、辛うじて。俺もその『おともだち』って奴と話してみたいな」


「それは無理。『おともだち』はいつでも私たちの頭の中で話してくれて、なんだかすぐ近くにいる感じがするけど、あなた達なんかと話すことは無いってさ!」


 右手で右眼の下瞼を引き下げ、舌を出す魔法少女。無邪気なように映るしそう思わせる仕草を繰り返してはいるが、俺たちに対する敵意は確りとしたものらしい。

 彼女の言う『おともだち』とやらが気になった。魔法少女病が生じさせる幻聴の類か、と一瞬考えたが、だとすると俺たちの事を知っている事に説明がつかない。


「あんたも、その『おともだち』を見たことは無いんだな。そんな怪しい奴の言うこと、簡単に信じて良いのか?」


「……怪しくなんか、ない。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも弟も先生も友達も、誰も私を見てくれなかった。だけど『おともだち』は違ったの。私にだけ寄り添ってくれて、望みを叶える為の素敵な力をくれたんだから」


 ……おい、待て。

 その言い草だと、本当に居るのか。妄想・幻聴の類ではなく、実在するとでも言うのか。

 魔法少女病を、振り撒く存在が。罪無き少女たちの後ろ暗い感情を利用し、殺戮災害に変貌させている糞野郎が。


 額から冷や汗が流れる。横目で隣の花乃を見やると、俺と同じく驚愕と戦慄が表情に浮かんでいる。銃把を握る右の指先が、力がこもり過ぎて白くなっている。

 俺たちの戦慄などどこ吹く風という様に、少女は両手を広げて陶然とした表情を浮かべた。


「私は『華』が欲しかった。物語の主人公みたいに、誰もが私を見ずにはいられない。他人の心臓を掴んで離さない。そんな素敵な『華』が」


 しかし突如として、彼女の顔から『表情』と言うものが抜け落ちる。胡乱な瞳は虚空に向けられ、どこも見つめてはいない。


「……あれ? 家族って、誰だっけ? 先生って……友達って誰だっけ? 池田君はどこに行ったんだろう? すごく憎らしい、タナカアイって、誰? 私は、ダレ?」


 意味不明な言葉を並べた後、少女の顔がガクンと落ちる。俯いたまま、顔だけをゆっくりと俺たちに向ける。そして、震える指を俺たち——いや、花乃に指し向けた。


「あなたは、いいよね。化粧なんてしてないのに、アイドルみたいに可愛い顔。細身で小柄で、だけど媚びていないのに、男の子はきっとあなたを守りたくなる。隣に、歳上のカッコいいおにいさんまではべらせて、アニメのヒロインみたい」


 吐き出されたのは、憎しみの言葉だった。字面だけなら褒め千切っている様にも思えるが、無機質で冷たい響きがそれを否定している。粘着質で冷たく燃え上がる嫉妬が、俺たちの肌を刺す様に圧力を伴って響き渡る。


「あなたは、『華』があるんだね。私なんかよりもずっと。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと」


 感情というものがどこまでも欠落した無表情から壊れた様に繰り返されるそれを聞いた時、俺は遅まきながら漸く理解した。

 これは彼女から『世界』に向けられた、呪詛だ。

 花乃も俺も、たまたま其処に居た世界の一角に過ぎない。彼女が憎み、壊してしまいたいと願っているのは世界そのものなのだ。


「私よりも『華』がある奴なんて、いらない。————死んじゃえ」


 魔法少女の顔に、感情の色が戻る。それは憎悪であり憤怒であり、嫉妬であった。

 彼女の背後に直径十メートル大の深緑色に発光した巨大魔法陣が、一瞬で展開される。神仏の類が絵画に描かれる際に背負う光輪の様だ。

 更に膨大な魔素が充満、周囲に吹き荒れる。




 しかし次の瞬間、銃声が響いた。

 魔法少女の頭部が爆ぜ、魔法陣と魔素が霧散する。

 魔法術式に依って電磁加速された弾丸が、レベル7級魔法術式発動の為の演算をしていた魔法少女の頭部を吹き飛ばした。


『トリガー1、トリガー2、遅くなった。生存者の救出は完了。参戦する』


 ヘッドセットから響いたのは、トリガー3——ウィルヘルムの冷静な声だった。

 生存者を救助し一度脱出した彼が、怪域内部に再度進入、狙撃術式で俺たちを救ったのだ。


「トリガー3、簡潔に状況を伝えます。対象魔法少女は明確な自我を持ち、トリガー2が随時会話による情報の聴取を画策していますが、此方への敵意が強すぎる為説得・懐柔は不可能、無力化を優先。行使するのは巨大植物を召喚し操る魔法、超高速演算と状況判断能力を持ち合わせています」


『——了解。適宜移動しつつ援護する』


 花乃が早口で捲し立てた内容を正確に聞き取ったウィルヘルムが、短く言って通信が終了する。彼にはしては珍しい程の動揺が一瞬垣間見えたが、それを即座に封殺したのがわかった。どこまでも冷徹で頼りになる。


「珠緒くん——」


 花乃と視線が交錯する。それだけで、こいつが言いたいことは理解出来た。無論俺も、同じ考えに至っている。


「ああ。聞き出せた事に頭の処理が追いついちゃいねえし、まだまだ聞きたい事は山程あるが……あれ程に明確な殺意と敵意を持ち合わせている奴に対してこのまま呑気に会話した所で、俺達は殺される。そして外の仲間が殺され、街の住民が死ぬ」


「はい」


 俺の言葉に花乃が深く頷いた。俺たちは魔法少女に向き直り、銃把を握りしめる。失われた頭部が再生し、先程までよりもはっきりとした怒りが宿った表情で俺達を睨む魔法少女と対峙する。


「使いましょう。レベル7を」

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