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「ちなみにですが。爆裂術式を撃ち込んだ時、あの子笑ってましたよ。魔素による肉体の再生を試したかったのかも知れません」


 握るリボルバーのラッチを押し、回転弾倉をリリース、排莢。戦闘用短外套の内ポケットから取り出した弾丸を再装填しつつ花乃が言う。

 俺は恒常術式を折れた肋骨に集中。痛みが多少和らぐ。脳内麻薬様物質β-エンドルフィンを分泌させても良いのだが、この程度の痛みであれば寧ろ冷静さを引き戻す契機になってくれるので、やめておく。


「情報が必要だ。悪い、それで一瞬判断が鈍った。あの子が魔法少女になる前の人格が戻っているとすれば、魔法少女病を打開するきっかけになるんじゃって思ったんだ」


 俺は花乃に対して、判断の遅延を詫びる。

 魔法少女病について人類側が知り得ているものは、実はかなり少ない。最重要事項とも言える発生原因は未だ不明であって、もしもそれをあの魔法少女との対話で解明できたとすれば、人類が魔法少女病を克服出来るやも知れない。

 何よりも、明確に『少女として』知性を発揮し出した相手を傷つける事を、俺は躊躇った。その結果として花乃が負傷——三倍返しぐらいの勢いでやり返してたけども。

 壁面に叩きつけられた時に内臓を損傷したのか、花乃が鮮血混じりの唾を吐き捨てる。その眉間には明確な不快感。怖い。


「まさか、珠緒くん。『出会い頭に、此方の脳天を正確に狙った術式を高速射出し』『レベル6相当の魔法術式を問答無用でぶっ放してくる』ような相手を、『対話相手』として認識してます? 自殺がご趣味ですか?」


 口元の血を拭いながら花乃が言った。普段のこいつからは考えられない程に、その言葉には俺に対する大量の棘が含有されている。俺の内心はしっかりと見透かされている様だ。ごめんて。


「本当に悪かった。お前と——花乃と同じような年頃の女の子を俺の手で傷つける事を、物凄く躊躇った。俺の判断ミスだ」


 内心、狡いし最悪だと自責しつつ、花乃が日頃向けてくれる好意を利用した殺し文句で詫びる。最低だ、俺は狡い大人になっちまった。この言い方をしてしまえば、もう花乃は俺を責めることが出来ないだろう。

 鋭かった眼光がだいぶ軟化した花乃を見つめつつ、俺は言葉を続ける。


「俺の感傷は無視してくれて良い。その上でもう一度言うが、情報は重要事項だ。何か引き出すことが出来たら、魔法少女病への対策が十年分進展するかもしれない。対症療法ではなく根本治療が可能になるかも。ただし、それに固執して戦闘が疎かになれば、何も得られないどころか俺たちは殺される」


「…………なら、どうします?」


隊長おまえの判断に従うよ」


 ほぼ思考誘導だ、こんなもの。非を詫びつつ好意を利用し、俺の思考を全て開示。その上で隊長としての判断を下させる。俺の思惑を、隊長命令として花乃の口から外部出力させている。ガキの頃成りたくないと願った、悪い大人のやり口だ。

 しかし、花乃が聡い子で助かった。俺の内心や葛藤、思惑など全て察知した上で、戯けた調子で俺を軽く睨む。そして、大きく溜め息を吐いた。


「はぁ……わかりました。引き続き、殺されない様に全力で殺しに掛かります。同時並行で脳と口をフル回転させ、タイミングを見て対話を図ってください。情報を引き出しましょう。お口が上手な、わるいおにーさんにお任せします」


「了解」


「ただし、無力化や懐柔の選択肢は算段から除外します。対象が私たちに向ける殺意は状況から明白、逆に少女というフォーマットを利用した心理攻撃も有り得ます。現状、最終的な最適解は殺害であると念頭に置いてくださいね。私の未来の旦那様、他の女に目移りしたらメッ、だゾ! って事です」


「死ね」


 花乃の調子が戻ってきた事を確認、最後の妄言は切り捨てておく。悪いが俺は生涯独身のつもりだ。


 前方の大穴から、硬質な物音が一定のリズムで響く。すかさず俺と花乃が視線を向ける。

 先程までと寸分違わぬ姿で、瓦礫の中から魔法少女がスキップしながら現れる。足下のミュールが床を叩いていた音だったらしい。


「できたっ! すごい、なんでも出来る! 御伽話の主人公みたい!」


 可愛らしく邪気一つ無い様な笑みを浮かべ、少女の体が宙に浮き、空中を跳ねていく。そして、漆黒のマニキュアに彩られた右人差し指をくるりと振るう。魔法陣が一瞬で展開。

 校舎が破砕され、崩落する大音声だいおんじょうが響き渡る。コンクリの学舎を食い破り、長大な荊の蔓が顕現。質量一千トンにも及び得る深緑の瀑布となって迫り来る。

 指先の小さな動きで発動するにしては大火力過ぎる。


「……ッッ!」


 俺は脳神経の悲鳴を歯を食い縛って噛み殺し、高速演算、発砲し術式を展開する。

 銃口の先の空間に全長六メートルに及ぶ魔法陣が展開。レベル6魔法術式【大愚連螺旋突】が発動。高さ五メートル、長さ十二メートルの黒光りする螺旋円錐が魔法陣から高速射出、巨大荊と真正面から激突し喰らいつく。

 全力のタングステンハイス鋼製、男の浪漫こと巨大ドリルを喰らえ。


 螺旋円錐が火花と共に高速回転を開始。後から後から殺到する蔓を次々に突き穿ち、旋回エネルギーで破砕。校舎ごと塵に変えていく。


「えいっ」


 空中の魔法少女が中指と人差し指を合わせ、パチンと鳴らす。

 それだけの動作で術式出力が増大、更に大きく硬い荊が俺のドリルに激突し、僅かながら金属の凶器が押され始める。


「上等だボケがぁ!」


 俺も更に演算を継続する。出力が増大し、螺旋円錐の回転スピードが更に加速。衝撃と超速回転で自壊しながらも、緑の波濤を食い千切る。


 互いの術式が終了し、粒子へと還っていく。


 燐光が視界を舞い散る中、魔法少女を見上げる。溢れ出る嗜虐心と残虐性で、無邪気な笑みが醜悪に歪んでいる。

 俺も、銃を握った右手の中指を突き立てる。


 ここからラウンド2だ。

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