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 どういうことだ。何が起きている。そんな疑問が頭の内側で渦を巻き、思考が一向に纏まらない。過去対峙してきた幾人もの魔法少女の中にも、自意識や知性を持つ個体など存在しなかった。

 こちらに質問出来る程の知性を持ち、意識や思考をはっきりと保っている彼女なら、或いは——。


「あ。わかった」


 乱雑に迷走する俺の思考を切り裂き、魔法少女の無邪気な囁きを強化された聴覚が拾う。まずい、考え事のせいで反応が一瞬遅れた。

 次の瞬間、肩に衝撃。俺の体が宙を舞う。花乃が、俺の事を思い切り突き飛ばしたのだ。


 やけにスローの視界の端、遠方に座り込んでいた魔法少女の姿が消失。地面が爆散する。一瞬の超高速移動で花乃の前に到達した魔法少女は、花乃の胸ぐらを左手で掴み、疾走の勢いそのままに校舎の壁面に叩きつけた

 轟音。そして臓器状となった建材表面が破砕、粘液質の血液が噴き出す。頭髪から全身を真っ赤に染め上げた花乃の表情が、苦悶で歪む。


 俺は片手で後頭部を守って地面に落下、勢いを逃す為に後転、即座に立ち上がる。味方が零距離で交戦している際に取れる択は少ない、俺はレベル1魔法術式【煉製】でチタン合金の刃を銃身下部に精製。

 恒常身体強化術式の出力を上げて地を蹴り、魔法少女に突撃。俺に背を向けている少女に一気に肉薄、大上段から一直線に斬り下ろす。


 硬質な音と共に、刃が止められる。俺を振り返ることもせずに、右手でチタン合金の刃を掴んでいる。

 精密かつ超高速の術式操作により、右手に強化を集中。まだ成長の途上にある少女の物にしか見えない細腕に剛力が込められると、刃が破砕された。


 少女が横目で俺を見る。唇は楽しそうに弧を描き、瞳には薄昏い嗜虐の炎が点っている。


「うん、身体強化で魔素を纏った肉体なら、魔法術式に直接干渉できるんだね」


 ————こいつ、俺たちを練習台に学習していやがる。それも、とんでもないスピードで。

 チタン合金の刃をブチ折った五指それぞれに、一瞬で魔法陣が展開。一つ一つがレベル5級。演算から展開までが速すぎる。

 死ぬ。


 俺が脳神経を灼き切る勢いで防御魔法を演算し始めた瞬間。


「いってえな」


 壁面に押さえつけられた状態のまま低く呟き、花乃の右脚が垂直に跳ね上がる。ほぼ零の交戦距離を、身体の柔軟性で解決。強化された踵が魔法少女の細い顎を真下から打ち抜き、骨・肉・頸椎を粉砕。

 超高速で引き戻された右脚が再び疾走。折りたたまれ、鈍器となった膝が自身を掴む魔法少女の右腕肘部に着弾。断ち折られた骨が肘窩の肉を食い破って、鮮血と共に露わになる。

 

 拘束が緩んだ瞬間、花乃の左手が魔法少女の胸元のフリルを掴み返し、自分の身体ごと旋回。位置を入れ替える。少女の食道に旋回ベクトルを全て載せた肘を打ち込んで破壊しつつ、大地を蹴り飛ばして壁面に激突。再びの轟音と衝撃、壁面が大きく陥没し、血飛沫が舞う。


 既に右手に握ったリボルバーを魔法少女の腹部に

押し付けていた花乃が、一切の情け容赦無く引き金を引く。レベル6魔法術式【六爆鏖砲】が零距離で発動する。

 ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンが炸裂、腹の底を震わせる轟音と共に爆風が牙を剥く。校舎壁面が遂に爆散し、衝撃波が建物内部を駆け回り破壊する。直撃を受けた魔法少女のか細い体躯が挽肉となって消失。


 いや……強過ぎるだろ。


 あまりの衝撃に後方に転がった花乃の小さな身体を、俺が慌てて両手で受け止める。彼女は威嚇する猫の様な息を吐きながら犬歯を食いしばり、前方の壁面に穿たれた大穴を睨んでいる。怖い。


 ハッ、と何かに気づいたような表情で俺から花乃が離れる。我に返ったらしい。戦闘用短外套の袖で、鮮血を浴びて真っ赤に染まった顔面を慌てた様子で乱雑に拭う。きめの細かい白い肌に、紅が良く映える。


「……見ないで。えっち」


「お前マジで凄いわ」


 俺の視線に気付き、いつもとは違い恥じらいながら放たれた花乃の戯言を無視しつつ、俺は素直に関心の言葉を吐き出した。

 意識を覚醒させた魔法少女との一瞬の数合で、俺は何度も死を意識した。恐ろしいスピードで学習し、魔素や魔法術式を極めて有機的に行使する存在が、ここまでの脅威となるとは想像もできなかった。

 しかし花乃は、それを真正面から打ち破って見せた。常から規格外だとは思っていたが、本物だ、こいつは。

 キレるとおっかないって事も分かったから、今後はもう少し下手に出よう。


 とは言え。これで、はいおしまい、とはならないだろう。発狂している魔法少女ですら肉体を何度も再生させる個体が存在しているのだ。思考し意識の下で魔法を行使出来る奴が、この程度で死んでくれる筈がない。

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