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 俺は高速で思考を巡らせる。

 現在、俺たちトリガー隊が扱うことの出来るレベル7魔法術式はウィルヘルムと花乃が二種ずつ、俺が三種の計七つ。レベルが上がれば上がる程に大規模破壊術式となっていくのが魔法の常であり、高校敷地内という怪域及び結界の狭さを計算に入れると二人の術式は小回りが効かず相性が悪い。電撃と爆炎、どちらも効果範囲が広く仲間を巻き込む可能性が高いからだ。チャンスタイミングに残る二人の防御術式が間に合うという保証もない。

 逆に術者が味方を避ける為の指向制御にリソースを割いてしまうと、本来の効果を発揮出来ず火力が足らない可能性が出てくる。


 となれば、撃つべきは俺だ。俺が持つ三種のレベル7魔法術式の内、一種類だけが周辺被害を然程——あくまでも二人の術式に比べれば、気にせずに放つ事が出来る。二人もその結論に辿り着いている事だろう。


 俺は左手でヘッドセットに触れ、通信を開始。


『トリガー1、トリガー3、俺がレベル7を撃つ。恐らく発動までに勘付かれて、奴の攻撃が俺に集中する。頼んだ』


『トリガー3了解。背中は任せてくれ』


「トリガー1、了解しました」


 ヘッドセットからウィルヘルムの頼もしい返答が届き、花乃が隣で応えた。


 俺たち『魔砲使い』は、体内に『人工魔素貯蔵臓器』を外科的手術に依って埋め込まれており、液体状に加工されアンプルに封入された魔素を経口摂取し、体内で保持している。

 体を伝ってMWA機関部に魔素を流し込み、演算回路の補助とともに演算し、引き金を引く事で術式が弾丸へと到達。弾丸内部の魔素と反応を起こし、魔法が発動する、というのが大まかな魔法発動の流れだ。

 発動する魔法のレベルが高くなる程、必要な魔素は増えていく。これまでの、発狂していた魔法少女すら、高位術式を発動しようとしている者を感知して優先的に狙ってきていたのだ、知性がある奴ならばその妨害は更に苛烈になる事だろう。


 俺はMWA-アイアンメイデンの銃把を、緊張でうっすらと汗ばむ両手で握り込む。魔素を流し、演算を開始。更に——、


「『そびえるは、くろがね——』」


 声紋と文章による認証——『詠唱』を始める。


 ただ魔素を流し演算しただけでは、レベル7魔法術式は発動しない。長い長い詠唱を一言一句違わず終えてようやく撃つ事ができる。MWAに搭載された安全機構が作動するからだ。

 俺たちに対して『ドロシー』は、『万が一、億が一の誤発動防止の為』と説明しているが、術式演算が必要である以上そんなの建前に過ぎないと魔砲使い全員が解っている。


 発動を止める隙を作る為、だ。

 もしも造反した魔砲使いが人間に対してレベル7魔法術式を使ってしまったら、数千〜数万規模の死人が出る。それ程までに強力強大なのがレベル7だ。

 基本的に魔砲使いはスリーマンセルで運用される為、詠唱というプロセスがあれば、悪意を以て発動を試みる術者を残る二人が殺す事ができる。

 今回は急な怪域出現という任務の都合上出撃前にキャンセルされたが、隊長の使用申請・総司令の使用許可、そして詠唱という三重の安全弁を設けなければならない程に、レベル7は危険なのだ。


「何してるんだお前ェェェェ!!


 俺の身体から漏れ出る魔素を、魔法少女が感知。広げた両手の先に魔法陣が展開、荊が捻れて鋭利な槍となり、数百本規模で高速射出。

 花乃が俺の前に躍り出て爆裂術式を発動、槍の雨を真正面から薙ぎ払って粉砕する。撃ち漏らした数本が花乃の頬を掠め、俺のこめかみを薄く切り裂く。

 更に、少女の後方からウィルヘルムが放ったプラズマ化した雷球が着弾、魔法少女の左腕が消失する。


「ッ……『其は一にして全、全にして一』——」


 頭蓋骨が軋み、脳神経が灼けるような痛みに歯を食いしばりながら、俺は詠唱と演算を続ける。空中の魔法少女の腕が即座に再生、ウィルヘルムに向けて総量数十トンはあろうかという荊の波濤が放たれる。校舎屋上が破壊、崩落する。


「邪魔なんだよ!! 死ね!!」


 魔法少女の指先一つ一つに魔法陣が展開。深緑の蔓で編み込むように形成された、全長二十メートル大の龍が放たれる。十頭の龍は体をくねらせながら空中を疾走、俺へと超高速で飛来する。


 花乃がレベル6魔法術式【六爆鏖砲】を三重発動、世界ごと吹き飛ばしてしまうかのような爆炎が乱れ舞う。植物の龍は紅蓮に飲み込まれ、爆風によって消し飛ばされる。

 しかし、一頭だけ取りこぼした。鰐に似た大顎を開いた龍が接近。花乃が身体強化を脚部に全力展開、俺の腕を抱いて後方に跳躍する。


 俺たちを狙い、地面を削りながら接近する龍の顎にプラズマ球が着弾。頭部が消失し、動きが止まる。一瞬遅れて、電気的刺激による身体強化術式を纏ったウィルヘルムが、俺たちの前に滑り込んでくる。先ほど被弾したのか、彼の右側頭部は紅に染まっていた。


「っ……『がれたれ——」


 俺を守るために立ち塞がる二人を前に、すかさず演算と詠唱を続ける。頭の中は悲鳴をあげていて、視界が暗くなる程に痛む。銃把を握る両手がぶるぶると震える。


「どいつもこいつも私から奪おうとするんだ!! お前たちなんていらない!!」


 悲鳴に近い絶叫と共に、魔法少女が両手を突き出す。

 一瞬だった。ウィルヘルムと花乃の頭上に直径五メートルの魔法陣が展開、極太の薔薇の蔓が瀑布となって二人に降り注いだ。

 二人とも瞬時に身体防護を全力展開し防御には成功したようだが、絶えず降り注ぐ深緑の滝に身動きを完全に封じられた。両手で頭を守り、その場から動けない。


「珠緒————」

「珠緒くん————」


 二人の声を聞いた瞬間、俺の左肩に熱。そして激痛。肉が貫かれ、筋繊維が食い破られる感覚。

 空中を疾った魔法少女が俺に急速接近、右腕を植物の槍に変成させて、俺の左肩を貫いたのだ。二人の声で反射的に避けていなければ、心臓を貫かれていた。


「ぐっ……『万象は黒く染むる——』」


 俺は詠唱と演算を続ける。頭の内外、そして左肩の痛みが混ざり合い、もはやどこが痛いのかすらも分からない。食い縛った歯が砕けそうだ。


 魔法少女の顔に、サディスティックな笑みが浮かぶ。人一人の命を手掌で転がす、後ろ暗い悦びが溢れている。右手の樹槍を捻る様に動かして、俺の傷口を抉り広げる。頬に生暖かい血液が跳ねて、思わず口から絶叫が飛び出しかけた。


 血液を撒き散らして勢いよく左肩から引き抜かれた槍が、次は俺の左足に刺さる。太腿を貫かれ尻餅を突き、そのまま地面に縫い止められた。

 痛すぎて声にならない。視界が明滅する。意識が飛びそうだ。


「バイバイ、カッコいいおにーさん」


 まるで恋人との別れを惜しむかのように、魔法少女が俺を見下ろし、左手で俺の頬に触れる。そして唇が残忍な弧を描き、右腕を俺の太腿から引き抜いた。鮮血が舞い、焼ける痛みに気を失いかける。

 次こそは心臓を貫くつもりだ。


 もういっそ、殺してくれと願いそうになる程の激痛。


 だが、もう遅い。


 俺は魔法少女による再度の刺突よりも早く、動かなくなってしまった左腕を捨て置き、右腕だけで魔銃を彼女に向けた。


「『見やれ』」


 演算と詠唱は終わった。


 引き金を引く。

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