案の定と言うか想像通りというか、むしろ想像を超える程に怪域内部は地獄の様相を呈していた。


 赤銅に紫を混ぜて碌に攪拌していない様な、グロテスクな色彩の空が広がっている。首の無い、学生服姿の男女の遺体が無数に集まり、捩れて絡み合いながら円を形成、歪んだ色彩の空に太陽の如く浮かんでいる。

 俺たちの身体を舐め回す様に纏わりつく風は、鉄臭さを孕んでいる。風音は人間の悲鳴で構成されていて、絶えず耳朶を叩くので、聴覚保護と嗅覚保護を強化しておく。


 校庭を取り囲むように聳えるコの字型の三階建て校舎は、建材表面が臓器に変質している。暗い紅色に薄らと血管が走っており、時折り生きているかのように脈打っている。

 花壇には花の代わりに、肩口から切断されたと思しき人間の左腕が等間隔で植えられている。爪が剥がれた五指は、同様に切断されたであろう絶命した人間の頭部を掴んでいた。表情は苦悶で歪んでおり、瞳が抉り取られているものや、耳や鼻が削がれているものなど様々だ。


 校庭中央に、高さ六メートル程の先端が鋭利に尖ったポールが屹立している。目を凝らすと——、


「……趣味悪ぃな」


 俺は思わず呟く。

 まずポールそのものが、無数の男性器と女性器で作られているのが分かった。それらが強い圧力で捏ね固められて、一本の鉄柱となっている。

 そしてポール先端に、二つの全裸の遺体が突き刺さっている。遺体は男女で、百舌鳥もず早贄はやにえを彷彿とさせる。遺体は結合——つまり性交し、お互いの体に指がもぎ取られた手足を絡めて抱き合った態勢で、腹部を貫かれて絶命している。


 死肉と血と臓物、そして歪な性で彩られた世界。

 これだから、怪域内部に立ち入るのは嫌いなんだ。


「校庭に生存者は無し。これから校舎内を探索する。二人とも、また後ほど」


「ああ、気を付けてな」


 大型狙撃魔銃の発砲音が立て続けに三度響く。赤外線探査・電磁迷彩・身体強化術式を順番に発動したウィルヘルムに俺が応えると、砂埃を残して姿を消した。


 同時に俺はホルスターから銃を取り、安全装置を解除。スライドを引いて装填、演算を開始。引き金を引く。

 レベル4魔法術式【自操黒巨腕】を発動。俺の三メートル程前方の地面に魔法陣が展開、全長八メートルに及ぶタングステンカーバイドの巨大な漆黒の腕が、空に屹立するように出現する。

 魔素を動力として巨腕が稼働、掌は握り込まれ拳となり、性器で形造られた柱に向けて鉄槌が振り下ろされる。


 肉塊を叩き潰し大量出血させながら、硬合金の鉄槌が地面に着弾。轟音が低く響き、大地が揺れる。校庭に、粘り気のある血液が染み込んだ赤黒いクレーターが穿たれ、巨腕が粒子となって分解、消失。


 何となく、花乃にあの性器のポールを認識させたくは無かった。まだ十六のガキが見るべきでは無いし、そもそも日本国内に於いて無修正は違法だ。誰かデジタルモザイク持って来い。

 あれが原因で、彼女の今後の人生に於ける性的行動や衝動に支障が出てしまっても、寝覚が悪い。


 そもそも、死んだ人間を弄ぶんじゃねえよ。


 俺が、魔法少女病が犯した死者への愚弄に対する沸騰する様な怒りを噛み殺し、眉間に皺を寄せた瞬間。


「こわしたこわしたごわじだごわじぃぃぃぃたなんでなんでなんでええええええ」


 校庭、いや怪域全体に響き渡るイカれた大音声。

 それと同時に俺たちの前方の地面を突き破り、巨大な何かが高速で、地面を抉り穿ほじくり返しながら突進してくる。深緑色の鰐の頭部の様な『それ』は大口を開け、唾液が糸を引く口腔内に並んだ、短剣の如き牙の列で俺たちを狙う。


 花乃が高速反応、俺を庇うように躍り出て即座に演算が完了。発砲。

 レベル4魔法術式【凝炎繚弾】が発動。生成した火炎を魔素によって指向制御、高密度に凝縮した火炎の弾丸が打ち出される。


 真紅の殺意が深緑のあぎとの喉奥に高速で着弾、即座に炸裂する。紅蓮が渦を巻いて吹き荒れ、大鰐の頭部が爆散した。


 俺たちを襲った事象を分析する為に、衝撃波に乗って吹き飛ぶ残骸や粘液を、眼を高速で動かして追う。臓器や血液の類は目視出来ず。肉だと思っていた物の断面に、内皮・維管束形成層を確認——。


 ——植物だ。それも、とてつもなく巨大な。

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