男性更衣室で、上下黒の戦闘装束に着替える。上は黒のシャツに同色の短外套、下も同じく黒色のスラックスの様な見た目だが、耐刃防弾繊維で作られており耐久力が高い。それでも対魔法に於いては自らの恒常魔法や防御術式に勝るものではないので、ほぼ飾りの様なもので、機動力重視の至って軽装だ。

 ベルトに魔銃携帯用のホルスターを装着し、準備完了。更衣室を後にした俺とウィルヘルムは、同じように準備をした女性更衣室から出てきた花乃と合流。リノリウム張りの廊下を進む。


 自動扉を網膜認証で三つ通過し、特別戦闘班専用出撃ゲートに到着。オレンジ色の灯が照らす、各種配線が剥き出しの長方形の室内の左右には、俺たち特別戦闘班専用のウェポンラックがびっしりと並んでいる。

 俺は左側手前から三番目の、鈍い銀色をした長方形のウェポンラックに歩み寄る。タッチパネルに手のひらを押し当てて掌紋認証、更に小型カメラを見つめて網膜認証。ロックが解除され、ウェポンラックの扉が開放。

 ラック内に厳重に収められていた黒色の大型自動拳銃——MWA-アイアンメイデンを手に取る。俺を認識し演算回路が起動、銃身が銀色に光り、消えた。銃把下部から弾倉をぶち込み、セーフティを掛けてホルスターに収納。

 更に俺は、ラック内に補充されていた予備弾倉を次々掴み取り、戦闘用短外套の内ポケットに収納していく。十三発入りの弾倉が七つ、計九十一発が俺の生命線となる。


 俺の左右のロッカーに向かっていた二人も、準備が終わったらしい。黒色の大型狙撃銃——MWA-サンダーボルトを担いだウィルヘルムと、銀色の大型リボルバー——MWA-ヴァーミリオンを腰に佩いた花乃と並んで、部屋の最奥部に向かって歩く。


 出撃ゲートの最奥には、複雑な計器類から伸びるチューブに囲まれた、銀色の円筒状の装置が鎮座している。『ドロシー』が魔素を利用して開発したテクノロジーの一つ、『転移門ゲート』だ。

 詳細な原理は失念したが、怪域発生のメカニズムの応用だったはずだ。魔素に電気的負荷を掛けることで位相空間内に大規模な擬似演算回路を構築、実世界に論理干渉させて空間を繋げる——みたいな感じだった気がする。自信はない。魔素で魔法を行使している訳ではなく、魔素を擬似的に演算装置にして物理法則を歪めているから、魔素汚染が極めて少なく済むって触れ込みだ。

 要するに転送装置だな、うん。


「特別戦闘班トリガー隊、出撃します」


『了解しました。総司令から、無理はするな、命に危機が及ぶようなら即時撤退するように、と言伝を預かっています。では、転移門ゲートを起動します』


花乃がヘッドセットで通信を行うと、司令本部の女性オペレーターが応答した。この人、御厨みくりやさんだ。顔も声も可愛いから覚えてる。


 俺が緊張感に欠ける考えをしていると、円筒装置の内部空間に紫電が走った。バチバチと物騒な音がたち、空間自体が虹色に発光。光は粒子となって凝集し、高さ三メートル、幅一メートル六十センチの楕円を形成した。


 俺たち三人はそれぞれ頷き合い、花乃を先頭に光の扉へと歩を進める——。




 視界が光に埋め尽くされる、と認識した瞬間に、特に派手な演出も無く転移は完了している。

 九月の朝陽が頭頂部に降り注ぐので見上げると、抜けるような青空。全身を撫でるような風には潮の匂いが微かに含まれていて、海が近い事を認識させられた。


 問題の高校のすぐ前に出たらしい。敷地を囲むように軍用トラックが配備され、荷台に積まれた大型機械——逆位相結界装置が高校に向かって全力稼働している。

 そして、件の高校と思われる建物は、こちらからは視認が出来ない。赤黒く禍々しいドーム状の結界で覆い隠されてしまっている。結界表面は、時折鼓動のようにビクビクと脈打っている。怪域発生の証左だ。何度見ても気持ち悪い。


 俺たちの事を待ち受けてくれていたのであろう、都市迷彩柄の対魔法機動軽鎧に身を包んだ先遣隊の隊員が、展開された部隊や機材たちの合間を縫うようにして校門へ案内してくれた。


「トリガー隊、現着しました。これより怪域内部に突入。生存者の捜索と、魔法少女殲滅にあたります」


 狩野がヘッドセットに指を当てて司令本部と通信、即座に御厨オペレーターが応答する。


『承知致しました。怪域内部からこちらとの通信はおそらく不可能と思われます。留意して下さい。それから……』


御厨オペレーターが、そこで言葉を切る。俺とウィルヘルムもヘッドセットに指を当て、言葉が紡がれるのを待つ。


『私たちも、皆さんの帰りを待っています。……ご武運を』


 甘いとも取れる、けれどもこれから死地に向かう者に取って何よりも勇気の後押しとなる言葉を残して、通信は終わった。

 ヘッドセットから指を話し、衣服の胸元を緩く掴んだ花乃が俺たちを振り返り、口を開く。


「ウィルヘルムさん、珠緒くん。帰りも、必ず三人一緒です。イマイチ頼りない隊長わたしからの命令ですよ」


「隊長命令とあらば、最善を尽くそう」


「いつも通りにぶっ殺して、帰る。何とでもなるさ」


 何よりも自分自身を奮い立たせるように紡がれた花乃の言葉に、俺たちがそれぞれ答える。

 状況が如何に過酷であろうと、それに対峙しなければならない者が選び取れる選択肢は、実はそう多くない。だからこそ俺たちは普段通りに振る舞い、普段通りの意気込みで望むくらいが身の丈に合って丁度良いのだ。


 そして俺たちは、いつも通りの歩調で怪域に足を踏み入れた。

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