「不幸中の幸い……って訳じゃねえけど。この怪域、随分と限定的な発生っすね」


 俺はモニターを見ながら、眉を顰めて違和感を口にする。示された魔素汚染数値を見る限り、今のところ怪域は県内の公立高校の、約三万平方メートルの敷地内にのみ発生している。内部空間は単純な敷地面積などあてにならない程に変異しているだろうが、『被害面積』として考えれば、怪域発生事案としては極めて軽微と言って良いだろう。

 麻宮総司令は俺の言葉に頷くと、キーボードを操作。モニターの地図が更にズームアップ、現場のリアルタイムな状況や情報が表示される。


「現在は先遣隊が急行し、高校周辺に逆位相結界装置を展開。怪域自体の浸潤の封じ込めに『一応は』成功している。内部の魔法少女自ら外部へ侵攻を開始した場合、その限りではないが」


「ならば、すべき事は一つ。魔法少女の迅速な排除、ですね」


 俺たちトリガー班で最も戦況分析に長けているウィルヘルムが、総司令の現状解説に軍人の面持ちで頷く。


 魔法少女病発生による急激な魔素汚染は、当該魔法少女を排除することで急速な数値的下落を見せる。現に昨日、菓子の魔女が発生した地域は、今朝方未明に除染作業が完了している。

 逆に、魔法少女の発生時間が長引けば長引くほど汚染は深刻化し、例え魔法少女を殺しても空間に汚染が残されてしまう。嘗ての東京が良い例だ。最初の魔法少女『イーヴル・ワン』出現から討伐までに一ヶ月以上を要したからこそ、彼の地は未だに人が近づけない程に汚されてしまった。


 また、その数ヶ月後に中国の重慶チョンチンでも怪域が発生したが、最悪の事例として語り草になっている。対魔法少女のノウハウが確立されていなかった頃とは言え、当時の中国指導者は功を焦って自国のみでの解決に固執した。

 結果として、魔法少女討伐に成功したのは発生から三ヶ月が経過してから、となった。未だに嘗ての重慶市内は怪域に呑まれたままとなっている。国内に沈静化されていない怪域を抱えているのは、世界中であの国だけだ。


 総司令の操作に従い、モニターにはまた別の情報が映し出される。日本方面支部に配属されている、俺たちトリガー隊以外の特別戦闘班たちの現況だ。


「わかっていると思うが、今現在日本方面支部で動ける特別戦闘班は、お前たちトリガー隊だけだ。『ハウンド』『レイジ』両隊はアリューシャン列島での包囲作戦に参加、『スピア』隊は三名ともまだ治療中だ。特にスピア3、彼は未だにベッドから立ち上がる事も出来ない」


「最低でも二個隊、万全を期すならば三個隊で出撃と言われている怪域発生事案を、私たちだけで……」


 俺たちの中で最も経験が浅い花乃が、不安そうな表情で呟く。俺らの隊長なんだからびしっとしてくれと言いたくもなるが、まあその不安はよくわかる。八割方負傷するだろうし、下手すりゃ俺たちのうち誰かが欠ける可能性もある。

 それでも、すぐに動かなければならない。怪域内の生存者はほぼゼロ、万が一いても一人だろうが、周辺は漁業が盛んな港町だ。怪域が広がってしまえば、より多くの犠牲者が出てしまう。


 俺は花乃の小さな肩を軽く叩き、総司令に顔を向ける。


「怪域内突入後、ウィルヘルムが電磁迷彩術式と赤外線探査術式・身体強化術式を全開、生存者の捜索。その間、花乃と俺で魔法少女と交戦、引きつける。ウィルヘルムの捜索完了と同時に、『レベル7魔法術式』の最大火力で押し潰す。最善手としてはこんな所っすかね」


「それが良いだろう。その他判断は現場に於いて、お前達に任せる。各種申請は要らない。総司令権限で全て許可する」


 俺の立案した作戦に、総司令が頼もしいお墨付きをくれた。

 案外、緊急事態には単純明快な力押しが有効だったりするんだ。化け物みたいな素養がある花乃を俺とウィルヘルムが補佐すれば、まあ何とかなるんじゃなかろうか。

 俺は花乃の不安を払拭してポテンシャルを百パーセント発揮してもらう為にも、無理矢理明るく言葉を紡ぎ続ける。


「身に余る想定をしても転けるだけだ、越えるべきハードルは最下限に設定しよう。『生存者がいれば必ず助ける』『多少の怪我は覚悟』『魔法少女を殺す』『必ず三人で生きて帰る』ってところでどうだ」


「最下限が既にF難度の気もするが、異議無し」


「……はい、異議有りません」


 二人が苦笑で、俺の言葉に応える。まだまだ表情が硬い気もするが、まあ良いだろう。


「それでは、特別戦闘班トリガー隊。迅速に作戦準備、五分後に『転移門ゲート』へ集合だ」


「了解」


 総司令の号令を聞き、準備の為に三人で駆け出す。


 

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