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調子を確かめつつ、徐々にギアを上げながらスパーリングを続ける。打投極、俺の持てる全てを駆使して発揮しつつ、同じかそれ以上にウィルヘルムに打たれ、投げられ、極められる。彼が本気だったなら俺は何回死んでいるんだろう。
「良い調子だよ、珠緒。打撃から組み、グラウンドへの移行がスムーズになっていっている。逐次魔法を放つタイミングを探しているのも、戦況がよく見えている証拠だ」
マット上に仰向けで倒れる俺に大きな手のひらを差し伸べつつ、ウィルヘルム先生が仰る。俺を掴み起こした彼は、壁際に置いておいた二本のペットボトルの水を取り、一本を俺に放り投げる。
掴み、キャップを開け、水を飲む。美味い。発汗で水不足を訴えていた五臓六腑に水分が充填されて、生き返る様な感覚。
「まだまだ敵わねえなぁ」
口を拭いつつ、俺は自嘲気味に笑って呟く。そもそも自分よりも大きい白人男性、それも元軍人相手に良くやっていると言いたいところだが、届いていないのは事実。俺にしては割と真面目に取り組んでいるので、普通に悔しい。
「それはそうだろう。僕は軍属であったし、そもそも珠緒よりも長く生きている。それでも、『魔法術式を絡めた』近接格闘術は珠緒の方がずっと強いじゃないか」
ウィルヘルムはタオルで汗を拭いつつ、僅かに苦笑する。金髪碧眼で掘りが深い顔立ちっていうのは、何をしていても絵になるから羨ましい。そしてフォローが逆に刺さる。
術式的に、そもそもウィルヘルムは近接格闘を行う機会が少ない。遠距離からの精密射撃や大火力制圧が主で、可能な限り魔法女を接近させない様に立ち回るからだ。
対して、俺の交戦距離は主に中〜近距離。爆発や感電などの二次的被害を考慮する必要が薄い術式だから、必然的に前衛になる。そりゃあ、近接格闘も増える。
花乃はまあ、除外する。色々規格外過ぎて既存の戦術論じゃ測れない。
「まあ、精進するよ。死にたく無いし」
もう一度水を飲み、苦笑を返しつつ言う。結局の所、技術も練度も積み重ねの賜物だ。凡人としては、努力を積み立てていこう。
俺が貧相な決意をあらたにしたところで、廊下とこの部屋を繋ぐ自動ドアが開いた。
「朝も早よから雄二匹で組んず解れつ! エッチなのはいけないと思いまーす!」
花乃がやって来た。うるせえ。
無駄にもこもこした薄ピンクのルームウェアの短い裾から、細く白い腿がスラリと伸びている。栗色の髪にはうっすら寝癖が残っていて、どうやら自室で目覚めてそのままここにやって来たらしい。男の前で思いっきり腹を掻くな。
寝起きだからか——いや常時テンションがイカれてる花乃はジョジョ立ち(七部十九巻表紙)を決めて俺を見る。
「お部屋にいないと思ったら、こんな密室で男二人! 何も起きないはずもなく!」
「どう見てもトレーニングだ馬鹿。最近LGBT五月蝿えからその類のネタに触れるな馬鹿。ウィルヘルムは妻子持ちだ馬鹿。あと俺の部屋に何しに行ったんだ馬鹿」
「えっ……夜這いならぬ、朝這い? 博多弁みたいですね。もう朝ばい!」
「さっさと死ねばい」
テンションに着いていくのが面倒なので雑に打ち切る。意外にも笑いのツボがおかしいウィルヘルムは、顔を伏せて震えている。どいつもこいつも薬でもやってんのか。
花乃はわざとらしく恥ずかしがる様に両手を頬に当てる。「やーん」とか鳴くな殺すぞ。
「もー、乙女の口から言わせないで下さいっ。ど・ん・か・ん……ちゅっ♡」
「鈍器持ってこい。責任取ってぶち殺してやるから」
「えっ、責任取るって……もう、珠緒くんたら! 結婚は気が早いですよぅ……」
「部屋中血痕まみれにしてやるよ」
自分でも額にビキビキと青筋が浮かぶのが分かる。運動後で血行が良くなっているのも相まって、血管が破裂しそうだ。ウィルヘルムは既に床に崩れ落ちている。なんなんだお前は。
花乃は柔らかく微笑み、俺の瞳を見つめる。こんだけイカれた事言っといて何故そんなに真っ直ぐに人を見られるんだ。
「珠緒くん、十六歳の割と可愛い処女から積極的にアプローチされるお気持ち……いかがです?」
「恐怖以外の何物でもないな」
「えっ、自分インポなん?」
「上等だお望み通り殺してやるよオラァ!」
エセ関西弁で大仰に訝しがってくる花乃に堪忍袋の緒がキレる。とりあえず一発ぶん殴る為に立ち上がると、花乃がトレーニングルームの中をちょこまかと逃げ始めた。
朝っぱらからすごく疲れるんだけど。
それでも絶対泣かす。
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