一章:いたいのとんでけ
1
菓子の魔法少女との戦いから、開けて翌日。トレーニングルームのガラス窓から朝日が差し込み、青の軟質マットが敷き詰められた床を照らしている。同様の素材で保護された壁面の、清潔な白が目に眩しい。
俺は黒のレギンスに同色のハーフパンツ、そして白いTシャツという出立ちで、マットの上で何度か軽く飛ぶ。身体の調子を伺いながら、手足の関節を曲げ伸ばしして異常はないか確かめていく。
昨日の負傷——肋骨骨折と脾臓損傷は既に完治。腕の良い魔法医師が常駐してくれていて本当に助かった。
「ウィルヘルム、付き合わせちまって悪いね。助かるよ」
右の拳を握り開きつつ、前に立つウィルヘルムに声をかける。身長一九三センチメートルの彼に対し、一七六センチメートル程しかない俺は見上げる形になる。五センチ分けてくれ。
金髪をフェードカットに刈り込んでいるウィルヘルムの、深い緑色の瞳が俺を捉える。瞳を斜めに縦断する全長七センチの傷跡が、彼の歴戦を物語っている。
「いや、構わない。いつだって窮地を救うのは日々の研鑽だ。珠緒の判断は合理的だよ」
腹に響く低音ボイスも相まってウィルヘルムの整った顔立ちは無表情にも見えるが、ほんの少しだけ口角が上がっている。彼は細身に見えるが、トレーニングウェアの下で筋肉の束が鋼の肉体を形成している事を、俺は身をもって知っている。近接格闘術を教わる為に何度もボコられたからだ。
対魔法少女戦にて自分自身の課題が見えた時、備える事が出来るのは二つしかない。頭を捻るか、体を鍛えるか、だ。昨日の負傷の原因は明らかで、俺の練度が不足していたからだろう。
頭を捻ると言っても、術式演算能力は才能八割・努力二割が主成分なので、一朝一夕では如何ともし難く、長期的目標とするしかない。短期的改善目標としては、戦術理解に術式の運用計画の改善などが主となるか。まあ、デスクワークだな。
負傷は完治しているとはいえ、意外と肉体って物は繊細だ。違和感が違和感へと連なり、誤作動や動作不良を起こす可能性すらある。
だから俺は体のメンテナンスも兼ねて、元軍人のウィルヘルムに近接格闘のスパーリングパートナーを頼んだのだ。
「んじゃ、とりあえず最初は流す感じでいこう」
オープンフィンガーグローブを装着しつつ提案する。拳同士を打ち合わせ、しっかりとフィットさせる。
「恒常魔法はどうする? 除染装置は稼働しているし、全開で無ければ汚染の心配はないだろう」
ウィルヘルムはスタンスを大きく開き、重心を落としつつ問うてくる。俺は一瞬悩み、頭を左右に振る。
「無しでいこう。身体強化があると、俺はどうしても一発芸に頼っちまうみたいだから」
自嘲気味に言って、俺は構えを取ろうとして、悩む。重心を落とした低めの姿勢とは言え、自分よりもデカい奴が相手だと、いつも迷う。どちらかと言えば俺はストライカー——打撃が得意なので、アップライトで打撃中心に組み立てたいところだが、自分よりもデカい相手には分が悪い。
軍隊仕込みで、クラヴ・マガだのシラットだのMACPだのが組み合わされたウィルヘルムの格闘術は、どちらかと言えば組み技が多い。打撃も強いけど。
まあ良い、出たとこ勝負でいこう。
俺は半身になり、左手を胸の辺りまで下げ、右手で顎を守る。膝は緩く曲げてステップ重視。所謂デトロイトスタイルだ。ヒットマンスタイルとも言うんだっけ。
「それでは、よろしく頼む」
「こちらこそ」
ウィルヘルムが差し出した右拳に俺も右拳を軽くて合わせ後方にステップ、距離を取る。スパーリング開始だ。
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