「もう、お前一人で良くねえかな……」


 一瞬で引き起こされた破壊を見つめ、俺はため息混じりに呟く。しかし、隣の花乃はケラケラと笑い、俺の背中を馴れ馴れしく叩いてくる。触んなガキ。


「いやいや、こんな不意打ちなかなか通じませんよ。珠緒くんが注意を引いて、ウィルヘルムさんがあの娘の気を逸らしてくれたお陰です。私一人ではこうはいきません」


「つってもな……お前今十六歳だっけ? そんなガキに出力も演算速度も負けてるとなると、俺はいよいよ自信がなくなってきたよ」


 さりげなく花乃の手を避けつつ、俺は再び溜め息を吐く。

 十五の時に魔銃——MWA-アイアンメイデンに適応して以来、もう七年間『ドロシー』の猟犬として魔法少女と戦い続けているが、圧倒的な才能の前で経験は斯くも無力だ。


『トリガー1、トリガー2……どうやら、まだ終わっていない様だ』


 ウィルヘルム——トリガー3からの通信で我に帰る。魔法少女へ視線を向けると、宙に残る二本の足の炭化した断面がボコボコと隆起しているのがわかった。驚く間も無く、肉は再びイかれた少女の形を為す。衣装もメイクも表情も、全ての狂気が元通りだ。


「再生!?」


 花乃の驚愕の声とほぼ同時に、俺は彼女の襟首を掴んで背後に庇いつつ、引き金を引く。高速演算した【耐衝鋼盾】を発動したと同時に何かが着弾、鋼の壁が中程からひしゃげる。


「飛べ!」


 叫ぶと同時、俺たちは鋼の壁の左右にそれぞれ跳躍する。その一瞬後に破砕音、【耐衝鋼盾】が破壊される。俺たちがいた場所には巨大な金平糖が着弾し、盾ごとアスファルトをぶち破っていた。

 花乃は初めて遭遇するらしいが、魔法少女の中には一度殺した程度じゃ死なない奴が偶にいる。それが何に起因するのかは知ったことでは無いが、経験上死ぬまで殺す以外の手立ては無い。


 魔法少女が空中で前傾姿勢、次の瞬間俺に向け超高速三次元軌道で飛来。瞬時に反応したトリガー3の雷撃魔法術式も躱される。その右手に魔法陣の展開後即座に魔法が発動、華美な装飾が施された半透明の大鎌が出現。

 俺は死を予見し即座にしゃがんで回避姿勢、頭のすぐ上を甘い芳香と共に刃が通り過ぎる。薄い飴細工の刃に後ろ髪を数本持って行かれた。あっぶねぇ。

 俺はしゃがむ勢いを殺さず左足を軸に旋回、魔法少女の薄い腹部に右脚を突き刺す。謂わば、躰道の海老蹴り。恒常魔法で強化された蹴撃が少女の腹部にめり込み、低く鈍い衝撃が響く。内臓を破壊した手応え。


「いだいいだいいだいなぁやめてよおぉおぉぉぉぉおおおぉおぉ」


 口元から鮮血を吐き出しながら、しかし魔法少女は下がらない。腹部に突き刺さる俺の脚を左手で掴み、右の大鎌を振り上げる。


「……っらぁ!!」


 声と息を同時に吐き出しながら、俺は残った左足と両手で地面を叩き、横方向に旋回。回転ベクトルを全て乗っけた左回し蹴りを魔法少女の側頭部に叩き込む。少女の頭蓋を割り、首の骨が折れる。

 掴まれた右足は解放され、不自然な方向に顔が向いた少女は糸が切れた操り人形の如く蹈鞴を踏む。俺は右の肩からアスファルトに落ちると同時、照準を魔法少女に向けて引き金を引く。レベル1魔法術式【穿槍】を高速演算で発動、通常発動よりも少ない五本の凶器が少女の細い体躯に突き立つ。


「いだぁぁぁばふふふふひひひひひ!!」


 全身から鋼の槍を生やし、口から粘り気のある鮮血を吐き出しながらも、魔法少女が高速演算。俺が防御姿勢を取る間も無く成人の頭部大の飴玉が百五十キロ超の高速で射出、俺の腹部にめり込む。


「ごぶっ……!?」


 焼ける様な激痛が腹部から身体中に浸潤、喉元を駆け上ってきた血液を吐き散らしながら吹き飛ばされる。アスファルトを二度ほどバウンドしたところで軋む体を無理矢理捻り、四足獣の態勢で靴底を削りながら停止。

 虐殺は出来るが戦闘に慣れていない魔法少女戦に於いて、近接格闘は有効だが危険が伴う。頭蓋を割り、頚椎を折って全身を穴だらけにして尚、有り余る魔素による再生と高速演算という力技で迎撃されるのだから。かと言って、あの場面で俺が切れるカードなんてそう多く無いのだが。ちくしょう。

 だからこそ、魔法少女が『戦闘に慣れてしまう』前に殺し切らねば、俺たちの命が危ない。


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