『あっはっは。珠緒たまおくん、ここからでも見えましたよー』


 トリガー1、つまり俺たちの隊長様から通信が入る。あの能天気女、任務中だってことを忘れちゃいないだろうな。

 俺は左手を銃から離し、耳のヘッドセットに触れる。


「こちらトリガー2。トリガー3、狙撃ポイントに移動頼むわ。それからトリガー1、一応任務中だ。今はコールサインで呼んでくれ」


『こちらトリガー3、了解。移動中だ』


『うふふ、トリガー1りょうかーい』


 それぞれから通信が返ってくる。片方は肩の力が抜けそうなぐらい緊張感に欠けているが、まあ良いだろう。そもそもあいつ、俺より全然強いし。


 瞬間、風切り音。確認するよりも早く俺は横っ飛びに跳躍、地面を転がって即座に立ち上がる。恒常魔法で強化された身体能力で跳躍した地点には、三メートルはあろうかという茶色の長方形をした物体が深々と突き刺さっている。

 鼻腔を、甘い匂いがくすぐる。

 ——チョコレート?


「いひひあははひゃいひひひひひひひぃぃ!!」


 甲高く狂った哄笑が響く。発信源を確認するよりも速く走り出す。背後から、巨大チョコレートがアスファルトを抉って突き立つ音が響く。

 風を切って疾駆しながら右上方を見る。

 フリルだらけの桃色の衣装を身に纏ったツインテールの少女が、空中に『腰掛けて』いる。可愛らしい衣装とは裏腹に、下手くそな化粧を塗りたくった顔面は歪んでいる。両の瞳はあらぬ方を向き、紅がはみ出た唇の端には涎が泡立っている。


「いただきますごちそうさまごめんなさいやめてぶたないでおなかすいたぁあぁあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 来た。魔法少女だ。

 レースの手袋に包まれた指先が振るわれ、宙に魔法陣が展開。成人男性の頭部程のサイズの、半透明で色鮮やかな球体が、ガトリングの如く無数に射出される。


「急だなおい……!」


 俺は視線を少女に、魔銃を地面に向け、立て続けに三度引き金を引く。

 レベル2魔法術式【耐衝鋼盾】を三連発動。幅二メートル、高さ四メートル、更に厚さは五十センチメートルになる高マンガン鋼の壁が路面に光る魔法陣から立ち上り、俺の前に重ねて出現する。

 魔法少女が放つ球体が鋼の盾に連続着弾、砕け散る。球体の破片がバラバラと地面に落ちるも、射出は止まらない。遂に一枚目の盾が破砕される。そしてまたも漂う甘ったるい香り。


「チョコの次は飴かよ……」


 盾に身を隠しつつ、ボヤく。

 魔法少女病は、未成年の少女のみ罹患し、彼女たちの欲求や願望を歪んだ形で叶える。遂には自我を殺し発狂させる為、いたいけな少女たちは災厄を振り撒く殺人機械に成り下がる。

 狂った彼女が喚いている内容と、魔法術式の内容——巨大な菓子を無尽蔵に生成するという事を鑑みれば、あの娘の身に何が起き、何を願ったのかは想像に難くない。

 だからこそ、俺は彼女の身の上について考えるのを止める。可哀想に思ってしまえば殺意が鈍り、俺が殺される。


 盾の陰から転がり出て、狂った少女に引き金を引く。銃身が発光、魔法陣が四枚重ねて展開。レベル1魔法術式【穿槍】が四重発動。全長一メートル五十センチの鉄の槍が術式一つにつき八本、計三十二本の銀色の群れが、優雅に空中に座す魔法少女に殺到する。


「いたいのやだおとうさんやめておにいちゃんやだいたいおかあさんごめんなさいしねしねしねしねええひゃひひひひひひ!!」


 魔法少女が笑い叫び、右の指先でくるくると円を描く。飴玉を連続射出していた魔法陣がケバケバしい蛍光ピンクに発光、甘ったるいガトリングの雨が停止。

 次いで現れたのは3メートルはある巨大なチョコレート。オーケストラの指揮者の如く振るわれる少女の指先に合わせて、チョコレートが高速回転し回転し旋回。茶色の巨大円盤が、飛来する鉄の槍を撃ち落としていく。

 更に少女は、生爪が剥がれ落ちた左の指で俺を差す。二メートル超の魔法陣が展開される。


「術式の同時展開でレベル6級かよっ……!?」


 死の予感が脊椎を急速に這い上がってくる。このガキ、演算から発動までが速い。俺も抵抗する術式を高速で検索、演算。魔法回路の補助があるとはいえ、脳神経に負荷が掛かり側頭部が鋭く痛み出す。


 瞬間、視界を閃光が疾走る。遅れて腹に響く轟音。


 魔法少女の右遠方から放たれたであろう極太の雷撃が、彼女の肘から先を消し炭に変えた。展開されていた魔法陣は崩壊、燐光となって霧散する。


『トリガー3、狙撃ポイントに到着。援護する』


 俺の耳元のヘッドセットから、冷静沈着な男の声が低く響く。トリガー3——ウィルヘルム・ラインハルトが、俺の窮地を魔法術式に依る狙撃で救ってくれたのだ。


「『トリガー1も現着でーす』」


 ヘッドセットと右耳両方に、鈴が鳴るような女の声が届く。俺の右隣に、栗色のショートヘアの少女が、黒の戦闘用短外套を靡かせて音もなく着地していた。俺よりも頭ひとつ分以上小さい彼女の華奢な手は、不釣り合いな程に大きなリボルバー式拳銃を握っていて、銃口が宙に浮く魔法少女を捉えている。


「どーん」


 可愛らしいつぶやきと共に、少女——トリガー1こと芦屋あしや花乃かのが引き金を引いた。

 超高速で魔法陣が展開、紅色に発光すると同時に術式が発動。尋常ならざる爆炎と衝撃が、魔法により指向性を持って一瞬で魔法少女を飲み込んだ。


 花乃が発動したのは、レベル6魔法術式【六爆鏖砲】だ。単純明快、爆薬を炸裂させて指向性を伴わせて解き放つ術式。

 ただ、生成されるヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンが強力すぎると言うだけ。秒速九千四百メートルで襲い掛かり、TNT爆薬の約二倍の破壊力を発揮する。


 豪炎の嵐が止んだ後、魔法少女の膝から上の肉体全てが完全に消失していた。縞のニーソックスに包まれた断面は完全に炭化している。

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