魔法少女を殺すおしごと
月とスッポンポン
序章:In The Neighborhood
1
抜ける様な青空の下、俺は廃棄された旧市街地を歩く。かつては隆盛を極め、天上の神に地表から存在を主張する様に聳え立った高層ビルの残骸が、傾ぎ崩れている。
人の手が離れたコンクリートジャングルには、本物の自然が息を吹き返し始めている。アスファルトを木の根が破り、傾いた鉄骨マンションには蔦が這う。ひしゃげた自販機に寄生するかの様に、魔素汚染で変異した毒々しい花々が、その大輪を淫らに咲かせている。
最初の魔法少女——通称『イーヴル・ワン』が引き起こした災害級魔法少女病状は、日本地図から東京という首都を消し去った。俺もガキの頃はかつての東京に済んでいたから、当時の惨状は朧げに覚えている。俺がこうして生きているのはただ運が良かっただけだ。
たまたま、葛飾区という二十三区に属しながら殆ど千葉県に近い地域に住んでいた為、被害状況が『壊滅』の一歩手前の『悲惨』で済んだこと。
たまたま、仕事が休みだった両親が命を代償に俺を庇ってくれたこと。
たまたま、俺の身体が魔素汚染に対して耐性があったこと。
たまたま、瓦礫の街を身体を引き摺って一人歩いていたら、後の『ドロシー』の前身である組織に拾われたこと。
全くもって運が良いし、運が悪いと思う。
『あー、あー。トリガー2、聞こえますか。こちらトリガー1、魔法少女は未だ見つけられていません。トリガー3も同様でした。どうぞー』
昔の事を思い出しつつ、警戒しながら瓦礫の街を歩いていると、左耳に装着した通信用ヘッドセットから呑気そうな女の声が響いた。俺は舌打ちを一つ、左の人差し指でヘッドセットの通話ボタンに触れる。
「こちらトリガー2、こっちも見つけられねえな。『爆心地』方面に飛び去ったっつう証言は本当なのかよ?」
『重症者四十名の内、約半数が証言してるらしいですよー。この辺りは魔素汚染が酷いせいで、大気中の魔素濃度を判定する広域レーダーも使い物にならないらしいですし、難儀ですね』
思わず、俺の口から溜め息が漏れる。ただでさえ憂鬱なお仕事だが、今日は長くなってしまいそうだ。
魔法少女病を発症すると、その罹患者が体内で生成した魔素が大気中に放たれる。『ドロシー』が運用しているレーダーは日本各地の魔素濃度を常に観測している。此処、嘗ての東京——通称『爆心地』ではそれが意味を成さない。そもそも魔素汚染により廃棄された地域だからだ。
ならば、誘き寄せるしか無いだろう。俺は前方の倒壊したビルの壁面を眺めながら、右手で『得物』のグリップを握りしめる。
「今からレベル5を撃つ。害意だと思って奴さんもホイホイ寄ってくるだろう。フォロー頼む」
『それが速そうですね、トリガー1了解』
『……トリガー3、了解』
呑気そうな女の声と、無骨な男の声が返ってきた。俺はヘッドセットをタッチして通信を終了し、右手の得物に目を落とす。
暴力の形をした、漆黒に鈍く光る大口径の自動拳銃。死を司る冷たさが、グリップ越しに俺の手のひらに伝わってくる。
俺は銃——『MWA-アイアンメイデン』のスライドを引き、弾丸を薬室に装填する。演算回路が起動、黒の銃身に銀色のラインが走る様に発光。俺の思考演算を回路が補正し、一瞬で術式が構築される。同時に、耳元のヘッドセットに柔らかい女性の合成音声が響く。
『トリガー1によるレベル5以上使用申請が承認されました。以後任務中において逐次申請は不要ですが、魔素汚染に留意し適切に使用して下さい』
聞き慣れた合成音声は無視。俺は銃を掲げ、前方の倒壊したビルの残骸を斜め上方に突き抜けるよう照準を向ける。
無機質な引き金を引き、破裂音と共に排莢、銃口の先に燐光を纏った銀色の魔法陣が形成され、術式が発動する。
レベル5魔法術式【合金破城弾】は、直径一メートルのヘビーアロイ——タングステン合金を錬成、九ミリ弾の拳銃発射速度と同等の秒速三五◯メートルで射出する術式だ。要するに、固くてデカい物をとんでもスピードで発射する、シンプルながら強力な脳筋向けの魔法。
反動で跳ね上がった俺の両腕の向こうで、ヘビーアロイの大型弾丸が疾走、一瞬でビルの壁面に着弾。轟音と共に破砕、そして貫通。大穴を穿たれた鉄骨造りの巨塔が崩れ落ち始め、土埃が津波の様に舞い上がる。蒼穹を紗幕のように多い、日光が薄く遮られる。
超国際・超法規的組織『ドロシー』の猟犬の中でも、俺たちが魔法少女に対して『魔砲使い』と呼ばれる所以。
俺たちは、
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