茶店にて

   *

 カクノジョウを含むミツクニの一行が、或る川の手前の茶店の方に向かっていたときである。

 腰掛けに坐っている若い男が老男に、

「だから、銭なら持ってねえッて言ってるだろう。何べん言ったら分かるんだ、全く……」

 カクノジョウが、

「何か話し込んでいる様子だと思ったら、揉め事のようですな」

 スケサブロウも、

「食い逃げでしょうか」

 ミツクニは、

「スケさん、男はまだ逃げてはおらぬようですぞ」

 イワサルは、何も言葉にしない。

 一行が近づいて、

「御両人、如何なさいましたかな」

「ああ、旅の爺さまか。如何も何も、この客が代金を払ってくれませんので」

「何故、お支払いにならないのです」

「だから、おりゃあ、銭を持ってねえです」

「それは、あんたが悪い……」

「ちょっと待ちなさい、スケさん。持っていないのに、何か食べてしまわれたのですか。何故でしょう」

「腹が減って仕方がなかったからだ」

「それでは、カクさん。お支払いしておあげなさい」

 カクノジョウは、

「いや、しかし、御老公……」

「お支払いしておあげなさい」

 若い男の代わりに支払うこととし、ミツクニの一行も茶店でしばらく休んでいくことにしたのであった。

   *

「ほう、それでは、あなたはこの先に住んでおられるお方なのですな」

 若い男がシロウという名であり、一行が目指す聚落の人であることが分かった。

「何か知らねえが、お侍たちがやって来て、おらたちに注文を付けていった。しまいには、難癖つけておらに作物を町まで運ばせたんです。その帰りで、腹が減って、腹が減って……」

 スケサブロウが顔を顰めて、

「それは、ひどい」

 カクノジョウの方は疑問を口にする。

「お侍からの注文というのは、なんでしょうか」

 シロウは手で両目を擦る仕種をすると、ため息をし、

「外れにキクという人が住んでるんだけれども、その家に白い髭の生えた爺さんが何人かとでやって来る。そいつらを退治しろというんだ。何でも、爺さんは災厄を連れてくるから、おらたちにとってもそれが良いんだ」

 カクノジョウは、髭を生やしたミツクニを、ついつい見てしまった。

 シロウは、

「そう言えば、爺さん。白い髭だなあ……」

「御老公」

 スケサブロウが身構える。

 イワサルの身体にも緊張が走った。

 遅れてカクノジョウも覚悟を決めた。

 しかし、シロウはそれに気づかない様子で、

「……まあ、いいか。馳走にもなったし、あんたたちは悪い人でなさそうだ」

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