第5話 ヒーロー

あと一週間で

地球がなくなるらしい


太陽と月がぶつかって

その衝撃で地球も…


というが

物理的にありえないと

遠い昔に教えてもらった気がする


初めて学校で

宇宙を知ったとき

”無限に広がる”ことに恐れ慄き

泣きながら祖父に聞いたのだ


それでも現実は

常に変化するのだろうし

有能な学者たちが

間違えないと言っているんだから


ぶつかるのだろう

そして地球も無くなるのだろう



棒のような足を引きずって

今日も家路に着く

なんてことない1日だ


帰宅すれば妻がいて、娘がいて

いつもの日常だ


でも、これでいいのか?

いや


高校生で妻の妊娠が発覚し

進学も諦め、すぐに就職して

なりふり構わずやってきた


義父との約束だ


幸いどうにか

家族を食わせることはできている


でも、これでよかったのか?

いや


俺は何かになりたかった

そして、何にもなれなかった

とにかく毎日が必死だった

先のことなんて考える暇もない


とにかく今日、明日

家族を食わせることに

必死だった

幾度も自分を崖から突き落とした



膝に乗った娘が

顔を見上げてくる

パパと呼んでくる


目を合わせられない


俺は何にもなれなくて

でも、娘の父親になれた

それが世界で一番の幸せだった



でも、それでいいのか?

いや


形容しがたい不快感が

背中に張り付いている


どうしようもないのに

切迫感


地球がなくなると聞いてから

ずっとこうだ


何にもなれなかった俺が

問いかけてくる


お前の人生これでいいのかと

いや



今すぐに娘をどかしたい


今すぐに立ち上がりたい


今すぐに家族を捨て去りたい


今すぐにここから



これは逃げじゃない

生まれ変わりたい


どうせあと一週間でなくなる


それなら

自由に生きて何が悪い


どうせ死ぬんだ

どうせ死ぬんだから



俺のために生きたい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太陽と月の待ち合わせ 千木野凪 @chi_k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ