第13話:英雄試練

 孤児院を出て約五日、嫌いな奴に連れられてやってきた飛竜の谷でオレはワイバーンを探して歩いていた。

 今回オレが受けることになってしまった試練、それはワイバーンの首を取ってくるというもの……。


 本来なら中級の魔物とされるワイバーンを、オレのような子供に狩ってこさせるというのは意味が分からないが、やらないと孤児院を潰すぞと脅されている以上やるしかない。


 三ヶ月前の事、リリア姉ぇ達と行った言われた内容。

 それは今思い出しても腹が立つが、相手はかなりの権力を持っているだろうし、逆らうことは出来なかった。何より、逆らって皆に被害が行く事が嫌だったのだ。


「……怖いなぁ」


 普段は絶対にそんな事は言えないが、今一人だ弱音ぐらい吐いても許してくれるはずだ。ワイバーンの強さは分からないが、多分一匹なら勝てるだろう……だけど、ここは飛竜の谷なのだ。


 数多くのワイバーンがおり、仲間の危機とあれば団結して襲ってくると噂の場所。

 一匹倒そうとも何匹……いや何十匹のワイバーンに襲われればオレは死ぬ。

 ――そんな事が簡単に想像出来てしまい、無駄に勘がいい自分を呪った。


 これが馬鹿な子供だったらよかった。

 煽てられ簡単に話に食いつけて、英雄になれるならと試練に挑めるのならどれだけ楽だったか……だけどオレにはそれは無理だ。


 何としてでも帰りたい場所がある。

 英雄になんてならなくていいから、オレは家族と一緒に過ごせればいいのだ。

 大切な奴がいるから、命が惜しい――でも、やらなければそこはなくなる。


「だからさ、ごめんな――オレはお前等を殺すよ」


 目の前にいるワイバーン達がオレに気付いたのか威嚇してくる 

 この試練で倒せばいいのは一匹でいいが、そんな事は言ってられない。

 どうせ、連戦は決まってるんだ。それなら何匹でも殺してやる。


 家族と、皆といたいから――何よりもルクスといたいから、オレはお前等を殺す。英雄になれというならなってやる。家族を守れるなら何にだって。

 そしてオレ……いや私は槍を構えて戦い始めた。


 ――


「風渦ァ!」


 迫る来る飛竜――龍の亜種であるワイバーン達が集まった所で俺は魔法を使い一気に相手を切り刻む。風の加護を持っているというワイバーン達には効果が薄いが至近距離で打てば流石に怯ませることは出来る。


「何を怒ってるか知らないけどさ――邪魔だからどけよ」


 飛竜の谷に入った瞬間に襲ってきたワイバーン達。

 本の通りなら襲いかからない限り襲ってくる筈のないこいつらがこんなことになってるのは明らか異常事態。


 ノアが心配だった俺は一刻も早く彼奴の元に向かうために覚えた地図の通り最短ルートで彼の元に向かっていた。

 その途中で際限なく襲ってくるワイバーン達、今の俺の実力で倒す事が出来るか分からなかったから今は魔法を打って離れるという事を繰り返しているが……。


「――あまりにも数が多すぎる」


 これは谷の主の龍にでもなにかあったのか?

 そうとしか考えられない異常事態に余裕がなくなっていくのが分かる。

 少しでも早くいかなければ、そう思って飛竜の群れから離れた時だった。服の中に隠れていたツバキが急に鳴き始めたのだ。何かと思い周りを見てなんでこの異常事態が起こってしまったのかを理解した――視線の先にあったのは死体の山。


 何匹殺したら出来るんだと聞きたくなるような死体で出来た飛竜の山だった。


「――誰が?」

「何故ここに子供がいる? 一般人は今は入れないだろう?」


 俺のその呟きに来るはずのない返事が返ってきた。

 意識が切り替わる。一瞬で本能が警鐘を鳴らし、声がした方に自然と目線がいった。


 そこにいたのは黒衣の女。

 陽の光を遮り飲み込むような宵闇の衣を身に纏った明らかな強者だった。


「それは――お前がやったのか?」

「いや? 私にこんな趣味はない。やったのは連れだ」


 この言葉から分かるが、仲間がいるのか。

 危険だ。こいつの目的は分からないが、ワイバーンを簡単に殺せる奴が仲間にいる奴の目的など碌なものでないに決まってる。


「見られたからには……いやいいか、貴様は帰れ。私は無駄に殺すのは嫌いだ」

「生憎、俺にはやることがあるから無理だよ」

「そうか、なら――適当に潰させて貰う」


 その言葉が耳に届く瞬間、俺の目の前には女がいた。

 認識すると同時に防ごうとするが――あまりにも早く多分だが間に合わない。

 だけど、これより早いのを知っている俺は……。


「ほぉ今のを防ぐか」

「――なんとかね」


 風神弾の応用。

 咄嗟に魔力を練って風の鎧を作り、俺は今の攻撃を防いだのだ。

 本当に危なかった。一瞬でも判断が遅かったら、俺は吹き飛ばされていたどころか胸に直撃をくらい骨などが持っていかれた筈だ。


「なら尚更帰るがいい、こんな場所で命を無駄にする必要は無い。貴様なら数年あれば強くなれるだろう」

「絶対嫌だ」

「……そうか、なら仕方ない。私は目的を優先させて貰おう。貴様が何をするか分からぬが、私の邪魔をするなら追ってくるがいい。まぁ、ワイバーンに殺されなければの話だがな」


 何か朱い笛を吹いた瞬間さっきと変わらぬ速度でこの場から離脱したそいつは谷の奥へと消えていった。一先ずは生き残ったって事でいいけど、あいつの最初の言葉を思い出す限り目的はきっと。


「――ノア」


 相手は今は一般人が入れないことを知った上でこの谷に来ている。

 それも複数人であり、あの黒衣の集団は記憶通りならゲームの中盤に出てくる傭兵であったはずだ。そして確か種族は吸血鬼。


 あの黒衣は陽の光を遮るものであり、夜の貴族である彼等が出歩くための衣装。

 こんな場所で出会っていい相手じゃないし、圧倒的ではないものの今は明らかな格上。


「急がないと」


 さっきから嫌な予感が拭えない俺は何が何でもノアを守るために女吸血鬼の後を追うことにした。吸血鬼相手にどこまで戦えるか分からないけど……やるしかない。

 そう決めて追いかけようとしたその刹那、谷中のワイバーンが俺の元に集まってきたのだ。


「ッ――魔物使いかよ!」


 最後に吹いたあの笛、あれはきっと魔物を操るモノだろう。

 しかもかなり強力な魔物使いなのか、この範囲のワイバーンを操ってみせた。

 最悪だ。これじゃあ彼奴を追えない、でもやるしかない――逃げきるのは無理だ。だからここは倒さないと。

 

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