第4話:成長と出会い

 『アルカディア・ファンタジー』の主人公であるノアは完全な脳筋である。


 それが俺がこの世界で一年間過ごした事での結論であり、これはきっと彼が勇者になっても変わらないものだろう。例をあげるとすれば……岩が邪魔だといって槍で砕いたり、冒険者達に連れられていった訓練ではトロールの顔面を吹き飛ばしたり、遠くにいる怪鳥を弓で射れと言われたのに、槍を投げた方が早いと結論づけて弓を使わず撃墜したりと――。


 なんだそのチートスペックという風にツッコみたくなってくるが、彼の成長しやすいステータスは攻撃と素早さだったことを思い出し、乾いた笑いが漏れてしまう。

 それと思うのだが、ノアは勇者に本当になるのだろうか?

 一応俺は発売日から彼を操作し、裏ボスである俺を倒した仲なのだが……ゲームではもうちょっと大人しい子だった気がするんだ。


 いや彼が主人公である事は疑っていない。

 それどころか、主人公だけが使えた聖属性の魔法をもう覚えているから疑う余地はないんだけど、こうやって実際に動いているのをみると勇者と言うよりバーサーカー……。


「なールクス速く立てよ続き続き!」


 ぶんぶんと槍を振り回しながら近づいてくる狂戦士。

 彼は俺が立ち上がるのを今か今かと待ちながら、不満そうな顔をしていてすぐにも爆発しそうだ。もしもノアの不満が爆発してしまったら、それを鎮めるのは爆発させた俺になるので、すぐにでも立たないといけない。


「待ってって、でもさもうちょっと手加減してよ。もうぶっ飛ばされるの四回目なんだけど」

「えーでもついてきてくれるからいいじゃん」

「まぁそこは意地だよ」


 こいつには負けたくない。

 同じ環境で育ったからこそのその思い。

 魔法使った戦いはあまりにも危険だから今やってるのは木の槍と剣での模擬戦で勝ったら相手の言うことを一つ聞くという内容で始まったこの戦い。


 何を命令されるか分かったもんじゃないし、何より単純に俺は負けず嫌いだから負けたくないんだ。

 ……まぁもう四回ほど地面に倒れているから負けと言われたら負けだけど負けを認めない限り勝負は終わらないから問題なし!


 そしてそれから数十分後の事――。


「降参、もう無理――疲れた」


 俺は無様にも負けを認め地面で完全に伸びていた。

 だーめだこれ、体力の差があまりにも大きいんだけど……というか、ノアも負けず嫌いだからこの勝負俺が降参しないと終わらないことに気付いてしまい、俺は自然と降参を選んでいた。


 お願いだ神様、どうかこの狂戦士に負けを認めさせる方法を教えてくれ。

 そんな切実な問いをするほどに俺は疲れていて、もう一歩も動けないほどに疲弊していた。


「やったオレの勝ちー!」

「で、ノアは何を命令するの? 提案したのそっちだし何か考えてるんでしょ」

「えっとなーうんあるぞ!」

「じゃあ早く言って。あ、でも今は無理だからね」

「じゃあ久しぶりに一緒に寝ようぜ! 今日はリリア姉ぇが星が綺麗って言ってたし、外のハンモックで!」


 ん? そんだけでいいの?

 俺としてももっと無茶降りされると思ったんだけど、たったそれだけ?

 

 え、この子本当にノア?

 でも、入れ替わるタイミングとかないし、何よりそんな必要ないだろうから本物だろうけど……なんか調子狂うな。


「それだけならいいよ、星が綺麗なら見たいしね」

「やったー! 約束、約束だからな!」

「はいはい、分かったって……とりあえず先戻ってなよ、俺は暫く動けないからさ」

「分かった! また後でなー」


 そうやって彼と別れた俺は、暫く休憩した後でちょっとだけ魔法の練習をする事にした。本当はリリアさんの前じゃないと使ってはいけないのだけど、こうでもしないとノアに置いて行かれるから。


 それに、時が経てば俺には過酷な運命が待っている。

 詳しい情報はゲームでは明かされなかったけど、絶対にヤバイ目にあうのは確かなんだ。だから少しでも強くなる――それがきっと大事だろう。


「とりあえず日課の風神弾の練習、最近やっと形になってきたし、もうすぐ完成しそうだから」


 そうして風を集め球を作る。

 練習のおかげか野球ボールぐらいの大きさの球なら作れるようになったし、このままいけば目標の大きさを作れるようになるはずだ。


 それにそれが出来るようになれば次は発射する練習が出来るようになる。

 せっかく球を作っても使えなければ意味ないし、球だけ作ってはい満足という訳にはいかないからだ。


「よし、今日も魔力切れ限界までチャレンジして――あとは約束の時間まで本でも読もうかな」

 

 孤児院にある書斎に行って俺は本を読み始める。

 読む本はこの世界の事について書かれている本、今いる大陸の事や他の大陸や国の事などが書かれている。


 まずは俺が今いる名字にもなっているアルカディア大陸。

 一番大きい大陸でエルフやドワーフなどのよく聞くファンタジー種族や人間が住んでいる。で、俺が住んでいる国が大陸の名と同じのアルカディア。ゲームのメイン舞台でもあり、原作はこの国のアルステラ学園からスタートする。


 確かそれはノアが九歳になったら始まるからあと二年後……で、原作では最初から俺の姿はなく、それを考えるとこの二年の間に何かが起こるのは確定。


「でも肝心の何があるかは分からないんだよなぁ」

 

 ゲームでこの孤児院に帰って来るというイベントはあったが、そこでも俺……ルクスの姿はなかったし、何よりリリアさんもいなかった。

 つまりはそこ関係で何かが起こる?


 ……分かんないな。

 対策を練っておきたいけど、何があるか分からない以上下手に動けない。こんなんだったらもうちょっとストーリー外の所を調べとけば良かった。 

 これ以上は考えても仕方ないし、今日は魔法の本でも読んで勉強しよう。


「……えっと、氷魔法を再現するにはっと」


 何々?

 氷属性魔法を使う者は大抵が水属性魔法を使うことが出来る。そして、氷属性魔法は二段階の変化を用いる必要があり、水から氷そして別の形へ…………むっず。


 書いてあることは分かるが、俺には氷属性魔法が使える気がしない。

 だって水属性に変化するだけでもキツいのにさらなる変化を与えるとか脳が死ぬ。


 温度の調整とか周りの環境に合わせるとか色々考えなきゃいけないし完全にキャパオーバーだ。噂のメルリという大魔法使いはそれも簡単に再現してしまうようで、ここ一年間の間に色々彼女について勉強してみたが、本当に尊敬する。

 

「これ無理でしょ、リリアさん曰く氷属性魔法は難しいって聞くけどこんなんだとは思わない」


 氷系の技っていうのはロマンだから使ってみたかったけど、これを考えるとかなり勉強しないと出来なさそうだ。でも使えたら格好いいよなーとか考えてると。

 

「ふむふむ氷魔法の勉強中かい? どれお姉さんに見せてみるといい」


 ひょいっと本が取り上げられ真上から声が聞こえてきた。

 急に取り上げられて驚いてしまったが、すぐに俺は取り上げた声の主を探す。

 ここら辺では聞いた事がない声だったし、何より気配を感じなかったことから警戒しながら顔を上げればそこには、

 

「……マジで誰?」

「ん、私かい? 私はそうだな……すっごい綺麗な魔法使いのお姉さんだよ」

 

 白髪の髪をした整いすぎている美少女がいた。

 とんがり帽子を室内で被り、悪戯に成功した子供みたいな茶目っ気溢れる笑顔で俺を見てくるそんな女性。

 それが生涯の師匠とのファーストコンタクト、そして俺の運命の始まりだった。


――――――

――――

――



 書斎に現れた正体不明の魔法使い。

 白銀のローブを着込んだ白髪でルビーのような目をした美少女。

 確かにめっちゃ綺麗だが、自分で自分を綺麗というのは如何なものだろう。


 ……と、そんな事は置いておくとして何だこの人、俺から奪った本を見てとても楽しそうにしてるだけで何もしてこないぞ?

 というか、この室内でその大きい帽子邪魔じゃない? なんで被ってるの? 魔法使いのアイデンティティだから?


「この本かなり読み込んであるね。ふふふ……関心関心。魔法好きの子はお姉さん大好きだぞー」

 

 いいこいいこーって感じで俺の頭を撫で始める正体不明のお姉さん。

 誰かと勘違いしているのかめっちゃ最初から好感度が高い気がする。


「あの本当に誰? 誰かと勘違いしてません?」

「え、この孤児院の魔法好きは君……ルクス君だと記憶してるけどもしかして人違いかい?」

「いや、確かに俺がルクスですけど」

「ならいいじゃないか、ほら私も座るから膝に乗るといい。授業を始めるよ」


 真横の椅子に座ったかと思えば、人一人分のスペースを机と椅子の間に作りポンポンと自分の膝を叩いてきた。


 えぇ、何なのこの人? なんか凄い怖い。

 というか、なんで俺の名前を知ってるの? もしかしなくても個人情報漏れてる?


「もしや恥ずかしがっているのかい? この年にしてはませてない? ……ふふ、でも大丈夫そんな子でもお姉さんが朝から夜まできっちりと」

「おいロクでなし、いなくなったかと思えば人の家族に何してる?」

「おや、リリアじゃないかい。なんだいそんな怒って? 私は今からこの子と至福の時を過ごすから邪魔しないでくれたまえ」


 しっしと蠅を払うかのような動作をした後すぐにリリアさんから興味を失って俺へと向き直り何かを思い出したかのような顔でこう言った。


「そうだ。さっき広場でやっていたあの風の魔法を見せてくれないかい? なぁに、ちょっとでいいから先っちょだけでいい。ここじゃ危ないなら私と二人きりで外でヤろう?」

「やべぇよ、この人」


 手をワキワキとさせながら急に詰め寄って来る彼女にそんな感想しか抱けなかった俺はあまりの恐怖に固まった。 


 助けて、このままだと俺何されるの? やばない? バッドエンド直行? 原作開始前に人体実験でもされるの? 助けてマジで助けて。


「おいショタコン、いい加減にしろ!」


 だけどそれを救ってくれるのは我らが孤児院の主であるリリア様。

 どこからか剣を取り出した彼女はその腹で目の前の変態の頭を殴打した。

 こっちに興味を移していた彼女はそれを避けられるわけがなく、そのままきゅーっと目を回しながら地面に倒れた。


「逃げるぞルクス、この変態はここに閉じ込める」

「えぇ、でも放置は不味いんじゃ」

「知らん、こいつが悪い」

 

 そのまま俺の手を引いて書斎から出た途端精霊魔法を使って光の錠前を作ったリリアさんは扉をがっちりと閉めて俺を部屋に連れ戻した。


「私はあの変態を見張ってる。ノアとの約束の時間までは部屋から出ないようにな」

「アッハイ」

「それと、勝手に魔法を使ったらしいな後で説教だ」


 仁王と見間違うようなオーラの彼女に逆らえるわけがなく、俺はそのまま部屋にいることにした。何でバレたんだと思ったが、あの変態がさっき口走っていたのを思い出し、恐怖と共にアレに対して俺は怒りを覚えた。


「説教やだなぁ……今までバレてこなかったのにぃ」

「だよねぇ、リリアの説教長いよね。私が服とか放置してるとすぐ怒るし」

「分かる。ちゃんと畳まないと怒るんだよね。あ、あと本も戻さないと怒るよね」

「だよねー、こっちは後で読むつもりだから放置してるのにいつも片付けないと怒るんだよー」

「確かにいつも後でちゃんと片付けるって言ってるのになんで……あのなんでここに?」


 とても自然な流れで会話していたけど、どうして俺しかいないこの部屋に知らない人が? というか、どうやって部屋から出たんだよこの人。


「ふっあの程度の部屋私にかかれば楽勝さ、どうだい? 方法知りたいだろう?」

「知りたくないです。というか自然な流れで俺を膝に乗せないで下さい」

「いいじゃないか、お姉さんの膝で安心してゆっくり休むといいよ」


 何も安心できる要素がないんだけど、そもそもまだ俺この人の名前知らないし。

 ……未だ呼び方正体不明の魔法使いなんだけど、そろそろ自分の名前ぐらい教えてくれない? でも待てよリリアさんがロクでなしって言う人で、知り合いっぽいんだよな? そういえば一年程前に話題に出てたような……てかさこのキャラ覚えてるぞ。


「あ、そういえばまだ名前を教えてなかったね。私はメルリ――夢幻の名を賜ったちょっと凄いお姉さんさ」

「……まじかぁ」

「むぅ、なんだいその反応。そこはお姉さんを褒め称える場面だろう?」

「いや、本当にまじかぁ」


 ロクでなしという事は知ってたけど、こんな性格だったんだメルリって。なんだろう、一年間の間に彼女の逸話を色々調べて憧れていたからなんだけどさ……すっごい複雑な感情に襲われた。



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