65. 驚異のピコピコハンマー

 コォォォォォ……。


 今まで無音だった宇宙空間だったが、徐々に何かの音が響いてくる。


『およ?』


 シアンはキョロキョロと辺りを見回した。そして、海王星がもう目前にまで迫っているのを見るとニヤリと笑った。


『お前、大気圏突入で僕を焼く気だね? ふーん、どうなるかやってみようか?』


 ネヴィアは目をギュッとつぶり、ガタガタと震えるばかりだった。


 やがて風きり音が激しく船内にも響き始め、フロントガラスもほのかに赤く輝き始める。


 その中でシアンはまるでサウナで暑さに耐えるように、歯を食いしばりながら超高圧と灼熱に耐えていた。


 そもそも宇宙空間で生身になっていること自体意味不明なのに、大気圏突入にまでつきあっているこの少女にタケルは絶句してしまう。


 直後、シアンが閃光を放ち、激しい炎を伴いながら燃え上がる。目の前で燃え上がる少女の凄惨なさまにタケルは思わず目を覆った。


 さすがの大天使も生身の大気圏突入は厳しかったようである。


 しばらく激しい轟音が響いていたが、徐々に落下速度が落ちてきて風きり音も落ち着いてくる。


 タケルが目を開けると、目の前には黒焦げになった『人であったモノ』がべったりとフロントガラスに張り付いており、そのホラーな情景に叫び声をあげた。


 ひぃぃぃ!


「くぅぅぅ……。やってまった……」


 ネヴィアは頭を抱えて突っ伏している。大天使を殺してしまった場合、一体どんな罪になるのか分からないが、ネヴィアの様子を見るに相当にまずい様子だった。


「ど、どうするのこれ……?」


 恐る恐るタケルは聞いた。


「どうもこうも……」


「バレ……ないの?」


「バレる……じゃろうな……」


「もうバレてたりして。くふふふ……」


 いきなり後部座席から声がして、二人はあわてて振り向いた。そこには青いショートカットの可憐な少女が、シルバーの近未来的なボディスーツを身にまとって笑っている。それは焼かれたはずのシアンだった。


「い、いつの間に!?」


 目を白黒させているネヴィアの首を後ろから両腕でキュッと締め上げ、チョークスリーパーに持っていくシアン。


「熱いじゃない! 何してくれんのよ!!」


「ぐほぉ! ギブ! ギブ!!」


 ネヴィアは白目をむいてシアンの腕をタップした。


「航空法違反、公安法違反、殺天使犯で三倍満だ! お縄につけぃ!」


 シアンはプリプリしながらネヴィアの首を絞めあげる。


 キュゥゥゥ……。


 ネヴィアはたまらず気絶してしまった。


「あぁっ! ネヴィアぁぁ! 死んじゃいます、緩めてください!」


 タケルは慌ててシアンの手を引っ張り、懇願する。クレアを生き返らせに行くのに、ネヴィアが死んでしまってはやりきれない。複雑な事情は分からないが、この場で死刑はさすがに理不尽すぎる。


「およ? 死んじゃった……?」


 シアンは慌てて技を外すと、白目をむいてるネヴィアの頬をペチペチと叩いて首を傾げた。



         ◇



 シャトルをホバリング状態にさせ、二人を座席に正座させたシアンは、どこから出したのか赤と黄色のピコピコハンマーを片手にニヤッと笑った。


「お待ちかね! 尋問ターイム!!」


 何がそんなに楽しいのか、上機嫌なシアンはハンマーで座席をピコピコ叩きながら叫ぶ。


 タケルとネヴィアは渋い顔をしてお互いを見合う。


 星間の狂風アストラル・クイーンという二つ名を持つ、宇宙最強の大天使がなぜここまで子供っぽいのか理解できずにタケルは首をかしげた。


「さて、容疑者ネヴィアよ。お前はこのシャトルで何を企てていたんだ? 洗いざらい吐け!」


 シアンはピコッとハンマーで座席を叩く。


「あ、いや、こ奴にジグラートを見学させようと……」


「ダウト!」


 シアンは目にも止まらぬ速さで、ピコピコハンマーをネヴィアの脳天に叩きつけた。


 ピコッ!


「重罪を犯して見学なんてする訳ないでしょ? 馬鹿にしてんの?」


 シアンは目を三角にしてプリプリと怒る。


「あっ、こ、こ奴がどうしても見たいと……」


 ネヴィアが何とかごまかそうと必死になった時だった。


「あぁ?」


 シアンはドスの効いた声を上げると、ピコピコハンマーの柄をパキッと割り、中から青く輝くナイフを取り出した。


「言わないなら、この頭カチ割って脳髄から直接データ……取るわよ?」


 シアンは嗜虐的な笑みを浮かべながらガシッとネヴィアの首根っこをつかむと、青く鋭く光る刀身をペロリと舐める。


 ひ、ひぃぃぃ!


 その不気味に光るナイフにネヴィアはすくみあがる。この人はやると言ったら、本当にやってしまう厄介な人だったのだ。


「ま、待ってください! これは僕のためにやってくれたことなんです。彼女は悪くありません!」


 タケルは耐えられずに声をあげた。
















66. 星間の狂風の弟子


「ほう?」


 シアンは嬉しそうにタケルの方を見て笑う。


「我々はただ、理不尽に殺された少女を生き返らせたい、ただそれだけなんです!」


 タケルは今までのこと、どうしてもクレアを生き返らせたいということを切々と語った。


「まぁ、そんなことだろうと思ってたんだよネ」


 シアンは肩をすくめ、つまらなそうに首を振る。


「見逃してください! お願いします!」


 タケルは必死に頭を下げる。ここで否定されたらもはやクレアは生き返らないし、自分たちは重罪人で処罰されてしまう。どうしても見逃してもらうしか手がなかった。


 しかし、シアンは碧い目をギラリと光らせ、腕で×印を作る。


「ダーメッ! 人を生き返らせたい、それはみんな思うの。でも、そのたびに生き返らせていたら世界は大混乱だよ? 世界を健全に保つには新陳代謝が必要。これは鉄則だゾ!」


「そこを何とか!!」


「ダメったらダメ! これは厳格な規則なの!」


 完全に拒絶されてしまって、タケルには道がなくなった。もちろん、彼女の言うことは正しい。死んだ者を生き返らせるのは世界にとって禁忌だろう。だが、だからといってクレアの死を受け入れるわけにはいかない。シアンの納得できる条件とは何だろうか? タケルは必死に考え、究極の条件を思いつく。それはタケルの出せる最後の条件だった――――。


「だったら……。等価交換……させてください」


「等価……交換……?」


「そうです。僕の命を……彼女の命に代えてください」


 タケルはシアンの目を見つめながら全ての想いを乗せて言い放った。


「お、お主! 何を!」


 ネヴィアが慌てて止めに入る。


「クレアは僕のために死んだんだよ! 生き返るならこの命は惜しくない!」


 タケルは自然と湧いてくる涙を押さえられず、ポロリとこぼした。


「本気……? 死ぬのよ?」


 シアンは首を傾げ、タケルの顔をのぞきこむ。


「本気です! 嘘は言いません!!」


 タケルはまっすぐにシアンの青い瞳を見つめた。


「ふぅん……、なるほど……ね。凄まじいまでの想いだ……」


 シアンはそのタケルの覚悟に少し驚いて、大きく息をついた。


「だ、だったら……」


「でもダメよ。例外は認められない」


 シアンは申し訳なさそうに首を振る。


「何とか、何とかお願いしますぅ……。クレアがいない人生なんて耐えられないんですぅ……」


 タケルは泣き崩れた。失って分かったクレアの大切さ。タケルの心の奥にはクレアの笑顔がたくさん詰まっており、クレアの笑顔によって生かされていたのだ。


「なんだ、面倒くさい奴だな……」


 シアンは口をキュッと結ぶと大きくため息をつき、空中に画面を浮かべて何かを調べていった。


「ほぉ……。なんと! ははっ、お前面白い奴だな!」


 画面を食い入るように見たと思うと、シアンは楽しそうに笑う。


 何が楽しいのか良く分からないタケルは泣きはらした目でシアンを見た。


「お前、僕の弟子になれ!」


 シアンはタケルの肩をポンポンと叩くと、ニヤッと笑った。


「へ……? で、弟子……ですか?」


「弟子であれば僕の身内だ。身内の大切な人を生き返らせたくらいなら、誰も文句言わないよ?」


「え……? い、いいんですか?」


 タケルは目を大きく見開き、思わず立ち上がる。


「女神様がね、君を転生させたの、なんだか分かる気がしたんだ。君には何かがありそうだ。でも、弟子ってことは、僕の言うこと何でも聞くんだゾ?」


 シアンはいたずらっ子の笑みを見せながら、タケルの涙でグチャグチャの顔をのぞきこんだ。


「は、はい! 何でも聞きます! よろしくお願いします。」


 タケルはまぶしい笑顔を浮かべ、シアンの手をギュッと握った。


「お主! これは凄い事じゃぞ! 星間の狂風アストラル・クイーンシアン様の弟子と言ったらもはや誰も逆らえんぞ!」


「くふふふ……。でも、僕が『死ね』って言ったら死ぬんだぞ?」


 シアンは邪悪さの漂う笑みを浮かべる。


「えっ……? くぅぅぅ……、わかり……ました……」


 タケルは弟子になることの重大さに唇を噛み、うなだれた。この破天荒な少女の要求は軽く常識を超えてくるだろうことは想像に難くない。しかし、クレアを生き返らせるためにはなんだって受け入れるしかないのだ。


「これで一件落着! 弟子一号君、よろしく! うししし……」


 シアンは楽しそうにパンパンとタケルの肩を叩いた。



        ◇



「ところで、シアン様はなんであんな所にいたんですか?」


 ネヴィアが少し不満げに聞く。


「えっ!? あー! 忘れてた!」


 シアンはポンと手を叩くと、上空をキョロキョロと見回し始めた。


「なんかねー、テロリストがあの貨物船に何かを仕込んだらしくてね……。お、あいつかな?」


 シアンは空の一点を凝視し、うなずくと空中に画面を開いて何やら計算し始めた。


 その方向には何やら光る点がゆっくりと動いて見える。


「どうやら貨物船も大気圏突入段階に入ったようじゃな……」


「ふんふん、じゃ、この辺りでいっかな……」


 シアンは両手を前に出し、目をつぶると何かをぶつぶつと唱え始めた。すると、向こうの方で何やら竜巻が渦を巻き始める。


「竜巻だ……、竜巻で一体何を……?」


 シアンは何やら楽し気にぶつぶつとつぶやき続ける。


 タケルはネヴィアと目を合わせ、首をかしげた。


 竜巻はどんどんと大きく成長し、やがて上の方に大きな水の球を形成していく。それは海王星のうっすらと青い輝きを反射して青く美しく輝いた。





















67. 死のジェットコースター


 タケルはその美しい輝きに魅せられる。


「綺麗……ですね……」


 しかし、シアンは余裕のない様子で眉間にしわを寄せ、何やら渾身の力を振り絞り始めた。


 徐々に成長していく水の球……。やがて、それは直径数キロの巨大なサイズにまで膨れ上がっていく。


 シアンは満足げな表情でふぅと息をつくと、水筒を取り出し、ゴクゴクとアイスコーヒーでのどを潤した。


「水玉で……どうするんですか?」


「まぁ見てなよ。面白いよ! くふふふ……」


 見れば貨物船の輝きが一層増して、まぶしいくらいの閃光を放っている。全長三キロにも及ぶ巨大なコンテナの集合体はノズルスカートを前面に出し、大気と激しく反応しながらマッハ二十の超音速で海王星へと降りてきているのだ。


 見る見るうちに大きく見えてくる貨物船。それは吸い寄せられるように一直線に水玉を目指した。


「まさか、衝突させるんですか!?」


 ネヴィアは叫んだ。マッハ二十とは銃弾の二十倍の速度である。そんな速度で水に突っ込んだら大爆発を起こしてしまう。


「ピンポーン! そんなシーン今まで見たことないでしょ? くふふふ、楽しみっ!」


 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべて笑う。


「いやちょっと、マズいですって! こんなところに居たら巻き込まれますよ!!」


「だーいじょうぶだってぇ! ネヴィアは心配性だな。がははは!」


 パンパンとネヴィアの背中を叩くシアン。


「乗務員はどうなるんですか?」


 タケルは恐る恐る聞いた。


「テロリストの話があった時点で退避済み。あれは自動運転だよ」


「貨物は捨てちゃうってことですか?」


「テロリストに汚染された貨物なんて恐くて使えないからね。焼却処分さ」


 シアンは渋い顔で肩をすくめる。


「でも、貨物船は……もったいないのでは?」


「そんなの造り直せばいいだけさ。うちの弟子にやらせれば解決!」


「えっ!? 弟子って……?」


「僕に弟子なんて一人しかいないゾ!」


 シアンはニヤッと笑うとタケルを指さした。


「マ、マジですか!? あ、あんなの造れませんよぉ」


 タケルは泣きそうになる。


「頑張ればできる! 気合いだ! ほら来たぞぉ! 五、四、三……」


 シアンはウキウキしながらカウントダウンを始めた。


 激しい閃光を上げながら長大な貨物船は真っ白な光跡を描き、ものすごい超高速で一直線に水玉に突っ込んでいく――――。


 刹那、激烈な閃光が海王星を包んだ。


 巨大水玉に突っ込んだ貨物船はその膨大な運動エネルギーを瞬時に熱エネルギーに変え、大爆発を起こしたのだ。後方のコンテナ群は次々と折れ曲がりながらその爆心地に突っ込んでいき、さらなる爆発を加速した。


 グハァ! ひぃぃぃぃ!


 その激烈な閃光はシャトルを焦がし、タケルたちは顔を覆った。


 爆心地からは白く繭状の衝撃波が一気に広がっていく。


「退避! たーいひ!!」


 ネヴィアは目をつぶったままシャトルのエンジンをふかして逃げ始める。


 ズン!!


 直後、衝撃波がシャトルを襲い、まるで木の葉のように吹き飛ばされながらグルグルと回転していった。


 うわぁぁぁぁ! ひぃぃぃぃ! きゃはははは!


 三人は必死に振り落とされまいと座席にしがみつく。


 次に襲ってきたのはコンテナの残骸だった。ひしゃげた部品などが次々とシャトルに突っ込んできて当たり、ヤバそうな衝撃音を立てている。


「だからマズいって言ったんじゃーー!」


 涙目のネヴィアは必死に操船しながら叫ぶ。しかし、シアンはジェットコースターに乗った子供のように笑った。


「きゃははは! たーのしーっ!」


 タケルはとんでもない人の弟子になってしまったことを後悔しながら、虚ろな目で激しく揺れるシャトルのシートにしがみついていた。




           ◇



「あー、楽しかった!」


 シアンはご満悦で座席にドスッと座りなおすと、水筒を取り出しておいしそうにアイスコーヒーを飲んだ。


「『楽しかった』じゃないですよ! 一歩間違えば死んでたんですから!」


 ネヴィアはプリプリしながら言った。


「でも、なかなかできない体験だったでしょ?」


「普通やりませんからな」


 ネヴィアは口を尖らせた。


「まぁ、これで懸案は解決! それじゃ、どうやってクレアちゃんを復活させるつもりだったか見せてもらうゾ! 出発進行!!」


 シアンはピコピコハンマーで楽しそうに座席を叩いた。













68. クリスタルコンピューター


 シャトルは海王星の中へと降りていく。雲を抜け、深い碧へと降りていくと白い霧の層に入ってきた。それをさらに碧暗い奥へと降りていくとやがて闇に包まれていく。


 ヘッドライトをつけ、まるで深海のような暗闇をさらに下へ下へと潜っていく。


「こんなところに……本当にあるの?」


 タケルは不安になってネヴィアに聞いた。


「普通そう思うわな。何もこんなところに作らんでも……」


 ネヴィアはグングンと数値が上がっていくモニターの深度計を見ながら、肩をすくめる。


 さらにしばらく降りていくとモニターに赤い点が表示されはじめた。一列に並んでいる点にはそれぞれ四桁の番号が振られている。


「あー、うちの星は3854番じゃったな……。お、あれじゃ!」


 ネヴィアはそう言いながら点の一つへと近づいて行く。ヘッドライトにはチラチラと雪のような白い粒が舞って見える。


「これが……、ダイヤモンド?」


「そうじゃが、このサイズじゃ宝石にはならんな。カッカッカ」


「これ、もっと深くまで行くと大きいのがあるんだよ? くふふふ……」


 シアンは楽しそうに笑う。


「ちょ、ちょっと待ってください。そんな深くまで潜れる船なんてないですよね?」


 ネヴィアは怪訝そうな顔で聞いた。


「僕の戦艦大和ならいくらでも大丈夫! エヘン!」


 シアンは意味不明なことを言って胸を張った。


「ほら、もうすぐ見えてくるぞー」


 ネヴィアは面倒くさい話になりそうだったので、聞かなかったふりをして前を指さした。


 やがて、暗闇の中に青白い光が浮かび上がってくる。それはまるで深海に作られた基地のようにダイヤモンドの吹雪の中、幻想的に文明の明かりを灯していた。


 近づいて行くと全容が明らかになってくる。漆黒の直方体でできた武骨な構造体は全長一キロメートルほどあり、継ぎ目から漏れる青白い光が表面に幾何学模様を描く。それはまるで暗闇に浮かぶ現代アートのような風情だった。


 タケルはその異様な巨大構造体を前にして不思議な感傷に包まれていた。生まれてからずっと自分はこの中で生きてきたのだ。街も友達もそしてクレアとの交流もずっとこの中で営まれていたのだ。この太陽系最果ての碧い星の奥底、ダイヤモンドの吹雪の中で、淡々と地球は創出され、回り続けていた。


 これはとんでもない奇跡なのではないだろうか? タケルは自然と湧いてくる涙を指で拭いながら徐々に近づいてくるその偉大な巨大構造体を見つめていた。



        ◇



 無事接舷したシャトルから降りると、肌を刺すような冷気に襲われる。


「ひぃ~っ! 寒いっ! 寒いっ!」


 シアンは叫びながら通路をダッシュして、ジグラートの内部へと跳び込んでいった。


 タケルもガタガタ震えながらシアンを追う。何しろ外は空気も液化してしまう極低温なのだ。通路もかなりの低温になってしまう。


 ジグラートの内部へ足を踏み入れた瞬間、タケルは息をのむような美しさに目を奪われた。視界はたちまち虹色の光の洪水に飲み込まれる。それは微細でありながら、無数の輝きが絡み合いまるで生きているかのように躍動し、息を呑むほどの幻想的な景色を作り出していた。


 ほわぁぁぁ……。


「どうじゃ? これが地球じゃよ。驚いたか?」


 ネヴィアは圧倒されているタケルにドヤ顔で笑う。


 Orangeのデータセンターも相当に高集積されたサーバー群だったが、さすがにジグラートは次元が違った。スパコンの一兆倍はあろうという超ド級のデータセンターは、もはや神々しささえ感じさせる圧倒的なスケールだった。


 小屋サイズの円筒形のサーバーラックが無数の虹色の光を明滅させながらずっと奥まで並び、それが上にも下にも金属のグレーチングの通路を通してどこまでも続いて見えるのだ。


 見れば一個のサーバーは一枚の畳のようなクリスタルの結晶である。きっと光コンピューターだろう。それが軸に向かってたくさん挿さって円柱状になり、それが何層にも積み重なって一つのサーバーラックを構成しているようだ。そして、そのクリスタルの結晶からは微細な無数の輝きが漏れ出し、全体ではまるで豪華なイルミネーションのように虹色のまばゆい光を放っていた。


 地球をコンピューター上で再現するなど夢物語だと思っていたが、こうして目の前で明滅する膨大な数のサーバー群を見せつけられると、現実解だと思わされる。そう、ここまでしないと地球なんて作れないし、逆にここまでやれば地球は創り出せてしまうのだ。


「何やっとる。ほら、行くぞ」


 ネヴィアは感動に打ち震えているタケルの肩をポンポンと叩き、グレーチングの通路をカンカンと音を立てながら奥へと歩き始めた。


「ま、まって!」


 いよいよクレアを生き返らせる。しかし、この膨大なデータセンターで一体どうやって一人の少女を生き返らせるのか、タケルには皆目見当もつかなかった。


















69. 奇跡の御業


 虹色の光の洪水を浴びながら、しばらく通路を進むとやがて巨大なサーバーが見えてくる。それは十階くらいぶち抜いた、もはや巨大なタワーともいうべきサーバーだった。


 ほわぁ……。


 タケルはその精緻な虹色の光に覆われたタワーを見上げ、感嘆のため息をつく。光は漫然と光っているのではなく、一定のリズムを刻みながら、塔全体として踊るようにいくつもの光の波を描きながら現代アートのように荘厳な世界を作り上げていた。


「ここがジグラートの中心部、神魂の塔サイバーエーテルじゃ。お主の星の全ての魂はここに入っておる」


 ネヴィアは神魂の塔サイバーエーテルに近づき、そっとキラキラと輝くクリスタルでできたサーバーをなでた。


「えっ!? 全員ここに? じゃあ、僕もクレアもここに……?」


「そうじゃ、お主は……あれじゃ」


 ネヴィアは少し離れたところのサーバーを指さした。


「へっ……? こ、これ……?」


 そこには他のサーバーと変わらず、微細にあちこちが明滅するクリスタルがあるばかりである。


「よく見ろ! これじゃ!」


 ネヴィアが指す光の点を見ると、黄金色の輝きがゆったりと眩しく輝いたり消えそうになったり脈を打っていた。それはとても親近感を感じる輝きで、なぜだろうと思ったらそれは自分の呼吸に連動していたのだ。息を吸うと輝き、吐くと消えるようだった。


 えっ!?


 驚いた刹那、黄金色の輝きは真紅に色を変え、鮮やかに光を放った。


 こ、これは……?


「どうじゃ? これがお主の本体じゃ」


 ネヴィアはニヤッと笑ってグッとサムアップする。


「こ、これが……僕……?」


「信じられんなら引き抜いてやろうか?」


 ネヴィアはクリスタルのサーバーをガシッと掴む。


「や、止めて! 死んじゃうだろ!」


 タケルは青くなってネヴィアの手をはたいた。自分の魂がシステムから切り離されたらどうなるか分からないが、少なくとも生命活動は停止しそうである。


「冗談じゃって。カッカッカ」


 楽しそうに笑うネヴィアをタケルはジト目でにらんだ。


「で、クレアはどこ?」


「あー、そうじゃな……。えーと……ここじゃ」


 ネヴィアは少し離れたところのサーバーを指さした。


「こ、これ……?」


 指さしたところには、か細いオレンジ色の光が消えかかったような状態で止まっていた。周りの元気に輝く点の中で、クレアだけが消えかかっている状況に思わずタケルは息をのんだ。


 死ぬというのはこういうことなのだ。タケルはゾクッと背筋に冷たいものが流れるのを感じる。


「チップをここに挿してみぃ」


 ネヴィアはサーバーの上の端にある小さなくぼみを指さした。


「こ、ここ……かな?」


 タケルはポケットから出したチップをそっとサーバーに挿しこんでみる。


 差し込んだ瞬間、チップは黄金色に明滅したかと思うと、直後、複雑に虹色に高速に瞬いた。


「こ、これで……クレアは生き返るの?」


「さあ? 我に聞くな」


 ネヴィアは少し意地悪に肩をすくめた。


「えっ、そんなぁ……」


「ほうほう! なーるほど、なるほどっ!」


 後ろから見ていたシアンは、身を乗り出してチップの明滅を楽しそうに食い入るように見つめた。


「うまく……、行ってますか?」


「うんうん、よし! じゃあ、君は手を前に出してー」


 シアンはタケルの手を引っ張った。


「えっ……? 何をするんですか?」


「くふふ、刮目かつもくせよ!」


 シアンは嬉しそうに笑った。


 刹那、タケルの目の前に黄金色に輝く微粒子がどこからともなく集まってきた。


 え……?


 どんどん集まってくる光の微粒子はやがて徐々に形を持ち始める。


 ま、まさか……。


 微粒子はやがて少女の形を取り始める。そう、それはクレアそのものだったのだ。


 直後、クレアはまぶしく輝き、タケルの両腕にずっしりとその身をあずけた。


 おぉ!


 いきなりの重みによろけたが、その奇跡の御業にタケルは唖然としてただ美しいクレアの顔に見とれた。


 しかし、クレアはピクリとも動かなかった。体温は温かく感じられるが、べっとりと血ノリの付いた、死んだ時のワンピースを身にまとい、まるで死んだ直後みたいだった。

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