60. 選択の結果

「今参ります!」


 ネヴィアはそう言うと、タケルの手を取ってピョーンと跳び上がる。


 うわぁ!


 タケルはコロニーの上空へと連れていかれた。しかし、跳び上がってしまえば基本無重力である。二人は不思議な軌跡をえがきながらやがて男性の方へと近づいて行く。


 ネヴィアはくるりと回って着陸態勢に入ると、タケルにも足を床の方へと向けさせた。


 おわぁ!


「上手く着地するんじゃぞ!」


 かなりの速度で回っている床に、ネヴィアは一足先にスライディングするように着陸すると、タケルの身体を受け止める。


 よいしょー!


 タケルはネヴィアに抱きかかえられるようにして何とか床に着地した。


 ふぅ……。


 安堵しているタケルの元に男性がニコニコしながら近づいてくる。


地球ジオスフィア管理局ネクサスへようこそ!」


 ダボっとしたわずかに金属光沢を放つジャケットを着た、気さくな男性はにこやかに右手を差し出した。


 タケルは困惑しながら握手をする。


「あ、あなたが……、魔王……ですか?」


「あぁ、それは魔人たちが勝手にそう呼んでいるだけさ。僕は瀬崎せざきゆたか。ただの管理人アドミニストレーターだよ」


 瀬崎は面倒くさそうに肩をすくめた。


「瀬崎……? もしかして……」


「そう、僕も日本出身さ。まぁ座って……」


 瀬崎はそう言いながら会議テーブルの席を案内した。

 

 は、はぁ……。


 タケルは人類の敵、クレアの仇である魔王が、こんなスペースコロニーで働いている日本人だったことに混乱を隠せない。


 瀬崎はコーヒーを入れたカップをタケルに差し出す。


「いやぁ、まさかあんな攻撃を繰り出してくるとは完全に予想外だったよ。おかげで魔王軍は全滅。君の完勝だな」


「なぜ……、なぜこんなことをやっているんですか?」


 タケルは声を震わせながら、極力冷静に努めながら聞いた。


「これが……宇宙の意志……だからかな?」


 瀬崎は自分も納得していない様子で、渋い表情を浮かべながら首をかしげる。


「人を殺すのが宇宙の意志だって言うんですか!?」


 タケルはガン! と、テーブルをこぶしで叩いた。こんなところで涼しい顔で人類を手玉に取っている構造など許しがたいのだ。


「うん。君の怒りは良く分かる。僕も最初そう思ったからね」


「人生はゲームじゃないんだぞ! みんな必死に生きているんだ!」


 タケルは涙声で吠えた。


「そりゃそうさ。でも、僕だって必死に生きてるんだけど?」


 瀬崎は肩をすくめる。


 タケルは訳が分からなくなった。本当ならこの日本人をボコボコに殴ってしまうべきなのかもしれないが、それで何かが解決するような気もしないのだ。今まで生きてきた自分の人生がまるで映画だったかのような錯覚すら覚えてしまう。


「一体……なんなんだよぉ……」


 タケルはポロポロと涙を流しながら、怒りの矛先が分からなくなってテーブルに突っ伏した。



         ◇



 タケルが落ち着くのを待ち、瀬崎は淡々と説明をする。


「我々は地球を創り、そこに人類を産み落とす。そして、エネルギッシュな多様性のある社会となるようにあらゆる施策を盛り込み、時には敵を作り、時には助け、人類の健全な発展に貢献していく。死など望んではいないが、その過程で死者が出るのは避けられない」


「そんなことのために……クレアは殺されたんですか!?」


「おいおい、僕がやっているのは舞台の整備だけだ。そこで何が起こるかは君たち登場者の選択の結果だ」


「選択の……結果……?」


「魔人が危険な相手だということは君も知っていたはずだ。不審なものを見かけたクレアちゃんを単独行動させるなんて僕なら絶対やらんよ」


 肩をすくめる瀬崎。


「そ、それはそうですが、だからと言って人殺しを配置していたあなたにも責任はあるんじゃないんですか?」


 タケルは泣きはらした目で瀬崎をにらんだ。


「あるかもしれないね。でも、これ、仕事だからね。文句あるなら女神様に言って」


 瀬崎はつまらなそうに首を振った。


 タケルは反論しようとしたが、言葉が出てこない。瀬崎の責任を追及してもクレアが戻ってくることはないし、自分に落ち度があるのもまた確かなのだ。


 くぅぅぅ……。


 タケルは自分の愚かさが嫌になり、ガックリとうなだれ、涙をポロポロとこぼす。


「いい娘だったよねぇ……」


 瀬崎はそう言うとコーヒーを一口すすった。


 うわぁぁぁぁ……。


 深い絶望の中で、タケルは自身の失ったものの大きさを受け入れられずに激しく泣きじゃくる。あんなにやさしく、健気な彼女を自分の慢心が原因で失ってしまったことが、タケルの心を容赦なく引き裂いていった。



















61. 蛇の道は蛇


「クレアちゃん……、呼び戻す?」


 見かねた瀬崎はボソッとつぶやく。


 へ……?


 タケルはその耳を疑うような言葉に固まった。


「瀬崎様! そ、それは禁忌……」


 横で聞いていたネヴィアが真っ青な顔で言いかけるのを遮って、タケルがガバっと体を起こす。


「そ、そんなことできるんですか!?」


 涙でグチャグチャになった顔を隠しもせず、瀬崎をまっすぐに見つめるタケル。


「はっはっは! 君がそんなこと言うなんてね。自分の存在をなんだと思っているんだ?」


 瀬崎は楽しそうに笑った。


「じ、自分……ですか……? あっ!?」


 タケルは自分自身死んで転生してこの世界にやってきたことを思い出す。死は終わりではないのだ。それは自分の存在が証明していた。


「瀬崎様、マズいですよぉ……」


 ネヴィアは眉をひそめながら小声で言う。


「もちろん、命の再生は女神様の専権事項。僕がやったら捕まっちゃうよ。でも、蛇の道は蛇。バレなきゃいいのさ」


 瀬崎は悪い顔でニヤッと笑った。


「ど、どうやるんですか?」


 タケルは身を乗り出す。


「これさ」


 瀬崎はそう言いながらポケットから小さなガラスのかけらを取り出し、テーブルに置いた。


「え……? こ、これは……?」


 タケルは恐る恐る手を伸ばし、そのガラスの破片を手に取ってみる。まるで目薬のような不思議な形をしたそれは、光にかざしてみると中に集積された微細な構造がキラキラと虹色に輝き、まるで宝石のように見えた。


「も、もしかして……」


 ネヴィアは嫌な予感を感じ、首を振りながら後ずさる。


「君の想像通り。これをジグラートのサーバーに挿す。それで解決さ」


「いやいやいや、ジグラートなんて誰が行くんですか?」


「タケル君……だけど、タケル君じゃ何もわからないからね。ついて行ってあげて」


「えぇぇぇぇぇ!! 嫌ですよぉ! 嫌っ! 死にたくないぃぃぃ!」


 ネヴィアは目に涙を浮かべ、バタバタと暴れる。


「はははっ、大げさだな。そのくらいやってあげてもいいんじゃないか? 君も結構お世話になってるんだろ?」


「嫌です! 嫌っ!」


 ブンブンと子供のように首を振るネヴィア。


「何? 君、そんなに薄情なの? ならそろそろ君の勤務実態の精査を……しようかなぁ……」


 瀬崎はそう言いながら空中にウインドウを開いた。


「お、お待ちください!」


 ネヴィアは急に真顔になって瀬崎の腕をガシッとつかんだ。


「わたくしが彼を案内します! わたくしは情に厚いですので」


「厚い?」


「そりゃもう南極の氷より厚いと評判であります!」


 瀬崎はその見事なまでの手のひら返しにクスリと笑うと、ポケットから小さな黒いチップをネヴィアに渡した。


「じゃあ、これ。シャトルのキー。ご安全に」


「了解であります!」


 ネヴィアはビシッと敬礼をすると、タケルの手を取って、「すぐに行くぞ!」と上へと一気にジャンプした。


 うわぁ!


 床を離れ、小さくなっていく瀬崎を見ながら、タケルは慣れない移動方法に目を白黒とさせる。


「くぅ……。面倒くさいことじゃ……」


 ネヴィアは口をとがらせ、深くため息をつく。


「わ、悪いねぇ。でもクレアのため、協力してくれよ」


 タケルは予想もしていなかったクレア復活のチャンスに胸は躍り、ワクワクしながらギュッとネヴィアの手を握った。


「乗り掛かった舟じゃからな……。じゃが、死んでも文句は言わんでくれよ」


 ネヴィアはそう言いながらポケットからスプレー缶のような道具を出すと、プシュッとひと吹きし、スペースコロニーの中心部分を奥に向かって飛び始めた。オフィススペースの奥は公園のような木の生い茂るエリアとなっていて、その奥には芝生エリアが広がっている。


「死ぬって……、そんなに危険なの?」


 タケルは芝生でピクニックをしているのどかな人たちの上空を飛びながら、眉をひそめる。


「ジグラートは海王星の中、氷点下二百度のダイヤモンドの吹雪が吹き荒れる中にある。以前行った時は遭難しかかったんじゃ」


「な、なんでそんなところに……」


「宇宙で一番寒いところじゃからな。サーバーから出る多量の排熱を冷やすには都合は良かったんじゃろ? 知らんけど」


「サーバー? ジグラートってデータセンター……なの?」


「そうじゃ、全長一キロにもなるダイヤモンドの吹雪の中に浮かぶ漆黒のデータセンター。まさにバケモンじゃよ」


「そんな巨大データセンターで一体何を……?」


「……。お主もうすうす感づいとろう。地球を創り出しておるんじゃ」


「えっ!? コンピューターで地球を創ってる!?」


「そうじゃ。大地も海も街も人も動物も全部デジタルの産物じゃ。お主も我もな」


 タケルはその説明に言葉を失った。今までの人生、何の違和感もなく地球があって人があることを当たり前のように感じていたが、全てそれは幻想だったということらしい。いわば世界はVRMMOのようなバーチャルゲームであると考えた方がいいのかもしれない。


 そう考えてくると自分が転生したことも、ITスキルで魔法を繰り出せたことも、そして、これからクレアを生き返らせに行くことも全てスッと胸に落ちてくる感覚があった。


 しかし、それを認めてしまうと自分はゲームのキャラクター同然ということになる。タケルはその受け入れがたい話をどう捉えたらいいのか分からず、ギリッと奥歯をかみしめ、顔をしかめた。
















62. 揺らぐ神秘


 芝生エリアの奥に機械設備が並ぶ産業エリアが見えてくる。


「さて、そろそろ着地するぞ」


 ネヴィアはタケルの手をギュッと握りなおす。柔らかでしなやかな小さな手の暖かさにタケルは困惑する。こんなにも柔らかく温かな感覚を、コンピューター処理が生み出しているということに理解が追い付かなかったのだ。


 はぁぁぁ……。


 タケルはギュッと目をつぶって首を振る。


「お主、何やっとる着地姿勢を取らんかい!」


 ネヴィアは一喝すると、タイミングを見計らいながらスプレー缶状のものをふかし、ガラスづくりの小さな建物へと降りていく。それは地下鉄の出入り口のようにも見えるエレベーターだった。



       ◇



「おーし、ここじゃぁ!」


 ガラスでうす青く見えるエレベーターに乗りこんだ二人。ネヴィアはエレベーターの操作パネルにキーをかざした。


 ヴィーッ!


 警告音が響き、ドアが閉まる。


 エレベーターはスーッと滑らかに地下に降りていくと、ガコン! と急に止まり、今度は横に移動し始めた。


 へ?


「秘密の格納庫ってことじゃよ。くふふふ……」


 ネヴィアは驚くタケルを見ながら楽しそうに笑った。どうやらとんでもないところに連れていかれるらしい。


 タケルはキュッと口を結んだ。


 ポーン!


 格納庫に到着したエレベーターのドアが開くと、そこは薄暗いガランとした空間が広がっていた。


「ほほぅ。瀬崎様は結構お好きと見える。くふふふ……」


 ネヴィアは楽しそうに笑うが、タケルには空っぽの格納庫の何が楽しいのか分からず、首を傾げた。


「あれ? シャトルに乗りに来たんじゃないの?」


「ふははは! そうか、お主には見えんか。くふふふ……」


 ネヴィアは愉快そうにパンパンとタケルの背中を叩く。


「えっ!? 何かあるの? ここに……?」


 タケルは慌てて格納庫の中を目を凝らして見渡したが、そこには薄暗い空間が広がるばかりである。


「心の目で見るんじゃ」


 ネヴィアはそう言いながらキーを何もない空間に掲げた。


 ヴゥン……。


 突如現れた機体にタケルの目は釘付けになる。それはジェット戦闘機のように精悍ながら、エレガントな曲線と鋭いエッジが未来からの使者のように融合されている見事な機体だった。


「はぁっ!? な、なんで?」


「コイツの表面はメタサーフェスになっておってな。光学迷彩のように機能するんじゃ」


 ネヴィアは虹色の光沢を放つ美しい機体の表面をなでた。それはゆっくりと色合いを変えながら、まるで現代アートのような繊細なマーブル模様を描いていく。


「メ、メタ、サーフェス……?」


 タケルは目の前にありながら全然気がつかなかったことに、唖然として首を振った。


「そうじゃよ。これが無いとジグラートへは行けんからな」


「えっ光学迷彩が要るって?」


「そりゃ、バレたら撃墜されるからのう」


 ネヴィアは搭乗用のステップを用意しながら、サラッと恐ろしいことを言った。


「ちょ、ちょっと待って!? 誰が攻撃してくるの?」


「今回、女神様の目を盗んでサーバー本体をハックしに行く。つまり、許可なくジグラートへ行くわけじゃ。管理局からしたら身元不明の侵入者。全力で撃ってくるじゃろうな」


 ネヴィアはため息をつきながら肩をすくめる。


「そ、そんなの聞いてないよ!」


「じゃあ止めるか? 我が行きたいわけじゃないんじゃぞ?」


 ネヴィアはジト目でタケルをにらむ。


「くっ……。止める訳ないじゃん!」


「じゃあ乗れ。あまり時間をかけるとクレアちゃんのデータを復元できんかもしれんからな」


「デ、データって、人間を物みたいに……」


 まるでゲームキャラのようにクレアを扱うネヴィアに、ムッとしてタケルは言い返す。


「ほう? じゃあ、『魂』ってお主は何だと思っとるんじゃ? ん?」


 ネヴィアはちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、タケルの顔をのぞきこむ。


「た、魂? 魂は……、そのぉ……。心、だよ、心!」


「じゃぁ、心は何なんじゃ? ん?」


 ネヴィアは搭乗口を開け、ステップをよじ登っていく。


「うっ……? き、喜怒哀楽を生み出し、自分を自分だと感じる脳の……働き?」


「脳は何でできとるんじゃ?」


「神経……細胞?」


「結局、神経細胞に蓄積されたデータじゃないか。屁理屈こねてないで早く乗れ!」


 ネヴィアは呆れた様子でタケルを手招きした。


 タケルは口をとがらせながらステップに手をかける。『心』はやはり神秘であって欲しいのだ。かけがえのないクレアをデータだなんて言って欲しくない。しかし、理屈で言えばネヴィアの言う通りであり、ちゃんと言い返せない自分の間抜けさにガックリとしながら、ステップを昇って行った。


















63. 六十万年の試行錯誤


「燃料レベル、ヨシ! 航路クリアランス、ヨシ! ナビゲーションシステム起動! 緊急脱出システム、アームド!」


 モニター内の各種計器を確認するネヴィアの声が、コックピット内に響く。オレンジ色で統一された船内のインテリアは洗練されており、機能美を追求した計器やスイッチの配置を含めてアートのような調和が見て取れた。シートは革張りソファのように身体を優しく包み込み、フロントガラスは広く、視界は良好で、放射状に走るピラーが宇宙船らしさを感じさせる。


 いよいよクレアを救うため、危険な宇宙航海に出発するのだ。その想像もしていなかった展開に緊張し、タケルはシートベルトを締めながら、バクバクと早鐘を打つ心臓を持て余した。


「オールグリーン! エンジン始動!」


 ネヴィアはヘッドレストに頭をうずめ、緊張した面持ちでガチリと赤いボタンを押し込んだ。


 キュィィィィィ……。


 高鳴っていく高周波がコクピット内に響く。どこからともなくオゾンのような刺激臭が漂ってきてタケルは顔をしかめた。


「ゲートオープン!」


 前方の大きな扉がガコッと大きな音を立てながらずれ、ゴォォォォと空気が漏れていく盛大な音が響き渡った。


 次第に音は失われ、周りが真空になるとゆっくりと扉が開いていく。見えてきたのは満点の星々を縦断する雄大な天の川、そして、壮大な海王星の長大な水平線。いよいよ宇宙に飛び出すことにタケルは思わず息をのんだ。


「さーて、無事に帰ってくるぞ! シュッパーツ!」


 ネヴィアがポチっとモニターの【射出】ボタンをタップする。


 ギギギッ!


 足元から何かがきしむ音がしたと思った瞬間、強烈なGがタケルを襲った。


 グォッ!


 一気に流れだす景色……。そう、シャトルはカタパルトで射出されたのだった。


「よっしゃー! 行ったるでー! エンジン全開やーっ!」


 ネヴィアはノリノリで叫ぶと、スロットルをガチガチガチっと一気にMAXに上げ、操縦かんをグッと倒した。


 うひぃぃぃ!


 今度は強烈な横Gがタケルを襲う。


 シャトルは後部のノズルスカートから鮮やかな青い炎を吹き出しながら、ググっと急旋回していく。


「よしよし、あいつじゃな……」


 ネヴィアは遠くに見えてきたスペースポートをモニターで拡大表示させ、停泊中の大型貨物船に照準を合わせた。


 ジグラートへの資材を運ぶこの貨物船は、チタン合金で編み上げられた骨組みが支える無数のコンテナで構成され、長さは三キロメートルに及ぶ。先頭にはクジラの頭を思わせる艦橋、最後部にはこの巨体を力強く推進する、直径数百メートルはあろうかという巨大なノズルスカートがあり、その基部には大型タンクがいくつも並んでいる。


 タケルはその常識外れのスケールに圧倒され、思わずため息をついた。


「ヨシ! あの辺にすっか! くっくっく……」


 ネヴィアは悪い顔をしながらモニターをパシパシと叩き、笑みを浮かべる。


 シャトルは一直線に貨物船に近づくと、静かに減速し、大型タンクの間の隙間にそっとその身を潜ませた。そして、ロープを射出してチタン合金の柱に結びつけ、船体を固定する。


「え? このまま海王星へ降りて……行くの?」


 タケルはその奇想天外なやり方に困惑した。


「ここなら見つからんじゃろ。大気圏突入後に抜け出せばええわ。カッカッカッ」


「はぁ……。そんなにうまくいくのかなぁ……」


 タケルはタンクの隙間から見える長大な白いコンテナの列を眺めながら、ふぅとため息をついた。



       ◇



「こんなに膨大な貨物が必要なの?」


 少しずつゆっくりと動き出した貨物船に揺られながらタケルは首を傾げた。見ればこの貨物船以外にも、スペースポートには何艘もコンテナ船が停泊していたのだ。


「そりゃ、ジグラートは一万機あるからのう」


 リクライニングシートを倒してくつろぐネヴィアは、無重力空間に浮かべたグミたちを一つずつ器用に食べながら答えた。


「い、一万機!?」


「地球は一万個あるってことじゃな。カッカッカ」


 目を丸くして驚くタケルを見ながら、ネヴィアは楽しそうに笑う。


「そ、そんなに……、あるのか」


「六十万年かけて少しずつ増やしてきたんじゃな」


「ろ、六十万年!?」


「そんなに驚くことか? 宇宙の歴史百数十億年を考えたらほんの最近のことじゃろ?」


 ネヴィアはこともなげに言いながら、またグミにパクっと食いついた。


「誰が……、こんなことやっているの?」


「ん? お主も会ったことあるじゃろ? 女神様じゃ」


「女神……様……?」


 タケルは転生する時に、確かにチェストナットブラウンの髪をした美しい女性に会ったような記憶がある。ただ、それは夢の中のようなおぼろげな記憶であり、いまいち確信が持てないのだ。



















64. 太ももの美しいライン


「一体女神様は何を考えてこんなことを?」


「知らんがな。本人に聞いたらどうじゃ? ただ、やった人の元にワシらが生まれただけとも言えるな。つまり無数の試行の中で、こういうことをやった人だけ認識されるってことじゃろ。それが宇宙の意志……じゃろうな」


「宇宙の意志……。宇宙に意識があるってわけじゃなくて、確率的な話の集大成の結果、それが選ばれたように見えるってこと……なのか」


「観測者からはそう見えるという話かもな。ただ、女神様も自分の手でこんなものは作らんよ。全部やっとるのはAIじゃ。要はAIをうまく飼いならしたか……それとも……」


 ネヴィアはそう言いながら肩をすくめた。


「はぁ……。何とも壮大な話だね。女神様以外の人はどうしてるの?」


「みんなもう何十万年も前に寝てしまったそうじゃ」


「えっ!? では、この世界を創った人類はもう一人しか残っていない?」


「そうじゃな。人類はな、AIを開発するとなぜか少子化になり、長寿に飽き、ひっそりと消えていくんじゃ」


 ネヴィアは渋い顔で首を振る。


「そ、そんな……」


「だから新たな地球を創り続ける必要があるってことじゃな」


「はぁ……」


 タケルはあまりにスケールの大きな話に圧倒され、大きく息をつく。


 六十万年の壮大な試行錯誤の結果、自分が生まれ、紆余曲折を経て今、その本質に向けて宇宙を旅している。それはまるで夢のような現実感のない話であったが、それでもなぜかこうなるのが必然であり、これが運命というものなのかもしれない、という思いがタケルの奥底で渦巻いていた。


 徐々に近づいてきた海王星は、満天の星の中、澄み通る深い碧の壮大な美しい円弧を描き、タケルの胸にグッと迫る。この風景は一生忘れないだろうと、タケルはしばらく瞬きもせずにじっと見つめていた。



         ◇



 その時、タケルはコンテナの影で何かが動いたように見えた。


「あれ? 何かがいる……? 人……?」


「何言っとるんじゃ! こんな宇宙空間に、それも航行中のコンテナに人などおる訳なかろう。ふぁ~あ……」


 ネヴィアはリクライニングしたシートに寝っ転がりながらあくびをする。


「いや……、でも人間……っぽいですよ? でも宇宙服も何も着てない……」


「はっはっは! 宇宙服着てなきゃ人間は血液が沸騰して即死じゃよ。物理的にありえんって」


 ネヴィアは笑い飛ばし、グミをまた一つつまんだ。


「そうなんですけど……、こっちに来ている……? あっ、青い髪の……女の子?」


 それを聞いた途端、ネヴィアは真っ青な顔をしてガバっと起き上がる。


「緊急離脱!! エンジン始動!!!」


 切迫した叫びをあげながらガチリとエンジンのスイッチを押し込んだ。


「え? どうした……の?」


 タケルはその鬼気迫るネヴィアの豹変をポカンとした顔で眺める。


「どうもこうもあるかい! 殺されるっ! なぜあのお方がこんなところにおるんじゃぁぁぁ!」


 ネヴィアは冷汗をたらたら流しながら、必死にモニターのボタンをタップしていった。


「出航チェック全無視スルー! 緊急出航!」


 固定していたロープを強引に切断し、貨物船から離れるとネヴィアはすぐにエンジンを全開で噴かした。


 ズン!


 衝撃音がして激しいGがタケルを襲った。


 うぉぉぉ!


 シャトルはビリビリと船体を震わせながらあっという間にマッハを超えていく。


「くぅぅぅ……。追いかけてきませんように……」


 ネヴィアはガタガタと震えながらギュッと目をつぶり、祈った。


「こんなに速度出てたらあの娘も追って来れないんじゃない?」


 遠目には人懐っこそうな可愛い少女にしか見えない彼女を、なぜここまで恐れるのかタケルには良く分からなかった。


「バッカモーン! あのお方は星間の狂風アストラル・クイーンシアン様じゃ。宇宙最強の大天使なんじゃぞ! 速度とかあの方には何の関係もないんじゃ……」


「宇宙……最強……?」


 タケルが首を傾げた時だった。


 ビターン!


 船体に衝撃が走り、フロントガラスに何かが張り付いた。


 ひぃぃぃぃ!


 ネヴィアが凄い声で叫ぶ。見上げればそこには太ももの美しいラインが宇宙空間の中に浮かび上がっている。


『ガガッガー!!』


 いきなり無線からノイズが走った。


『みぃつけた……、くふふふ……』


 スピーカーから流れてきた若い女の子の声。そして、コクピットからの光で浮かび上がる、まるで獲物を見つけたかのような笑みを浮かべる美しい顔……。


 タケルはその信じがたい大天使の襲来に言葉を失い、ただ静かに首を振った。


「おぉっといけない!」


 ネヴィアは操縦桿を一気に倒して一直線に海王星へと落ちていく。


 ぐぁぁぁ!


 いきなり襲われる強烈な横Gにタケルは必死にひじ掛けにしがみついた。


『そんなことしたって無駄だよー。くふふふ……』


 あれほど強烈な横Gを食らってもシアンは平然とフロントガラスにしがみついている。


『何を企んでいるのかなぁ……?』


 碧い目をキラリと光らせながらシアンはネヴィアをにらみつけた。

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