55. 魔王軍のターン

 祝勝会の会場で、タケルは、いきなり心地の悪い不安にさいなまれる。周囲の空気が突如として重くなり、落ち着きを失って名もなき焦燥感に飲み込まれていく。


「ちょっと失礼」


 タケルは湧き出してくる悪い汗をぬぐいながら席を立つと、スマホを取り出し、画面を開いて固まった。


「な、何だ!? こ、これは……!?」


 そこにはクレアの死闘を示唆するメッセージが並び、さらに魔法通信が圏外となっていて何もできなかった。これはデータセンターでとんでもないことが起きていることを示している。


「た、大変だ!! ネ、ネヴィア! ど、どこ!?」


 タケルは真っ青になって会場内を見渡し、奥のソファーでソリスと盛り上がっているネヴィアに走った。


「ネヴィアーー! データセンターに今すぐ連れてって!」


「うぃ? なんじゃ、気持ちよく飲んどるのに……」


 ネヴィアはトロンとした目で面倒くさそうにタケルを見あげる。


「なんかありましたの?」


 ソリスは赤ワインのグラスを傾けながらチラッとタケルを見た。


「通信が全滅してる。データセンターで何かがあったんだ!」


「ほう、それは大変じゃな。で、我か? ふぅ……。我にばかり頼りおって、しょうがないのう……。どっこいしょ」


 ネヴィアは渋々立ち上がると、指先で空間をツーっと裂いた。


「ソリスさんも来てくれませんか?」


 タケルは手を合わせて頼み込む。


「えー……。時間外割増料金がかかるわよ?」


 ソリスは面倒くさそうに肩をすくめる。


「ク、クレアに何かあったかもしれないんです!」


 タケルが頭を抱えて叫ぶと、ソリスはピクッと眉を動かし、何も言わずにすくっと立ち上がる。


「急ぎましょ!」


 大剣を背中に背負ってホルダーのベルトをガチっとはめると、ソリスは真っ先に空間の割れ目を開いて跳び込んでいった。



        ◇



 割れ目を抜けると、そこは洞窟の入り口だった。


 しかし、洞窟からはもうもうと黒煙が噴き出しており、とても中へは入れそうにない。


「ク、クレアーー!?」


 タケルは周りを見回しながらクレアを探すが、見つかったのは木がひしゃげている門番のゴーレムが戦った跡だった。


「へっ!? マ、マジか……」


 タケルはガタガタと震える身体をおさえられない。ゴーレムがやられ、データセンターが火の海。それは考えうる限り最悪の展開なのだ。


「くっ! 中にいるのかも……?」


 タケルが中へ入って行こうとした時だった。


「ストーーップ!」


 ソリスが吠える。


 刹那、洞窟から吹き出す黒煙を突き破って、二つの鋭く光る真紅の瞳がタケルに迫った。


 ザシュッ!


 直後、ソリスがタケルの視界をさえぎり、何かがクルクルっと宙を舞った。


 えっ?


 一瞬のことで何が起こったのか分からないタケル。


「くぁぁぁぁ!」


 痛みに顔を歪めながら、魔人は瞬時に展開した背中の翼を力強く打ち鳴らし、上空へと逃げていく。黒く濁った血が失われた腕の斬り口から滴り落ち、それをかばっていた。どうやらソリスが魔人の手を斬り飛ばしたようである。


「降りてこい! 来ないなら消し飛ばすぞ!」


 ソリスは大剣を黄金色に輝かせ、下段に構えて叫んだ。


「くっ……、くははは! 勝てない戦いはしませんよ。でもこれで君たちの希望は絶ちました。これからは魔王軍のターンですからね?」


 魔人は勝ち誇ったいやらしい笑みを浮かべる。フォンゲートが通じなくなってしまった以上ドローンは飛ばせないし、ゴーレムも操れない。今、魔王軍に襲われたらOrange軍は壊滅してしまうのだ。


「ク、クレアをどうした!?」


「あぁ、あの娘なら最期にあなたに謝ってましたよ。『ごめんなさい』だって。なーんて健気なんでしょうかね? はーっはっは」


 高笑いする魔人にソリスは光の刃を放った。


 バスッ!


 森の中を軽やかに飛んだ光の刃は魔人を一刀両断に切り裂く。しかし、手ごたえはなく、魔人は笑いながら粉々になり、そしてすぅっと消えていった。


「くっ! ク、クレアぁぁぁ」


 タケルはいてもたってもいられず、黒煙噴き出す洞窟へと突っ込んでいく。


「ほらよっ!」


 ネヴィアそんなタケルに青白く輝くシールドをかけてあげた。



       ◇



 黒煙に満ちた洞窟を何とか抜け、広間にたどり着いたタケル。


「クレア! どこだ? おーい!!」


 見回すと、燃え上がるサーバー群の中に倒れているクレアを見つけた。


「ああっ! ク、クレアぁぁぁ!」


 駆けつければ、美しい顔は苦痛を示すように赤黒い血と煤で汚れ、あちこち切り裂かれた袖がその死闘のすさまじさを物語っている。


「うあぁぁぁ! クレアぁぁぁぁ!!」


 慌てて抱き起してみたものの、クレアは既に息絶え、その光のない瞳は遠い世界を見つめていた。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 燃え盛る火の嵐の中で、絶望に塗りたくられた絶叫が洞窟に満ちる。愚かにも一番大切な人を失ってしまったのだ。


 タケルは自分の短絡的な見通しと、クレアの言葉を真摯に受け止めなかった愚かさへの悔恨に包まれる。胸の奥深くから湧き上がる痛みに押し潰され、タケルは声を枯らして泣き叫んだ。

























56. 天崩滅魔


 ひつぎの中で、クレアはまるで眠っているかのように美しく、今にも微笑みながら目覚めてくるようにすら思えた。だが、頬に触れた瞬間、タケルはその冷たさに現実を突き付けられ、湧き上がってくる激しい悲しみに心が壊れそうになる。


 自分がこんな仕事を頼まなければ、彼女は王都で楽しく暮らしていたはずなのだ。タケルは一番大切な人を自分のせいで亡くしてしまったことに耐えられず、棺のそばから動くことができない。


 データセンターを作り直し、Orange軍を再起動せねばならなかったが、タケルには全てがどうでもよくなっていた。


 クレアのいない人生にどんな意味があるのか皆目見当がつかず、タケルはただポタポタと涙を流し続ける。知らぬ間にあのクレアの輝く笑顔が自分の心の中を占めていたことにようやく気がつき、自分のバカさ加減が本当に嫌になってしまったのだ。


「おい、魔王軍が集結しているらしいぞ」


 ネヴィアはタケルをいたわるように、そっと顔をのぞきこみながら小声で言った。


「殺す……。弔い合戦だ……」


 タケルはボソッとつぶやく。


「いやしかし、スマホが使えんなら何もできんじゃろ? どうするんじゃ?」


 タケルはクレアの冷たい手を握ったまま、じっと思いを巡らす。


 かたきを取らねばならない。魔王をこの手で粉砕してやるのだ。でも、どうやって……? 軍隊は動かせず、エースパイロットも失われた。一体どうやって……?


 くぅぅぅ……。


 全てを奪われてしまったタケル。かたき討ちと言いながら、使える手が何もなかったのだ。


 この時、タケルの脳裏を悪魔的な発想が貫いた。武器など何もいらない、全部吹き飛ばしてやればいいのだ。それは常軌を逸したまさに禁じ手だったが、今のタケルには気にもならなかった。


「これだ……。これだよ……。最初からこうすればよかったんだ!」


 タケルは目を見開き、ガバっと立ち上がると、力強くネヴィアの手をつかむ。


「魔石の鉱山に送って! 今すぐ!!」


「え? ええが……、どうするつもりじゃ?」


「いいからすぐに!!」


 タケルは血走った目でネヴィアを揺らす。その瞳の奥には激しい憎悪の炎が妖しい輝きを放っていた。



          ◇



 暗黒の森の奥、魔石の鉱山に来たタケルは、その屹立きつりつする巨大な魔石の岩山を見上げ、ニヤリと笑った。


「おい、お主、何をするんじゃ? ヤケになっちゃいかんぞ?」


 ネヴィアはタケルの不穏な様子に眉をひそめる。


「ヤケ? まぁ、ある種ヤケかもしれないが、クレアのとむらい合戦だ。派手にいくよ!」


 タケルはそう言うと岩山のあちこちをキョロキョロと見回し、ゴーレムが採掘しているところへと走った。


 ゴーレムは岩山を貫くように縦に入っている亀裂にツルハシを入れ、割りはがすように魔石を採掘している。そのはがしたばかりの採掘面はツルリと真っ平らになっており、アメジストのように赤紫色に美しく輝いて見えた。


「ヨシ! ここにするか……」


 タケルはITスキルで青いウインドウを浮き上がらせるとコーディングを始める。岩山の採掘面に黄金色の魔法陣がボウッと浮かび上がった。


「な、何するつもりじゃ!? 魔石の岩山を魔道具にでもするつもりか!?」


 ネヴィアは焦った。魔石というのは究極のエネルギーの結晶である。魔道具に燃料としてつけるのが通例だったが、タケルは魔道具をすっ飛ばして、魔石そのものを魔道具にしようとしているのだ。そこにはきな臭い意図が透けて見えた。


「黙ってて! もうすぐ見せてやるよ、俺の……究極の……研究成果を!!」


 タケルは一心不乱にソフトキーボードを叩き、目にも止まらぬ速さでコードを書き込んでいく。その様子はまるで命を削るかのような鬼気迫る怨念を放っていた。


 近くの岩にちょこんと座り、その様子をじっと見守っていたネヴィアは、その悲痛なまでの執念に首を振り、声をかける。


「なぁ、タケル。何をやるのか分からんが、それはクレアちゃんが生きてたら喜ぶようなものなのか?」


「喜ぶに決まってんだろ! クソ魔族どもを一掃するんだ。クレアも大喜びさ!」


 タケルは両手を高く掲げながら泣き叫ぶ。


「い、一掃ってお主……」


「いいから黙ってろよぉ!!」


 タケルは涙をポロポロとこぼしながら喚いた。


 そのあまりの悲壮な執念にネヴィアは言葉を失い、首を振るとふぅと重いため息をつく。


 しばらく作業していたタケルだったが、パーン! とももを叩き、立ち上がる。


「よっしゃぁ! 天崩滅魔ヘヴンズフォール完成だ! 魔族ども、クレアの無念を受け取りやがれ! クソがぁぁぁ!」


 タケルは狂喜乱舞しながら青いウインドウの起動ボタンをパシッとはたいた。


 ヴゥン……。


 巨大な魔法陣の中に大小さまざまなサイズの精緻な幾何学模様が描かれ、クルクルと回り始める。


 ゴゴゴゴゴ……。


 岩山全体が黄金の光を放ち始め、まるで地震のような揺れがタケルたちを襲う。


「おい、お主! 何が始まるんじゃ……?」


 ネヴィアは尋常じゃない揺れに青い顔しながら聞いた。


「魔王軍をこの世から消し飛ばすのさ! 最初からこうすればよかったんだよ!!」


 タケルはグッとこぶしを握り、ブルブルと震える。


「け、消し飛ばすって……、まさか……」


 鳴動していた岩山は輝きを増しながら、そのままゆっくりと上昇を始めた。岩山は地下に隠れていた分含めて二百メートルはゆうにありそうな大きさで、それが大空めがけて浮上していく。


「よし、いいぞ、いいぞ……。天崩滅魔ヘヴンズフォールよ、魔を焼き払え!!」


 まるでロケットの発射のように徐々に速度を上げながら天を目指す岩山。


「馬鹿な……ことを……」


 ネヴィアはその可愛い顔を歪めながら青ざめる。


 どんどん加速していく岩山は魔王城の方向に徐々に進路を取りながら、どんどんと上空を目指し加速し続けていった。























57. 比類なき狂気


「下手をしたらこの大陸が消し飛ぶぞ?」


 ネヴィアはタケルを非難するようににらんだ。魔石というのは膨大なエネルギーの集合体。それこそTNT火薬なんかよりずっとエネルギー密度は高いのだ。岩山全体の魔石を爆弾として使えば、核爆弾を超えるエネルギーが放出されるに違いない。


「大丈夫さ。僕の計算だと天崩滅魔ヘヴンズフォールなら百キロ以内が火の海になるだけさ。ハハッ!」


「ひゃっ、百キロ!?」


 ネヴィアは思わず宙を仰いで頭を抱えた。タケルは魔王支配域全体を焼き払うつもりなのだ。それは恐竜を滅ぼした隕石の落下のようにこの星の全てを変えてしまうかもしれない。ネヴィアはその予測不能の暴力に気が遠くなりそうになった。


 タケルはどんどん小さくなっていく岩山を見ながら言う。


「ねぇ、宇宙へ連れていってよ」


「う、宇宙?」


「ここに居たら焼け死んじゃうかもだし、その瞬間をしっかり見ておきたいのさ」


 タケルはひと仕事やり終えたさっぱりとした顔で言った。


「……。ふぅ、しょうがないな……」


 ネヴィアは大きく息をつくと、両手を高々と掲げ、二人をすっぽりと包む大きなシャボン玉状のシールドを張り、そのまま空へと高く持ち上げていった。


 うっそうと茂る暗黒の森が眼下に広がり、それがどんどんと小さくなっていく。湖が光り、山脈が見え、雲を突き抜け、ぐんぐんと高度を上げていった。遠くの方にキラキラと金色に輝くものが飛んでいるのが見える。


「よしよし、天崩滅魔ヘヴンズフォールは順調に飛んでいるな」


 青かった空は上空へと上がって行くとやがて暗くなり、眼下には霞んだ森が広がり、雲が流れているのが見える。宇宙へと足を踏み入れたのだ。


 天崩滅魔ヘヴンズフォールも真っ黒な宇宙を背景にキラキラと輝きながら徐々に上昇をやめ、今度は魔王城めがけて放物線を描きながら急降下していく。


 それは前代未聞のカタストロフィの襲来であり、まるでアポカリプスを知らせる鐘のように激しい衝撃波を放ちながら、爆破予定地点へと着実に近づいて行く。



         ◇



 その頃、魔人たちは得体のしれないものの出現に大騒ぎしていた。


「激烈な魔力反応! 空からです!」


 魔王軍の作戦本部で制服を着た若い魔人が、画面を見ながら青い顔で叫んだ。


「魔力反応? 何だそれは?」


 将校らしき魔人は怪訝そうな顔で聞く。


「分かりません。ですがこのペースだと三分以内に魔王城に到達します!」


「さ、三分!? シールドを最大出力で張れ!」


「すでにやっています! ですが……こ、これは……、シールドを百枚張っても防げそうに……ありません! ひぃぃぃぃ!」


 魔人はそう叫ぶと頭を抱え脱兎のごとく逃げ出していった。


「そっ、総員退避ーーーーッ!!」


 魔王軍中心部は魔王城を囲むようにたくさんの石造りの建物で構成されていたが、全域に警報が鳴り響く。


 魔人たちは慌てふためいて地下の防空壕へと駆けこんでいく。魔法部隊の一部は激しい輝きを放ちながら迫りくる天崩滅魔ヘヴンズフォールに向けて魔法を放っていたが、まさに焼け石に水。巨大な岩山に何が当たろうと進路一つ変えることはできなかった。


 タケルは宇宙から魔王城めがけて落ちていく天崩滅魔ヘヴンズフォールをじっと見つめていた。自分ができる最高の攻撃、それは唯一無二の人類最強の爆弾を落とすこと。


 人類を攻め滅ぼそうとやってくる不可解な魔物たち、その親玉である魔王は滅ぼさねばならない。悠長にドローンなどで戦っていたからクレアは死んでしまった。攻撃は一撃必殺、最初から全ての力をつぎ込むべきだったのだ。


 キラキラと輝く天崩滅魔ヘヴンズフォールが薄雲を派手に突き抜け、いよいよ魔王城に迫っていく。


「クレア……、見てて……」


 タケルはクレアのことを思い出しながら手を組み、その瞬間を待つ。かけがえのない大切な人、クレアを殺したにっくき魔人に天誅を下すのだ。天国からこの究極の攻撃を見ていて欲しい。タケルの頬に知らぬ間に涙が伝った。


 ついにその瞬間がやってくる。


 激烈な閃光が天も地も、全てを激しい光で覆った――――。


 ぐわっ!


 百キロ以上離れているタケルでも目を開けていられないほどの激しい輝き、火傷しそうな熱線が大陸全体を貫いた。


 魔王軍の拠点は瞬時に蒸発し、大地はマグマのように溶けた。湖は沸騰し、森は一斉に燃え上がり、爆心地から百キロ圏内のものは全て炎に包まれていく。


 それは世界が消えゆくかのような光景だった。かつて恐竜が支配していた地球を一瞬で焼き尽くした隕石のように、魔王の領土は灼熱の波に飲み込まれていった。


 タケルの怒りは、神話に記される雷神の一撃をも超える猛威を振るい、人類史における比類なき狂気の行為として、恐怖とともに語り継がれることになるだろう。
























58. 碧き魔王城


 やがて、徐々に落ち着いていく輝き……。


 そっと目を開けて見れば、世界の終わりを告げるかの如き天を穿うがつ巨大なキノコ雲がそびえている。灼熱の輝きを放ちながら、ゆったりと昇るキノコ雲はこの世のものとは思えない禍々しさで、まるで神話に出てくる神の怒りのようだった。


 爆心地から白い繭のように衝撃波の球体が音速で広がっていく――――。


 広大な燃え上がる炎の森に襲いかかった衝撃波は火砕流のように全てを吹き飛ばし、炎と共に木々は舞い、沸き上がる湖は霧消していった。その、全てを飲みこむ圧倒的暴力はもはや美しさすらたたえている。


 タケルは無言でその未曽有の殲滅せんめつ劇を眺めていた。きっとクレアを殺した魔人もこれで死んだに違いない。もし、魔人と共存共栄できる道があるならばそれを模索するのもありかもしれないなどと、昔は甘いことを考えていたが、今となってはその甘さに激しい怒りを覚えてしまう。


 クレアを殺すような連中と組むことなど絶対にありえない。全力で叩き潰す以外の選択肢などないのだ。


 終末の風景を眺めるタケルの頬には静かに涙が流れている。


「気が済んだか……?」


 ネヴィアは渋い顔をしながら重いため息をついた。


「そうですね。これで魔王も倒せたでしょうし、クレアも浮かばれると思います」


「いや、魔王様は……」


 ネヴィアは何かを言いかけて首を振り、口をつぐむ。


「え……? ネヴィアは魔王のことを知ってるの?」


「まぁ、行けばわかるじゃろ」


 ネヴィアはため息をつきながらシールドを操作し、魔王城の方へと飛ばしていった。



         ◇



 爆心地付近は活火山の火口のように一面のマグマの海で、黒く冷えて固まった表面も裂け目ができると赤黒い溶岩が顔をのぞかせる。


「あれが魔王城じゃな」


 ネヴィアの指さす先には、まるでマグマの海の上に浮かぶようにガラスの立方体が建っていた。十階建てのビルくらいのサイズだろうか? あの激しい熱線にダメージを受けた様子もなくクリアな透明感で青く輝き、異質さを際立たせていた。


「む、無傷!? あの攻撃で?」


 タケルは思わず言葉を失った。タケルのできる、人類最大とも言える攻撃をクリーンヒットさせたというのに傷一つついていない。それは明らかに理外の存在だった。


 ネヴィアはゆっくりと下降すると、魔王城そばの溶け残った岩の上に着陸した。きっと魔王軍参謀本部の建物だったものだろう。魔王城の陰となって熱線の直撃を免れたようだった。


 シールドを解くと、まるで火山の火口の中にいるような激しい熱線が全身に照り付けてくる。


 タケルは顔を熱線から守りながら、涼しい顔して屹立きつりつしている魔王城を見上げた。その、青くクリアな構造は陽の光を青く染め上げ、まるで海の中にいるような錯覚すら感じさせる。


「くぅぅぅ……、なんだこいつは……」


 タケルはコンコンと手の甲で叩いてみるが、ひんやりとして固く、ガラスのような感触だった。 


「魔王城以外はふっ飛ばした……のかな?」


 タケルは腕で顔を覆いながら辺りを見回してみる。


 すると、向こうの方で岩がゆらゆらと揺れ、ゴロリと転がった。


 見れば黒焦げの男がよろよろと這い出してくるではないか。そのボロボロの服で銀の鎖がキラリと輝きを放つのをタケルは見逃さなかった。


「あっ! お前は!」


 タケルは岩の上を器用に駆けながら男の元へと走った。


「貴様! クレアを殺した魔人だな!」


 タケルは護身用の銃を取り出すと男に向け、叫んだ。


「お、お前がこれをやった……のか……? くっ……。あの時殺しておけば……」


「クレアを殺した罪の重さはこれでも足りないくらいだ」


 タケルは怒りに震える手で銃の安全装置をカチャリと外す。


「はっ、あの小娘の命がこれに匹敵すると……。馬鹿な。だが、それでも魔王様には届くまい。クッ、クックック……」


 魔人は全身焼けただれて死を間近にする中、強がった。


「魔王とは誰なんだ? お前らは魔王の何なんだ?」


「知らん。誰も会ったことなど……ないからな……」


「は……? 会いもせずに言いなりになってるのか?」


「本能が求めるのだ。我らを滅しても魔王様は必ず次を用意する。次に死ぬのは……お前だ! はっ、はっはっは……」


 ズン! ズン! ズン!


 タケルは無表情で銃の引き金を引き、ファイヤーボールを連射する。魔人の体は粉々に粉砕され、破片は宙を舞い、風に乗って散っていった。


 ふぅ……。


 タケルは目をつぶり、胸に手を当ててしばらく動かなくなる。


 クレアの仇は取った……が、気持ちは少しも晴れず、タケルは大きく息をついて首を振った。


 見上げれば魔王城は太陽の光を受け、どんな宝石よりも美しい青色に輝いている。この幻想的な美しさの中に倒すべき魔王が潜んでいるのだ。


 魔人でさえ遭遇したことがないという、神秘に包まれた魔王。その存在はただの強さではなく、この世の理解を逸脱した何か異質なオーラを放っている。タケルはその不可思議な感覚に顔を歪め、首を傾げた。












59. 海王星の衝撃


 タケルは魔王城に近寄り、どこか出入り口は無いかと手の甲でカンカンと叩きながら構造を探っていく。しかし、まるで水族館の大水槽のように継ぎ目一つなく、ただ、ひんやりと冷たいガラスが続いているだけだった。汚れ一つない透明感をたたえるガラスをのぞきこんでも、中心部には漆黒の闇が広がり、青色に輝く不思議な光の微粒子がチラチラと舞っているばかりだった。


 手詰まりとなったタケルはネヴィアに振ってみる。


「なぁ、ネヴィア。お前はここの中に入る方法を知っているんだろ?」


 ネヴィアは腕を組み、渋い顔をしてタケルの行動をじっと見つめていた。


「魔王様に会ってどうするつもりじゃ?」


「分からない……。でも、僕はそいつに会わねばならない気がするんだ」


「『分からん』じゃ、紹介しようも無いんじゃぞ?」


 ネヴィアは険しい目でタケルを見る。やはり、ネヴィアは魔王への会い方を知っていたのだ。


「……。僕は……、本当のことが知りたいんだ。魔人とは何者で、魔王は何がしたいのか? クレアはなぜ死ななければならなかったのか? 知らなければもう生きてはいられないんだ」


 タケルは自然と湧いてくる涙をポロポロとこぼしながら、ブンッと、こぶしを振った。


「……。ええじゃろう。お主は規格外じゃからな。こんなところまで来た人間は初めてじゃ」


 ネヴィアはふぅと大きく息をつくと魔王城に近づき、指先でそのガラスの表面に不思議な図形を描いた。


 ヴゥン……。


 重厚な電子音がしてガラスの表面にパキパキっと格子状に割れ目が入り、その部分がすゅうっと奥へと引っ込んでいく。通路ができたのだ。


「ついてこい」


 ネヴィアはタケルをチラッと見ると、魔王城の中へと進んでいった。



        ◇



 古代遺跡の管理人、ネヴィアが魔王城への入り方を知っていた。それはタケルにの心中に複雑な想いを巻き起こす。ネヴィアとうまくコミュニケーションできていたら、もしかしたらクレアが死ぬような運命も回避できていたのかもしれない。そう思ってしまうと心は千々に乱れてしまうのだった。


 もちろん、ネヴィアには情報漏洩のセキュリティロックがかかっているのだから、無理だったかもしれないが、それでも試してもみなかったことにタケルは詰めの甘さを感じてしまう。


 タケルはネヴィアに続き、一歩一歩ひんやりとする魔王城の中へと足を進めた。最初はガラスを通じて外の景色が見えていたが、曲がっていく通路を進むにつれ徐々に闇に沈み、ただチラチラと青い微粒子が舞うばかりとなってしまう。


 暗闇の通路をさらに進むと、向こうに細かい光の点が無数に広がっているのが見えてくる。チラチラと瞬く光の点。それはどこかで見たような記憶がタケルの脳裏をくすぐる。


 突き当りまで進んでいくと、いきなり、下の方に壮大な碧い水平線が広がっていた。


 へ……?


 タケルは一体それが何がしばらく分からなかった。しかし、よく見れば壮大な天の川が流れ、無数の星々の中に壮大な碧の球体が浮かび上がっているのが見て取れた。なんとそれは大宇宙に浮かぶ巨大惑星だったのだ。


 はぁっ!?


 タケルは動けなくなった。


 暗黒の森の奥に作られた魔王城の通路を歩いていたら大宇宙にいる。そんな馬鹿な話があるだろうか?


「何しとる。早く来るんじゃ!」


 ネヴィアは渋い顔をして手招きする。


「いや、ちょっと、これ、どういうこと? あれは何?」


「何って、見たまんまじゃろ。太陽系、第八惑星【海王星】じゃ。最果ての碧の惑星じゃな」


「海王星!? なんで魔王城の中が海王星なんだよぉ!?」


 タケルはネヴィアに駆け寄った。


「なんでもくそも、全ての星は海王星に抱かれて生まれるからじゃ」


 そう言いながら、ネヴィアは突き当りのガラスドアに指先で何かの模様を描いた。


 パシュ!


 ロックが解除されドアが開く。


 ドアの向こうを見てタケルは驚いた。そこはオシャレなオフィススペースだったのだ。無垢材の高級なテーブルに、宙に浮かぶ卵型の椅子、各所に間接照明や観葉植物が配され、バースペースからはかぐわしいコーヒーの匂いが漂ってくる。


 ただ、そのオフィスは何とも奇妙な事に、向こうの方は上の方へとせり上がっているのだ。


「タケル君、ようこそ!」


 いきなり頭の上から声をかけられ、タケルは驚いて上を見上げた。


 はぁっ!?


 上にもなんと逆さまのオフィスがあり、アラサーの男性がこちらを見上げて手を振っているではないか。


 ここでようやくタケルは気がついた。ここはチューブ状のスペースコロニーなのだ。宇宙空間を円筒状になって回っていて、その遠心力でコロニーの壁面に疑似重力を生み出しているのだ。

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