50. 氷結幻影
基地建設から一年――――。
基地には数万人のにぎやかな声が響き、対魔王軍の準備は整いつつあった。Orangeタワーは本格的に稼働し、フォンゲートの事業を回すスタッフたちと、作戦を実行する兵士たちが各フロアでエネルギッシュに活動している。
安全第一の軍隊であるOrange軍では基本的に人は直接戦闘に参加しない。空軍はドローンの遠隔操作、陸軍はゴーレムの遠隔操作と全てリモートで戦闘をこなす。
今日は初めての本格実戦演習ということで、滅ぼされた隣村の奪還作戦を実行することとなった。
戦闘兵たちは五十人で一つの小隊を構成し、空軍、陸軍それぞれ二十小隊が組成されている。Orangeタワーの十フロアには二千ものゲーミングチェアが配備されており、兵士たちは大画面のセットされたゲーミングチェアに座って戦闘任務を遂行する。今日は初の本番ということでみんな緊張した面持ちで、最後の調整に入っていた。
いきなり、勇ましくカッコイイJ-POPが全フロアに大音量で流れた。戦闘もののアニメのオープニングテーマソングだったものである。兵士は全員ゲーミングチェアに着席し、背筋を伸ばして画面を食い入るように見入った。
画面に登場した軍服姿のタケルはビシッと敬礼をする。二千人の兵士たちも一糸乱れずビシッと敬礼で返した。
「諸君! いよいよ記念すべき初陣だ。演習通りしっかりと実力を発揮して欲しい。……。さて……、この戦いはこの大陸を人類の手に取り戻すための大切な聖戦だ。我らが勝たねば人類は魔物に蹂躙されつくされるだろう。子供たちの、市民の笑顔を守るのは誰だ?」
タケルは聞き耳を立てる。
「Orange!」「Orange!」「Orange!」
兵士は息の合った元気な掛け声をフロアに響かせた。
「勇敢なる兵士諸君に問う! 世界最強は誰だ!?」
タケルはグッとこぶしを握る。
「Orange!」「Orange!」「Orange!」
「人類の英知、諸君の勇気をクソッたれの魔王に見せつけろ!」
タケルはグッとこぶしを突き上げ、叫んだ。
「Orange! Orange!」「Orange! Orange!」「Orange! Orange!」
「ヨシ! 戦闘開始! オペレーションOrange、GO!」
ビーン! ビーン!
全フロアに作戦開始のサイレンが鳴り響いく。
「ファントム・フリート
一斉に各兵士が忙しく動き始める。
基地の外れにある空き地がせり上がり、ポッカリと大穴が開いた。直後、真っ白い巨大な飛行機がバシュッ! と衝撃音を放ちながら大空へと打ち出されていく。これが【ファントム・フリート】、ドローン百機を搭載している航空母艦だった。
ファントム・フリートは次々と十艇射出され、一気に高度を上げていく。巨体なため小回りは効かないが、魔石も多く積んでパワーは相当に確保していた。
高度三百メートルを超えたあたりで、ファントム・フリートからは次々とドローンが発進していく。
振りまかれたドローンはそれぞれ担当の兵士へと割り振られ、最終的に発進から三分もすると千人の空軍兵士はそれぞれ担当機をもち、画面をにらみながら作戦へと移行していく。それは何度も失敗を重ね、手順を煮詰めた成果だった。
それとは別に、Orangeタワーの最上階から純白の超音速戦闘機【
空軍一のエースパイロット、クレアの操縦するプロトタイプ戦闘機
徐々に機首を上げ、森の木々スレスレで水平飛行に移った時だった。ドン! というソニックブームが森の木々を大きく揺らす。音速を超えたのだ。
いきなり響き渡る爆音に驚いた魔物たちは慌てて戦闘態勢に入るが、その時はもうはるかかなた遠くを優雅に旋回している。
怒ったワシの魔物、ヴァイパーウイングが飛び立って
51. さらなる闘志
他にも何匹か飛行系魔物が飛び出してきたが、クレアは難なく撃墜し、あっという間に制空権を確保してしまった。
こうなるともう一方的な虐殺である。追いついてきた千機を数えるドローンたちからは次々とゴーレム召喚用の魔道具が放たれ、地上で次々とゴーレムが雄たけびを上げていく。ゴーレムはフォンゲートを身に着けており、陸軍兵士はそこからの映像を見ながらゴーレムに音声指示を与え、操っていく。
空からはドローンの
最後、街の教会に立てこもった魔物たちだったが、ゴーレムたちに建物そのものを破壊され、瓦礫の中から逃げ出してきた者も火炎放射器であっさりと燃やされて行った。
グギャァァァ!
最後の一匹が炎に包まれ、断末魔の悲鳴を上げながら倒れていく。
Orangeタワーの最上階に作られた作戦指令室で、その姿が大画面に映し出されると、歓声が響き渡った。
「ウォォォ!」「やったぁ!」「すごいぞ!」
「Yes! 皆さん、ありがとう! お疲れ様でした!」
タケルは拍手をしながら立ち上がり、将校たちをねぎらう。
「グレイピース伯爵、バンザーイ!」「バンザーイ!」「バンザーイ!」
将校たちは初戦の圧倒的な勝利に自信を深め、万歳を繰り返した。タケルは、うなずき、みんなの嬉しそうな顔を見回した。慣れない兵器をうまく扱い生かすために将校たちは日々研究し、訓練を進めてきたのだ。嬉しさもひとしおだろう。
まだまだ始まったばかりだが、幸先のいいスタートにタケルはグッとこぶしを握った。
◇
奥のソファを見るとオブザーバーで参加していたソリスとネヴィアがクッキーをポリポリかじりながら雑談していた。
タケルは二人に近づいて行く。
「どうですか? 結構いい戦いだったと思うんですけど?」
「まぁ、火力は凄いわね。でも、それだけだわ」
ソリスはつまんなそうな顔をして肩をすくめた。
「え? それだけ……?」
タケルは予想外の渋い評価に顔を曇らせる。
「相手が私だったら勝てたと思う?」
「えっ!? ソリスさん相手に……ですか……?」
「そう。私を殺せるかしら?」
タケルは腕を組んで考えた。大量のドローンとゴーレムで仕留められるか……? しかし、どう考えても殺せるイメージが湧かず、渋い顔で首をかしげた。
「無理よね? そりゃ数で押されるけれども、やられたりはしないわ。逃げながら数を減らす戦いを続けるだけなのよ」
「なるほど……。で、そう言うことができる敵が魔王軍にもいる……と?」
「分からないわ。でも、可能性としては十分にあるんじゃないかしら?」
ソリスは余裕の笑みを浮かべ、コーヒーをすすった。
タケルは大勝利の浮かれた気分も吹っ飛び、キュッと口を結ぶ。確かにただの魔物なら殲滅できるだろうが、魔人であればそう簡単には殺せないのだろう。
「我も殺されたりはせんぞ!」
ネヴィアもドヤ顔でタケルを見る。
「まぁ、そうでしょうね……。分かりました。勉強になりました。ありがとうございます」
タケルはペコリと頭を下げた。もちろんタケル自身もこれで魔王を倒せるとまでは思ってはいなかったが、自慢の軍隊をここまで酷評されると面白くない。この人たちを絶対驚かせてやると、タケルはさらなる攻撃力の増強に闘志を燃やした。
◇
奪還した村には整備部隊を送り込んだ。警備のゴーレムを配置し、中心部を囲むように塀を設け、復旧の足掛かりを作っておく。やがて元の住民が戻ってくればまた活気が戻るだろう。
タケルは寸暇を惜しんで新型兵器の開発に没頭する。例え魔人であっても確実に仕留められる、そんな兵器が無いと魔王の打倒は難しいし、安全に攻略ができない。潤沢にある金を使って安全にこの世界に平和をもたらすこと、それこそがタケルの目指す戦争なのだ。
兵器の火力をアップするには、単純に魔石にある魔力をより多くエネルギーに変換するだけでいい。もっと言うなら、魔石そのものを直接エネルギーにしてしまえばいいのだ。こうすれば魔石は爆弾になる。しかし、どんなに高性能な爆弾を作っても敵に当てなければ意味がない。
タケルは新型爆弾を実験機に搭載し、敵の頭上でバラバラとバラまいたりするなど実戦でどう生かしていくかを必死に研究していった。
52. 銀の鎖の男
奪還作戦最終日――――。
Orange軍は毎週奪われた村々の奪還作戦を粛々と実施し、数か月もすると旧領土は残すところ村一つとなっていた。
「さーて! バッチリ決めますよぉ!」
いつも通り超音速でターゲットの村をカッ飛んでいくクレア。
すると前方に大きめの反応がいくつか浮き上がる。明らかに待ち伏せしているような布陣である。
「クレア!
画面を食い入るように見つめていたタケルは、焦って叫んだ。
「
クレアは素早く操縦桿を倒すが、同時に森の中からファイヤーブレスの火柱がすっ飛んでくる。ワイバーンが潜んでいたのだ。
ゴォォォォ!
ギリギリで直撃は免れたものの、激しい灼熱の閃光が画面を真っ白にしてしまった。
しかし、クレアは慌てず目を閉じゾーンに突入すると、冷静に体に染みついた機体の動きを思い出しながらバレルロールでファイヤーブレスをくるりと回避し、スロットル全開で上空へと離脱した。それはクレアでなければできない神がかった凄技だった。
やがてカメラの視界が戻ってくるとクレアはニヤッと笑い、機体を背面宙返りさせていく。青空に純白の美しい機体が陽の光を浴びてキラリと輝いた。
追いかけ始めていたワイバーンたちはそれを見て本能的に恐怖を感じる。華奢で小さな機体。しかし優雅に宙返りする姿には王者のオーラの香りが漂っていたのだ。
「おいおい! 敵は三体だぞ! 無理するな」
タケルは思わず叫んだが、クレアは操縦桿の先端に付けられた発射ボタンのカバーをパカッと開けた。
「この空は私のよ! ファイヤー!」
超音速で急降下しながら
ズン! ズン! ズン!
慌てて逃げようとしていたワイバーンたちに正確に着弾し、爆音が森に響き渡った。
ギュァァァァ!
断末魔の叫びが響く中を
「おぉぉ……神……か?」
タケルはあっという間にワイバーンを三体も撃墜したことに圧倒され、言葉を失ったまま静かに首を振った。
◇
後からやってきたドローンたちは、魔石爆弾を魔物の反応があった位置に向けてバラバラと落としていく。やがて魔物に占拠された村のあちこちで大爆発が起こり、キノコ雲が次々と立ち上がっていった。特に砦跡には集中的に爆弾が投下され、逃げ惑う魔物たちもろとも粉々に吹き飛ばしていった。
あらかた掃討が終わるとゴーレムたちが残党狩りを始める。廃墟の中を、洞窟を、森の中を丹念に探し、隠れている魔物たちを撃破していく。
やがて、教会の三角屋根のてっぺんに『食べかけのオレンジ』の旗がはためいた――――。
ウォォォォ! やったぞ! バンザーイ!
作戦司令室は歓声に沸いた。ついに失われた領土を全て人類の手に取り戻したのだ。それは一方的に押され続けてきた人類にとって、希望となる勝利だった。
クレアはそんな歓声を聞きながら基地へと舵を切る。今回も無事に任務を達成し、貢献できた興奮が静かにクレアの心地よい疲れに色を添えた。
ふぅと大きく息をつくとコーヒーを一口すするクレア。その時、照準カメラの隅に何かが動くのを見つけた。
え……?
若い長髪の男が翼の上に立っている。それもカチッとしたフォーマルのジャケットに銀の鎖を煌めかせてニヤリと笑っているのだ。
飛んでいる飛行機の上に乗り込む男、それは常識を超えた禍々しさをはらみ、クレアの背筋にゾッと冷たいものが走った。
慌ててクレアはバレルロールをし、曲芸飛行のようにクルクルと回る。さすがにこれには対応できなかったのか、それ以降カメラには捉えられなかった。
しかし、これは明らかに異常事態である。
クレアは帰投すると急いでタケルのところへ駆けて行った。
「タケルさん! 大変! 大変なの!」
作戦成功に沸く指令室は歓喜に包まれ、タケルは多くの祝福攻めにあっていた。
「ク、クレア、どうしたんだ?」
「
「は……? 誰が?」
「分かんないんだけど、ジャケットを着たキザな男が帰投中の翼に立ってたの」
「いやいやいや、飛行中の翼の上に立つなんてことはあり得ないよ」
タケルは苦笑いをして肩をすくめる。
「でも、見たのよ!!」
クレアは必死に訴えた。あんな明らかにヤバい奴を連れ帰ってきたとしたら大変な事になってしまうのだ。
「着陸する時も乗ってた?」
「いや……、私がクルクルって回ったら姿は見えなくなったんだけど……」
「なら大丈夫だよ、後で見てみるよ……。あっ! わざわざいらしてくれたんですか? ありがとうございます!」
タケルはお世話になった協力者を見つけると、慌てて駆けて行った。
「あっ! ちょっともう!」
クレアは逃げて行ってしまったタケルにムッとして、こぶしをブンと振る。
「もう!! どうなっても知らないわよ!」
クレアはそう叫ぶと、プリプリしながら作戦指令室を後にした。
53. 炎の牢獄
なんだかどっと疲れが出てしまったクレアは、一人アバロンの保養所へと帰っていった。本当は単独行動は禁止されていたのだが、タケルは話も聞いてくれないし、休養にまで誰かについてきてもらうわけにもいかない。
王都行きの魔導バスに揺られながらクレアはぼーっと車窓の景色を眺めていた。白い雲がぽっかりと浮かぶ青空のもと、丘陵にはどこまでも麦畑が広がり、小さな赤い三角屋根の家がポツンと見える。そこでは老夫婦が楽しそうに何かを話していた。
自分たちの活躍により、彼らの穏やかな日常が守られたのかもしれないと思うとクレアは誇らしく思うものの、謎の男の存在がどうしても気になってしまい、はぁと重いため息を漏らす。
数時間揺られたクレアは、王都近くの街で降りた。そこからは迎えに来ていた使用人の馬車に乗って久しぶりの保養所にやってくる。
以前は毎月魔石の補充に来ていたクレアだったが、今ではゴーレムが代わりにやってくれているので最近は訪れていない。ただ、サーバーラックの増設が必要だということなので一度は様子を見に来ようと思っていたのだ。
部屋に荷物を置いたクレアは早速裏山の洞窟へと足を運ぶ。途中、藪の中でひそかに警備しているゴーレムの様子を見つけたクレアは声をかける。
「お疲れ様っ!」
グァッ!
いかつい岩でできた身長二メートルを超えるゴーレムにはコケが生え、しばらく身動きもしていないようであったが、それでもじっと異状が無いか森の中を見つめ続けていた。
狭い入口についた金属の扉を
「うわぁ、素敵ねぇ……」
以前来た時よりはるかに盛大に瞬く光の洪水にクレアは圧倒される。一つ一つのランプは誰かが想いをもってどこかへアクセスしている輝きであって、それはまるで人類の熱い想いの活動を一堂に集めた『想いの宝石箱』のように見えた。
その時だった。グオォォ! というゴーレムの咆哮に続き、ズガーン! という、激しい衝撃音が入口の方から響いてきた。
えっ……!?
クレアは心臓が飛び出んばかりに驚いた。ゴーレムが誰かと戦っている。それはあってはならないことだった。
グォ……。
ゴーレムの力ない弱弱しい声が聞こえ、ズシーンという衝撃音が続いた。どうやらゴーレムは侵入者に倒されてしまったようだった。
ひ、ひぃぃぃ!
クレアは奥の方へと慌てて走る。何者かが侵入してきている。それもゴーレムを瞬殺できるような手練れ、いきなり訪れた絶体絶命のピンチにクレアは真っ青となった。
カッカッカッ……。
洞窟に入ってくる侵入者の不気味な靴音が響き渡る。
クレアはポーチから急いで護身用の魔銃を取り出した。いつの間にか跡をつけられていたということだろう。気を付けていたつもりだったのだが、敵の方が一枚上手だった。事の重大さにクレアは気が遠くなる思いがする。
「おやおや……、何ですかここは……? ほぅ? 素晴らしい! こんなところがあったとは……マーヴェラス!!」
パチパチと拍手をしながら無数の青ランプに浮かび上がったのは、若い長髪の男だった。フォーマルのジャケットを纏い、銀の鎖が胸のところでキラキラと輝いている。
「あっ! あなたは翼の上に居た……」
「おやおや、バレてましたか。クレア・アバロンさん。いやぁ、あなたの操縦テクニックはまさにエクセレント! おかげで僕の可愛いペットたちが……灰になってしまった……。でも、おかげで凄いものを教えてもらえましたねぇ。クックック……」
男は口角を吊り上げ、楽しそうに間を詰めてくる。
ワイバーンたちをペットと呼ぶこの男は魔人に違いない。魔人にOrangeの最高機密を教えてしまったクレアは、その罪の大きさに足ががくがくと震えた。
「近寄らないで!」
クレアは魔銃の安全装置をカチッと外し、魔人に向けた。引き金を引けばファイヤーボールが射出される。魔人に効くかどうかわからないが、もはやなんだってやるしかなかった。
「ほう? そんなオモチャでこの僕を止められるとでも思ってるのかな? クックック……」
魔人は足を止めなかった。
くっ……!
クレアは銃を構えながらじりじりと後ずさる……。ゾーンを発動して魔人の一挙手一投足をスローモーションのように観察しながら時を待った。
カチッ……。
魔人が床の『食べかけのオレンジ』マークのタイルを踏んだ時だった。クレアが腕時計のボタンを押す音がかすかに響く。
刹那、魔人の足元に巨大な真紅の魔法陣がブワッと展開し、中の幾何学模様がクルクルッと回った――――。
ズン!
魔法陣から放たれる盛大な火柱は、魔人を一瞬で包み込む炎の牢獄となる。その閃光で洞窟は光の洪水に覆い尽くされ、闇を一掃した。
緊急時の侵入者撃退トラップを発動させたのだ。どんな生き物でも瞬時に焼き払う、最高難度の火魔法をかけ合わせたタケルの最高傑作だった。これを使えばサーバーにもダメージは行ってしまうため、半分自爆装置的な究極の最終手段である。
やった……?
腕で顔を覆い、激しい熱線を避けながら、じっとその火柱を見つめるクレア。これで効かなければもう打つ手などないのだ。クレアは冷や汗を流しながらただ攻撃成功を祈っていた。
54. 可憐なる抵抗
その直後、炎がブルブルっと震えた――――。
え……?
真紅に輝く目をギラリと光らせながら魔人が炎の中から飛び出してくる。魔人は紫色に輝く短刀を振りかざし、一気にクレアに襲い掛かった。
キャァッ!
ゾーンに入っているクレアは何とかギリギリ、銃身で受け止める。
くぅぅ……。
「おい、小娘! 今のはちぃとばかしヤバかったぞ?」
銀髪をチリチリと焦がした魔人は、赤い目をギラリと光らせながら短剣を押し込んでくる。
「なんで無事なのよぉ!」
力では到底かないっこないクレアは銃を振り切りながら横にすっと回避し、ファイヤーボールを撃ちながら逃げ出した。
魔人は涼しい顔でファイヤーボールを一刀両断にすると、嗜虐的な笑みを浮かべながら紫色に輝く刀身をペロリと舐めた。
◇
洞窟で緊急魔法が炸裂したことは第一級の緊急事態であり、タケルのスマホにも緊急速報が流れる。しかし、タケルは祝勝会の席で盛り上がっており、その警告音に気がつかなかった。
次々と大声で話しかけてくる酔っぱらいに囲まれ、タケルも辟易としていたが、功績のある者達をむげにはできない。ポケットの奥で鳴り響いてるスマホの音は運命の
◇
クレアは奥の倉庫に逃げ込むと重い鉄の扉を閉め、しっかりとカギをかけた。サーバーの異常はタケルにも伝わっているはずだから、きっとタケルが助けに来てくれる。クレアはそう信じて時間稼ぎに出たのだった。
「タケルさん……、早くぅ……」
クレアはガタガタ震えながら手を組んで、来ないタケルを待ち続けてしまう。
ガンガンガン!
扉を乱暴に叩く音が響き、クレアは縮みあがる。
「ひぃぃぃぃ! タケルさぁぁぁん!」
クレアの碧い瞳には涙があふれてきた。
ブシュー!
その時、ドアのノブのがいきなり蒸気を上げてポロリと溶け落ちた。
穴の向こうに魔人の赤い瞳がのぞく。
「くっくっく……。あなたは私のペットの仇……。逃がしませんよぉ……」
ガン! とドアを蹴り、押し入ってくる魔人。
くっ!
クレアはポーチから護身用のナイフを取り出し、魔導のボタンを押して青く輝かせた。逃げる場所ももうなく、武器はこれだけである。これで何とか運命を切り開かねばならなかった。
「ははは、そんなもので私に歯向かおうというのか……ねっ!」
魔人は一気に間を詰めると素早い斬撃を次々と繰り出してきた。
キンキンキンキン!
目にも止まらぬ速さで繰り出されてくる紫の短剣を、クレアはゾーンで見切りながら何とかナイフで合わせ、かわし続ける。
くぅぅぅ……。
「そらそらそらそら! どうした? そのかわいい顔を切り刻んでやるよぉ。うっひっひぃ!」
魔人は興奮を隠さず、さらに斬撃の速度を上げてきた。
何とかゾーンでギリギリ対応できていたクレアだったが、腕がそろそろ限界である。どんなに見切れていても、身体がついてこれなければ待っているのは死なのだ。もう残り時間が少ないことに焦りは募る。
クレアは一計を案じ、短剣を受けながら一気に後ろに飛び、距離を取った。
「逃げたって無駄だよ!」
魔人は調子に乗って一気に間を詰める。
と、その時、クレアの碧い瞳がきらりと光った。なんとクレアは前に飛ぶ。一か八か捨て身の戦法に勝機をかけたのだった。
へっ!?
虚を突かれた魔人は短剣で合わせようとする。しかし、そんな力ない斬撃をクレアは横に弾くと、魔人の胸元にまんまと滑り込む。
「チェックメイト!」
クレアは全身の力を込め、ナイフを真っ青に輝かせると会心の一撃を魔人の胸元に叩き込んだ――――。
渾身の力を込めた青く輝くナイフが魔人のジャケットを切り裂き、胸の奥を貫く。
やぁぁぁぁ!
クレアは捨て身の戦法で活路が開けた……はずだった。
しかし……。
ナイフは手ごたえ無く、そのまま腕ごとどこまでも魔人の胸奥深くまでずっぽりと潜って行ってしまったのだ。
え……?
破れたジャケットの向こうに見えたのは虚無。光のない漆黒の闇だった。
「飛んで火にいる夏の虫。お馬鹿さん……。くふふ……」
刹那、魔人の胸に開いた虚無の穴から鋭い紫色のトゲが高速で射出され、クレアの胸を貫いた――――。
グフッ!
灼熱の激痛がクレアを硬直化させ、ピクピクと
可愛い口から、鮮やかな赤い血がタラリと白い肌を染めていった。
「な、なぜ……」
「私は魔人だよ。狙うならのどだったねぇ? くふふふ……」
クレアはギリッと奥歯を鳴らすと、かすれ声をもらす。
「タ、タケルさん……、ごめんなさい……」
眼から光が失われ、ガクリと力尽きるクレア。
「可憐なる抵抗の終えん。美しい……。魔王軍の快進撃を
人類の運命を暗闇に沈める魔人の、陰湿な笑い声が洞窟に響きわたり、その残響はいつまでもこだました。
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