45. 人類の逆襲

「本当に……ダスクブリンクで良かったの?」


 引っ越しの準備を手伝いながら、クレアは眉をひそめ、心配そうにタケルに聞く。


「ははは、クレアまでそんなこと聞くのか。あそこはいろいろ都合がいいんだよ」


「いや、でも、領土の多くがすでに魔物の侵攻で廃村になってしまってるのよ?」


「失われたものは取り返せばいい。僕らにはそのための金も力もある。それにダスクブリンクなら諸外国とも近いから世界の貿易を考えるなら好適なんだよ」


 タケルは自信たっぷりに言うが、ワイバーンとの一戦で魔物の恐ろしさを肌身に感じていたクレアは口をとがらせ、うつむく。


「タケルさんは本気で魔王軍と戦うつもりなのね……」


「今、世界で一番強いのはわが社だからね。四千人の元王国兵、最新魔導兵器、膨大な量の魔石にお金。うちがやらなきゃいけない仕事なんだよ。この大陸から魔物の脅威を取り除かないと」


「でも……、魔人たちの標的にされるわ」


 アントニオがやられたように、魔人は神出鬼没でいやらしい手を使ってくる。タケルも同じようにやられてしまったらと思うと、クレアには恐ろしくてたまらなかったのだ。


「いや、もう標的になってるって。これはもう避けられない戦いなんだ。クレアも手伝ってくれないか?」


 タケルはニコッとクレアに笑いかけた。


「も、もちろん手伝うわよ! でも……、安全第一でお願いね」


「もちろんだよ! 一人も死者を出すことなく完勝する。お金とITのパワーでね!」


 タケルはニッコリと笑ったが、クレアは胸騒ぎが止まらず、胸を手で押さえると不安そうにため息をこぼした。



       ◇



 ダスクブリンクまでネヴィアに空間を繋げてもらったタケルは、ベキベキっと両手で空間を裂いて首を出す。


 そこには、さんさんと降り注ぐ陽の光に庭木が輝き、古びた洋館がそびえていた。


「おぉ、ここが……。ヨイショっと」


 タケルは地面に降り立ち、洋館を見上げる。石造り三階建てのしっかりとした建物は随所に彫刻が施され、豪奢なつくりではあったが、あちこち欠けたままで、白かったであろう柱も薄汚れ、往年の輝きは失われていた。


「手入れすれば見栄えはするかも……?」


「昔は栄えとった街の領館じゃからな。我もよく遊びに来とったが……、今じゃ見る影もない」


 ネヴィアは少し寂しそうに肩をすくめる。


 魔物たちの侵攻を受け、この街より暗黒の森側の領土は全て打ち捨てられ、この街が最終防衛ラインとなってしまっていたのだ。当然市民たちはどんどん逃げ出し、人口も激減して繁華街もシャッター通りと化してしまっている。


 白髪の男性がタケルを見つけ飛び出してきた。


「おぉ、これは、グレイピース伯爵! お待ちしておりました」


 それは事務方のトップの長官だった。長官はうやうやしく胸に手を当て頭を下げる。事務方たち五、六人も後に続いて頭を下げる。


 タケルは長官の手を取り、握手をしながらニッコリとほほ笑んだ。


「わざわざ出迎えご苦労。早速だが状況を説明してくれ」


「は、はい……。お聞きおよびのことかと思いますが、当地は現在魔王軍側の攻勢を受けておりまして……。どうやって防衛を実現していくかが……」


「防衛なんてしないよ」


 タケルはニヤッと笑った。


「ぼ、防衛しないって、そ、それは……?」


 長官は真っ青になってうろたえた。


「攻撃は最大の防御。奴らを打ち滅ぼすんだ」


「は……?」


 長官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。強大な魔王軍を押し返せるような経済力などこの街にはもう残っていないのだ。


「心配しなくていい。我が社の軍事力は世界一。魔物など全て焼き払ってやる!」


 タケルはニコニコしながら不安げな長官の肩をパンパンと叩く。


「は、はぁ……」


 タケルのITビジネスのことは聞いていたが、軍事など無関係だと思っていた長官は、釈然としない様子で小首を傾げた。



        ◇



「ヨシ! ここにしよう!」


 打ち捨てられた元麦畑の小高い丘陵へ登ったタケルは、雑草の茂る草原を見渡し、大きく手を広げた。


「こんな所に何を作るんじゃ?」


 ネヴィアは不思議そうに辺りを見回したが、雑草が広がるばかりで首をひねる。


「基地を作るんだよ。ついでにOrangeの本社もね」


「こんな所にか?」


「そう。ここには本社ビル、あそこには兵舎。あっちには倉庫。そして、道をこうググッと引いて、このまま真っ直ぐ王都まで。それでここから南の国々や東の国々への道も引く。ここは貿易の要衝となるのさ!」


 タケルの瞳には、揺るぎない意志と未来への渇望が輝いていた。魔王軍が目前のこの土地こそが、まさに人類の逆襲が始まる希望の地になるのだ。


 吹き抜ける風が美しいウェーブを作り出すのを眺めながら、タケルは決意を込めて拳を握った。















46. 働き者ゴーレム


「はぁ、まぁ、お主のうなる金注ぎ込めば、できんことはなかろうが……、人はこんな魔王軍の近くには来たがらんじゃろ?」


「だからまず魔王軍を殲滅せんめつするんだよ」


「殲滅ぅ!? マジか!?」


 ネヴィアは青緑色の目を真ん丸にして驚いた。


「マジもマジ、大マジよ。アニメでも魔王は滅ぼされる運命だろ?」


「アニメと現実を一緒にすんな! ふぅ。まずはお手並み拝見じゃな」


 ネヴィアは肩をすくめた。


「そしたら、ちょっと、うちの倉庫に繋げて」


「え? 何するんじゃ?」


「何って、基地を作るって言ったじゃん」


 タケルは嬉しそうにパンパンとネヴィアの肩を叩く。


「今からか?」


「そうだよ。早く!」


「はぁ、人使いの荒いやつじゃ。ちゃんと金は払ってもらうからな」


 ネヴィアは渋い顔をしながらツーっと指先で空間を裂いた。



        ◇



 倉庫からガラガラとカートを引っ張ってきて草原に持ち出してきたタケルは、雑草を押し倒しながら石のプレートを並べていく。


「何をするんじゃ?」


 怪訝そうなネヴィア。


「まぁ見ててよ」


 タケルは六畳くらいの広さになったプレートの上に魔石を転がすと、ITスキルのウィンドウを開き、コードを起動する。


 直後、プレート上に黄色い巨大な魔法陣が展開して中の幾何学模様がクルクルと回った。


「おぉ、なんじゃ、これは見事な……」


 いきなり発動した大魔法にネヴィアは目を見張る。


「来いっ!」


 タケルの掛け声と共に魔法陣の中央部からゴーレムの頭がせり上がってきた。


「ほはぁ、コイツに開発をやらせるって訳じゃな」


「人手じゃ無理だからね」


 出てきたゴーレムは身長三メートルくらいの大きさで、黄土色のゴツゴツした岩でできており、キラキラと赤く光る小さな丸い眼がかわいらしく見える。


「君のお仕事はコイツだ」


 タケルはそう言いながらデカい金属のパイプを取り出してゴーレムに持たせた。


「ここから半径一キロの雑草をこれで焼き払ってくれ」


 ガウッ!


 ゴーレムは嬉しそうにそう言うと、パイプを両手でガッシリと持つと雑草に向けた。


 直後、ヴゥンという音がして、ゴオオォォォーー! っという噴射音と共に鮮烈な炎がパイプから激しく吹き出した。それは火魔法を応用した火炎放射器で、雑草などたちまち燃やし尽くされ灰となって宙を舞っていく。


「ウヒィ! あちちちち!」


 ネヴィアは火炎放射器から発される熱線におののいてタケルの後ろに隠れた。


「よーし、良いぞ! では二機目を……」


 タケルは魔石をまたプレートの上に置いてゴーレムを呼び出した。


「マジか!? 何機呼ぶつもりじゃ!?」


「え? 二十機くらい? 足りない?」


「二十機!? はぁ、お主は規格外じゃな……」


 ネヴィアは首を振り、大きくため息をついた。



        ◇



 領館で二時間ほどコーヒーを飲みながら待っていると、タケルのフォンゲートに着信があった。


「ガウッガウッ!」


 ゴーレムが何か言っている。意味は分からないが終わったということだろう。


「ハイハイ、ご苦労様。それじゃ、ネヴィアちゃん、転移よろしく!」


「お主なぁ、我はタクシーじゃ無いんじゃぞ?」


 ネヴィアは面倒くさそうにそう言うと、向こうを向いてコーヒーをすする。


「つれないこと言わずにお願いしますよぉ」


 タケルは華奢で白い肌のネヴィアの肩を揉んだ。


「お、良い気持ちじゃ……。もっと下……、おぉぉぉ、お主上手いな」


 ネヴィアは恍惚とした表情で幸せそうに息をつく。


「ネヴィア先生、お礼を弾むから基地作り付き合ってくださいよぉ」


 ネヴィアはチラッと片目を開けてタケルを見た。本来、規則では人間に力を貸してはならないのであるが、奇想天外なタケルの切り開く未来がどうなるかは、ネヴィアの好奇心をいたく刺激していた。


 とはいえ、頼られすぎるのもしゃくなので素っ気なく返す。


「まぁできる範囲でしかやらんぞ?」


「それで結構です、先生!」


 タケルはしめしめといった表情で、ネヴィアをヨイショする。


 結局その日はゴーレムのパワーを活用して、建設予定地の造成まで一気に進めた。


 朝までただの草原だった未開の地に現れる造成された広い土地。タケルは嬉しくなって両手を上げて叫んだ。


「ここにバーン! と本社ビルが建つんだ!」


「ほう、魔物に倒されんとええがな……」


 ネヴィアは首を振り、そっけない返事をした。


「うん、まぁ、魔物は……来るかもなぁ……」


 タケルもちょっとそれは気がかりだった。何しろここは魔王軍の実効支配地域との境界なのだ。


 タケルは帰る前に、二十機のゴーレムに火炎放射器を装備させ、警備を任せたのだった。




















47. 夢の最前線


 はぁっ!?


 翌朝、画面を埋め尽くしていたゴーレムからのワーニングメッセージに、タケルはつい大声を出してしまった。なんとゴーレムが半数に減っていたのだ。


 慌てて壊れたゴーレムのカメラの録画映像をチェックすると、そこにはたくさんの魔物との死闘が映っていた。剣を持った小鬼ゴブリンに槍を振り回すリザードマン、そして巨大な赤鬼が丸太のような棍棒をゴーレムに振り下ろしている。


 ゴーレムは火炎放射器で対抗し、次々と魔物を焼き殺していたが、数で押され、半数を失う結果となった。


 ゴーレムは魔石を使うだけでいつでも呼び出せる召喚獣だ。魔石鉱山を持つタケルからしたら損失と言えるほどのものではない。しかし、自らの生命さえも顧みない魔物たちの猛攻は、まさに理性を失った暴動。それはタケルに肌を這うような恐怖を引き起こし、心の奥に深い震えを与えた。


 タケルは熱々のコーヒーを口に運び、その苦味で不安を払おうとする。しかし、心の奥底に潜む、理屈ではない恐れ――これからの対魔王戦に潜む予測不能なリスクは、彼の脳裏からいつまでも離れなかった。



         ◇



 タケルは基地の周りに城壁を築くことを優先しようと決め、近くに魔物がいないことを確認した上で大量の石のプレートを現地に持ち込んだ。


「タケルさん、こんな石の板でどうするんですか?」


 クレアが不思議そうに尋ねる。


「ふふっ、見ててごらん」


 タケルは小川の流れなどを考慮し、なるべく稜線を通るように城壁建設位置を決め、石のプレートを並べていった。穏やかな起伏の続く焼け野原に白い石のラインが描かれていく。


「なんだか綺麗ですね……」


 甲斐甲斐しくタケルを手伝っていたクレアは顔を上げ、額の汗を拭きながら言った。


「とりあえずこの辺りで一度テストしよう」


 タケルは青いウィンドウを開くと石のプレートに一気にコードを書き込んでいった。


 ヴゥンという音が響き、プレートに次々と黄色い魔法陣が浮かび上がっていく。タケルは全てのプレートに魔法陣が起動しているのを確認すると一斉にコードを走らせた。


 ゴゴゴゴゴ……。


 地響きを放ちながらプレートから白い岩がモリモリと育ち始める。それはまるで地面から隠れていた壁がせり上がってくるように、あっという間に立派な城壁が出来上がっていく。


「うわぁ! すごーーい!」


 その土魔法を使った鮮やかな建設方法にクレアは感激し、碧い眼をキラキラと輝かせた。


「割と上手くいったな」


 タケルは高さ十五メートルはあろうかという純白の城壁をペシペシと叩くと、その重厚な質感に満足し、嬉しそうに笑った。


「こんなに簡単に出来るんですねっ!」


「簡単だけど、このプレートには魔石が練り込んであるから、普通はこんな贅沢なこと出来ないんだよ」


「えっ!? 魔石入りなんですか!?」


 クレアは碧眼をキラキラと煌めかせながらタケルを見上げる。


「そうなんだよ。鉱山持ってるうちでしかできないぞ」


「ふふっ、鉱山見つけられて良かったですね」


 まぶしい笑顔を見せるクレア。


「これもクレアのおかげだよ」


「そろそろご褒美くれても良いんですよ?」


 クレアはいたずらっ子の笑みを浮かべた。


「あ、ご、ごめん。落ち着いたらゆっくり考えるよ」


「いいですよ? 急いでないから」


 クレアはちょっとつまらなそうに口をとがらせ、プイっと向こうを向いた。


 この後はゴーレムにプレートの並べ方を教えこみ、彼らに一枚ずつ並べていってもらうようにした。


 こうして全長五キロに及ぶ壮大な城壁が、かつてない速さで地平線にその輪郭を描き出す。


 やがて、焼けるような夕焼けが大地を赤く照らし出す中、二人は遥か彼方にぼんやりと見える城壁を眺めていた。


 クレアはそっとタケルの手を取る。


「いよいよ始まるのね……」


「そうだね、ここが僕らの、人類の夢の最前線だよ」


「うまく……、行くかしら?」


 クレアは不安そうな顔でタケルを見上げながら、キュッとタケルの手を握った。


「上手くいくに決まってるさ!」


 赤く輝く城壁を眺めながらタケルはグッとこぶしを握る。アントニオを倒した以上、魔王軍のターゲットはもう自分なのだ。やらなければやられる。もはやさいは振られたのだ。


 二人は徐々に色合いを群青色へと移りゆく景色を眺めながら、決意を新たにしていった。












48. 大陸最大の都市


 次の日、いよいよ本社ビル【Orangeタワー】の建設に着手する。基本は城壁と同じで土魔法で柱と壁を生やしていき、そこに適宜床を張って、穴を開けて、窓やパイプや通路を作っていくというものだった。


「さーて、Orangeタワーはこちらに建てますよ!」


 タケルは見晴らしの良い丘陵の建設予定地に立ち、両手を掲げた。


「おぉ、良いですねぇ!」


 ゴーレムに真っさらに整地してもらった予定地が、クレアには夢の詰まった魔法の土地に見えた。


 すでにゴーレムが白い石のプレートを敷き始めている。それは一枚が畳サイズの大きなもので。厚みも城壁の時より何倍も厚かった。


 その百キロは超える重量級のプレートを、ゴーレムは設計図通りに丁寧に一枚ずつ綺麗に並べていく。それはやがて長さ百五十メートルのラインとなり、それが七メートルおきに十本描かれたアートを大地に描いた。


「縞模様……、ですか?」


 柱を作るのだと思っていたクレアは壁が並ぶだけの設計に首を捻る。


「まぁ確かにこのままだと倒れちゃうかもだから……」


 そう言うと、タケルは長細いプレートで縞模様の間を何箇所か繋いでいった。


「さぁて、どうなるかなぁ?」


 タケルはニヤッと笑うと青いウィンドウを開き、一気に全てのプレートに魔法陣を浮かび上がらせた。その鮮やかな黄色の輝きは眩しいまでに辺りを光で包んでいく――――。


 うわぁ!


 思わず顔を覆うクレア。


 ゴゴゴゴゴ!


 城壁の時とは比較にならないすさまじい轟音と地鳴り。分厚い壁の群れが一気に大空目がけり上がっていく。


「行っけー!」


 タケルはこぶしを突き上げ、叫んだ。


 まるで地震のように下腹部に響く地鳴りの中、クレアは手を組み、薄目を開けて心配そうにどんどん高くそびえていく光の壁の群れを見守った。


 壁は五十メートルを超え、百メートルを超え、太陽を覆い隠しながら百五十メートルくらいまで育つとその成長を止め、光を失い、純白の素地をあらわにする。先端はまるでナイフで斜めに切られたように北側が尖った形に綺麗に揃えられていた。


 青空に向かって屹立きつりつする純白の壁の群れ。それはこの世界では見たことのない斬新なアートそのものだった。


「うわぁ……」


 クレアは言葉にならない声を漏らし、ただその美しい純白のアートに魅了された。


「よし! やった! いいぞぉ!!」


 模型の段階からこだわり抜いたデザインが、実際に現実のものとなってそびえ立っている。タケルは本社ビルを目の当たりにし、何度もガッツポーズを繰り返した。


 ここまでできるなら土魔法は今後、いろいろな応用が可能だろう。タケルの頭の中には兵舎や倉庫の構想が早くもどんどんと湧きだしてくる。


「ここが私たちの新しい拠点になるのね……。素敵ねぇ……」


 クレアは恍惚として、その美しい青い瞳に純白のタワーを映した。


「これはまだ半分だよ、この白い壁の間には青いガラスが入るんだよ。それはアバロンさんに発注するからお願いね」


「青い……ガラス?」


「そう、白と青の縞模様になるのさ。いいだろ?」


 タケルはドヤ顔でクレアを見る。何しろこのデザインに落ち着くまでにどれだけの構想が没になったか知れないのだ。


「うーん、いいかも! 素敵だわ……」


 クレアはタケルのその並々ならぬ執念に脱帽し、温かい笑顔でその情熱を賞賛した。


 Orangeの象徴ともいうべきビルの成功は、まさに人類の希望そのものであり、二人をこれから始まる快進撃の期待感で包み込んだ。



       ◇



 久しぶりに領館に戻ったタケルは、真っ青になった長官に緊急の報告を受けた。


「伯爵殿、大変です! 魔王軍が奇妙な建物を建てているんです。もうここも終わりかも知れません!!」


「え? 奇妙なって?」


「見たこともない白い縞々模様のすごく高い塔がいつの間にか建ってるんです! きっと奴らは何か恐ろしいことを企てているに違いありません!」


 タケルは思わず吹き出してしまう。


「はっはっは。僕、基地作るって言ってたよね?」


「き、基地は聞いておりますが……」


「その塔はうちの基地だよ」


 は……?


 長官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。


「あの塔は僕が建てたから安心していいよ」


「伯爵が……建てられた……?」


「あそこから魔王軍を打ち滅ぼして行くんだよ」


「う、打ち滅ぼすって……ほ、本気でございますか?」


「あそこには数万人が住むから街も潤うよ」


「す、数万人!? この街の人口は二千人ですよ?」


「良かったじゃない、にぎやかになって」


 タケルは長官の肩をポンポンと叩いて笑ったが、長官はぽかんと口を開けて固まってしまう。


「ほら、もっと、気楽にしてて大丈夫だって! 次の人類の時代はここダスクブリンクから始まるのさ」


「ここ……から?」


「そう、ここは大陸最大の都市になるのさ」


 タケルは両手を大きく広げ、希望に満ち溢れた笑顔で長官を見た。


「大陸……最大……」


「そう、これから忙しくなるぞ!」


 タケルはグッとサムアップして見せたが、長官は不安そうに眉をひそめ、首を傾げた。

















49. 王国緊急会議


 本社ビルは壁ができても床も配管もないのでは使い物にならない。二人は床を生やし、穴を開け、フロアを一つずつ作っていった。穴を開けるのは簡単で、土魔法のかかった黄色く光るナイフだと、まるで発泡スチロールみたいにサクサクと切っていけるのだ。このナイフを使って配管の穴やドアや窓の開口部を開けていった。


 ある程度コツをつかんだら、Orangeの兵士たちに後を引き継ぎ、兵舎と倉庫も作っていく。兵舎は本社を横倒しにしたような白と青の横縞デザインの十階建てで、その先進的なデザインに兵士たちは歓喜していた。


 倉庫は直径百メートルくらいのビニールハウス型で、かまぼこ状の構造物となり、長さは五百メートル、三階建てとなっている。兵器や魔石だけでなく、領地を維持する食糧や資材で一杯にする予定なのだ。


 この他にも商店やレストランなどの商業施設の建物や、上下水道のインフラなどを整備して、社員や兵士とその家族数万人が十分暮らせる基地にしていった。


 何しろ金ならあるのだ。街路樹を植え、おしゃれな街灯を並べ、レンガで歩道を整備する。居住エリアの至る所には花壇とベンチを配し、公園にはサッカーグラウンドも用意した。それはもはや基地の概念を超え、もはや一個の先進的な街に見える。魔王軍に相対する最前線にできた賑やかなオシャレな街は、来るもの皆を驚かせた。



       ◇



 基地の完成を聞いたジェラルド国王は宮殿で緊急の会議を招集した。元王国兵士を鍛えて脅威に育ったタケルをもはや見逃しておけない。


「グレイピース伯爵、あの基地は何だね? 何を企んでおる?」


 開口一番、ジェラルドは核心に切り込んだ。集まった貴族たちは静まり返り、タケルの反応を固唾をのんで見守った。


「何と言われましても、あそこは魔王軍の支配地域。魔王軍を打ち滅ぼすため以外の目的などありま……」


 タケルはにこやかに答えていると侯爵が机を叩いて怒鳴った。


「黙れ! お題目はたくさんだ。伝え聞くところによると、新しい魔道兵器に四千人の兵士、もはや王国最大の脅威じゃないか!」


「魔王軍は強大です。相応の軍事力が無ければ負けてしまいます。私が負ければもう王国は魔王軍を止められませんよ?」


「そうかもしれんが、その矛先がワシらに向かない保証が無いじゃないか!」「そうだそうだ!」「保証をよこせ!」


 集まった貴族はここぞとばかりに騒ぎ立てる。


「私は王国の貴族です。王国が健全に発展することを望むのは当たり前じゃないですか?」


 タケルはウンザリしながらも努めて平静を装い、淡々と返事をした。


「ふん、どうだか? ぽっと出の貴族に伝統などないからな」


 侯爵は肩をすくめる。


「お前、魔王軍を滅ぼしたらどうするのか?」


 ジェラルドが切り込んでくる。


「滅ぼした後のことなど考えていません。みんなが幸せになるような形を望んでいます」


「『みんなが幸せ』じゃない、我々王国貴族が幸せにならにゃ意味がないだろ!」「そうだそうだ!」「平民を幸せにしてどうすんだ!」


 侯爵たちは公然と貴族優先を言い張った。


 タケルは呆れ果ててなんと返したらいいか言葉が浮かばず、ただ、首を振るばかりである。


「お前が次の魔王になるんじゃないのか?」


 ジェラルドが眼光鋭くタケルを睨む。


「わ、私がですか? 私は人間ですよ?」


「魔王軍を倒せば今度はお前が世界一の軍事力を持つことになる。それは人類の脅威なんだが?」


 ジェラルドは鋭い視線でタケルを射抜く。


 まさに孤立無援。いろいろと咎められるだろうなとは思っていたが、ここまで集中砲火を浴びるとさすがにタケルも我慢の限界である。タケルはガバっと立ち上がると声を荒げた。


「私は人を殺しません。魔人と一緒にしないでください。そもそも私はOrangeの事業で王国を大いに発展させ、収益も皆さんにかなり還元されているはずです。それでも気に食わないのであれば領地戦でも何でも仕掛けたらいいんじゃないですかね? 受けて立ちますよ?」


 タケルが机をガン! と叩く音が部屋中に響いた。


 静まり返る会議室。領地戦に言及されてはそう簡単に返せない。何しろ王国貴族全員が束になってかかってもタケルに勝てるかどうか読めなかったのだ。


 タケルの荒い息が静かに会議室に響き渡る――――。


『やっちゃったかも……?』


 タケルは感情的になってしまったことを反省し、ギュッと目をつぶった。権謀術数飛び交う貴族社会においては感情的になったら負けなのだ。


「軽々しく『領地戦』を口にするな!」


 緊迫した空気を切り裂くかのように、ジェラルドが一喝する。


「出過ぎたことを申しました……。ご容赦ください」


「伯爵は我が王国の一員。我々は伯爵を潰そうとしているわけではない。そのことをしっかりと理解して発言してくれたまえ」


「御心のままに……」


 タケルはジェラルドの叱責が落としどころを用意してくれたことに頭を下げ、ふぅと大きく息をつく。


 確かに貴族社会はわずらわしく、この貴族支配の社会の在り方も気に食わない。しかし、対魔王軍戦をしていく上で敵を国内に作るのは避けないとならなかった。


 長い舌戦の結果、軍事力の内情を開示するという条件で基地の運用は許可されることとなる。


 しかし、それは問題を先送りにしただけなのだ。タケルは王国に所属している意味がなくなってしまっていることを改めて思い知らされ、会議室を後にしながら重いため息をついた。


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