30. 今期見るべきアニメ

 ドアの向こうは冷たい金属で構成された狭く長い通路だった。青白い光が照らしだすずっと奥まで続く通路は、まるで別の世界へと誘う宇宙船の廊下にすら見える。この異形の空間が数千年前の文明の遺跡であるとは、誰が想像できただろうか。しかし、今は驚愕する暇もない。タケルは心を奮い立たせ、ソリスを解放するため、未知の力が眠る遺跡の中心へと駆け出していった。



       ◇



 しばらく進むと人の声が聞こえてきた。


「えぇい! どこへ行きおったか……」


 口調は乗っ取られたソリスのものだったが、声色は少女の可愛らしい声である。


 タケルは首をかしげながらその声の方へとそっと進んだ。すると、その声はあるドアの向こうから聞こえてくることに気がつく。この向こうにソリスを乗っ取った遺跡の管理人が居るらしい。


 ドアに対してITスキルを起動したタケルは、ロックを解除してそっと開けて様子を見る――――。


 物が散らばる雑然とした部屋の中で、チェアと一体化した近未来的なデスクに銀髪の少女が座っていた。目鼻立ちの整った可愛らしい彼女はVR眼鏡みたいなものをかけて手足をバタバタさせている。


「隠れても無駄じゃぞぉ! お主らはもう逃げられんのじゃ! くははは!」


 少女はタケルのことを気づきもせずにノリノリで何かを操作している。どうやらソリスを乗っ取っているのは彼女のようだった。


 タケルは小首をかしげながらそーっと部屋に忍び込み、拘束の魔道具を取り出すと静かに彼女に照準を絞る――――。


「そろそろ煙も晴れてきたぞ! どこにおるんじゃ? くふふふ……」


 楽しそうな彼女目がけ、拘束魔法を発動させるタケル。金色の鎖がバシュッと飛び出して、あっという間に彼女をグルグルとしばりつけた。


「ウギョッ! な、なんじゃ……?」


 身動きが取れなくなって慌てる少女。


 タケルは笑いをこらえながら彼女のVR眼鏡を取り外す。


「僕ならここだよ?」


 はっ!?


 少女は鳩が豆鉄砲を食らったように、青緑色のまん丸い目を大きく見開き、言葉を失った。


「まず、ソリスを解放してもらおうかな?」


 タケルはニコッと笑う。


「お、お主どうやって……?」


 信じられないという様子で彼女は静かに首を振った。


「いいから早く!」


 タケルは彼女の額にビシッとデコピンを一発食らわせる。


 ぐほぉ!


 少女は涙目になり、ガックリとうなだれると、観念したように何かの呪文をボソボソっとつぶやき、ソリスを解放した。


 VR眼鏡のイヤホンからは、かすかに開放を喜ぶソリスとクレアの声が聞こえてくる。どうやら二人とも無事のようだった。



        ◇



「一体お前は何者だ?」


 タケルは少女の顔をのぞきこむ。


「この遺跡を管理しとる者じゃ。遺跡に不法侵入してくる不届き者がおったからお仕置きしとっただけじゃ」


 少女は涙目で口をとがらせる。


「なるほど、勝手に入ってきたのは確かに悪かったかも知れないけど、いきなり斬りつけてくるのはどうなの?」


 タケルは少女の腕をツンツンとつつく。


「わ、悪かったのじゃ」


 少女はうなだれた。


「悪かったと思うならちょっと協力してよ」


 タケルはニコッと笑って少女に迫る。この遺跡には魔法に関する驚くべき情報の宝庫に違いない。まさに宝の山なのだ。


「きょ、協力……? エッチぃのはダメじゃぞ!」


 少女は涙目でおびえる。


「俺はロリコンじゃないの!」


 頭にきたタケルは背中をバシッとはたいた。こんな女子中学生みたいな小娘に怯えられるとは実に不愉快である。確かにかなりの美形で可愛い娘ではあるが、紳士たるもの少女には手など出さんのだ。


「痛い! 何するんじゃ……」


「まず、質問に答えて! ここは何の施設なんだ?」


「……」


 少女は何かを言いかけたが急に目から光が消え、口をポカンと開けたまま凍り付いた。さっきまで生き生きしていたのに、急に死んでしまったようになり、タケルは焦る。


「あ、あれ? どうした? おい……、おいってば……」


 少女を揺らすタケル。


 う、うぅぅぅ……。


 しばらくすると少女の目に光が戻ってきた。


「ん? お主、この遺跡のことを聞いたか?」


「ああ、何が……あったんだ?」


「遺跡についての情報についてはセキュリティがかかっておって、我は話すことができんのじゃ。答えようとすると今のようにフリーズして記憶が飛ばされるのじゃ」


 タケルは唖然とした。そんな情報統制ができるなんて相当に進んだ文明である。一体この施設は何なのだろうか?


「分かった。答えられんのなら仕方ない。では君は誰かね? ずっとここに……住んでるのか?」


 タケルは雑然とした部屋の中を見回した。飲みかけのビールのマグカップや食べ物の包装紙が散らかっている様子を見ると、ずいぶん乱れた暮らしをしているように見える。


「我の名はネヴィア、ここで暮らしとる。毎週街へ行って、地下で採れる魔石を売り、食べ物を買って暮らしとるんじゃ」


「はぁ、なんだか寂しい暮らしだな」


「何を言っとる! 今期は見るべきアニメも目白押しじゃからな。これでも忙しいんじゃ。あ、アニメって言っても分からんだろうがな。カッカッカ」


「はっ!? アニメ……?」


 タケルは凍り付いた。なんと、ネヴィアはこんな異世界の遺跡の中でアニメを鑑賞しているのだ。異世界転生してからというもの、日本の話など全く聞いたことが無く、完全に隔絶した世界だと思っていたがそうではないらしい。


 タケルはこの不可思議な少女がタケルの人生を大きく変えそうな予感に、ブルっと震えた。















31. アークスカイ・モール


「ちょ、ちょっと待て……。どんな……、アニメを観てるんだ?」


 よく考えればアニメといっても別に日本に限ったことではない。タケルは恐る恐る聞いてみる。


「ん? 最近は長寿のエルフの物語にはまっとるんじゃ」


「えっ……ま、まさか……。好きなキャラとか……は?」


「あー、それぞれ魅力があるがのう……。最近はほれ、断頭台の……」


「アウラ!」


 タケルはそう言って頭を抱えた。なぜ日本アニメをこんなところで観ているのだろうか!?


「なんじゃ、なぜお主も観ておるんじゃ?」


 ネヴィアはキョトンとした顔をして小首をかしげた。


「ちょ、ちょっと見せてよ!」


 タケルはネヴィアの肩をガシッとつかんではげしく揺らす。


「うわぁぁ! え、ええが、拘束を解いてくれんとなぁ」


「斬りかかって来ない?」


 タケルはジト目で見る。何しろこの娘はさっき自分を斬り殺そうとしていたのだ。


「アニメ好き仲間を攻撃などせんよ。カッカッカ」


 ネヴィアは楽しそうに笑った。



      ◇



 その後、タケルはネヴィアから魔法についての情報や、日本のコンテンツが集積されているデータベースへのアクセス方法など、多くの情報をもらった。もちろん核心の情報は得られなかったが、周辺の情報だけでもタケルにとっては宝の山である。お礼にフォンゲートと金貨を一袋渡しておいた。


「今日はありがとう。これからいろいろ相談させて。ネヴィアも何かあったらフォンゲートで呼んでね」


 タケルは右手を差し出す。


「うむ。たまには遊びに来てくれ。アニメは一緒に見る人がいた方が楽しいからな。カッカッカ」


 ネヴィアは握手をしながら楽しそうに笑った。


 一体二人の間に何があったのかよく分からないソリスとクレアは、微妙な表情でその様子を見ていた。廃墟と化していた古代遺跡の管理人の少女と、彼女から何かを受け取ったタケル。それはきっと世界を揺るがす大発見になるはずだったが、きっとタケルは公にはしないのだろう。ソリスも護衛中に知り得た情報は漏らすことはできない。


 ソリスとクレアはお互い目配せし、肩をすくめた。



       ◇



 その後、事業は順風満帆に急速に伸びていった――――。


 フォンゲートの人気は圧倒的で、成人への普及率は八割を超え、他の国へも急速に広まっていった。


 こうなると信用創造の効果は莫大で、ジェラルド陣営の貴族、傘下の企業には湯水のように資金が投下された。工業製品の工場を新設し、倉庫を増築し、それがまた陣営内の新たな売り上げにつながっていく。さらに、優秀な人をバンバン引き抜き、アントニオ陣営とは圧倒的な差が生まれていった。


 王都には北と南に繁華街があり、ジェラルド陣営は北、アントニオ陣営は南の権益を握っている。しかし、今日、北の優位を決定づける出来事が起こった。巨大ショッピングモール【アークスカイ・モール】がオープンしたのだ。


 明るいドームに覆われた、数百メートルに及ぶ巨大フードコートのステージで開業セレモニーがスタートする。詰めかけた数万人の市民は熱気に包まれながらその瞬間を待っていた。


「それではこれより、アークスカイ・モールオープンセレモニーを開催いたします!」


 おぉぉぉぉぉ!


 お姉さんのアナウンスと共に集まった数万人の観衆は歓声で応える。


「それでは、アークスカイ・モール代表理事、ジェラルド・ヴェンドリック殿下より、ご発生をお願いいたします!」


 盛大な拍手の中、王子は金髪をキラキラと輝かせながら登壇した。


「みんな、見たかい? このドームを!」


 王子は両手を高く掲げ、フードコートを覆う美しい巨大ドームを見上げた。美しいアーチを見せる巨大ドームには可愛いキャラクター風船がゆったりと漂っており、まるでおとぎの世界だった。


 うぉぉぉぉぉ!


 歓声が巻き起こる。この世界にこの規模の構造物などいまだかつてなかったのだ。それを可能にしたのは圧倒的な経済力、金の力だった。高価なアルミニウム合金をふんだんに使い、優秀なエンジニアをたくさん投入して作り上げた前代未聞の巨大ドームに、みな興奮気味である。


「このショッピングモールでは魅力的な商品がたくさん、そして安い! WOW!」


 王子自ら笑いを取るかのようなパフォーマンスに会場が湧いた。


「何しろ、何を買っても二割引き! QRコード決済割引と合わせたら四割引きですよ! 奥さん!」


 おぉぉぉぉ……。


 とんでもない大盤振る舞いに、集まった数万人の観衆は思わず圧倒されてしまった。


「みんなーー! 買ってくれるかい?」


 おぉぉぉ。


「声が小さい! お前ら、買うのかーー!?」


 おぉぉぉ!


 観衆も王子の熱気に当てられて、こぶしを突き上げ、声を上げた。


「全力で買うかーー!?」


 おぉぉぉ!!


「死んでも買うかーー!?」


 ワハハハ!


 笑いに包まれる会場。


「よーし、王国民の本気を見せてもらおう! みんな、ありがとう!」


 王子は満足したように万雷の拍手の中、手を振りながら退場していった。


「ジェラルド殿下、ありがとうございました。いまだかつてない楽しい買い物を、嬉しい体験を、それではアークスカイ・モール、これより開店です!!」


 わぁぁぁぁぁ!


 集まった数万人の観客は、これから始まる前代未聞の四割引きセールに興奮し沸いた。王子自ら盛り上げた綺麗でおしゃれなショッピングモール、きっと今までにない買い物ができるに違いない。観客は期待に胸躍らせた。


 パーッパラッパッパー!


 吹奏楽団がドームいっぱいにJ-POPメドレーを響き渡らせる。


「それでは各店舗オープンしてください。みなさん、慌てず騒がず、ゆっくりと前の人に合わせてお進みください!」


 お姉さんのアナウンスの中、観衆はそれぞれお目当ての店へと目指していった。

















32. 金こそパワー


「わぁ、タケルさん、凄いですねぇ……」


 クレアはタケルに手を引かれながら、お客がひしめき合うモールを進んでいた。モールは三階建て、吹き抜けで上まで見渡せる明るい通路には煌びやかなデコレーションがあちこちに施され、歩いているだけでワクワクしてくるのだ。


「凄い人気だね。アバロンさんのお店はこの先だっけ?」


「そうそう、タケルさんのおかげでいい場所もらいました。くふふふ」


「儲かるといいね」


「そうなんですけど、この人出だと商品が足りなくなることを心配した方が良いかも……?」


 クレアは予想以上の大賑わいに不安げである。


「ははっ、違いない。でも、たとえ売り切れても夕方には再入荷できるでしょ?」


「そう! それが信じられないんですよ。今までは発注してから入荷まで一週間はかかりましたからね」


「POS連動の在庫管理システムにサプライチェーンシステム、作るの大変だったんだから」


 タケルは渋い顔をしながら首を振った。


「ほんと、タケルさんは凄い!」


 クレアはキラキラとした青い瞳でタケルを見上げる。


「ははっ、まぁ、自分にはこういうことしかできないからね」


 タケルはまんざらでもない様子で各店舗の賑わいを眺め、うんうんとうなずいた。


 タケルが実現した流通革命はこの世界の人たちには驚異的だった。運搬は馬車から魔石で動く魔道トラックへと変わり、今までの何十倍の広さの倉庫を用意して物流の流れから変えたのだ。


 生産者や工場が出荷する箱には全てQRコードがついており、トラックに積み込まれて運ばれたら巨大倉庫に積まれ、そこで集中管理されるようになった。商店へ出荷する際も全てフォンゲートで管理され、無駄なく確実に届けられる。商店主はフォンゲートで発注するだけで夕方には納品され、店頭に並び、決済は全て電子的に処理されるのだ。


 人混みを進み、アバロンの店舗に来たタケルは入り口にうず高く積まれた商品の箱のタワーに圧倒される。


「おぉ! これは凄いね……」


 そのタワーも次々とお客たちに買われ、見る見る小さくなっていく。店内はお客の熱気にあふれ、商品が飛ぶように売れていた。


「こ、これは想像以上……ね」


 クレアもその熱狂に圧倒されてしまう。


 支払いはみんな割引の効くQRコード決済。もはや現金など誰も使わない。そしてそれはさらに信用創造を呼び、使える資金が倍加していく。まさに笑いが止まらない状態に突入していた。


「これ、本当に大丈夫かしら……」


 売れすぎて困ることなどいまだかつて体験したことの無かったクレアは、不安そうに首を振った。


「何言ってるの、僕らの時代はまだ始まったばかりだよ?」


 タケルは自分が切り開いた世界のまぶしさに目を細めながら、熱狂渦巻くモールを見回した。



       ◇



 タケルが始めたその恐ろしいまでのIT革命は、人を街を根本から変え、莫大な資金がジェラルド陣営の中をグルングルンと回り続けた。


 もはやタケルの自由に動かせる資金は日本円にして百億円を超え、あっという間に億万長者である。もちろん、現金という形で持っているわけではないのである程度制約はつくが、それでもお金で困ることは無くなったのだ。


 タケルはその潤沢な資金を活用して、ショッピングモールの近くに自社ビル【Orangeパーク】を建てる。それはガラス張り二十階建てのこの世界では他に類を見ない壮観な高層ビルだった。上層階には『食べかけのオレンジ』の形をした巨大なプレートがはめられ、夜になると鮮やかにオレンジ色に輝き、その圧倒的な存在感を王都全域に見せつける。


 全館空調、スマホロックのセキュリティが施された広大なフロアには、随所にオシャレな木材のパネルが配され、まるで外資系金融機関のオフィスを思わせた。ポイントには観葉植物が配置され、バーコーナーからはコーヒーの香りが癒しを運んでくる設計となっている。


 ここにはOrange社員だけでなく、陣営の関連企業が入居し、このOrangeパークで働くことが王都の若者のステータスにすらなっていた。


 そして、この最上階がOrangeの社長室、タケルの執務室兼研究所である。


「ひゅぅ~! 見てこの眺望!! まさに金こそパワー!」


 タケルは運び込まれた社長席に座り、眼下に広がる王都の景色を見回しながら一人叫んだ。机は重厚な無垢の一枚板でできており、手触りも最高である。


 一生かかっても使いきれない金があり、こんな王都で一番景色のいい場所が自分のためにある。それはまさにITベンチャー起業家全員が夢見る成功の証だった。


 もちろん、まだまだ課題は山積みだし、浮かれてばかりはいられない。だが、孤児として絶望の中であがいていた時代を思うと、今はあふれてくる嬉しさに身を任せていたかったのだ。
















33. 空飛ぶご褒美


「見てろ、魔王! 俺は金の力でお前を追い落とす! くははは!」


 タケルが両手を上げ、絶好調で笑っていると、コンコン、ガチャっとドアが開いた。


「魔王がどうかしたんですか? 外まで聞こえてましたよ」


 クレアが差し入れのクッキーを持ちながら、不思議そうな顔でタケルを見つめる。


「あ、いや。魔王は人類共通の敵じゃないか。ここまで上り詰めたらそろそろ魔王対策も視野に入れないとな……って……」


 タケルは真っ赤になって頭をかいた。


「そうですよねぇ……。魔石がいよいよ足りなくなってきてるの。流通業者はアントニオ陣営のところが多くて、卸値を随分高く釣り上げるのよ。備蓄を切り崩してるんだけど……。魔王の支配する暗黒の森からの採掘も真剣に考えないとですね」


「ふむぅ。それはヤバいなぁ。何と言ってもうちの事業は魔石頼みだからね。魔石をアントニオ側にコントロールされたら全部止まっちゃう」


「それはマズいです。困りましたねぇ……。あっ、コーヒーでいいですか?」


 デスクにクッキーを置いて、チラッとタケルの方を見るクレア。


「あ、いいよ。そのくらい自分でやるから」


「何言ってるんですか。社長で男爵なんだからドーンと構えていただかないと」


 クレアはそう言いながらバースペースへ行ってカップを取り出した。


「悪いねぇ……。それで……、クレアにお願いがあるんだ」


「え? 何ですか? 楽しいこと?」


 コーヒーの粉をセットしながら、クレアが好奇心を隠さずに笑う。


「あぁ、ある意味楽しいかな? 空を飛ぶからね」


「そ、空を飛ぶ……?」


 クレアはけげんそうな顔をして首をかしげた。


 もちろん高位の魔導士は飛べるらしいという話を聞いたことはあるが、飛行魔法はそう簡単に実現できるものではないというのが通説である。


「クレアが飛ぶわけじゃないさ。これが飛ぶんだ」


 タケルは段ボールの翼でできた大きな紙飛行機を取り出してきて、会議テーブルの上に載せた。


「へっ!? 何ですか……? これ?」


 クレアはコーヒーを持ってきながら眉をひそめ、その三角形をした段ボールを見つめる。二枚の段ボールを張り合わせて、手を広げたぐらいのサイズに作り上げた巨大紙飛行機には機首にフォンゲートが埋め込まれていた。


「これはドローン。フォンゲートを乗せて飛ぶ遠隔操縦調査機なんだ。飛行魔法の応用で数百キロメートルは飛んでいける」


 タケルはネヴィアのところで手に入れたソースコードをひたすら解析し続け、ついに飛行魔法の術式をITスキルで応用するのに成功していたのだ。


「ひ、飛行魔法!? ついに実現したんですか!?」


「ふふん、どうだい? 凄いだろう! ぬはははは……」


 タケルは絶好調で両手を大きく開いて高笑いをする。


「す、凄いです。でも、こんな段ボールが……飛ぶんですか?」


「おいおい、段ボールを馬鹿にしちゃいけないぞ。安くて軽くて丈夫、それに紙だから探索魔法でも探知されにくいんだ」


 翼を手の甲でコンコン! と叩くタケル。


「ふぅん……。で、こんなの飛ばしてどうするんです?」


 クレアはタケルの真意をはかりかね、眉をよせて首をかしげる。


「魔石のね、新たな鉱山を探そうと思っているんだ」


「鉱山……? ネヴィアさんのところみたいな?」


「そうだね。それをコイツで探すのさ」


「空を飛びながら魔力反応を探っていく……ってことかしら?」


「そうそう。暗黒の森なんかに歩いて入っていけないだろ? だからコイツで空から探るんだよ」


「ふぅん、なんか面白そう! 鉱山見つかればアントニオ陣営にも勝てますよ!」


 クレアは手を合わせ、碧い目をキラリと輝かせた。


「で、その操縦をクレアにお願いしたいんだ」


「えっ!? 私……? 私、こんなの操縦したことなんてないわよ?」


 クレアは青い顔して後ずさる。


「ははは、誰も操縦したことなんてないよ。でも、極秘調査だからね。頼めるのはクレアしかいないんだ」


 タケルは手を合わせて頼み込み、クレアはそんなタケルをじっと見つめ、最後に大きく息をついて笑った。


「ふふふっ、またタケルさんとの秘密が増えましたねっ!」


「そう、クレアには本当に頭が上がらないよ」


「いいわよ? でも……、そろそろご褒美が……あると……いいかなぁ……」


 クレアは手を後ろで組んで口をとがらせ、可愛いジト目でタケルを見る。


「ご、ご褒美? な、何がいいんだ?」


「それはタケルさんが考えるの! 楽しみにしてるわっ!」


 タケルの顔をのぞきこみ、ニヤッと笑うクレア。


「わ、分かったよ……。何がいいかなぁ……」


 タケルは首をひねり、渋い顔でコーヒーをすする。前世の時から女の子にちゃんとしたプレゼントなんてあげたことが無いタケルには、それは難問だった。クレアもお金には困っていないのだから、高価であればいいというものでもないだろう。


 ニコニコしているクレアの顔を見つめているうちに、タケルは彼女の笑顔の輝きに心ひかれた。青く輝くサファイヤのアクセサリーが、彼女の美しさを一層引き立てるかもしれない……。ふとそんなアイディアが浮かんだが、いきなりアクセサリーのプレゼントなど踏み込みすぎではないだろうか? タケルはブンブンと激しく首を振った。












34. 冒険への扉


 タケルの困る顔を見てクスッと笑うクレア。


「まぁ、そんなのは後でいいですよ。で、どうやって操縦するんですか?」


 タケルは苦笑いを浮かべると、操縦用に設定されたゲーミングチェアのところまでクレアを案内する。ゲーミングチェアには近未来的な湾曲大画面がセットされ、まるでSFの世界のようだった。


「操縦席はこちら。前方の視界はここに出る。コントローラーはこれね。これで上下左右、これで加速減速。そしてこのボタンでファイヤー!」


 クレアは矢継ぎ早に説明され、困惑してしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 『ファイヤー』って何なんですか!?」


「ファイヤーボールを撃つのさ。魔物たちの森を飛ぶんだから攻撃手段も無いとね。照準はこの画面だよ」


 タケルは当たり前のように説明するが、クレアはドン引きである。


「操縦しながら魔物なんて狙えないですよ!」


「あー、ごめん、ごめん。今回は調査だからそんな撃つ機会なんてないから大丈夫だよ。やられたって段ボールだから痛くもかゆくもないしね」


 クレアは無言で口をとがらせ、軽く言うタケルをにらんだ。



      ◇



 操縦席に座らされたクレアはコントローラーをカチャカチャと動かしてみる。なぜ、商会の令嬢たる自分が飛行機の操縦をしなくてはならないのかに落ちなかったが、魔石不足を解消しなければ事業継続も危うい状況では仕方ないのだ。クレアは大きく息をつき、自分に言い聞かせる。


「それでは飛ばすよ! 発進用意!」


 タケルはオペレーター席に座ると、卓上の赤いボタンをガチリと押し込んだ。


 ウィィィィン……。


 かすかな機械音が鳴り響き、屋根のスリットが開いてまぶしい青空が広がる。


 は?


 クレアは屋根が開く社長室のクレイジーな仕様に思わず目が点になった。


 続いて射出用レールがウィィィィンと空へと伸びていく。


「ちょっと、タケルさん! 何なんですかこれは? こんなの必要なんですか?」


「え? だってカッコいいじゃん。金ならあるし。くふふふ」


 クレアはドン引きである。一体どこの世界にこんな飛行機射出装置つき社長室があるのだろうか?


「魔力充填ヨシ! 飛行魔法起動ヨシ! 向かい風、風力3、視界良好! 射出まで十、九、八……」


 タケルはノリノリでカウントダウンを始める。


「えっ!? もう出発!?」


「大丈夫、大丈夫、段ボールなんだから気軽に……、三、二、一、GO!」


 バシュッ!


 激しい衝撃音と共にドローンはあっという間に大空へとすっ飛んでいった。


「うわぁぁぁ! これ、どうするの!? あぁぁぁ!」


 いきなり大きく揺れ動く画面にクレアはパニックになる。


「大丈夫! はい、加速しながら上! 上!」


「う、上!? こ、こっちよね?」


「違う! 逆! 逆!」


 真っ逆さまに堕ちていくドローン。画面の街路樹がドンドン大きくなっていく。


 ひぃぃぃぃぃ!


「もっと上! もっと上!」


 処女飛行がいきなり墜落では士気にかかわる。タケルは青くなって叫んだ。


「これが上限よ!」


 クレアも泣きそうな顔で画面を食い入るように見つめる。


 くぅぅぅ……。


 徐々に機首が上がっていき、バシュッ! と街路樹の葉を飛び散らせながらギリギリのところで何とか危機を回避した。


 ふぅ……。 はぁぁぁ……。


 安堵の声が部屋に響き、クレアは額の汗をぬぐう。


 ドローンは順調に高度を回復していった。


「オッケー、オッケー! それじゃ進路を北北西に取って」


「北北西? どっち?」


 クレアは目を見開いて、画面に出ているいろいろな計器類をキョロキョロと追っていった。


「右だよ、コンパスが右上にあるだろ?」


「これね……、はいはい……」


 クレアは渋い顔をしながら旋回し、コンパスを北北西へと合わせていく。


「これ、タケルさんがやった方がいいんじゃないの?」


 クレアがジト目でタケルをにらむ。


「何言ってるんだよ、キミはテトリス世界王者じゃないか。反射神経は絶対クレアの方が上だからね?」


 眼下に広がる王都の街並み。向こうの方には壮麗な王宮が見えてきた。


「ふふっ、おだてたって駄目ですからね」


 そう言うクレアだったがまんざらじゃない様子で、上空から見る王都の景色をキラキラした瞳で眺める。初めて目にする空の旅は、予期せぬ冒険への扉を開いたかのように、彼女の中に新たな感動と期待を芽生えさせていた。

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