25. 魔物の領域
パチパチパチ……。
戻ってきたタケルをクレアはニコニコしながら拍手で出迎えた。
「タケルさん、凄くカッコ良かったですよ!」
「ふぅ、何とか無事こなせたよ。これもクレアのおかげだよ」
タケルはクレアの手を取り、ギュッと握りしめた。
「えっ、なんで私が……?」
小首をかしげてキョトンとするクレア。
「手を組んで祈っていてくれたじゃないか。ありがとう」
「み、見てたんですか!? あ、あんなの大したことないですよ」
「僕にとっては効いたみたいだよ」
ウインクするタケル。
「よ、良かったわ……」
クレアは頬を赤らめながらうつむいた。
「さて、いよいよお客様が使い始める。システムの挙動をチェックしないと……。オフィスへ戻ろう」
「はいっ!」
二人はまだ熱狂に揺れているスタジアムを横目に、石畳の道を駆けていく。
いよいよ始まった快進撃、二人には目に映るものすべてが輝いて見えた。
◇
「社長! 売り上げ出ました! 先月比二百三十%、またまた新記録更新です!」
オフィスで大画面を見ながらまだ若い女性スタッフが叫んだ。
おぉぉぉ!
スタッフたちの歓声に続いてパチパチパチと拍手がオフィスに響き渡る。
「ヨシ! いいぞ、いいぞ! 何が一番ウケてる?」
タケルはグッとこぶしを握り、興奮気味のスタッフに聞いた。
「やはり電話アプリが強いですね。先月比三百%成長です!」
「まぁ、電話は分かりやすいからな」
「QRコード決済も取扱高は爆発的に伸びているのですが、まだキャンペーン期間中なので売り上げにはなってないんです……」
「それはいいんだよ。現金がこのプラットフォーム上に流入することで間接的に収益になるんだから」
タケルはサムアップして笑顔で返す。
「そ、そうですね」
「それより、動画配信プラットフォームのテスト状況はどうなってる?」
「あっ、はい。今、百人のテストユーザーに使っても……」
「千人だ」
タケルはかぶせるように力強い視線で言った。
「えっ?」
「百人だとスカスカでテストにならない。千人に増やしてくれ」
「か、かしこまりました! 今日中にやります!」
「悪いね、頼んだよ」
タケルは申し訳なさそうに手を合わせた。こういうのは勢いがあるうちにできることをガンガンすすめておかないと、失速したらもう取り返しがつかない。
パタパタパタ……。
「社長! おめでとうございますっ!」
クレアが小走りしてやってきて、パウンドケーキの包みをタケルに差し出す。
「おぉ、ありがとう!」
「順調そうで何よりです」
「アバロンさんのおかげですよ」
タケルはニッコリ笑うとパウンドケーキを一切れつまみ、パクっと頬張った。
「皆さんにもありますよぉ」
クレアはそう言いながら、パウンドケーキをスタッフたちに配っていく。
「やったぁ!」「いつもありがとうございます!」
みんな嬉しそうにパウンドケーキをパクついていく。陣営から送られてきたスタッフはみんな有能で、とても頼りになる若者たちだった。
「クレアちょっと……」
パウンドケーキを配り終えてきたクレアをつかまえ、タケルは耳元で聞いた。
「サーバーの様子はどう?」
「特に問題はないですが、魔石の消費量が予想以上ですね。アントニオ陣営の締め付けもキツくなってきて、新たな調達先を探さないと難しそうです」
「そうか……。ありがとう」
タケルは渋い顔で髪の毛をクシャッとかきあげた。
魔石は魔物を倒したりダンジョンで採掘したりして確保しているが、スマホでも大量に使っているため、需給バランスが崩れて値段が高騰していたのだ。さらに悪いことに魔石の流通を押さえているのがアントニオ陣営なのだ。このままでは利益がアントニオ陣営へ流出してしまう。
今後、さらにユーザーを増やすには新たな魔石の調達先を探さねばならないが、それは簡単な事ではなかった。
「そろそろ魔物の領域へ手を出すしかないか……」
タケルは口をキュッと結び、次のフェーズへ移行する覚悟を決めた。
26. ビキニアーマーの痛み
「へぇ、あなたがOrangeの男爵様? 思ったよりお若いのね?」
金の模様が入った漆黒のビキニアーマーで肌を露出した、Sランク女剣士ソリス・ブレイドウォーカーはニコッと笑ってタケルを見つめる。
「きょ、今日はよろしくお願いいたします」
タケルは目のやり場に困り、慌ててお辞儀した。
魔物の領域に手を出す上で、魔法のバリエーションを増やしておきたいタケルは遺跡探索をやろうと思い立ったのだ。魔道具の欠片でも残っていればそこからITスキルで古代の魔法のコードを吸い出せるかもしれない。そこで、ギルドに護衛として凄腕の剣士をお願いしたら美しい女性が来てしまったのだ。
「私を雇うなんて相当儲けていらっしゃるのね? フォンゲートは私も使わせていただいてますわ」
ソリスはファサッと赤い髪の毛を揺らしながらほほ笑んだ。
「あ、ありがとうございます。おかげさまで事業は順調に伸びております」
「で? ギルドからは遺跡探索と聞いておりますが?」
「そ、そうなんです。魔法の研究をしていましてですね、ルミナセラフ遺跡で調査をしたいんですよ」
「うーん、昔行きましたけど……、あそこは壊れた遺構しか残ってないわよ?」
ソリスは人差し指をあごにつけ、困惑気味に首をかしげる。
「無いなら無いでいいんです。無いことを確かめるのも研究なので……」
「はぁ、わたしとしては報酬いただければどこでも構わないですけどね……。あら、ビキニアーマーは初めて?」
タケルがついついビキニに目が行っていることを見逃さなかったソリスは、ニヤッと笑った。
「あ、いや、素肌丸出しでどうやって防御しているのかと……」
「ふふっ、では、触ってみて下さる?」
「え……?」
「この辺をペタッと。口で言うより触ってみればわかるわ」
ソリスは腹筋のあたりを指さす。
「で、では遠慮なく……」
タケルはそーっと指を伸ばした。
もうすぐ肌に触れようとした時だった――――。
バチッ!
痛ってーー!
まるで冬の静電気にあったかのように指は弾かれてしまった。
「お分かりいただけましたか?」
ソリスは楽しそうに微笑んでいる。
「そりゃもう、痛いほど……」
タケルは顔を歪めながら辺りを見ると、クレアがまるで汚いものを見るような目でにらんでいる。
「私も行くわ!」
クレアは何かに突き動かされるように宣言した。
「お、おい。遺跡調査は何が起こるか分からないんだぞ?」
「だから行くって言ってるの!」
クレアは仏頂面で腕を組み、テコでも動きそうにない。
「あぁ、もう……」
タケルは渋い顔で宙を仰いだ。
「ふふっ、いいわよ、可愛いお嬢ちゃん。遺跡で何が起こるかしらね? ふふっ」
「タケルさん、行きましょ!」
クレアはソリスをキッとにらむと、タケルの手を引っ張っていく。
「あ、ちょ、ちょっと……。もう……。では、ソリスさん、お願いします!」
「はいはい。楽しい旅になりそうね。ふふっ」
ソリスは長い髪をかき上げ、嬉しそうに笑った。
◇
一行を乗せた馬車は城門をくぐり、見渡す限り続く麦畑を行く。爽やかな風の吹く、真っすぐの一本道をカッポカッポとのどかに進んでいった。
「お茶をどうぞ」
タケルは魔法のポットからお茶を注ぎ、ソリスに出した。
「あっ! お茶ぐらい私がやります!」
クレアはポットをタケルからひったくると、渋い顔をしながらお茶を注ぎ、タケルや護衛に配っていった。
「クレア、ありがとうね」
「タケルさんは貴族様なんですから、もっとどっしりとしていていただかないと困ります!」
クレアは口をとがらせる。
「ごめんごめん、なんか暇でさ」
「ふふっ、可愛いお嬢さんね。婚約者さんかしら?」
ソリスは二人を見ながら聞く。
「こ、婚約者だなんてぇ……、そう見えます? うふふ……」
クレアは嬉しそうにクッキーをクレアに手渡した。
「こ、婚約はしてないですね。パートナー企業の令嬢です」
タケルは苦笑いをしながら答える。
「あら、では男爵はまだフリー?」
ソリスはブラウンの瞳をキラッと輝かせながらタケルの顔をのぞきこむ。
「ま、まぁ、フリーというか、今は忙しくて恋愛は……」
「仕事、仕事ばかりじゃ幸せ逃げると思いません?」
クレアは肩をすくめると、ソリスに同意を求めた。
「でもまぁ、殿方はね、そういう時期もあるんだと思いますよ」
ソリスは余裕のある笑みを浮かべ、クレアはつまらなそうに口をとがらせる。
27. 0.5秒よ
「ソ、ソリスさんも毎日忙しいですか?」
タケルは話題をソリスに振った。
「あら、暇よ?」
「えっ!? Sランクって引く手あまただと思うんですが……?」
「逆よ逆。私が出ていくような大事件なんてそうは起こらないわ。私が忙しいくらいだったらこの世界滅びかかってるわよ」
ソリスは余裕の笑みを浮かべ、クッキーをポリっとかじった。
「あ、強すぎて出番がない……ってことですか?」
「そうよ? 例えばAランクパーティが私に襲いかかってきたとするじゃない? どうなると思う?」
「パーティということは、四、五人が一斉に襲い掛かるってことですよね……。結構いい勝負になりそうですが……」
「0.5秒よ」
「は……?」
「そんな奴ら全滅まで一秒もかからないわ」
ソリスはニヤリと笑いながら、ブラウンの瞳の奥に不気味な漆黒の炎を揺らめかせた。
「え……?」
タケルはゾクッと背筋に冷たいものが走る。馬鹿なと思いながらもその瞳の奥に秘められた圧倒的な力には、冗談で言っているのではないと思わされるものがあった。
なるほどSランクというのは次元が違うのだ。どんなに鍛え上げた人たちが束でかかっても、人知を超えた技で葬り去ってしまうのだろう。
「そ、そんな方に護衛を頼むなんて失礼……でしたね」
タケルは冷汗を浮かべながら言った。
「ううん、暇よりはずっといいわ。それに、高額なお手当。感謝してるのよ?」
ソリスはニコッと笑い、お茶をすすった。
◇
やがて麦畑は終わりを迎え、向こうに森が見えてくる。馬車は緩やかな傾斜をパッカパッカと力強く登っていった。
「そろそろ見えるはずよ」
ソリスはそう言いながら馬車の窓を開ける。
「えっ!? まだ先ですよね?」
「ふふっ、道はそうよ。でもほら……」
ソリスが指さした先、木々の向こうには断崖絶壁の上に古びた石柱が何本もそびえ立って見えた。多くは折れ、倒れてしまってはいるが、昔はかなり大規模で荘厳な建造物だった面影が見える。
「ほわぁ……」
タケルは思ったより巨大な遺構に思わず胸が高鳴った。あの中に魔法を使った形跡が残っていればきっとITスキルで抽出できるに違いない。それはきっと見たことも聞いたこともない未来を切り開くキーとなるのだ。
「どう? 何にも残って無さそうでしょ?」
ソリスは無駄足だと言いたげに小首をかしげたが、タケルはニコッと笑った。
「いやいや、自分には宝の山に見えますよ」
「あら、そう? ならいいけど……」
ソリスはそう言ってクスッと笑った。
◇
徐々にキツくなってくる坂道を馬たちは頑張って登っていく。
周りの木々も太く大きくなってきて、薄暗くなってきた頃、御者がドウドウと馬を止めた。
「さて、行きましょうか!」
元気に下車したタケルは下草の茂る鬱蒼とした森に唖然とする。
「あ、あれ……。こ、ここですか?」
「そうよ? 遺跡に行く人なんてほとんどいないんですもの。登山道はすぐこうやって草に埋もれてしまうわ」
「ほ、本当にここ……進むんですか?」
クレアは今にも泣きそうな顔で静かに首を振った。
「あら、お嬢ちゃんは馬車で待ってていいわよ? ふふっ」
ソリスはちょっと意地悪な笑みを浮かべる。
「だ、大丈夫です!!」
クレアはそう叫ぶと、先頭を切って藪に突っ込もうとした。
「ストッーープ!!」
いきなりソリスは野太い声で叫ぶ。その言葉に込められた圧倒的な威圧感にクレアはビクンとして固まった。
背中に背負っていた大剣を、重厚な金属音を響かせながら引き抜くソリス。
いきなり戦闘態勢に入ったソリスにタケルたちも何事かと戦慄を覚えた。
「お嬢さん、ちょっとどいて……」
「は、はいぃぃぃ」
クレアは青くなってピョコピョコと飛びのいた。
ふぅぅぅぅ……。
静かに呼吸を整えるソリス。彼女の纏う緊迫感がタケルたちにもひしひしと伝わってくる。
はぁぁぁぁ!
大剣が徐々に光を帯び、黄金に輝き始めた。
一体何が起こるのかと一同は顔を見合わせ、緊張が高まったその時だった。
はっ!!
掛け声とともにソリスが消えた。
へっ!?
何が起こったか分からず、一瞬みんな凍り付く。
直後、森の奥でソリスが大剣を横に振り切っているのが木々の間から垣間見えた。
刹那、光の刃が飛び出し、森の草を、木々を吹き飛ばしながら軽やかに飛んだ――――。
プギィィィ!
断末魔の叫びが森に響き渡る。イノシシか何かだろうか、相当大物のようだ。
タケルは初めて『0.5秒よ』と言っていたソリスの言葉を理解した。例えAランクパーティでもこの攻撃を避けることはできないだろう。これがSランクなのだ。
あまりにもけた外れの存在にタケルはブルっと身震いをし、Sランクを敵に回してはならないと心に誓った。
28. 数千年の時を超え
足場の悪い山道を、草をかき分け山道を進む一行。やがて木々の向こうに石柱群が見えてくる。
「おぉ、着きましたよーー!」
肩で息をしながらタケルは額の汗をぬぐった。
「お目当てのものが見つかるといいわね」
ソリスは疲れた様子もなく涼しい顔でニコッと笑う。
「きっと何かはありますよ!」
タケルはグッとこぶしを握った。ここまで来て手ぶらでは帰れない。
「男爵、我々は出入り口で警護しています。くれぐれも無理はなさらないでください」
SPは敬礼をした。彼らの仕事は悪意のある人間からの警護であり、遺跡内は管轄外なのだ。
「もちろん! こんなところまで悪かったね。後で特別手当をはずむから許して」
「おぉ、いつもすみません。楽しみにしています!」
SPは満面に笑みを浮かべてビシッと再度敬礼をした。彼らの身分は公務員なので、報酬は高くない。タケルは慰労の気持ちを込め、いつもチップをはずむようにしていたのだ。
◇
「おぉ、これは凄い!」
タケルは立派な巨石のステージによじ登ると、その壮大な遺構に驚いた。アンコールワットのようにすでに巨木があちこちで遺跡を破壊していたが、それでも往年の豪奢な巨大構造物の原型はまだとどめていた。
太く高い石柱列の上には屋根が一部残っており、そこには見事な幻獣の浮彫が施されていて、その文化、文明の高さがうかがえる。記録によると数千年前に棄てられた神殿とのことだったが、誰が何のためにこんなものを作って棄てたのかは、いまだに分かっていないらしい。
しかし、随所に魔法のランプらしきものの形跡があるので、魔法はかなりつかわれていたようだ。魔道具のかけらでも残っていればITスキルで吸い出して解析できるかもしれないと、タケルは期待に胸を膨らませる。
「男爵ーー! 入り口はこちらですわ」
ソリスはニコッと笑って下に降りる階段を指さした。
階段は崩落した石材で埋まっていたが、隙間を行けば潜れそうである。
「さて、じゃあ、行きますか!」
タケルは手袋をキュッとはめてニヤッと笑った。
◇
階段をしばらく降りていくとやがて大広間に出た。広間の周りには小さな部屋がいくつかあったが、全て盗掘され尽くしたらしく、めぼしいものは何も残っていない。
「ありゃぁ、すっからかんだ……」
魔法のランプで照らしながらあちこちを見て回ったものの、魔道具など一つも残っていなかった。
「だから何もないってお伝えしたんですよ」
岩の上に座って、タケルが必死に探し回るのを見守っていたソリスは、携帯ポットの紅茶をすすりながら軽く首を振った。
「タケルさん! ここ、何か書いてあるわよ」
クレアは広間奥のステージに登り、演説台のような埃まみれの石造りの台をなでながら言った。
「えっ!? どれどれ……?」
タケルも急いでステージに登り、石の台を魔法のランプで照らす。確かにそこには
「うーん、なんて書いてあるのかなぁ……」
クレアが首をかしげていると、ソリスがやってきて横から覗く。
「この文字は……、他の遺跡でも見た事あるわね……。でも、意味は分からないわ」
「どれどれ……」
タケルは早速ITスキルを起動してみる。
ヴゥン……。
タケルにだけ見える青いウインドウが開き、真ん中で丸い円模様がグルグルと回った。
「おっ! 行けるかも……」
「えっ!? 読めるんですか?」
ソリスは驚く。こんな遺跡の失われた文明の文字を読めるなどただものではないのだ。タケルのことをただの成金だと思っていたソリスは、その意外なスキルに感心して、タケルをじっと見つめた。
タケルのウインドウにソースコードがドバーッと流れ出した。その莫大な量のコードにタケルは面食らう。
「うはっ! な、なんだこれは!?」
「な、なんて書いてあるの?」
クレアは好奇心満々でタケルの顔をのぞきこむ。
「これはねぇ……。中々に複雑な代物だよ。とりあえず起動してみるか……」
タケルは石の台の下の方に設けられたくぼみに魔石を置いて、ウィンドウのステータス状態をいじって起動した。
来いっ!
直後、石の台全体がブワッと青い光に包まれ、くさび文字が赤くキラキラと点滅した。
「うわぁ……」「おぉぉ……」
ソリスとクレアの目は驚きで大きく見開かれる。数千年の時を超え、忘れ去られていた古代文明の壮麗な光が再びこの世に蘇ったのだ。この驚異は、間違いなく歴史にその名を刻む大発見だった。
29. 遺跡ハッキング
「さて……、起動はしたけど、これは何に使うんだ?」
ステージに置かれた演説台。何らかの操作台のような気もするが、一体何を操作するのか? 膨大なソースコードを読み解いていけばきっとわかるのだろうが、リバースエンジニアリングなどやっている時間はない。
「なんか綺麗だわ……」
クレアは好奇心が抑えられず、楔文字をツンツンとつついた。
ピコピコと反応して明滅する楔文字。
「あ、まるでゲームみたいだわ。ふふっ」
調子に乗ってクレアはあちこちをつつく。
画面に夢中になっていたタケルは、浮かび上がるエラーログに首をひねるばかりで、クレアのいたずらに気がつくのが遅れていた。
「あっ! ダメだよ、勝手に触っちゃ!」
え?
直後、ピーー! というけたたましい警告音と共に楔形文字が全て真っ赤にフラッシュした。
へ?
刹那、ステージ全体がまるで落とし穴のように崩落する。何らかの安全装置が働いたのだろう、遺跡は侵入者の排除を粛々と実行したのだった。
底知れぬ闇の穴へと真っ逆さまに堕ちていく一行。
「うっわぁ!」「うひぃぃぃ!」「くっ!」
クレアは必死にタケルの腕を掴んだが、タケルも宙を舞っているだけでどうしようもできない。バタバタともがいてみてもただ風をつかむだけ、タケルの顔は恐怖で青ざめ、心は絶望の渦中に飲み込まれていった。
せいやっ!
ソリスが叫ぶや否や、下から激しい暴風がぶわっと吹き上げてくる。
「うほぉ……」「ひぃぃぃ」
強烈な風は三人を上へと吹き飛ばさんばかりに服をバタバタと激しくはためかせた。
ソリスが風魔法で落下速度を落としたのだ。
こうして九死に一生を得た一行は底へとたどり着く。
「あ痛っ!」「キャァ!」
タケルとクレアは着地に失敗してゴロゴロと転がった。
「ふぅ……死ぬかと思った……」
タケルはよろめきながら立ち上がり、腰をさすりながら辺りを見渡した。そこは古代の匠によって造られた石造りの壮大な広間。壁際には、エジプト神話から抜け出てきたかのような神秘的な彫像が列を成し、不穏な静寂の中でじっと彼を見つめていた。
こ、これは……?
タケルはその不気味さに冷汗を浮かべる。
「ご、ごめんなさい……」
クレアはしおらしく頭を下げた。
「起きちゃったことは仕方ない。これから気を付けて」
タケルはポンポンとクレアの頭を叩き、ため息をつく。でも、新たな部屋を見つけられたことそのものはお手柄であるかもしれない。タケルは気を取り直し、ソリスの方を見る。
「ソリスさんのおかげですよ、ありがとう……、えっ……?」
タケルが話しかけると、ソリスは恐ろしい形相でタケルをにらみつけた。身体全体が青色の光を帯び、オーラを放っている。
「なんじゃ、お主ら。ここに何しに来た?」
ソリスは大剣をスラリと抜くとタケルに突きつけた。大剣は赤い光を帯びて不気味にキィィィンと高周波を放っている。
「ソ、ソリス……、さん?」
一体、何がどうなっているのか分からないタケルは冷汗をかきながら後ずさる。
「答えぬなら……斬る!」
ソリスは大剣をおおきく振りかぶると、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。
ひぃぃぃぃ!
タケルはすんでのところで飛びのいて、何とかかわしたが、とても次は避けられる気がしない。どうやら身体を遺跡に乗っ取られているようだ。
「ちょこまかと……、死ねぃ!」
ソリスが再度迫ってくる。Sランク冒険者のスキルを出されたら瞬殺されてしまうが、どうやら遺跡側はスキルの起動まではできないらしく、それだけは幸運だった。
タケルはポケットから煙幕玉を出すと放り投げて逃げ出す。あたりは瞬く間に煙に覆われていった。ソリスに勝てるとも思えないし、ソリスを傷つけるわけにもいかない以上、逃げるしかないのだ。
タケルは壁にまで走ると、ITスキルを発動しまくって反応する場所を探す。きっと、魔法を使った部分がどこかにはあるはずである。
「くぅ……、どこだ? どこだ? どこだ……?」
「逃げても無駄じゃぞ!」
ブンブンと大剣を振り回しながらソリスが近づいてくる足音がする。
「くっ! どこだ? どこだ……?」
その時、巨大な石像の裏手にヴゥンと空中に青いウインドウが開いた。
「ヨシ! 何だこれは……?」
流れ出すソースコードを必死に速読していくタケル。
「ドアっぽいな。よし……こうだ!」
タケルはセキュリティを解除してドアの機能を起動した。
ピコッ!
可愛い音がしてガコッとドアが半開きになる。
「ヨシ!」
タケルはドアの向こうへと跳び込んだ。先端的なIT技術で遺跡をハックし、数千年の時間の壁を越え、退路を確保する。それは、現実とファンタジーが融合したかのような、異世界体験の極致だった。
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