第18話 羊雲

 

「タタラさん……!!」

 

「ずいぶん早かったな……首尾はどう……!?」

 

 タタラは人面蝗ヘルローカストから飛び降り煙草を吹かすサンボの横に降り立った。

 

 サンボは苦い表情を浮かべており、脇腹からは血が滲んでいる。


「サンボ!? この傷はどうした!?」 


「へへ……逃げる時に一発食らっちまいました……でも大したことありません……そんなことより……!!」


 サンボは木に背中を預けたまま昨日の出来事を語り始めた。


 

 *



「これより志願兵の選別を開始する!! 希望者は一列に並べ……!!」

 

 城下の広場には勝馬に乗るべく兵隊を志願する男たちが溢れていた。

 

 様子を見るべく列の中程に位置取ったサンボには最前列で何が行われているのかよく見えなかった。

 

「次!!」

 

 その場を仕切る男の声とほとんど同時に紅色の光がぼんやりと前方で膨らむ。


 一体何をしてるんだ……?


 サンボは訝しがりながらも、全貌が見える距離まで大人しく列に加わっていた。 


「次!!」

 

 その声でやっと最前列の男が前に進み出るのが見えた。

 

 男の前には紅色のローブを着た女が立っていて、その女が杖に魔力を込めるとどうやら紅い光が発されるらしい。

 

 光に照らされた男は何の指示を受けるでもなく、フラフラと奥のテントへと歩いていった。

 

 何だ? 指示や合否の判定があったようには見えないが……

 

 サンボがなおも状況を見極めようとしていると、大柄な男の番がやってきた。

 

 他の志願者と違い横柄な態度でノシノシと歩み出ると男は大声で言った。

 

「色っぺえ姉ちゃんだべ!? オデが武勲さあげて昇進したら、オメエを女にしてやっべ!?」

 

「臭いデブで田舎者なんて断りよ」

 

 女がフードの陰から鋭い眼付きで男を睨むのがサンボには見えた。


「な、なんだと!? てんめえ調子に乗ってっど……」 


 男が激昂した瞬間、女の杖が紅く光る。

 

 すると男は言葉の途中であるにも関わらずフラフラとテントの方へと歩き出した。

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバい……!!

 

 あの女……洗脳魔法の使い手だ……!!

 

 サンボはゆっくりと周囲を見渡し脱出経路を確認する。

 

 狭い路地裏へと続く小道に目処を付けると、サンボは覚悟を決めて手を上げた。

 

「あの……!! やっぱり志願を取りやめます……僕みたいな弱卒は王国の騎士団にはお邪魔だと気が付きました……」


 頼むぞ……そのまま去らしてくれ……


 仕切り役の男は台の上からサンボに言った。


「心配いらない。志願兵には強力なギフトが与えられる。これはそのための通過儀礼だ。己の弱さを知る君のような者には見込みがある。どうか皆尻込みせず兵に加わってほしい!!」

 

 聞こえはいいが男の目には有無を言わせない圧があった。

 

 サンボは男が誰も逃がす気がないことを悟ると、ため息を吐いて言った。

 

「煙魔法……羊雲エスケープゴート

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