夢について2 腰を抜かした話と禁断の恋

 何年か前のある日とても奇妙な夢を見た。


 ある職場で見かけた女性の姿が見えたが、その女性は若い以外何も気に留めるものがなかったし、見かけたのは何十年も前の事だ。


 夢の中でその女性が突然現れて、微笑んだ表情をした横顔を見せてある方向へ消えた。


 何故俺は彼女を追ったかはわからない。


 しかし夢の中で何十年も昔に見かけただけの女性の進んだ方向へと歩いていた。


 その先は暗くもないが空気感の違う空間に出た。


 その澱んだ空気は昼とも夜ともつかなかったが、あの女性も他の誰もそこにはいなかった。


 道の左側は1メートルくらいの段差があって溝のようになっていた。


 道の先は100メートルとも1キロ先ともつかない丘陵があり、その上に気味の悪いひまわり状の草木がはえていた。


 その中のリーダー格の気味の悪いモスグリーン色をした巨大なひまわりは俺に話かける。


「ここに来い。来るとお前は何も出来なくなる」


 何も出来なくなるのに来いと勧めるのは何だと思うが、俺はそこで腰を抜かしてうつぶせてしまった。


 何も出来なくなるではなく、もう何も出来なくなっていた。


 足に力が入らない。


 その溝にはまったら絶対ここから逃れることは出来ない。


 この澱んだ世界の境へは1メートルくらいしかない。


 この入口でこれだと、この空間で生きると一体どうなるのだろうか。


 俺は匍匐ほふく前進をし、その時得られるありったけの力をふるい出して1メートル進もうとした。


 そうやってやっとこの澱んだうす気味の悪いモスグリーンのひまわりから逃れることが出来た。


 力は回復し身体を起き上げて小走りに逃げ去った。


 夢から覚めて床の上の俺はあの恐怖のあまり汗をかいて呆然としていた。


 起きてからあの夢は一体何を象徴しているのだろうと考えた。


 共産主義社会にでも入ってその構成員にでもなったらああなるかとか考えたがピンとこない。


 もともとある女性がもとで見たものだ。

 女性に関係のあるものならば心あたりがある。


 俺はある病で長期間通院をしている。

 まあ生活習慣うんぬんの延長線にあるものだ。


 ある小さなクリニックに10年間通ったことがあるが、俺は当時独身ではなかったのにそこの看護師の女性と知らずしらすのうちに惹かれあってしまった。


 彼女の勤務は午後からが多かった。それは彼女が既婚であり看護師の稼ぎだけで生活しているのでないことを示していた。


 いつ頃からなのか、俺の血圧等の問診前検査をする看護師は完全に彼女だけがするようになり、それが何年も続いた。


 何回かの通院で一回血液検査をする。このサンプルをとる作業も彼女だけがした。


 片腕だけが触れる関係に10代の幼いときめきを少しずつ感じはじめたことはあまり気付かないでいた。


 あの頃はまだ妻と別れるつもりがなかったので関係はそこまでだったが、彼女が俺に投げかける視線は愛を含んでいるものに近かった。


 彼女は本気でないだろうし、俺も本気でない。

 この油断が甘かったかも知れない。


 俺は彼女に触れられる空間に酔うようになった。


 ある日は血液サンプルをとる時に彼女の強烈な性の投げ掛けが爆発したと言うことも経験したこともある。


 妻をこのクリニックに車で連れて来た時俺の受診でなかったからただ待合室で時間を潰したことがある。するとあの看護師が俺の目の前やって来て本棚にある雑誌などを整理しだした。


 これらの行動は無意識なのかそうでないかわからないが、これ以上のことをするとすべてが台無しになってしまう。


 おそらくは彼女は夫と共に建てた家に住んでいるだろうし、子供もいるはずだ。


 そんなことをすれば俺も妻との関係が険悪になる。


 夢に出たあの女性は看護師に似ていなくもない。


 もうあのクリニックには通っていないし、その町にも住んでいない。


 彼女は俺がどこに住んでいるかも知らない。


 淡い色の禁断の恋を追い求めると腰を抜かして這い蹲うしかない状況に追いつめられるのだろうか。


 実行に移していないにしろ惹かれ合いすぎた心の中の恋の炎はそう簡単に消えそうもない。

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