Episodium.12 演技

 二人では広々としていたテーブルも、五人では少し窮屈に感じられた。そこで交わされるのは、公の場で話せる範囲内の話題。


 守秘義務や情報意識はすごく大事……できる冒険者ならわかってくれるはずだよね?



「ふむ……お二方は『第四街道』を使わずに西側に大きく迂回し、『サイレントゥーム』を経由してこちらに来たわけですね」



 二枚目の顔、思慮深そうなグレーの瞳を光らせるのは秘書のフェデリタス。


 理知的で、全てを見通すような目。正直ちょっと苦手なタイプ。


(ヴィアールよりも切れ者かも……いやだなぁ)



「はい、第四街道を通る場合、『隠れの森』を越える必要があります。距離を大きく短縮できるとはいえ、不必要な危険を犯すべきではないと判断いたしました」



 深い声の主は緑髪の美男子ヴィアール。この状況、上司に対する報告のようだ。


(知り合って間もないから共通の話題なんてないし)


 第四街道とは、テラ帝国の中南部から中北部にかけて伸びる、帝国内で最も重要な街道の一つであり、経済の生命線と一言っても過言ではない。


 この街道は隠れの森を通っており、今その森は非常に危険とされている。


 そこを通ると、必ず獣に襲われるという。それも一度や二度ではなく、何度もだ。


(雇用主を食い殺されて逃げ帰った冒険者A……いわく、遭遇率エンカウント3000パーセント越え、30回以上襲われたことになるけど……地獄よね)


 隊商にいた42人は彼を除いて全滅。彼はなんとか生き残ったものの、腕を一本失い、大きなショックを受けて、今でも精神治療を教会で受けている。


「誰も生き残った俺を責めないんだ……家族を亡くした遺族でさえ」と冒険者Aは疲れたような笑みを浮かべてそう言うと、ヴィアールは厳しく優しい顔でそれを諭した。


「新たな悲しみの色に染まった家族を生み出さないためにも……あなたは生きて、身に起こったことを積極的に伝えなければならない」


 嗚咽を上げる冒険者Aを抱きしめるヴィアールの姿は、今でも私の頭に焼きついている。彼が提供した情報を基に、私たちは第四街道を避けることを決めた。


 人は情報に敏感だ。私たちと同様のルートを辿たどってイリスティアに来た者は多数いる。生き残った冒険者Aような人間が積極的に情報を広めているおかげなのかもしれない。


 道を移動している時、行商や露店を途中で何度も見かけた。これを商機と見たのだろう。


(人は脆弱でありながら、逞しくもあるよね)


 大きく遠回りをしてサイレントゥームを経由し、イリスティアに到着したのが今日だ。



「……各地で挙がった報告によれば、野生動物たちは、数週間ほど前から異常な行動を見せているようです。特に『隠れの森』はその傾向が顕著であり、非常に危険な状況です。西側から迂回したのは賢明な判断と言えるでしょう」



 フェデリタスは、私たちの選択を「当然だ」と言わんばかりに頷いた。二人の商人もそれに続いた。


 バイコック帽と整えられた口髭の、この二人の名前は……先ほどの自己紹介で言っていた。


 太っている方が『リュバン』で、少し痩せている方が『ラスカル』。神妙に頷く二人を見ていると、私の目にどこか喜劇的に映った。


 ……何でそう思ったのか不思議になって、会話をしながら二人のことを観察していると、その理由がわかった。


 二人が全く同じタイミングで首を縦に振っているからだ。それも寸分違わずに。


 子供の頃に飼っていたインコを思い出す。音楽を聴いたら、リズムに乗って首を振っていたっけ。


 ——気を引き締めるために、軽く下唇を噛む。深刻な話をしているのだ。



「危険とは聞いていますが……『隠れの森』では実際にどれほどの被害が出ているのでしょうか?」


 私が続けると、それを聞いたフェデリタスは首を小さく振りながらため息を吐いた。



「……甚大な被害とだけ言っておきましょう。行方不明者も多数でております。具体的な被害者数ですが……私たちも把握しきれておりません」


「……」


(想定した通りの答えね)


 少し考える私の代わりにヴィアールが質問をする。



「野生動物に一体何が起きているのか、ギルドの方ではどの程度の情報を掴んでいるのでしょう?」


「……凶暴化していること、人間を積極的に襲うようになったということくらいしか分かっておりません」



 凶暴化する野生動物の噂は既に民間でも大きく広まっているのに、ギルド側で情報を把握しきれていないか。本当かなそれ。


(隠しているわね……。というよりお前らは部外者だから聞くなという意味かも)


 野生動物は本来、自分のテリトリーを侵されない限り、人間に手を出すことはない。動物も馬鹿ではないのだ。


 にも関わらず、数週間ほど前から凶暴化した野生動物、いや怪物が無差別に人間を襲い始めた。


 様々な情報が錯綜しており、不安の火種が社会に飛び散り始めている。情報がまとまっておらず、混乱している。


(私たちも直接見たわけではないから、なんとも言えないのだけれど)


 帝国の方ではデマの情報を鵜呑みにしないようにと大衆に伝えているが、自分で物事を考えずに「はい、そうですね」と素直に受け取るようでは、痛い目に、酷い時は……命すら落とす。


(より具体的な情報が欲しければ、関連するクエストを受ける必要がありそうね)


 関われば面倒なことに巻き込まれそうだ。そういう危なさそうなことからは……ランナウェイ逃げるに限る。


(当事者ではなく傍観者、フリーダムでピースフルね。……言っていてあれだけど語呂がちょっとダサい)


 支部に所属し、雇用契約ではないフリーの冒険者の良さがここにある。


 そう、強制拘束ができないのだ。私たちは社畜ならぬギル畜労働奴隷にはならない。


(でも、しばらくはお金を稼ぐためにギルドのお世話になるのだし、態度を露骨に出すのも避けたいわね)


 私の気を知ってか知らずか、フェデリタスはコップに入った『烏龍茶』という東洋のお茶をククっと飲むと、ゆっくりと置いた。


 ——カラン


 ほとんど溶けていない氷が入ったグラスを見るに、よほど喉が渇いていたようだ。



「お茶は利尿作用があるため、水分補給としては不適切ですが、この店に来たらどうしてもこの『烏龍茶』が飲みたくなるのですよ」



 ……知らなかった。キュアノス青エーテルで体内の水分調整ができるとはいえ、重要なことがあるときはあまり飲まないほうが良さそうだ。



「まあ、お茶もいいのだが。本当は酒を飲みながら、嬢ちゃんたちともっとゆっくりと話をしたかったんだけどな。ふーむ嬢ちゃんは遠目でも綺麗だとは思ったけど…こうして近くで見ると女優顔負けだねぇ」



 そう言って、不躾にも品定めするように私の顔から首元までジロジロと見てくる。ギルドで見せたあのだらしのない顔そのまんまだ。


(きもいなー)


 そんな顔に猫のようにパンチパンチパンチ…はしたいのだけれど。


 褒められるのは嫌いじゃないけど、人を選ぶのよね。


(えっと…太っている方だから『リュバン』ね)



「お世辞でも嬉しいです…リュバンさん」



 にこりとして返答すると、リュバンはだらし無さそうにゲヘヘと笑っている。


(ギルドの時もそうだけど、スケベそうなのは演技なのか演技じゃないのか…分からないわねこの人)



「よく褒められないかい? 脚も真っ直ぐに伸びてて長いし」


(わざわざ下を覗くなスケベ親父)


「スタイルは抜群……えっと……綺麗だし」


 視線がを見て、急いで逸らされた。まるでつまらない観光地を見たような顔を一瞬したのを、私は見逃さない。絶対にだ。


 ——絶対にだ。


 ハラスメントをしてきたことですら、万死に値するのに。


 ……痩せている方の、このクソオヤジはラスカルね。痩せているから豊満を求めるのかな。人間は自分にないもの求めるらしいから。


 よし百点満点のスマイルで返すとしよう。



「ありがとうございます! ラスカルさんも素敵ですよ!」


「お、おう。ははは……」


 ちょっと引き攣った笑いだ。


(ふふ、おぼえていなさい)


 ピースフル? 何それおいしいの?



「「「「……」」」」


「え、えっと……そうですね。用事もありますし、そろそろ私たちは失礼いたします」



 自分の腕時計を確認して、フェデリタスはそういった。

 

 ここの温度は変わっていないはずなのに、どこか寒そうに震えているのが見えた。



「今回は少しバタバタしてしまっていますが、次はお酒を交えて改めて食事をいたしましょう」



 フェデリタスの視線は——ギュッと握られた私の拳に向けられる。気づいた私は慌てて拳を緩めてパーをつくってみせた。なんか、後出しジャンケンみたいだ。 


 彼はそれを見て、少し苦く笑う。



「会計はこちらで済ませておきますので、お二人は続けて食事をお楽しみください」



 そういってフェデリタスが席を立ち、お勘定の方に向かう。二人の商人も流れるようにそれに続いた。



「そんな…悪いですよ」



 ヴィアールは口ではそう言ってはいるが、内心では手を叩いて大喜びしてそうだ。結構な量を食べたからね。



「安心してください。経費ですよ」



 そう言ってフェデリタスは背中越しにピッと黒いカードを見せた。


 お金……大人がカッコよく見える時だ。偏見だけどね。着いていく二人も私に手を振っている。


 ——そして3人が店を後にすると、波が引いていくように、店から次々と人がいなくなり、


「とっても美味しかったね」


「また…来ようね」


「今度また来ようか」


「ママ、とっても美味しかったからまた来たいな」


 賑やかだったはずの『居酒屋』は、一気に閑散としたものに変わった。


「へ?」


「……」



◇◇



(うーん、やっぱり違和感しかない)


「……」



 目で訴える私に、ヴィアールは少し後ろ髪を掻く仕草をする。その顔は少しだけ赤い。周りに声が聞こえないよう細心の注意を払いながら、


「…あそこに居た客のほぼ全員がギルド関係者だったと思う」


「…ヴィアールもそう思うよね」


 その言葉に私は納得する。ずっと変だと思っていた。店で耳に入ってくる会話はどれも同じような内容ばかり。まるで用意された出来の悪い脚本を、延々とリピートしているかのようで。



「……とにかく気味が悪かったわ」


「NPCみたいではあったな」


「なにそれ? 何かの用語?」


「いや、でも……ランも演技、してたじゃないか。あの不機嫌そうな感じ…結構怖かったぞ」


 あ、誤魔化した。


「……ダメだった?」


 私が伺うような顔でそれを言うと、


「……あれでいい。怒ったふりをして、何かを頼まれる前に、場の空気を悪くしていく作戦は……俺も思いつかなった」


 ヴィアールは心底感心したように頷いている。褒めてんのかそれ。


(……本気で相手にムカついてたんですけどね)


 でも……ヴィアールがそう思うのなら、そういうことにしておこう。うん。


 小さい女って思われたくないし…小さいって心のことね。


 そこ、大事なところだから。



「それと…実は俺がエールを凍らせてしまったのも…相手を油断させる、演技だった」


(絶対違うでしょ)


「……そんなわけ」


 と私が突っ込みを入れようとした時、


 ——ああぁぁぁぁぁ…


 低い呻きのような音が耳に届き、全身の毛が一気に逆立った。



「「ッ」」



近くはない……風に乗って届いたような音。頭に鈍く響く鉄の臭い。瞬時に全身の細胞に警告音が鳴りはじめる。


 エーテル術【金の守護プラエシディウム

 

 消耗を抑えるため、二人の身体の要所に限定して術を発動。フラウスの黄光が眩く輝く。


 ヴィアールも同じようで、オリバの風を自分と私に振り分けている。


 エーテル術【疾風加速ヴェントゥス・アクセラ】。


 ランナウェイ逃げる準備完了。


 ——ぁぁぁ……ああぁぁ



「ヴィアール……聞こえた?」


「呻き声か?」


「歯が重なる音もする」


「この方向は……スラムの方からか」



 私とヴィアールは互いに顔を見合わせる。黄色と緑の光が混じりあい、髪は風でなびき、躰を守る光に包まれる。



「血の臭いもする。宿まで走りましょう……」



 ふぅと互いに息を小さく吐き出す。



「1、2、3、よし!」


「ッ!」



 ヴィアールの両手でパチっと鳴ったタイピングで、私たちは走り出した。


 ——消化にはよくないけれど。仕方ない。


 耳を澄ませ、緊張を押し殺しながら、目的地に向かって走る。疲れた脚の酷使。後でマッサージをお願いしようかな。


(……今日は本当に疲れる一日ね)



 ——カチカチ

 ——カチ…



——————————————————

ここからダーク要素が増えていきます。


プラエシディウム = ラテン語の守護、保護、防御

ウェントス =ラテン語の風


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