Episodium.10 鳥の宿木 焼き鳥
ここは手紙に書かれていた——『鳥の宿木』。
羽ばたく鳥たちに、束の間の休みを供する場という意味らしい。らしいけど…。
出てくる料理はというと……木炭の火で焼いた『焼き鳥』とユーモアのセンスを感じる。炭なだけに真っ黒な
(鳥も木も焼かれているんですけど…)
『鳥の宿木』は街の人通りが多くない商業地区の外れにある。店に入ってみれば随分と賑わっており、席のほとんどが埋まっていた。
鳥肉を火で炙る匂いと煙が充満し、唾を思わずゴクリと飲み込んだ。その誘惑にすぐさまに白旗を挙げ、私たちは慌てて席に着いては注文をする。
メニューを見ている間は涎が何度も出るせいか、ずっとごくごくと喉を鳴らしている。今の私は鏡を見るまでもなく、お預けをされている犬の顔になっている。
(ワン……この匂いはやばい、耐えられない)
食べ物を注文する際はメニューに東洋の『漢字』という文字が書かれていて全く読めないが、その右側にはしっかりと翻訳された読める文字があって困らない。通はこの『漢字』が読めるのだろうか。
待っている間、炭火で肉を焼いた香ばしい香りが食欲を刺激すると同時に、オリーブの木特有の自然な香りが一日の疲れを包み込んで癒してくれてるようで…。
ここは素敵なレストラン……というよりは酒場の雰囲気に近い。店員曰く『居酒屋』スタイルだそうだ。
東洋のとある国の発音である『居酒屋』という単語には馴染みがなく、初めて訪れた東洋風の店は、私とヴィアールにとっては異世界に迷い込んだようで、冒険している気分にさせられた。
運ばれてきたオーダー品がテーブルに置かれたことを確認し、店員に感謝をすると、私は食前の祈りを捧げた。
◇◇
——ガヤガヤ
「乾杯っ!」
「乾杯」
軽やかな声を出す私に合わせるかのように、カチンとグラスとグラスがぶつかる音が響く。
「ぷはーっ! キンキンのエールが染みるぅッ!」
「……それ聞くと、借金してそうだな」
「え?」
「……なんでもない」
——ざわ、ざわ
「なんか……ざわざわするね」
「……」
ゴクゴクとジョッキの三分の一ほどのエールを一気に胃に収め、冷たさが全身に広がると同時に、発酵による泡がじんわりと躰に広がる——口を開けずに…乙女ゲップ。
私は塩をシンプルにかけた『焼き鳥』の串を左手に、泡と黄金比を形成するエールのジョッキを右手に人生の幸せをかみしめていた。
店の前にいた時のセンチメンタルな気持ちはどこ吹く風。口元についた白い泡の髭はご愛嬌。
「……炭火と肉の香ばしさが口の中で広がっていく」
焼き鳥を頬張っているヴィアールは感慨深げに頷いた。気に入っているようだ。
「普通に美味しいって言えばいいじゃない」
「安易すぎて面白くないだろ」
「……グルメの記者みたいなことをいうのね」
私もヴィアールに倣おうとばかりに、一口食べる。
(美味しいッ! じゃあダメなんだっけ?)
噛めば溢れる肉汁の香りを楽しみ、目を閉じて、ゆっくりと味わうように咀嚼してゴクリと飲み込む。
「程よく塩が効いていて、エールとの相性はばっちりね! ……なんか疲れがとれていく感じだわ」
パチリと目を開けて決まった顔でヴィアールを見れば、映ったのは小馬鹿にした顔。
「なんか……ばばくさいな」
「……あん?」
こいつ。この野郎!
「さ、最後にほんの少しだけ白オリーブの搾り汁をかけているそうだ……いッ!」
——ガシっ
ヴィアールのHPは1減った
「……傷がすぐ回復しそうね」
「あ、ああ」
白オリーブは以前に述べたように、『
当然内出血にも有効だ。
ちなみにヴィアールは脚をさすっているけど、軽く当てたくらいだからね。大袈裟ね。
いや、あの…暴力女のレッテルは貼らないでください……お願いします。
……この話はやめましょう! はい!! やめやめ。
「あぁ! それで熱々のお肉なのにひんやりとした感覚があったのね!」
白オリーブはアルプスが多く含まれていることから、ヒンヤリとしている。我ながらスムーズな話の切り替えである。
ヴィアールは私の流れるように自然な会話に頷き、一口串から焼き鳥の肉をパクリと食べると、
「肉に残る余熱と相まって……絶妙なバランスだ」
と意を得たばかりに言った。空気を読んで話に乗ってくれたようだ。…後で謝りますね。
(それにしてもレディーに、ばばくさいはないでしょう! はぁ……食べよ)
視線を落とすと、空の串は皿の上に無造作に置かれ、わずかに油の光沢を残していた。
(……いつの間にか全部食べてた)
「あのーすみません!」
と片手を上げて、店員に聞こえるように声をかける。
「はぁーいッ! 少々お待ちくださいまっせー!」
(……東洋訛りかしら)
独特のイントネーションで元気よく駆け寄ってくる店員に私はエールと焼き鳥を再注文した。
◇◇
「「「らっしゃいせーっ!」」」
「「「しゃっせーー!」」」
子供連れの家族が入ってくると、店員たちが元気な声を張り上げた。
(あれ? あの家族って見たことあるような…なかったような…)
私は少し既視感のようなものを感じたが、ヴィアールは店員たちの話をはじめた。
「俺たちが店に入った時も『らっしゃいせー!』といわれたが、あれはどういう意味なんだ?」
(多分ヴィアールも気付いているんだろうけど……ま、いっか)
「ようこそっ! とかそういうのじゃない? 少なくとも悪口ではないと思うけど」
「入ってきた瞬間に悪口を言われる店というのも、なんだか斬新な気がするな」
「ふふ……客は神様とは言わないけど、それだと二度と来る気はおきないわね。
私はクスリとしながら、彼らが着ている服装を見た。オリエンタルなデザインと大胆な色使いが特徴的で、その地域の文化を感じさせる。
「……あの格好だけど、はじめて見るわね」
「『
「ブリテン語のハッピーってことかしら?」
「そうかも知れない……ってそんなわけあるか。空耳じゃあるまいし」
「……寒かった?」
「駄洒落は今どき流行らないぞ」
ヴィアールは呆れた顔をしながら、『法被』と呼ばれる独特な服を着た店員たちが忙しなく動いている姿を無言で観察し始めた。彼の好奇心に満ちた目をしばらく見つめているうちに、私も気になり出し、それに続いた。
店のオリエンタルな雰囲気と、見たことのない独自のサービスは見ていて飽きない。
色々なところを眺めながら、ジョッキを片手にエールを再び口に含むと、少し温くなっていることに気づいた。
(温くなってる……エールって飲み終わりが微妙なのよね。泡も抜けてシュワっともしてないし)
これはみんな共感してくれるよね? だから……指をジョッキの上にかざし、
「……そおっと……そおっと」
指からアルプスのエーテルが顕現され、冷気が少しずつジョッキのエールの中に入っていく。
表面が凍らないように、全体をかき混ぜて水温が均等になるように調整する。
「これでよしっと……うーんッ! キンキンに冷えてる! 泡はまぁ……しょうがない」
今後のために、エーテルを使った泡の生成方法も学習しておこうかしら、私のエーテル適正で可能かはわからないけども。
そんな私の様子を見たヴィアールは呆れた顔をする。「何やってんだこいつ」と言わんばかりの表情だ。ほっといてくれない?
「……エールを冷やすためにわざわざエーテルを使うなよ」
「なるべく美味しく飲むのも礼儀ってものじゃない?」
「そうなのか? なんかちょっと違う気がするが」
(だーっ! うるさい! しつこい! あんたも飲んでみなさいよ!)
「ほら、もう一回乾杯しよっ!」
カチンと再び、ガラスとガラスが重なる。釈然としない顔をするヴィアールは口にエールを含むと、突然止まる。
何かに躊躇したかのように固まったと思いきや、口の中のエールをゴクリと飲みこみ、ジョッキをそっとテーブルに置いた。
(ふふん? どうしたのかしら?)
その様子がおかしくて、私は顎に手を当て、笑みを深める。その顔ちょっと好き。
私に微笑まれてヴィアールは顔を赤くし、黙って指先に白のエーテルをゆっくりと現出させ、アルプスの冷気を漂わせてエールを冷やし始めた。
(やっぱり不味かったんだ。クスクス……てか、ジョッキをかき混ぜずに中身をしっかりと冷やしているし)
一転、私は感心したようにそれを見る。
その真剣な綺麗な顔の方に……引き寄せられた磁石のように視線が移り「こいつ喋らない方が絶対いい」と思っていると、気配が席に近づくのを感じた。
……注文届くの早いな、と思いながら顔を上げるとヴィアールもエールを冷やしながらそれに続いた。
「上手いものですね。かなりのエーテル操作技術です」
そこにはダークカラーの服装、やや影のある表情、シンプルな装飾の男が立っていた。
「お初にお目にかかります。ゴルドマンの秘書をしております、『フェデリタス』と申します」
そう言って男は綺麗に一礼する。思慮深そうなグレーの瞳の前では、自分を隠し通せない……そんな予感がした。
「はぁ……どうも」
「……どうも」
私たちは、いきなり現れた姿に反応しきれず、とりあえず軽く頭を下げた。ふと、後ろに見覚えのある姿が目に入ってきた。
(げっ!)
ギルドで肩を叩き合っていた——エロ商人たちの笑顔がそこにあった。
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