Episodium.3-2 そういうのは先に言って
兵士たちの尋問、機嫌を損ねまいと恐々と答える人々。列の横にずれて、荷物を開けて無遠慮に捲られる音。
「うッ……許してッ! 許してくださいッ!」
機嫌を損ねたのか、暴力を振るわれ、謝る声。入城を懇願して頭を下げ続ける者。
「ママ? どこいくの?」
「すぐに……すぐに戻るから…ちょっとここで待っていてくれる?」
兵士の興奮の色。子供に慰めの言葉を残して妙齢の女が、どこかに連れていかれる。
小さな特権を手に入れた兵士たちは、傍若無人に弱き者に誇示するかのように力を振るう。そこに人間としての尊厳などない。
◇◇
待っている間、私とヴィアールは手持ち無沙汰になる。じっとしているのが苦手な私は、きれいに敷き詰められた石畳をブーツの
「やっぱり、めんどくさいね」
「同感だ」
直ぐに返ってきた賛同に、思わず動かしていた脚の動きを止めてしまう。ヴィアールは私の視線を避けながら、ゴホンと咳払いした。
「前線を考えれば仕方ないだろうな」
「それはそうだけど……」
「余裕がないんだ。それに……」
ヴィアールは私を見ながら、言い淀ませた。
「何?」
その視線が私の口元を見ている気がする。
(え? なに? なんでそんなジロジロ見てんの? 口元……
思わず口元を手でゴシゴシと拭うと、ヴィアールはふっと笑う。
(何その笑い方、馬鹿にしているようで、イラッとする)
「何もついてないから安心しろ」
「……付いてたら恥ずかしすぎるでしょッ」
「髭は生えていなかった」
「生えるかッ!」
私は睨みつけて、声を張り上げてしまう。ヴィアールはそんな私を見て笑みを浮かべている。それを見て思わず「ふん」と顔を背けてしまう。何もリアクションがないので、仕方なくまた仕切り直す。
(こいつ、ほんと朝の時とテンション違いすぎ……)
「そんなことより、言いたかったことは何なの?」
彼の言いかけていた話の続きを促す。話を途中で区切るな。ヴィアールはそのムカつく笑みをスッと消すと、冷静な声で言った。
「……『
『ギルド』はここ最近、『黒鉄』関連のことを調査するため、冒険者を多数派遣している。この動きが、折り合いの悪いギルドと帝国の関係を更に不和にしているのだけれど。
冒険者と帝国兵、特に黒騎士との間では既に戦闘も起きており、状況は結構深刻といってもいい。もう亀裂入っているんじゃないかな? 地割れなみのやつ。
「でもここからアウストラリス鉱山って結構離れてるじゃない?」
私の疑問、一瞬間を置いてヴィアールが口を開いた。
「実は……その鎧の製造地がイリスティアだ」
「えっ!? えーーーっ!?」
私が驚嘆の声を上げると、周りの人たちは少し驚いたようで、「何ごとか」とこちらを見てくる。注目を浴びて少し顔が熱くなる。
(私は知らなかったんですけど……それッ!)
何でそんな重要な情報を共有しないのでしょうか。知ってたら絶対にイリスティアに来てない。
(蹴ってもいいかな? 蹴ってもいいかなッ!?)
緑髪をボコボコにしたい衝動を抑える。いつもは私の方が迷惑をかけているから……。
ふぅと一息つき、周りを気にしながら、小声で話す。
「……要するにスパイみたいな扱いを受けるってこと?」
「そういうことだ」
(何が、そういうことだ、だよ!)
身体の奥底から『
「何で言わなかったの?」
「聞かれなかったからだ」
堂々と返す彼は、報告も連絡も相談もしない『三無し男』。お前は新入冒険者かよ……。
「はぁぁぁっ……」
本日、最も深いため息がここに来て漏れた。
ヴィアールは普段こんな感じではない。無愛想ではあるけど、本当に頼れるやつなのだ。
(どうしちゃったの? こいつ…)
私たち高位の冒険者は、普通の人よりも高い戦闘能力を持っていることが多く、軽く見られることはないけど、すごく警戒される。
その中でも、ギルド支部に所属して管理されている者と比べて、自由に動き回る私たちのような無所属はもっと嫌がられる。
一般的に、高位冒険者が重要な拠点や都市を訪れるときは、特定の状況を除けば、その所属するギルド支部から必ず現地の行政や軍に一報が入ることになっている。
しかし、無所属の冒険者だと、そもそも所属している支部すらない。向こうからしたら連絡もなしに突然やってきて、寝耳に水なんだろう。
(これ、下手したら入城拒否される?)
お風呂もベッドもお預けされる可能性に思わず身震いがした。
◇◇
「
中年男性は訝しげに言った。先程私たちを担当した若い兵士が一団を引き連れてきた。上位の立場にある中年男性が、私とヴィアールを交互に見る。
「カードを確認したところ偽造では無さそうだな」
そう言って、近付いてギルドカードを返してきた。中年兵士がカードを渡す際、顔を不快なほど近い距離に近づけて一瞬、匂いを嗅ぎ取ったような…私が眉をピクリとさせると、彼は口角を僅かに上げ、すぐに距離を取った。
あーこういうタイプか……。殴っていいかな?
ギルドカードにはエーテルによる写生技術で、鮮明に写った私の顔がある。それは『写真』と呼ばれるものである。カードに写された表情は、寝不足のときに撮影されたため、あまり良くない。
ギルドカードの更新はまだ一年も先であることを考えると、毎回この不機嫌そうな写真を見せるのが嫌で仕方がない。私たちはそれぞれにカードを受け取り、すぐにしまい込んだ。
「……」
「では身体検査を開始する。両手両脚を肩幅まで広げて立つように」
兵士に促されるがまま、私たちは言われた通りにする。
…身体検査される際も特に変な事は無かったのだけれど、あの中年、じっと身体から底冷えする、本能的に拒否をしたくなるような視線を向けてくる。不愉快で仕方ない。
法律の狭間で思い悩んでいた時、ヴィアールは私の不機嫌を感じ取ったように、静かに首を振った。わかっているよ。
相手は
そんな私達の様子を見て中年兵士はフンと鼻で笑う。……どこまでも憎たらしい。
「ギルドの支部には本当に所属していないのか?」
「カードに書かれている通りで、ギルド支部には所属しておりません」
中年兵士が私に訊くと、代わりにヴィアールが答える。私は開きかけた口の代りに、唾を軽く飲みこんだ。
感情的な言葉で返事するところだった。こいつらは立場を利用して嫌がらせをすることに長けている。挑発に乗っちゃだめだ。
中年はヴィアールをじっと見て、しばらく間を置いた。その顔をじっくりと観察してから、ニヤッとして、小馬鹿にしたように言う。
「奇妙な話だ。
「珍しいかもしれないですが、存在しないわけではありません。疑問に思うのでしたら、ギルドの方にもう一度照会してください」
ヴィアールが冷静に答えると、納得がいかないと言わんばかりに中年が続けようとする。
「報告です!」
中年男性がうなずくと、突然顔色を変えて無表情になり、私たちを睨みつけるように冷たい目を向けた。
……何事だろうかと訝しげに思っていると。
「ちッ……お前ら通っていいぞ」
「えっ?」
私は思わず声を上げ、胸の内で心臓が跳ねる感覚を覚えた。この突然の許可が意味するものが何かが分からなく、それが私を不安にさせた。
(どういう事?)
ヴィアールと目が合う。あちらも少し驚いているようだった。
(嫌な予感……こんなの裏があるとしか思えないじゃん……はぁ…)
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