Episodium.4 城塞都市イリスティア

 白石で造られた関門を抜けると、すぐに広がるイリスティアの街並みはにぎやかで、活気に満ちていた。


 アルプス白エーテルと街から溢れる様々な色のエーテルがその景色に溶け込んでいる。

 

 城門を越えた人々は足早に広がり、思い思いの目的地へと向かっている。検査の緊張から解放され、各々の顔は明るい。ヴィアールと私も例外ではなく、街に伸びる大通りを歩いていた。


「はぁ……入ってこれたぁ……」


 一息をつく。関所を通った後は、安心感と共に疲れも押し寄せてくる。


 緊張で肩がりそうになる。ゆっくりとした歩調で歩きながら、疲れをほぐすように首と肩を軽く回す。

 

(マッサージしてもらいたいな…)


 旅は歩きが基本だし、それが何日も続く。ゆっくり休めると思ったら、長蛇の列と厳しい検査が待っている。


 冒険って楽しそうに聞こえるけど、過酷なのだ。でも退屈しないのは事実だ。魔族の侵攻から逃げているから、当然と言えば当然だけれども。


 安全だと思って、逃げた場所に馴染んだと思ったら、魔族がやってきた。そんな事態はこの世界では珍しくない。


(ワクワクじゃなくてハラハラの連続)


『防御網』人類の数少ない希望の一つ。完成すれば魔族の侵攻にかなり有効とされる。


(期待はしたいんだけどね)


 故郷を離れてからというもの、一度たりとも安心して過ごしたことがない。腰を落ち着けて生活に専念したい。ドキドキハラハラよりもヌクヌクと生きたい。


 自分の性格を考えて、魔族の侵攻がなかったら、普通に働いていて……休みの日には、一日中部屋にこもって寝ていたり、友人と一緒に買い物をしたり、恋人は……うーん。そんな生活を送っていたんだろう。


 でも今は、緊急事態アクシデントに遭遇すれば走り、安全を求めて長距離を歩き続けるのが普通デフォルトなのだ。


 自分の脚をチラリと見る。エーテルの力でケアはしてるし、悪くはないと思うけど、何年か旅、もとい逃亡をしていると、太くはないけど逞しくなってくる……訂正、引き締まってくる。


「入って来れたのはいいんだけど……さっきのは何だったの?」


 自分のから視線を外すと、私は通ってきた関門の方に振り返る。イリスティアには3つの関門があり、そのうちの1つである西門だ。先ほどの黒騎士くろきしたちの様子がおかしかったのが、どうにも気になる。


 ヴィアールもそのことが引っ掛かるようで、口に手を当てて何かを考えているようだった。


 とても賢そうだ。その様子から何か閃きそうである。



「……わからない」



 ヴィアールがキリッとした顔で静かにそう言うと、私は思わずずっこけそうになる。


(わからないんかーいッ!)


 ヴィアールに分からないのなら、私に分かるはずもなく。頭が回れば、小説の探偵みたいに次々と謎を解き明かしていき「こうである」とかっこいいことも言えるのに。


 そろって首をかしげていると、お互いに顔を見合わせた。何その顔、ちょっと面白い。これじゃあ、いつまで経っても埒があかない気がする。


「とりあえずギルドに行ってから宿屋INNを探そっか……今日はゆっくりと休みたいし」

 

 お風呂に入って、直ぐにでもベッドに飛び込めたらいいのに。ヴィアールは私の言葉に頷くと、関門から出てきた人たちに視線をやる。


「ギルドの在処をここで尋ねておこう」


「…そうね」


 下手に動き回るよりもその方がいいに決まっている。イリスティアは初めて訪れる場所だから、私たちには土地勘がない。誰に訊くか迷った矢先、肩に大きな革製のバッグを掛け、頭には布を巻いた日焼けした行商人を見た。


(彼が良さそう)


 私は行商人の前に行き事情を話すと、彼は直ぐにうなずき、ギルドの在処を丁寧に説明してくれた。


 ギルドは商業地区、北西の大通りにあるらしい。石造りの立派な建物で行けばすぐわかるそうだ。


 彼はイリスティアによく訪れるらしくて、子供が病気になってしまい、今回はそのポーションを買いに来たそうだ。


「まだイリスティアに来たばかりで、大変だと思うけど頑張ってね」


 私が道を教えてくれたお礼を伝えると、彼は優しそうに微笑み、手を振ってから立ち去った。

 

(子供の病気、良くなってくれるといいな)


 私は心の中でそう念じながら小さく祈りをささげた。


「……行こっか」


 私がヴィアールに振り返ると——その顔は優しげに見えた。


「ああ」


 ヴィアールは返事を小さく返す。


 午後の日差しによって照らされた1つの影と、それよりももう少し大きな影が並んで伸びていく。2つの影は、歩みと共にゆっくりと、イリスティアの石畳を移ろっていた。



◇◇



 ギルドへ向かう途中、二人は市場の広場を通り過ぎていく。


 大通りには馬車が3台も通れる広さがあり、通り沿いにはさまざまな店や露店が所狭しと並び、商人たちが声を張り上げて客を呼び込もうとしていた。買い物袋を手に笑顔を浮かべる人々や、立ち話を楽しむ商人たちの姿が目に入る。


 露店には、色鮮やかな果物、繊細せんさいな工芸品、香辛料が並ぶ。ご当地産なのか、他地域から持ち込まれたものなのかは分からないが、大通り沿いにずらりと続いている。


 露店だけでなく、酒場、洋服店、アクセサリー店、料理店といったさまざまな店が立ち並び、どこからか建築中の工事の音が響いてくる。


 ここは戦争の影響を受けつつも、景気が良く、活気に満ちている。


 軍事的な要衝ようしょうであるため、イリスティアには多くの金や資材が投入されており、人々も次第に集まり、経済も良くなっている。


(仕事に困ることはなさそうね)


 私が通りの活気に見入って足を止めると、ヴィアールも私に合わせて立ち止まり、慎重に街の様子を観察していた。


 ヴィアールの視線は、通りの片隅で物乞ものごいや、何やら話し合っている一団にも向けられていた。私もその方向につられて目を向けた。


 すると、彼らは私たちの視線に気付いたのか、露店の活気とは対照的な濁った目でこちらを見てくる。敵意とかそういうのじゃない……物を見るような目だ。表情が笑顔に歪んだ時、背筋が凍る。


 私たちは素知らぬふりをして視線を外し、ギルドへの道を急いだ。


 陽があればかげもあり、その陽が強ければ強いほど陰も濃くなるとはよく言ったものだ。


(景気がいいだけってわけではないかも)


 新興都市らしく、活気パワー混乱カオスが共存している。


 魔族の侵攻による『戦争難民』が押し寄せてくるのも、その活気を或いは混乱を助長しているかもしれない。しかし、それが良い兆候とは思えない。


 難民や移民が増えているということは、戦況が悪化している証拠でもある。それは人間の生存範囲せいぞんはんいがどんどん狭まっていることを意味する。


 陽が沈むと治安が悪くなる予感がする。

 身の安全のためにも、ギルドでしっかりと、イリスティアの詳細情報を得る必要がある。

 

 魔族も怖いけど、人間も同じくらい怖い時があるのだ。


 私も冒険者になる前は……戦争難民だった。魔族が来なければ、今頃は大陸の西南の辺境の街で両親と平和に暮らしていた筈なんだけど——


 鎮まった悲鳴の中、獰猛な野獣が黙々と食事をしているような咀嚼音。骨を噛み砕き、肉を引き千切る、それが混ざった音。


 視覚が失われた暗闇で研ぎ澄まされる聴覚。その音は鮮明に、深く脳に焼きついている。


 ——これ以上は思い出したくない。


 隣で歩いているヴィアールに気づかれないよう、私はそっと頭を振って暗い記憶を振り払う。額にじんわりと汗が湧いてくるような感覚を覚えた。


 ……そういえば、ヴィアールも戦争難民だったらしい。


(確か大陸最南部の『シャドウ村』の出身なんだっけ?)


 戦争が始まってから1年も経たないうちに、人類は『西洋大陸』の南部や南西部のほとんどを失った。そこには私とヴィアールの故郷も含まれている。


 特に、ヴィアールの故郷である『シャドウ村』は、魔族の侵攻を最も早く受けた地域の一つである。


 その当時の住民たちは魔族の脅威を知る由もなく、この地域は抵抗する間もなくすぐに魔族の軍勢に飲み込まれてしまったと伝えられている。


(ヴィアールも辛いのかな)


 彼からそのことについての詳しい話を聞いたことはないし、聞こうとも思わない。

 

 私が同じような話を聞かれても、きっと答えたくはないだろう。



「着いたぞ」



 ヴィアールの声で考え事からハッとさせられた。深く考え込んでいて我を忘れていたらしい。

 

 目の前には立派な石造りの建造物があり、その頂上で、ギルドのシンボルマークでもある『天秤てんびん』を持ち上げた翼のある【女神リベルタス】の旗が風ではためいていた。



————————————————

女神リベルタス=自由の女神




 

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