Episodium.5 ギルド
重厚な石造りの建物は、周囲の市場や広場を見下ろすようにそびえている。
目を凝らしてみると【
建物の周りには緑に輝く【
影の中で、忙しなく働いていた職人や荷物を運ぶ労働者たちが一時的に作業を止めて、互いに顔を見合わせている。彼らは笑顔で挨拶を交わしながら、タオルで汗を拭いている。
(休憩時間かな?)
イリスティアは建設ラッシュが続いているので、その方面の仕事はギルドに山のようにあるだろう。
(現場の雰囲気は良さそうだし、建設の仕事も悪くないよね。私のエーテルの属性とも相性がいい)
労働者たちの笑顔に私は口元を少し緩ませながら、視線を出入口の方に移す。
ギルドの出入口では、様々な人々が出入りしていた。一目でその職業がわかる者もいれば、
私たちのような冒険者だけでなく、石工職人、学者、商人、
「受付の方でまた並ぶかも知れないなぁ……」
本日何度目かのため息が漏れる。…最近ため息が増えた気がする。
「食事を済ませてから、また来るか?」
「うーん……どうしよう?」
目を閉じて、腕を組みながら悩む。昼食をまだ摂れていないから、ヴィアールが言うように、一度食事を済ませてからの方がいいかもしれないけれど——
(どこの店に行けばいいのか、そもそもお店がどこにあるのか)
この街には来たばかり、どこに何があるのかまだ分からない。
となると先に探す必要が出てくる。
(自分の好みの店を選ぼうと思えば、時間がもっとかかりそう)
あーでもない、こーでもないと時間を浪費しすぎるのは避けたい。ギルドでの手続きや情報収集に必要な時間がなくなってしまうからだ。
ふと、心の中で兎が二匹、軽やかに飛び跳ねる姿が浮かぶ。それと共に、古い寓話からの教訓が思い出される。
【
となると……鳴りそうなお腹には申し訳がないけど、あなたの優先順位を下げさせてもらうとしよう。
「……やっぱり、ギルドでの用事を先に済ませましょう」
二兎に思い馳せながら、ゆっくりと目を開けてヴィアールにそう言った。
優先順位はしっかりと決めて行動しないとね。
「わかった」
ヴィアールは聞いて小さく頷くと、すぐさまギルドの入口の方に向かう。
1秒も経たずの行動である。
(聞いて、行動に移すまで早っ!)
その颯爽とした背中は、視界から少しずつ遠ざかっていく。
私は唖然とした後、ハッと我にかえり、その背中を小走りで追いかけた。
——気付いたけど、髭、きれいに剃れてよかったじゃない。
◇◇
ギルドは入口と出口にそれぞれに分かれており、【
外からギルド内部までの空間は幅、12メートルあり、入口には外から内に向かって緩やかな風が、出口にはギルド内部から外に向かって風が吹いている。
そこには
出入口を間違えても、風による抵抗で、多くの人はすぐに気付く。たとえ逆方向から実際に入ったとしても、逆風であるため、非常に歩きづらい。
(でも、変な人も多いんだよねぇ)
わざと逆側から入る人もいるし……後、酔っ払いとか。
逆風に立ち向かう姿は、使命を帯びた戦士のようで格好良く見えるけど——髪は逆立つし、何よりも通行の妨げになるから、おすすめはしない。
逆方向からの人と衝突する可能性もある。追い風で加速した人とぶつかると、転倒したり、相手の重さ次第では、吹き飛ばされて怪我をすることもある。
その光景は見るに堪えないし、迷惑で危険な行為だ。
それでも、そういった悲劇とも喜劇とも言えない事故は、実際に少なからず起きており、中にはクレームを入れる人もいる。
その場合はギルド側が、怪我の治療等の費用に責任を持つのだけれど、態度が悪かったり、繰り返し迷惑行為をする場合は、下手をするとギルドから永久追放される。
——ヴィアールと入口に向かいながら、私はポーチから赤い布を取り出す。
彼と同じように髪を緩く後ろで縛り始める。布で結ばれた髪が軽く揺れ、うなじが露わになる。
冷たい風がその肌に触れると、少しだけ身震いする。軽く縛り終えると、小さく「よし」と呟いた。
私のように長めの髪だと、この出入口を吹く追い風で髪が乱れることがある。そんな乱れを防ぐために、髪をしっかりと束ねておく必要があるのだ。
ギルドの入口にある膜に触れると、温かく柔らかい風が私を内部へと吸い寄せるように導く。それはまるで、私を受け入れ、心地よい風が全身を包み込み、ギルドの中へと誘ってくれているようだ。
通るたびに不思議な空間だなと思う。私の服は防風仕様なのでそこまで気にならないけど、服装によっては大変な事になりそう。
風の通路を通り、私とヴィアールがギルドに入る間際も同じように薄い膜があった。
本当に風のカーテンみたいだ。
——ギルドの中に入った瞬間、中の様子がより鮮明になる。
目の前に広がっているのは、広々としたロビーだ。
石造りの壁に囲まれたこの空間は、柱がないからこそ開放感が増し、天井には壮麗な装飾のシャンデリアが複数吊るされており、それぞれのシャンデリアからは、様々な色のエーテルが柔らかな光を放ち、空間全体を照らしている。
「綺麗……」
ヴィアールも静かにその光を見ている。
(ピアノ?)
外からはまったく聞こえなかったピアノの音色が、ギルドに入ってから、少し遠くより耳に心地よく響いてきた。
入って右手に、紅いドレスを着た女性が弾いている。ピアノを弾く動きに沿って、髪が微かに揺れ、束ねた髪と白く細い首すじが何とも上品で、妖精が音を奏でているようだ。顔は見えないけども、きっと美人だろう。
軽快に響く曲が様々な場所へと調べを届け、ここに存在するあらゆる物語を讃美し、入ってきた私たちに歓迎を示しているような、そんな感じがした。
(ようこそギルドへ……と言っているみたい)
悪い気分はしない。思わずその空間に留まって軽くステップを踏みたくなる。踏まないけれども。
(……今はそれよりも、受付で登記しないと)
惜しい気がするけど、仕方ない。
ピアノの方から視線を外して全体を見渡してみると、ギルドの内部は活動で溢れていた。
中央にある大きな掲示板の前では、人々がヒソヒソとお互いに呟きながら、頭を寄せ合っている。彼らの視線は、ボードに紅く点滅する文字に釘付けだった。
『皮のない遺体』が次々と発見される!?
『生首の団子剣』の謎、生首が喋るのか!?
(刺激的な内容ね……)
左手に見えるのは商人たちが重要な取引を前に小声で話し合い、その契約書を手に持ちながら、真剣な面持ちでテーブルに座っている。
その隣では技術者や職人たちが、依頼主と共に何やら道具の作成について話を交わしていた。
「まずは冒険者管理登記だから、受付の方は……」
と視線を彷徨わせていると、ヴィアールが私の肩をポンと軽く叩く。
「あっちの方だ」
長い指を向けた方に目をやると、数人の受付嬢たちが目に入った。彼女たちはスタイルが強調される、タイトな深緑の制服に合わせたベレー帽を着用しており、どの子も可愛らしかった。
(ここのギルド、絶対顔で人を選んでるよね……)
女たちは忙しそうにしており、流れるような手際で書類を整理し、訪問者への応対を行っていた。
(それにしても……)
彼女たちに群がるような長い長い行列。
(……また並ぶのね)
私とヴィアールは列の一番後ろに向かって歩き、最後尾に並んだ。その時、前方にいた雪のように白い髪を束ねた少女が、こちらをちらりと見たような気がした。
エーテル教の修道服を纏ったその人の後ろ姿は、何とも神秘的な感じがした。
(ん? 修道院のシスターかな?)
何だろうかと思ったが、相手がそれ以上反応をしないのを見て、私は気にとめずに、両腕を静かに組んで待つことにした。
(お腹空いたな……)
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