Episodium.6 セーブポイント
白い髪の少女は受付嬢に一礼し、優雅に横を通り過ぎていく。幼さが残る整った顔立ち、彼女のアズールブルーの瞳は、ギルドの全てを映し出すかのように輝いていた。
その美しさには息を呑むような魅力があり、同時に捉えて離さない鳥籠の鉄格子のような冷たさも秘められていて……私はなぜだか不安を覚えた。
(美人だけど……見ているだけで体温が下がりそう)
少女が履いているブーツの音が床に響く、整然とした歩みは、周囲に静寂をもたらし、一歩一歩が床に静かながら確かな音を残す。
彼女が纏うエーテル教の修道服は、アルプスの清浄と『加護』の神聖さを宿しており、その姿は、ただそこにいるだけで畏敬の念を抱かせた。
——揺れ動く物を除いて。
(うわぁ…)
人々は瞬きもせず、まるで音楽のリズムに合わせるかのように首を縦に、相槌を打っていた。それはギルドに広がるピアノの美しいメロディのリズムとは明らかにズレているのだけれど。
リズム感が欠けているのだろうか?
——カツ、カツ、カツ……
否、ブーツの音だ。
あの去り際のブーツが床を鳴らす音に、リズムを合わせているのだ。
くだらなさすぎて……鼻で笑ってあげたい。
緑髪はというと——ピタリと止まっている。
(ふーん?)
なんか変な感じはするけど、緑髪はじっとしていた。私は肘で軽く彼を小突くと、ビクッと反応した。リズム感のない仲間を持たなくて幸いだ。
(こいつ最近、思春期の少年みたいな反応するんだよね)
私がそう思っていると、すぐ後ろの方から女性の怒ったように注意する声がちらほらと聞こえてきた。
私とヴィアールは、表情を変えずに並んで受付嬢の前に進む。
兵隊が隊列を組んでいるようで、凄く不自然な歩みだった。
緊張しているのかな? 何度も手続きしてるのに。これからむっつりヴィアールと呼ぼうかしら。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
事務机の上にネームプレートが置いてあり、『ドレミ』と書かれていた。
その声は澄んでおり、はっきりとした響きが心地よく耳に響いた。
群青のセミロングの髪と垂れ目がちで色素の薄い
深い緑色の制服は身体のラインを美しく強調し、胸元から裾にかけて金色のボタンが整然と並んでいる。黒いベルトがウエストを引き締め、そのデザインが彼女のスタイルの良さをさらに際立たせていた。
(なんか色っぽい格好ね)
視線を横にずらすと、並ぶ受付嬢たちはどの子もそれぞれの特徴があって美しかった。手続きをしに来た人と合わせて見ると……なんだか偶像たちのサイン会みたいだ。
(制服だからそう見えるのかな?)
——って見てる場合じゃない。
「……私たちの冒険者管理登録をお願いしたいのですが」
そういって、私は隣にいるヴィアールに軽く一度視線をやってから、再び前を向いた。ヴィアールも頷いている。
「承知しました。まずは、お二人のギルドカードを提示していただけますか?」
と彼女は応じ、キレイなビジネススマイルを浮かべている。
私には出来ない類の表情だ。ヴィアールにやったら「何を企んでいるんだ」とか言われそう…。
「こちらです」
私たちはためらうことなく、ギルドカードを手渡した。
「確認いたしますので、少々お待ちください」
そう言って、彼女はエーテルを使用する特殊な読み取り機にカードを差し込んだ。装置は少ししてから反応し、淡い光を放ちながら彼女の目の前に文字列と映像を浮かび上がらせた。
徐々に鮮明になっていく映像には、私たちの顔写真と思われる画像が表示されていた。
……早く更新したい。
「ラン・アニムス・フラウス様と……こちらがヴィアール・シャドウ・オリバ様ですね?」
彼女は私たち二人を交互に見比べながら確認をした。
そう、これが私たち二人のフルネーム。
・個人名
・出身地或いは氏族名
・最も得意とするエーテル属性
『西洋』では、この三つを上から順に並べていくのが一般的である。
私は『アニムス族』のラン、最も得意とするエーテル属性は【
ヴィアールの場合は『シャドウ村』のヴィアール、最も得意とするエーテル属性は【
これは、平民でも貴族でも、同じ規則に基づいて名前がつけられる。
「「はい」」
私たちが頷くと再び、彼女は視線を下に戻す。しばらくすると、ピッと軽快な音がした。これ…いつも思うのだけれど、何の音なんだろう。
「
「…何それ?」
「消えちゃいけないものだ」
「……」
……ちょっと何を言っているのかわからない。
◇◇
「ただいま照会が終わりました。本人確認が取れましたので、このまま冒険者管理登録に移行させていただきますが、よろしいでしょうか?」
「お願いします」
「かしこまりました」
そう彼女が言うと、エーテルの測定に使われる球体の水晶玉を私たちそれぞれに対して取り出した。冒険者管理登録に必ず行われるプロセスの一つ、エーテル属性の適正テストだ。
(この玉の名前、何て言ったっけ?)
確かなんとかクリスタルとかいう名前だったと思うけど…
(確か、アニ……アニ……)
「そうだ! 『
「……なんだいきなり」
「これの名前を思い出してたの」
そう言いながら、私は少しひんやりとする結晶玉に手をかざした。
ヴィアールは怪訝な顔をしながらも、続いて自分の方の
『アニマ・クリスタルム』は、高い透明度を持つ美しい結晶の玉である。その内部には、
この神秘的な玉は、手をかざすことで色が絡み合い、六角形のレーダーチャートを形成する。その過程で浮かび上がる数字は、各エーテル属性に対する適性を示している。これにより、エーテル属性の適性を正確に測定できる。
さらに、この測定により、その人が何に最も向いているかを見極めることができるだけでなく、属性の偽造が難しいため、身分の確認にも使用される。
また、レーダーチャートの変動からその人の精神状態を読み取ることも可能であり、汎用性の高さから、ギルドだけでなく、エーテル教や行政機関でも広く使われている。
「とまぁ……以上だ」
「あっうん……ありがとう」
手を置いている間、頼んでもいないのに説明してくれたヴィアールに、感謝の気持ちでいっぱいになっていると、
「測定が完了いたしましたので、結果を確認いたしますね」
受付嬢『ドレミ』の澄んだ声が響いた。私たちが手を退けると、そこには6属性の適正値が表示されたレーダーチャートが映し出されていた。
◇◇
「『ゴルドマン』支部長」
様々な地域の装飾品や特産品が飾られた大きな部屋の中で、執務椅子にどっかり座り、葉巻を咥えたギルドの支部長らしき人間と、その秘書と思しき若い男が立っている。
「あの二人が管理登録を終えたようです」
「そうか、長旅で疲れているだろうから、しばらく休ませてあげたほうがいいだろう」
「承知しました」
煙の香りが充満する中、秘書の顔には表情がない。ゴルドの煙を吸う音と吐く音だけが聞こえる。
「禁煙はなさらないのですか? お子様に怒られたと伺いましたが」
「ふん……」
ゴルドマンは思春期で生意気になってきた息子の憎たらしい顔を思い浮かべる。最近では反抗的な態度ばかりで、手を焼かせることが増えている。
「これが最後の一本だ」
それを聞くと、秘書はわざとらしく驚いた表情をする。
「これで毎回オリバの風で部屋を換気しなくても良くなります。どれだけ続くかは疑問ですが」
「君は……」
「健康にはお気をつけください。もうお若くないんですから」
「……」
そう言われると、ゴルドマンは何も言い返せないようだ。
彼は視線を部屋に飾っている『西洋大陸』の地図に移す。その瞳には緑豊かな自然が広がっていた。
タバコ畑と肥沃な土地、温暖な気候が広がる風景。熟成された葉の美味しい香りが漂い、どこまでも続く緑。森林や草原が点在し、風に揺れる草木と静かに流れる川の音が聞こえる。新鮮な農産物が並ぶ市場で、訪れた者は手作りの葉巻を楽しむ…。
彼はその記憶を味わうように何度も反芻した。
やがて、その記憶を大切なコレクションを宝箱にしまうように、そっと心の中に戻して鍵をかけた。
ゴルドマンはシガーリングまで届いた火を名残惜しそうに消し、大きく息を吐いて、最後の煙を吐き出すと、静かに言った。
「今度こそ、本当の禁煙だ」
その顔は懐かしんでいるようで…苦笑いを浮かべていた。
「……私はシガリア産の葉巻しか吸わんのだ」
「……」
——シガリア王国、魔族に滅ぼされた国々の一つである。
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追記:ここまで読んでくれた皆様にお知らせ
青エーテル キュアCya→キュアノスCyanosに変更いたします。
混乱させてしまい、申し訳ございません。
引き続き楽しんでいただけるとありがたいです!
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