Episodium.3 イリスティア関所と黒騎士

 ……私は入城前の検査が嫌いだ。『ギルド』に伺いたてる必要がなければ、わざわざ検査が厳しい城塞都市に入ったりはしない。

 

「クエストを都市以外でも受けられたらな…」


「村や小さな町だと赤字になる」


 ……ヴィアールのつまらない回答に下がっていたテンションがもっと下がる。しかし、言っていることは間違っていない。


 特別な事情を除けば、ギルド支部は大抵、その地域で最も大きな都市にある。


 人が多く集まれば、物や情報だけで無く、クエストも多く入る。村にギルドを置いても運用の効率が悪いのだ。


「私たち、ギルドに入ってどのくらい経ったんだっけ?」


「ちょうど3年くらいだな……なんだ突然」


「説明しようと思ってて」


「誰に?」


「画面の向こうの人に」


「……」

 

 ——ギルドとは冒険者、職人などの人材派遣、『未知領域インコグニータ』の探索、調査、というイメージを世間では持たれている。


 実態としては、世界の様々な地域に支部を持ち、独自の情報網と産業を有するグローバルな巨大組織である。


 冒険者だけでなく、傭兵や秘密部隊をも擁しており、巷では『陰謀のギルド』とも呼ばれている。​


(組織が大きくなると、そういうイメージを持たれるのよね。まあ…あながち間違ってもいないか)

 

 その力は、西洋最大の国『テラ帝国』をも上回るものであり、多くの国々にとってコントロール不能な不安定要素と見なされている。


 結果、一部の国の官僚からは目障りな存在だと思われているようだ。


 しかし、いくら目障りでもギルドを排除することは出来ない。その影響は既に社会の隅々にまで浸透しており、エーテル教と並ぶほどで、もはや社会基盤の一部と言っても過言ではない。


 ——とまぁ、ギルドの簡単な概要でした。

 

「はぁ……」


 ため息が止まらなくなる。腰に手を当てて、うんざりした顔をしている。私は思ったことがすぐに顔に出るタイプだ。


 ヴィアールは無表情ながら、腕を組んで、関門の方を観察している。表情には出ていないけれど、長い付き合いで分かる。どこかしら気が重そうだ。


(…うーんやっぱり何を考えているのかわからないかも)


「速やかに両手を上げて、足を広げて立て」


 その高圧的な声を聞いた瞬間、彼がテラ帝国の兵士だと分かった。帝国の兵士たちはみんな似たような口調で話すから、すぐに見分けがつく。


 城塞都市イリスティアの出入りは、関所を通る必要があり、帝国兵によって厳重に管理されている。

 

「……検査をしているのは黒騎士くろきしだ」


 ヴィアールが少し面倒に言うのを聞いて私も直ぐに気付いた。

 

 日陰に隠れていた兵士たちの鎧は、黒の金属で、ドラゴンの獰猛どうもうな牙と鱗をモチーフにしており、炎の舌が動いているかのような圧迫感と不気味さがある。


(正直、あれ……ちょっと趣味悪いと思うんだよね)


 彼らは、帝国兵でもエリートの兵士と言われている上級帝国兵、通称『黒騎士くろきし』だ。あくまで通称であって、騎士階級であるわけではない。


 忙しいからなのか、はたまた違う理由があるからなのか、その顔は苛立いらだちでいっぱいだ。


(もうちょっと穏やかな態度をとれないの?)


 そのせいか、並んでいる人々の間にも緊張が伝播し、ピリついた雰囲気が漂っており、息が詰まりそうだ。


 黒騎士の鎧には『黒鉄こくてつ』といわれる新種の金属を使っており、従来の鉄の鎧とは比較にならない程、その性能が高い。


 7年前、テラ帝国南部で新たな鉱山、『アウストラリス鉱山』が発見され、そこで初めて黒鉄が採掘された。

 

『アウストラリス鉱山』が発見されてから、『黒鉄』はテラ帝国軍部が独占的に管理しており、多くの国、エーテル教、ギルドが交易を試みているものの、その全てが門前払いされていると聞く。


(こそこそやっているみたいだけど……関わりたくはないかな)


 この新素材は、装着者のエーテルの力を向上させるとされ、『オリハルコン』や『アダマンタイト』、『ミスリル』といった希少金属には及ばないが、大量生産ができる上、加工が容易である…とされる。


(具体的にはギルドの方でも把握しきれていないって聞いてるけど…)


 魔族の侵攻が始まって以降、その用途は日に日に増しており、それに伴い、黒騎士の数も右肩上がりに増えている。


 急速に拡充しているせいか、エリートと呼ばれるその質は当然、落ちてくる。



顔確認ができる写真付き身分証を提示しろ」



 順番が来ると、私はギルドが発行する『ギルドカード』を2枚、兵士に渡した。彼は邪魔じゃまくさそうにそれを受け取ると、照会をはじめる。


(この通りしっかり質は落ちている)


「……うん?」


 しばらくして、兵士は驚いたような顔をした。私たちの顔を再び確認するように注意深く見た。価値を見定めるような、あまり心地の良くない視線だった。


「二人共クインクエの冒険者か…」


 彼はカードに書かれた『ランク』の部分を読み上げた後、しばし沈黙ちんもくした。何かを深く考え込んでいる様子だった。


(やっぱりこうなっちゃうかぁ……)


 ギルドでは、個々の総合力や実績に応じてランク付けが行われる。


 冒険者には【ウヌス】から【Ⅻ】までの数字が割り当てられ、この数字が大きいほどランクが高くなり、ギルド内での権限も増す。これは商会での役職や軍隊での階級に相当する。


 【クワトロ】以上の階級への昇格は、その数が大幅に制限されており、特筆すべき功績を挙げなければ、基本的には昇格はできないとされる。


 その結果、多くの冒険者が【ウヌス】から【トレス】の間で留まり、【クワトロ】以上のランクを持つ者を見かけることは稀である。


(別になりたくてなったわけじゃないけど……色々とトラブルに巻き込まれて……ね)


「上に確認することがある。そのままでいてくれ」


 無愛想な態度から一転、はっきりとした声で態度を示すと、ギルドカードを持ったまま席を外した。


 私たちは横にずれ、後ろに並んでいた赤茶髪の男がそのまま検査を受けており、チラチラとこちらを見ている。向こうは隠せているつもりだろうけど……。


(……バレバレなんだけどな)


 こういった視線には慣れてるけども。

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