【008】突然の冤罪。
登校日を無事に終え、俺は再び書類と向き合うこととなった。
既に紅葉していた葉が、茶色くなって落ちている。
もうじき王都には、冬が来る。遠方の貴族領地では、既に降雪している場所もある。機構の調査の結果の確認も、俺の仕事の一つだ。国のことを細部まで知るのが、王族としての務めだと、日々宰相閣下に言われている。
その宰相閣下は、俺の斜め横の席に座り、人差し指でこめかみを解している。
「頭痛か?」
宰相閣下がその仕草をする際は、高確率で頭痛がしている時だと、俺は知っている。宰相閣下は片頭痛持ちらしい。
「ああ。天気が悪いと、やはり痛む」
窓の外は、白い雲に圧迫されているように見える。今にも雨が降り出しそうだ。
「少し休んだらどうだ?」
「そういうわけにも参りません。少なくとも、この大規模転移魔法陣の新たな設置計画を完成させるまでは、休む暇は無い」
「確か、人間も移動できるものだったよな?」
「ああ。これを設置すれば、国内での移動が非常に楽になる。まずは一人ずつの移動用で試験をするとして、その後は団体で転移を可能にしたい。そうすれば騎士団の一個師団をそのまま転移させることができる」
万年筆を再び動かしながら、つらつらと宰相閣下が語った。
その時だった。
乱暴に魔竜の間の扉が開いた。驚いてそちらを見ると、険しい顔をしているルクスと、五人の騎士の姿があった。いずれも護衛騎士団の騎士で、手には長い槍を持っている。その槍は、罪人を拘束する際に、持つものだ。
「ルクス? どうかしたのか?」
俺が首を捻ると、入ってきたルクスがニヤリと笑った。唇の両端を持ち上げているが、目つきは険しいままなので、どこが歪んだ笑みに見える。その瞳は、じっくりと見ると、険しいというよりも、なんとなく気持ちの悪い光を浮かべている。まるでマリエルからたまに感じた聖女様の力のような、不思議な気分の悪さを喚起する空気が、ルクスの目に宿っているようだった。
「兄上を拘束する」
「――なんだって?」
「第一王子、ロイ殿下。貴方を拘束する」
きっぱりとルクスが言いきった。
――俺を拘束する?
意味が分からず、俺は片眉を顰めて、小首を傾げる。
「そのような妄言は、聞き捨てなりません」
宰相閣下が立ち上がった。そしてルクスの正面に立った。俺も座っている場合では無いと判断し、ルクスの方へと歩みよる。すると宰相閣下が庇うように俺の前に腕を出した。
「フルフィード宰相閣下。弁えろ。僕は第二王子だ」
「っ」
「口を慎め。そこを退け」
「一体どのような理由で、ロイ殿下を拘束するというのですか?」
「兄上は、王座につくことに固執したあまり、既に王位継承権第一位であるにも関わらず、それを確固たるものにしようと、僕を殺害しようとした」
「なっ」
宰相閣下が息を呑み、目を剥いた。
「そのような事実無根の話を、一体誰が?」
「事実無根? これは真実だ。聖女たるマリエルが教えてくれたのだからな」
俺は唖然とした。宰相閣下も沈黙した。
「この罪状が、真実で無いとするならば、拘束されたとして、無実を証明できるだろう。それが出来ないのであれば、やはり僕の暗殺計画を練っていたことは明白となるだろう。宰相閣下、もう一度言うが、そこを退け。そうしなければ、共謀罪で貴方のことも牢獄に繋ぐこととなるだろう」
それを聞いた宰相閣下は、そのまま暫しの間何も言わなかった。
後ろにいた俺は、突然の事態と言いがかりについて考えていた。
確かに拘束されたとしても、俺は冤罪なので、彼らに罪の証明は出来ないだろう。話せば、ルクスもわかってくれるかもしれない。ただの誤解だったのだと。そして、マリエルの言葉こそが、嘘だったのだと。
俺がそう考えていた時、宰相閣下がチラリと俺に振り替えた。
そしてごく一瞬だけ苦しそうな顔をした後、また前を向き、ルクスを見た。
「……御意。ルクス第二王子殿下、我輩は王家の判断に従います」
宰相閣下はそう言うと、脇に逸れた。一瞥した俺は、無表情の宰相閣下の左手を見てしまった。宰相閣下は、下衣の表面を人差し指で撫でている。この仕草をする時の宰相閣下は、頭を回転させている時だ。話しかけてはいけないと、俺は書類を倒すときに学んだ。非常に何かを集中して考えている時の仕草だ。
槍を持った五人の騎士が、俺を取り囲む。
「抵抗する気は無い」
冷静に俺は告げた。
槍を突きつけられた俺を見て、ルクスは嘲笑している。
「連れて行け」
ルクスの声に騎士達が、俺を促し歩きはじめた。そうして俺は、地下にある牢獄へと連れて行かれた。ここは、身分の高い者を拘束する施設だが、めったに使われることは無いので、湿っぽく誇りっぽかった。中には白い寝台と、トイレがわりの白い壺がある。
ガチャンと音がして、鉄格子の端にある出入り口に鍵がかけられた。
騎士達が、歩き去る。
俺はその足音を耳にしながら、どのように己の潔白を証明しようかと考えていた。
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