【007】昼食の時間。


 ――昼食の時間が訪れた。

 俺は昼休みが開始しても、少しの間、ノートをまとめていた。

 リュークもそんな俺の前の席で、座っていた。


「リューク。終わった。学食に行こう」

「畏まりました」


 俺が立ち上がると、リュークもまた席を立つ。俺のせいで、昼食が少し遅れてしまったのが申し訳ない。なお、この学院の学食は、床に解毒魔術を込めた魔法陣が刻まれているので、毒味は不要だ。王族や貴族の子女が多いため、その点は徹底管理しているようだ。


 学食に着くと、金切り声が耳に入った。


「あんたが私の足を引っかけたから、ご飯が床に落ちたのよ! ダメになってしまったのよ! なんて非道なの!」

「違います。私はそのような事はしておりません」

「マリエルが嘘をつくというのか!? そんなわけがないだろう!!」


 見れば、マリエルが憤慨しており、またメアリベルと口論をしていた。

 そしてルクスがマリエルの肩を持っている。


 聞こえてきた話の内容に、俺は眉を顰めた。メアリベルの派閥は、そしてメアリベル本人も、物理的なイジメは絶対に行わない。それこそ、足で誰かの足を引っかけて転ばせるような行為は、貴族らしくないからだ。言いがかりだと俺は感じた。


 しかしルクスは、マリエルを信じ切っている様子だ。


「メアリベル嬢。そのような嘘偽りを述べるなど、第一王子妃には相応しくない。僕は兄上に進言する。兄上もよほど愚かで無いかぎり、貴女との婚約は破棄するだろう」

「愚かなのはルクス殿下です。嘘を嘘と見抜けないなど、王族の恥。配下の貴族の者として、間違いは諫めなければなりません」


 劫火のように荒れているルクスと、吹雪のように冷ややかなメアリベルの言い合いに、食堂中の視線が集まり、皆唖然としている。思わず俺は腕を組んだ。二人はどうやら、俺の来訪に気づいていない様子だ。


「ルクス殿下。きっとメアリベル様は、私の美貌に嫉妬なさっているのです」


 するとか弱い声で、マリエルが述べた。俺は随分と自己評価が高いのだなとびっくりした。それともこの険悪な空気を変えるための冗談なのだろうか?


「ああ、なるほど。そうに違いない。マリエルは誰よりも美しく愛らしい」


 だがルクスは本気にしたようだ。弟は、本当にそう思っている様子だ。

 メアリベルを見れば、鋭い眼光で、ルクスを射殺しそうなくらい凝視している。俺からすれば、美人が怒ると怖いというか迫力があるというか、メアリベルが美しく思えるので、その気迫に驚いていた。俺はここまでメアリベルが怒っている姿を、過去に一度も見た事がない。


 ――これは、最早俺が仲裁するしかないのではないだろうか?


 正直俺はメアリベルの言い分を信じている。そう考えた時だった。不意にメアリベルが俺を見た。目が合う。すると彼女は珍しく狼狽えたように目を見開いてから、顔を背けた。そして俺が仲裁のために声をかけようとしたその時には、踵を返して歩き出し、俺が通ってきた出入り口とは別の出口から、立ち去ってしまった。


 するとルクスが嘲笑するように言った。


「逃げたのだから、やはりメアリベル嬢が嘘をついていたんだ。可哀想なマリエル。酷いイジメだ」

「辛かったです、ルクス殿下。私、胸が張り裂けそう」


 マリエルが悲しげな声を放った後、俯いて左手で顔を覆った。右手は何故かスカートのポケットに触れている。マリエルの肩を抱いているルクスは、マリエルの横顔しか見ていない。しかし俺は目撃した。スカートのポケットから、マリエルが小瓶を取り出したところを。俯いた彼女は、今度は右手を添えるようにして、掌に握っている小瓶を動かしたようだった。それからまた、スカートに戻した時には、マリエルの目元が水で光っていた。まるで涙のようだ。すごい演技力だなと、俺は唖然とした。


 それはそうと、俺はメアリベルが立ち去った方向を見た。

 ――メアリベルはなにも悪くないだろうに、俺は何も出来なかった。


 それが嫌な気持ちを齎し、俺の胸は泥のように重くなった。

 せめてルクスとマリエルに注意をするべきだろうか?


「ロイ殿下。なにをお食べになりますか?」


 その時、リュークが言った。顔を向けると、微苦笑している姿があった。

 俺は、俺より少し背が高いリュークを見上げ、苦笑を返した。


「そうだな。ナルナ鶏のからあげでも食べるか」

「俺もそれに致します」


 リュークが歩き出す。下手な喧噪に関わらない方がいいという彼なりの配慮が伝わってきた気がする。だから素直に、俺はリュークの後に続いた。ただその時も、メアリベルの事を考えずには、いられなかった。何故彼女は、立ち去ったのだろう?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る