【006】王立学院への登校日。


 その後は、俺は日々、書類を倒した。

 倒すべき書類は山積みで、宰相閣下はいまだに増税をするよう俺にずっと進言というなの説教をしてくる。俺は是と言わないまま、本日は王立学院の登校日を迎えた。月に一度の通学日、俺は護衛騎士のリュークと共に、王立学院へと登校する。本日だけは、俺は書類仕事から解放される。


 俺は一歩後ろを歩くリュークをチラリと見た。黒い髪に深い紫色の目をしたリュークは、同性ながらに端整な顔立ちだと思う。学院内で、リュークが告白されている姿を、俺はたびたび目撃している。だがリュークはいつも断っている。断られた女子生徒に聞いたのだが、『自分は近衛騎士であり、主人に忠誠を誓っているため、恋人に愛情を注ぐことはできないので、断る』と、伝えているそうだ。要するに、俺を理由にして断っている。俺は体の良い風よけになっているようだ。酷い話である。俺は女子から恨まれている。


 なお俺はモテない。

 というよりは、俺の許婚がメアリベルであることは、学院内で周知されている。そのため、メアリベルに喧嘩を売るようなマネをする女子生徒は一人もいないので、俺は告白されることは無い。メアリベルの生家であるスティルフィード侯爵家は歴史が非常に古く、建国された当時から存在していたらしい。そのためか、様々な人脈を持ち、国内でも最大規模の領地を管理し、スティルフィード侯爵家出時の者は代々国の要職に就き、と、とても高名な家柄であり、スティルフィード侯爵家を敵に回せば、もう終わりだと囁かれている。


 それも手伝っているし、メアリベル自身が非常に冷ややかな雰囲気を漂わせているし、将来の王妃であるから傅く者も多く、学院内には、メアリベル派という派閥まで存在する。非常に礼儀に煩く、貴族たる者は当然それらしく振る舞うことが常識であると述べる派閥だ。メアリベル自身がそう述べているわけでは無い。メアリベルの取り巻きがそう主張している。しかしメアリベルは、彼女達を注意することは無い。そのため、派閥のトップである彼女は、一般的な価値観の生徒や平民達に、非常に嫌われている。


 学則で、学院内では爵位を気にしてはならない事になっているのだが、メアリベル派はそれを無視している。また、派閥に属さない貴族令嬢に冷たい対応をしたり、数少ない入学を許可された平民達には、話す価値も無いというような態度を取る。


 俺はあまりそう言うのは好きでは無い。

 メアリベルが悪役令嬢と陰口をたたかれているのも、同意してしまう。俺から見た場合、メアリベル派は悪役としか言いようがない。


 ただ繰り返すが、メアリベル自身がなにかしているとは、俺は思わない。


 そんなことを考えていると、王立学院に到着した。校庭の隅を横切り、城のような外観の王立学院の生徒玄関へと向かう。そして俺とリュークは、校舎に入って、教室を目指した。俺は時折リュークに話しかけた。天気の話だとか。リュークは笑顔で応じてくれたが、会話は途切れることが非常に多かった。俺は、一緒にいるのに、やはり溝を感じた。


 そのようにして教室に到着したので、俺は扉を開けた。

 すると怒声が響いてきた。


「ちょっと! なんなよあんた!」

「……口を慎みなさい。そのように声を上げるものではありません」

「うるさい。うるさいわね! 何様なのよ!」

「私はスティルフィード侯爵令嬢のメアリベルと申します」

「そんなの聞いた事もない。それにここでは、爵位は関係ないって聞いてるけどぉ!」

「ええ。私は単純に名乗っただけです」

「とにかく! 私は悪くない!」

「――教室内で、暴力をふるうような諍いを起こすことは、学則で禁止されています」

「はぁ? 学則? 学則が間違ってるんでしょう! 私が正しいの。そうよ。おかしな学則は、私が変えてあげる!」


 驚いて俺は、目を丸くした。そこには先日顔を合わせた聖女様――マリエルの姿があった。何故ここにいるのだろうか? それにも驚いたし、鬼のような形相をしていることにも驚愕した。俺が思い抱く聖女らしさ、あるいはルクスがいうような天使のような善良な性格には、欠片も見えない。


 同時に驚いたのは、口論の相手がメアリベルだったことだ。

 一体何が起きているのだろうか?


「なにがあったんだ?」


 俺は率直に聞いた。すると俺に気づいたメアリベルが、チラリとこちらを見てから、首を振った。


「おはようございます、ロイ殿下」

「あ、ああ。おはよう」


 メアリベルはそれだけ言うと、席についてしまった。

 俺は戸惑いながら、続いてマリエルに視線を向ける。マリエルは俺の席の隣のようで、俺は自分の席につきながら、緩徐を見た。


 すると不機嫌そうに頬を膨らませていた彼女もまた、俺に気づいた様子だった。その時、マリエルは唐突に俺を睨めつけた。その瞬間、またぶわりと膜のようなもの俺の体を通過した。嫌な気配がする風が、通り過ぎた感覚だ。気分が悪くなり、俺は大きく息を吐く。


「本当になんなの。なんで効かないのよ」


 ぼそりとマリエルが呟いた。おそらく俺にしか聞こえなかっただろう。

 一体なんの話なんだろう?

 だが、それを追求する前に、講義の開始を告げる鐘の音が鳴り、担当の先生が入ってきたので、俺は慌てて教科書を机に載せた。



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