【004】屍竜についての続報。

 翌日、俺は早朝から魔竜の間で宰相閣下と向き合っていた。


「屍竜に関して、なにか続報はあるか?」


 俺が尋ねると、宰相閣下が腕を組んだ。そして小さく首を傾げると、唸った。


「なんでも、大神殿にて聖女のみが学ぶ古の力で、屍竜を攻撃し、負傷した騎士や民はいやしたとの報告が入っております。今は、家屋は既に倒壊していたため、臨時の避難所を騎士団が設営し、そこに民はいるそうです。命に関わるような物理的な怪我は既に癒えているようですが、食料や水、毛布といった物資が圧倒的に足りないという報告でした」


 その言葉に、俺は驚いた。


「もう倒し終わったということか?」

「ええ、そう報告を受けました。実に早い」


 聖女の力は、非常に強いようだ。これは心強いと、まだ見ぬ聖女に、俺はお礼を言いたくなった。どのような人物なのだろう。


「では、まずは物資を送ることとしよう。騎士団の転送魔法陣は、既に構築されているのか?」

「ああ、それは最初に行うことですから。当然だ」

「ならば問題なく、物資は届けられるな。ルクスはどうしているんだ? 現地で物資を配布する際、その指揮をする者がいた方が望ましいと俺は思う」

「ルクス第二王子殿下は、聖女様と共におられるようです。報告によれば、聖女様の力は国宝級のものだとし、御身に代えても守り抜くと仰っているそうで、指揮などはせず、聖女様をお守する事に注力なさっているようです。正直下手に動かれるよりずっとマシだ」


 宰相閣下の声に、俺は苦笑した。宰相閣下の中で、ルクスの評価は地に落ちている様子だ。俺は、あれでも弟なので、根は良い奴だと信じているのだが。


「しかし、確かに屍竜に対応してくれた事を考えると、国の宝と表してもいいかもしれないな。護衛も必要だろう。騎士も幾人かは手配し、お守りした方がいいだろう」


 俺が述べると、宰相閣下も頷いた。

 その後俺達は、書類に向かい合い、送る物資を書き出し、その量などを計算した。順次それらを、王都の商人に頼んだり、王宮に災害時に備えて備蓄していたものから提供すると決めたりと、一つ一つ片付けていき、都度都度転移魔法陣で物資を送った。


 そうしていると、日が暮れるのはすぐのことで、それからも俺達は物資の提供のための作業を続けた。日付が変わる頃になって、ようやくひと息ついたのは、魔法陣の先の受け取る騎士達が仮眠をするため、日中に送って欲しいという連絡が来たからだ。


「足りると良いのだが」


 宰相閣下の呟きに、俺も大きく頷いた。




 ――支援物資を送り続けて、五日が経過した。

 昨日、ルクスから手紙が届いた。明日、王宮に帰還すると書かれていた。

 即ち、今日だ。手紙には、聖女様をお連れすると、記載されていたので、俺と宰相閣下の仕事には、出迎えの準備が加わっていた。


「どのような女性なんだろうな」


 襟元を正しながら、宰相閣下が述べた。俺は髪をなで上げてから、首を傾げる。


「やはり、神聖な雰囲気なんじゃないのか?」

「我輩が推察するに、屍竜を単独で屠るのだから、筋骨隆々とした女性の可能性もあるのでは?」


 そのようなやりとりをしつつ、聖女様は、迎賓宮の謁見の間で、出迎えることとなった。本来は国王陛下が玉座に腰を下ろすのだが、病床の父を呼ぶわけにはいかない。そのため、王族であり王位継承権一位の俺が、代理として出迎える。その際、玉座には座らない。


 また、王宮の正式な謁見の間ではないため、迎える人間には椅子や、テーブル、紅茶や茶菓子が振る舞われる。王族も、挨拶をしてから、そちらの椅子に座るのが通例だ。


「そろそろ行くか」


 宰相閣下の言葉に、俺は頷いた。二人で魔竜の間を後にして、回廊をゆっくりと歩く。その間、俺達はずっと仕事の話をしていた。支援物資に関しては、一区切りついたのだが、日常的な執務は待ってはくれない。


「来月のオードル伯爵領地の視察の件だが、あちらの風土も、スティルフィード侯爵領地に非常に近しい。先日メアリベル様とお話になったそうだが、こちらにスティルフィード侯爵から既に連絡があった。その際、スティルフィード侯爵領地だけではなく、類似の気候の、栽培に適した他の領地でも、流行性エグネス病の治療草を育ててはどうかと話していた。殿下、ぜひオードル伯爵に、提案してきてくれないか?」


 その提案に、俺は何度も首を縦に振る。非常に良い案だと俺も感じる。


「分かった。それはそうと宰相閣下、今季の雪害への対応だが、配布する火の魔石は、全ての家に届きそうか?」

「それは我輩が閲覧した戸籍登録をしている者の家には届く。だが、貧民街の未登録の者の家には、配布する事が現状では困難だ。最も火の魔石を必要としているのは、貧民街の者達なのだが、戸籍登録も住所管理もなされていない。しようにも、後ろめたい事柄に手を染めているせいで、拒否する者の方が多い。そうでないのは、一部の孤児だが、幼少の者は、登録自体を知らない」


 腕を組み、俺は目を眇めた。眉間に皺を刻む。


「貧民街の入り口に、カゴに入れて、無料配布するというのはどうだ? 誰でも、持って行けるように。無くなったら補充する」

「それでは、一人で複数持っていく者も出るのでは?」

「仕方ないだろう。必要な者に届けるには、多少の損失は我慢するべきだ」


 俺の声に、宰相閣下が長めに瞬きをしてから、目を開けて頷いた。

 それから、ふと思い出したように、俺を見た。


「ロイ殿下。そういえば来週は、王立学院への登校日があるのではなかったか?」

「ああ、そうだった。忘れていた」

「勉学はきちんとした方がいい。王立学院では魔術の講義は無いが、立太子したら、賢者に魔術は習うこととなる。我輩もある賢者に師事した。我輩は宰相という地位にあるから、何かと狙われやすい。それらを撃退するために、我輩は常に自分の周囲に結界魔術を展開している。そういった使い方も、魔術では可能だ」


 興味深いなと感じながら、何度か俺は頷いた。

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