【003】生誕祭。

 生誕祭の夜会には、大勢の招待客が集った。

 俺はフルートグラスに入るノンアルコールシャンパンを片手に、多くの国内の貴族や各国から訪れた国賓の挨拶に応じている。


 日中の茶会はなんとか乗り切った。

 まずは父である国王陛下への挨拶から始まった本日だが、父は病床に伏しているので、横になったままで、俺に言った。


「国を良い方向に導くため、信念を忘れず己の道を見つけ、真っ直ぐに生きるようにな。もう大人であるから、ロイは分かっているかもしれぬが」

「そのお言葉、忘れずに、俺は俺なりに頑張りたいと思います」

「そうか」


 父は柔らかな声でそう述べた後、咳き込んだ。肺を患っている。

 あまり無理をさせるわけにはいかないからと、そんな短いやりとりをして、俺は退出した。そしてメアリベルを迎えに出たのである。


 俺が贈ったドレスを身に纏って訪れたメアリベルは、俺を見ると、ヴェルベット張りの横長の箱を取り出した。何気なくそれを見ていると、メアリベルが俺に向かってその箱を差し出した。


「ドレスのお礼でございます。スティルフィード侯爵家に伝わる、魔除けの魔石を用いた首飾りでございますの。ぜひ、身につけて下さいませ」


 平坦な、感情の見えない義務的な声音で、メアリベルがそう述べた。

 ドレスの返礼をするというしきたりは、非常に古いが、確かに存在する。

 歴史あるスティルフィード侯爵家の返礼であるか、受け取らず身につけなかったら、失礼に当たるだろう。


「ありがとう、メアリベル」


 俺は微笑し、箱を受け取り蓋を開けた。中には、サファイアブルーの魔石を大胆にカットした非常に美しい首飾りが入っていた。周囲には銀縁と、銀の鎖がついている。俺はそれを、迷わず首から提げた。


「それじゃあ、行くか」


 微笑を崩さず、俺はメアリベルを促して、王宮へと向かう。

 メアリベルの出迎えという仕事を終えたので、次の仕事である昼食会の会場へと行くためだ。


 その後は茶会、そうして現在、夜会の会場にいる。

 メアリベルは俺の隣で、無表情のまま立っている。

 手にした扇で、口元を隠しているので、目元しか見えないが、その眼差しは冷ややかに見える。彼女の目の形が元々、どちらかといえばきつい印象を与えるというのもあるだろう。美しいのだが、いわゆる高嶺の花のような圧倒的な存在感を醸し出している瞳だ。


 彼女の態度は、別段俺には関係ない。

 俺が王太子、その後国王になったら、公務で視察に彼女を伴う機会も増えるだろうから、そこで無表情は確かに問題かもしれない。民草は、王族とその伴侶の表情をよく見ているから、不安を抱くこともあるあろう。だが現在はまだ、俺はただの第一王子であるし、来年の春卒業するまでは、王立学院の学生でもある。尤も王立学院には、月に一度の通学日にしか、俺は出向かないのだが。そこにはメアリベルも通っている。なお俺の俗に言うご学友は、護衛の観点もあるのだろうが、護衛騎士のリュークだ。


 俺はリュークを友達だと思っているのだが、リュークはいつも俺から一歩引いているように感じる。溝の気配を察知する度に、俺は王族であることが空しくなる場合もある。


 現在リュークは、俺の斜め前に控えている。

 久しぶりに目にする、護衛騎士の正装姿だ。金色の留め具の、青い片マントを身につけている。帯剣している。


 俺はその背中を一瞥してから、招待客へと視線を戻す。

 つらつらと挨拶を語っている相手に対し、俺は笑顔を作って応えている。

 メアリベルは、俺よりずっと正直なのかもしれない。

 なにせ俺は上辺の笑みであるだけだから、心の中では無表情と言える。


 俺を祝ってくれているのに、なんて不誠実なのだろう。そうは思うが、次期国王たる俺との繋がりが欲しいだけの貴族や国賓の姿を見ていると、心から祝ってくれている者は、非常に少ないのでは無いかと感じる。


「いやぁ、立太子の日が待ち遠しいですな」


 そう言って、恰幅のよい貴族が笑った。ふくよかな頬肉が持ち上がっているが、その目は笑ってはいない。俺を値踏みしているような眼差しだった。王太子として相応しいかどうかを。


 その後も次々と、入れ替わり立ち替わり訪れる招待客に、俺は対応した。

 夜会が終わったのは、夜の十一時のことで、なんとか耐えた俺は、最後の仕事として、城の入り口までメアリベルを送り、馬車に乗るところ見て、その馬車が走り出すのを確認するという行動をするべく、彼女を一瞥した。


「メアリベル。今日はありがとう。メアリベルが同伴し、隣にいてくれたことを感謝する」

「……許婚ですので」


 短い返事に、本当は嫌だったのだろうかと考える。そもそも彼女は、俺との許婚関係に不満を抱いているのではないかと、俺は常々感じている。今の言葉だってそうだ。許婚でなかったならば、俺の生誕祭になど、来たくもなかったのではないのだろうか。


「正門まで送る」


 そう告げ、俺は会場の出入り口へと向かった。

 正門があるエントランスホールまでの間、俺達に会話は生まれなかった。

 俺は疲れていたので話しかけなかったし、俺が話しかけなければメアリベルは基本的に喋らない。こうして無事に正門までたどり着いたところで、迎えに来ていたスティルフィード侯爵家の紋章が入った馬車と、馬車の扉のそばにいる御者の姿を確認する。


「メアリベル、気をつけて帰るように」

「ええ。問題ありません」


 メアリベルはそういうと、御者が開けた扉から馬車に乗り込んだ。

 御者が扉を閉める。

 俺は走り出した馬車が遠ざかるのを、暫しの間眺めていた。




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