第14話 その少女の正体

 ロッタ水族館にあるレストラン、サカズキは朝昼晩すべての時間帯で混雑するほど有名な名店だ。一流の料理人により振る舞われる新鮮な海鮮料理は、常日頃お客さんの気持ちを快く弾ませる。また、アレルギーの確認は決して怠らないため、安心度の高さも随一だ。

 

 そんなサカズキは商談目的で使用する個室がある。リリーシアが食事することになった場所は、目の前に絵画があり、右側に内側からしか鮮明に景色を視認出来ない窓がある。


 リリーシアは椅子に背を預けながら窓の外にある水槽を見つめていた。白色の卵が入っている水槽が妙に気になっていたのだ。リリーシアがじっと外を見つめていると、


『おい、クソおもらし娘!』


 クラーケンの暴言が飛んできた。リリーシアが目を丸くしながら下を見つめると、下腹部に陣取るクラーケンの姿があった。


『何度も何度も呼んでるのに無視するとは……貴様ァ、舐めてるのかぁ?あぁ?』

「舐められる行動しているからだよね」

『てめぇは黙ってろリーブス!』

「はいはい、面倒くさいねぇ」


 隣に座っているリーブスが面倒くさげにぼやくと、クラーケンがリリーシアに命令する。飯をよこせと普段通りに口にしている。


「あげなきゃだめかなぁ……」

『ほぅ、よこさない気か。それならいいぞ。代わりに、触手三本分以降の魔力供給は、してやらないがな』

「えっ……さんぼんいじょう、つかえるんですか?」


 リリーシアが目を丸くしながらリーブスに質問すると、彼女が首を縦に振る。


「三本以上使えるよ。たださ。少し空気読もうか」


 リーブスの言葉を聞いたリリーシアがはっと我にかえる。彼女は目の前にいる家族を忘れてしまっていたのだ。リリーシアが「すみません」と謝ると、コーラルが「はっはっはっ」と大声で笑う。


「いやはや、思った以上にリリーシアさんがまじめで驚きました。リーブスさんであれば、席から立ち上がると同時に魔法を放ってもおかしくないですよ」

「えぇ~~ほんとうですか?」

 

 リリーシアが聞くと、口笛を吹きながらリーブスが視線を逸らした。行動から、コーラルの発言が事実であるとリリーシアは理解すると同時に、謝罪する。


「いやいやいや! リーブスさんにはお世話になってますから! 気にしないでくださいよっ!」

「ふぅ……弟子が真面目ちゃんだと、困っちゃうねぇ」


 リーブスがやれやれと言いたげな顔でため息交じりの言葉をいう中、お料理が到着する。絹の様に白いイカの刺身だ。プリっとした張りのある身が光に照らされ、光沢を帯びている。リリーシアが手を合わせ、箸でつまもうとしていた時だった。一枚が消えたのだ。


『んぐんぐ……ごくん。ほぅ、イカの刺身だな。お前の母が作る料理と比べると少しばかり味気ない。だが大きさと後から来る塩の風味は十分だ。甲乙つけがたし』

「ひかくするとき、なにかおとしめようとするのやめたほうがいいよ」

『カッカッカッ。ワシは正直なんじゃ。旨いとか不味いとかは率直に言うんじゃ。人間は皆、建前でほめるのが好きなようじゃが、ワシにとっちゃ矮小よのぅ』


 クラーケンはへらへら笑いながらリリーシアの体内に戻っていった。少し静かになった後、リリーシアが二切れ目となる身を口にする。弾力ととろみのある白身が口の中で溶けると同時に、ほのかな甘みが伝わってきた。


「……おいしい!」


 リリーシアが目を輝かせると、リーブスがにやけ顔で「でしょぉ~~?」と嬉しそうに言う。そんな風に睦まじい二人を見ていたサフィーが口を開く。


「お二人とも、仲がよろしいんですね。ずっと昔から活動していたんですか?」


 リーブスとリリーシアは同時に一週間と返事を返した。サフィーは相槌を数回打ってから質問を続ける。


「お二人はどんな場所で会ったんですか?」

「強いて言うなら、海の中かな?」

「……いつ頃ですか?」


 その間にサフィーが自身の皿に乗っているイカを口にする。もごもご咀嚼し飲み込んだ後、リーブスが返事する。


「大体……八日前かなぁ?」


 その返事を聞いたサフィーが目を丸くする。一体何事かと感じながらリリーシアが見つめていると、予想外の言葉が飛び出した。


「もしかして……私を助けてくれたのって、あなたたちですか?」


 サフィーが期待する眼差しを向けながら、言葉を口にする。リリーシアは最初、意味が分からなかった。


 しかし――数十秒考えたら言葉の意味を理解することが出来た。


(もしかして……あのとき、こうそくされてたこ?)


 リリーシアは目を凝らしながら容姿を確認する。怒りと辛さで朧気だった記憶が一つずつはまる間隔が脳裏に伝わった。同時に、彼女は理解する。

 目の前にいる少女が、自分が助けようとして、殺しかけた子であると。


「わたしは……わたし、は……」


 リリーシアの言葉に、泥のような重みがこもる。

 口から漏れ出す文字の羅列が遅くなり、彼女の思考をかき乱していた。


 そんな時だった。


 窓の外にあった水槽が、激しい音を鳴らし砕け散った。

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