第11話 許容値増加訓練

 リリーシアにとって海の生態系や海洋魔法科学を学ぶことは、遊びに近かった。常に海の近い所で生活していたという影響もあるが、それ以上に楽しかったからだ。とどのつまり、彼女の行動バイタリティは楽しいという感情が引き出しているのだ。


 それゆえに――彼女には一つばかり弱点があった。

 それがこの日、露見することとなる。



 翌日のことだ。


 陽が沈み始めたマリーハイツにある人気のない森林にて。リリーシアは体から触手を一本生やしながら呼吸を荒げていた。両目は赤色に染まっており、涙跡が顔に形成されている。呼吸は荒く、それでいて浅かった。


「いたい……こわい……」


 リリーシアはじくじくと痛む触手の生えた個所を擦りながら言葉を震わせる。彼女にとって触手をはやすほど魔力を使うことはあまり好ましくなかった。クラーケンに体を乗っ取られかけたことを思い出すのも理由の一つだが、それ以上に体中が痛みを感じるようになるからだ。


「もうやめたいよぉ……」


 ずきずきと感じる痛みが彼女の心を弱らせる。逃げ出したいと思えてしまうほどの痛みをリリーシアが感じていると、岩に胡坐をかいて座っているリーブスが問いかけた。


「やめてもいいよ。魔法使いになるのをあきらめるならね」


 リーブスは隣に置いたクラーケンの体が入っている箱を触る。この箱が壊されたら最後、彼女は二度と魔法を手に入れることが出来ない。待っているのは、科学ベースとした海洋関連の仕事に就く道か、それ以外だ。


 夢追わないものに、理想など手に入るわけがないのである。

 リリーシアは師匠の質問に言葉を震わせながら答えた。


「わかりました……となえますっ……」


 リリーシアは急かされながら魔法を詠唱する。右手に持った杖の先端から、水弾が五発発射される。直後、彼女の柔らかな肉を突き破る感触が走る。


「あぁぁああああああぁあああああ!!!」


 リリーシアは絶叫しながら触手が生えた個所を抑えた。苦悶の表情を浮かべる少女に対し、触手はうねうねと活発に動いている。その様は努力する少女をあざ笑っているかのようだ。


『カーッカッカッ! リリーシアが傷つき、絶叫しているさまを見るのは最高じゃないかぁ!! ワシの心が、とても潤うっ! もっともっと、痛めつけろ!!』

「気持ち悪いね、くそダコ」

『だからくそダコじゃないと言っておるじゃろうがリーブス! そもそも、おぬしが奴にこの特訓法を提示したんじゃろうが!!』

「うん、提案したのは私そうだね」


 リーブスは首を縦に振った。

 彼女が提案した許容値増加訓練の内容は実に単純だ。クラーケンを体に入れながら限界値まで魔法を詠唱するのである。これにより、彼女の体を痛みに慣れさせると共に、器としての許容値を増加させる。そんな目的がこの訓練にはあった。


 しかし、この訓練が可能となるにはたった一つ懸念することがある。それは、傷を負い続けるリリーシアの精神を持たせるということだ。

 

『おぬしだって、あの娘が傷ついているのになぁんにもしないではないか。ワシと同じように、無理難題を言って小娘を傷つけることが目的ではないのか?』

「私とくそダコ君が一緒? 笑わせないでよ。私にはちゃんと考えがあるよ」

『くそダコではないが? それに考えってなんだ?』


 遠くから遠隔でクラーケンをやり取りしたリーブスは岩から降りた後、リリーシアの下へと近づいていく。本日二本目の触手による痛みを味わいながら、リリーシアは涙を流していた。なぜ自分がこれほどの痛みを追う必要があるのか、ずっと自問自答を行っていた。


 そんな彼女の前で、リーブスがクラーケンに質問する。


「クラーケン。リリーシアの魔力残量は?」

『打ててあと三本だな』

「嘘をつくな。あと一本だろ」

『チッ……こいつの体を壊してやろうと思ったのに、見破りやがって』

「性根の腐ったタコ野郎には言われたくないね」


 『なんだとごらぁ!?』と威圧するクラーケンを無視し、リーブスはリリーシアの眼前に座る。地面に倒れている少女の体はほとんど限界に近いことは、誰から見ても明らかだ。だからこそ――彼女は告げる。


「リリーシア、立ち上がれ。そうしなければ、魔法のお勉強は終わりだ」


 彼女が欲している魔法の道を敢えて塞ぐように煽る。リーブスはリリーシアの根幹が好きからきていることを理解していた。それ故に、逆なことをわざとする。


 好きこそものの上手なれというが、それは楽だけを知る人間には決してかなわないものだ。楽だけではなく、苦をも乗り越えた人間のみが高みに立つことが出来る。

 それを、リーブスは理解していたのだ。


「さぁ、立ち上がるか、あきらめるか。選べ」


 リーブスの質問が、再度飛んでくる。

 数秒、間があいたあと――リリーシアが返答した。


「……おねがい……じまずっ……!」

「よし! 最後の魔法を放て!」


 よろよろと、しかし芯がぶれずに立ち上がる彼女を楽しそうに見つめながら、リーブスは大声で指示を出すのだった。

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