第10話 契約少女、邪神の足を食べる

 賑やかさは段々と無くなり、静けさが部屋を満たし始めたころ。ナタリーが赤色に顔を染めながら立ち上がる。身体中から汗が出ており、熱があるように感じられた。

 

「ごめんね、二人とも。少しだけ寝てくるよ」


 家主である彼女は二人の顔を見ながら深々頭を下げ、その場を後にする。静けさに満ちる中、リーブスが布団に入っているリリーシアに質問した。


「ナタリーは、仕事場でも酒を飲んでるの?」

「のんでいますね。たまにですけど」


 リリーシアが柔らかな声で伝える。

 リーブスは顔を一瞬強張らせたあと、笑みを浮かべながら「そうなんだ。あいつ、仕事はこなせているかい?」と聞く。


 リリーシアは目を輝かせながら言葉を肯定するとともに仕事内容を熱く語る。饒舌に語る彼女の言葉を聞きながら、リーブスは少し驚いたように目を瞬かせた。


「すごいね、リリーシア。なんでそんなに科学知ってるの?」

「わたし、しょうらいはまほうもかがくもすべてできるようになりたいんです!」


 目を輝かせて大言壮語の夢を語る少女の言葉を聞いたリーブスは、科学が出来ていることを理解すると共に、「へぇ、それはなんでだい?」と問いかけた。


「おとうさんのしごとをらくにするぎじゅつをつくりたいからです!」


 嬉しそうに目標を語るリリーシアを見ながら、リーブスも自然と嬉しそうに笑みをこぼす。


「へぇ。それは素晴らしい目標だね。いいと思うよ!」

「ありがとうございますっ!! うれしいです!!」


 ほんわかした雰囲気が部屋を満たそうとしていく。


「ならさ。その後は何を目標にするつもりだい?」


 それを、リーブスは真っ向からぶった切った。


「……え?」


 嬉しそうに自身の首筋を撫でていたリリーシアは手を止めて目を開く。

 動揺する感情が瞳の中から見て取れる。傍から見れば空気の読めない成人女性と、それに迷惑を被られている少女に見えるだろう。


 少女はしばし考える素振りを見せてから、「……わからないです」と消えるような声で返事する。


「そう。まぁ、しかたないか」


 リーブスはまぶたを閉じながら頷いた。柔らかな雰囲気から重苦しい雰囲気になったことに、リリーシアが気まずそうにしているとリーブスが口を開く。


「……ちょっと思うところがあったからね。意地悪な質問をしてしまった」

「そうなんですか……ちなみに、どこがひっかかったんですか?」

「君が魔法を一つも使えないのに、魔法使いになりたいって言ってることだよ」


 リリーシアは目を丸くした。

 魔法を使えないことは伝えていなかったからだ。


「な、なんでわかったんですか!?」

「これでも魔法使いだからね。魔力があるかないかなんて直ぐに分かるもんだよ」

「そ、そうなんですか……」


 リリーシアがへぇと言いたげな顔で頷くと、リーブスが真剣な眼差しを向ける。

 そして――しまっていたしわくちゃのクラーケンを取り出した。


「えっ、く、クラーケン!?」

「名前知ってるんだ」

「は、はい。クラーケンとけいやくしましたし……」


 馬鹿正直にリリーシアが話すとリーブスが明らかに動揺する。


「ちょっとまて、契約って言ったか?」

「は、はい……そうですけれど……」

「契約する前、した?」

「と、となえてません……よるのうみでひきずりこまれて……」


 リーブスは顔面に安堵の気持ちを浮かべた。

 対してリリーシアは意図が分からず、困り顔になる。


「とりあえず……第一目標は達成できそうだな」

「も、もくひょう……?」


 リリーシアが不思議そうに問いかけると、リーブスは驚きの言葉を口にした。


「クラーケンを分解して、少しずつ摂取していこう」

「え、えぇっ!? なんでそんなことするんですか!?」


 声を荒げると、相手は「なんだい、情でもあったかい?」と小首を傾げた。


「いや、ないですけど……いかりとか、かわないですか?」

「うん、買うだろうね。というか殺しに来ると思うよ。というか、殺しに来てもらうことが目的だからね」


 リーブスはそう言いながら詠唱なしで魔法を使用する。クラーケンの体が一瞬で箱に包まれると、肉が切り裂かれる音が箱から響いた。リリーシアが布団の上で怯えていると、不敵な笑みを浮かべたリーブスが箱から一本の触手を取り出した。


 ときどきびくびくと痙攣する触手だ。ぬめりによる光沢が所々視認できる。


「こいつを喰え」

「……へ?」

「喰うんだ」

「……えっと、拒否権は」

「魔法を取るか、取らないか。選べ。取らなければ、箱は消す」


 リーブスは右手で箱を持ちながら左手で火の玉をつける。

 最早選択肢は残されていなかった。


「た、たべますからぁ!」


 リリーシアは涙目になりながら触手を口に入れた。必死に苦悶しながら飲み込むと同時に、内側から声が聞こえてくる。


『お前を殺す』


 ――開口一番の、殺害予告だった。


 同時に、箱を床に置き火を消したリーブスが手をたたく。


「いや~~~~予測当たってよかったぁあ~~~~!!」


 彼女は非常に嬉しそうな声でそう言った。

 同時に、リリーシアとリーブスにだけ聞こえる声が返される。


「やぁクラーケン君。小さくなった気分はどうだい?」

『てめぇ……さっきのくそ女か!?』

「くそとは心外だなぁ。天才といっておくれよぉ」

『自意識過剰のくそ女がよぉ。てめぇ何のつもりだゴラァ!?』


 煽りあいをしている中、リリーシアが不思議そうに質問する。


「あの、リーブスさん……なにがしたいんですか?」


 冷や汗をかいているリリーシアに対し、リーブスは上機嫌に回答する。


「魔法の許容値増加訓練さ!」

「きょようちぞうか……くんれん?」


 楽しそうに語るリーブスに対し、リリーシアは小首を傾げるのだった。

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