第9話 酒飲みと天才と
「それ……本気で言っているの?」
リーブスの発言を聞いたナタリーは拳を振るわせながら言葉を口にした。顔の表情からは信じられないことを聞いたという印象を抱かせる。そんなナタリーにリーブスは頭を縦に振って見せた。
「私が出来ないことを口にしたことはあったかい?」
リーブスが腕を組みながら自信ありげに言葉をはくと、ナタリーが反論する。
「魔法が使えない女の子を一流にするなんて困難だわ。特に、シアちゃんみたいに化け物から魔力を全てかりている場合ならなおさらよ。あんた、シアちゃんに地獄を見せたいからそういってるんじゃないでしょうね?」
酒の入っていないナタリーの言葉は重みがあった。事実、"魔科学世界"と呼ばれるこの世界では後天的に一流になった魔法使いは存在しない。一流の魔法使いはみな、リーブスの家系であるガレドリアのように先天的な魔力という才を貰っているのだ。
そんな常識をリーブスが破ると言っているのだから、どれだけ彼女が荒唐無稽なことを口にしているか理解に容易いだろう。
「もし、もしよ。あんたがガレドリア家を見返すためだけに彼女を利用しようとしているなら――私は全力で止めるわ」
「……それは、私を殺してでもかい?」
「えぇ、それぐらい本気よ」
ナタリーは決意を込めた視線を向けながら物申す。しばらく間をあけてから、リーブスが嬉しそうな面立ちで喋り始める。
「……正直驚いたよ。私が必死に隠していた悪心を見抜くなんてね」
「誰だってわかるわよ」
「そうかぁ! 良い理解者を持ったなぁ!」
リーブスは立ち上がってからナタリーを嬉しそうにみる。
「だからってさ。この子を復讐の道具にすると思ったの?」
それと同時に――彼女は真顔になった。
「こんなにまっすぐな女の子を復讐の道具にするなんて道理が通ってない。そもそも、私が抱えた問題は私自身で解決するしね」
リーブスは自身の力を誇示する言葉を補足する。ナタリーは彼女を目を見つめながら「はぁ」と軽く息を吐く。
「……そうね。アンタなら自分だけで片付けられるだろうしね」
「へへへへへ。それほどでもぉ~~~~~」
「うざいわね、リーブス。調子乗りすぎよ」
ナタリーが脳天にチョップしようとすると、リーブスは軽やかに避けた。
「天才は驕るぐらいのほうがちょうどいいじゃん」
「……はぁ。なんであんたに才能がついたかよくわからないわね。さてと……私はそろそろ飲んでくるわ。酒飲まないとやってられないのよ。あぁ、仕事はくそだわ」
「おつかれちゃ~~ん」
ナタリーは仕事に対する愚痴を吐きながら部屋を後にした。そんな彼女をリーブスがにこやかに見送っていると、後ろから声が聞こえてくる。
後ろを振りむくと、目を覚ましたリリーシアの姿があった。
「う……うぅん……あれ……おねえさん……だれ?」
リリーシアは口を開くや否や、不思議そうに質問する。
初対面の人間なのだから当然の反応だろう。
そんな少女に対し、リーブスは少し考える素ぶりを見せてから――
「貴方の師匠だよ」、と言った。
「え……えぇ……おししょうさん?」
「うん、そうだよ。師匠のこと、覚えてないの?」
「しらないです……というか、だれなんですか……?」
リリーシアが首を横に振ると、リーブスがチベットスナギツネのようにスンとした顔になった。しばらく沈黙が続き、耐えきれなくなったリリーシアが涙を浮かべ会話を変えようとする。そんな時だった。
「た――のも――――っ!!!!!」
部屋の扉を乱雑に開けて一人の女が入ってきた。酒をキメたナタリーだ。彼女はよろよろと歩きながら二人を視認すると、元気よく話し始める。
「よぉ、リーブスぅ! 久しぶりだねぇ! あははははぁつ! あえっ、シアちゃんもいるじゃぁ~~ん! なんでいるのぉ???」
「ナタリー……君は酒が入ると人柄ががらりと変わるねぇ」
リーブスが冷や汗をかきながら呆れ笑いしていると、ナタリーが大声で返事する。
「いいじゃんいいじゃん! 旧友の再会だぁ!」
「さっき会ったけどねぇ。記憶ないんだねぇ」
「へぇ、記憶ぅ!? 知らねぇ~! 楽しけりゃ万々歳! ブイブイブイっ!」
「ありゃぁ、これはまた盛大にぶっ壊れてるねぇ……」
リーブスが酒に溺れたナタリーを面倒臭そうに見つめていると、布団から上半身を完全に出したリリーシアが不思議そうに質問する。
「あの……おふたりはしりあいなんですか?」
「酒に溺れた科学バカ」
「超が付くほどの魔法バカ!」
リリーシアの質問に対し、二人は勢いよく返答するのだった。
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