第7話 踊るように戦う女
『ほぅ、中々に強そうな女だな』
クラーケンは体を赤く染めながら対峙している女へ告げた。その女は藍色の長髪を透き通った海中で揺らめかせている。 数か所に青色のラインが入った黒ローブは細身な身体を厳かに包み込んでいる。格式高い印象を与えた。
「はぁ……中々って評価か。タコ風情に言われると、なんか嫌だな」
『貴様、またタコといったな。こっちには人質がいるんだ……が?』
クラーケンは怒りを滲ませながら子供を捕縛している触手を動かそうとする。
見せつけることで敵の行動を制限しようとしたのだ。
しかし――彼の思った通りにはいかなかった。
本来あるはずの触手が子供ごと消えていたからだ。
女は腹を抑えながら嬉しそうに笑う。
「残念だったね。あの子は既に転移魔法で港に送ったよ。今頃、応急処置を受けているんじゃないかな。あ、もちろん触手はぶった切ってるよ」
『己……ワシを煽るだけでなく、玩具も奪うとはぁ!!!』
大声は波となって大海を揺らした。女が平然としている中、体を真紅に染めたクラーケンが触手を放った。その一撃は海を切り裂きながら女の腹部を貫こうとする。
「あまり頭に血をのぼらせないほうがいいよ。茹蛸に見えるから!」
女は煽り言葉を言いながら一撃を避けると、革靴で反撃する。ぶちんと音を鳴らし切断された触手はうねうね動きながら深海へ沈んでいった。
「選ばせてあげる。魔法主体か、肉弾戦主体か」
『貴様、舐めてるのか? ワシは海の邪神だぞ?』
「邪神? ダイオウイカと同じ部類じゃないの? あっ、それとも魔力を手に入れた大きなタコかな?」
『貴様ァ……! まだいうかぁ!!!』
クラーケンはリリーシアの体から生える触手を増加させる。意識がない少女の体を利用する邪神を見ながら、女はごみを見るような視線を送り煽る。
「邪神のくせに女の子がいないと行動できないんだねぇ~~」
『は? 別に行動できるが? 何ならしてやろうか?』
「できないんでしょ。私が怖いから」
クラーケンは深層心理に浮かんでいた感情を突かれたことでムッとした。事実、彼がリリーシアの体から脱出しないのはそれだった。万が一脱出してフルパワーの攻撃を食らえば死んでしまう可能性があるからだ。
故に、彼は卑怯なやり方で優位性を保っているのである。
『知るかぼけぇ! 怖くないわぁっ!!』
クラーケンは煽りを流しながら生やした触手を乱れ打ちした。
時間をずらして放たれたそれは、女の柔肌から肉を抉ろうとする。
「いいねいいね! そうこなくっちゃ!!」
女は嬉しそうに口ずさみながら一本の触手に飛び乗り走り始めた。
襲い来る触手を楽しそうに避ける姿を見ながら、クラーケンは動揺する。
『まずい……! 触手をもっと増やさなければ!!』
クラーケンはぐったりしているリリーシアに視野を向ける。至る所に触手が生えており見るも絶えない状況だが、まだ利用価値があると冷徹な邪神は判断する。
「何最低なこと考えてんだよ」
『な――』
視線を敵に向けようとした直後、彼の頭がぶちっと音を放ち千切れる。頼みの綱である少女から分離した邪神は体表を錆色に染めた。
邪神を右手でぎりぎりと締めながら、女が殺気を向ける。
「私だってさ。限界ってもんがある。幼子をいたぶるバケモンに容赦なんてない」
『まってくれ! 俺がいなくなったらこいつは魔法が――』
「知らねぇよ。くたばれ」
女はそう言いながらクラーケンを殴り始めた。細身の体から放たれる一撃が、邪神の意識を刈り取ろうとする。
『たひゅけて……し、しにゅ……』
「死にたくないんだったら、願うんだな。神にでも」
女の言葉を聞いたクラーケンは発狂しながら殴られ続けた。骨や肉が砕け爆ぜても止まることのない連撃は、邪神の意識を刈り取るには十分だった。
「数十秒殴られただけで意識を失うとは……最弱レベルのバケモンだ。こんなクズが少女の体を蝕んでいるなんて……反吐が出るな……」
女はローブのポケットに邪神をしまってから、意識のないリリーシアの下へ泳いでいく。夕焼けによって輝く海のような色合いの髪が上へ上へあがろうとする中、女は髪を両手で掴み定位置へ戻す。
お姫様のように両手で抱きながら少女の体を持つと、惨状が露わになる。触手を無造作に生やされたことにより、体には薄い赤痣が点々と生まれている。顔色も白く、衰弱しきっている様子が見て取れた。
「あのクソダコ……許せない……ぶち殺してやりたい……」
女は握りこぶしをわなわなと震わせながら怒りを露にする。
「けど……奴の言っていたことが引っかかるな。魔法の下りを聞く前にタコ殴りして意識を刈り取ったからなぁ……うん、転移魔法で移動してから事情を聞こう」
女が自身の過ちを反省しながら、転移魔法を唱えるのだった。
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