第6話 クラーケンの復讐

「一体どこで起きたんだ!」


 父・アルバートの怒声を聞いたリリーシアは体を震わせた。水難事故と聞いた瞬間、あの時のトラウマが甦り動悸が強くなる。しゃがみながら息を整えていると、アルバートが他の船員に機器を渡してから駆け寄ってくる。


「シア! 大丈夫か!?」

「……ごめん、お父さん……はやく、もどって……」

「……すまない。先に帰っていてくれ」


 アルバートはそう言ってから娘の下を離れた後、やり取りを再開する。呼応するように、周りの船員たちは人命救助すべく出港準備を行っていく。


 そんな彼らを座って見つめながら、リリーシアは涙を流す。ぽたりぽたりと、床にシミが形成された。


『カッカッカッ! みじめだなぁ、お前さんは!!』


 シミが形成された箇所にへばりついた保護色のクラーケンがゲラゲラ笑った。邪神本能である煽り言葉をここぞとばかりに浴びせていく。


『勉強とか仕事とか、いろいろやってるけどよ! け~~っきょく肝心なとこで役に立たねぇ! カーッカッカッ! 惨めで哀れだねぇ!!』

「…………」


 リリーシアが黙っている中、クラーケンはへらへら笑い続ける。


『あ、なんだ? お得意の塩でもかけて黙らせるかぁ? いいねぇ、黙らせろよ! カーッカッカッカァ!!』 

「…………きめた」

『カッカッ……は? なにをだよ?』

「……クラーケンに、わたしのげんかいをひきだしてもらう」


 リリーシアの決意を込めた言葉を邪神は馬鹿にする。


『第一、貴様が使える魔力は少ししかない。何魔力上限を超えたらなにが起きるか伝えたよな?』

「うん。しょくしゅがからだじゅうからはえるんでしょ」

『なら、辞めた方がいいんじゃないか? 触手に満たされたら、見た目が悪くなるぞ? 最悪の場合、人間ではなくなるかもしれんぞ!?』


 クラーケンの言葉に、リリーシアは即答する。


「それでもいい。だって――魔法はいつも、奇跡を起こすものだから」


 クラーケンは決意を込めた表情を浮かべるリリーシアを見つめてから、大声で感嘆してみせる。


『いいねぇ! そういうのワシは好きじゃよ! いいじゃろぅ! 限界までワシの力を引き出して見せるとするかのぅ!!』

「……クラーケンって、ことばづかいあんていしないね」

『今はどうでもよいじゃろぉ! ワシだってたまには勇者側に回ってみたいんじゃぃ! とにかくまずはこれじゃあ! 消える魔法ミラージュ!』


 クラーケンが楽しそうに唱えた直後、彼の姿が透明になって消えた。同時に、リリーシアの視界に変化が起きる。自分の服ごと体が透明化したのだ。

 高度な魔法に驚いていると、体内に戻ったクラーケンが楽しそうに笑う。


『最初はサービスじゃ。これはワシが払っちょるから安心してや~~』

「ありがとう、クラーケン」

『それで、どこへ向かうんじゃ?』

「さっきの場所にある地下へ向かうよ」

『地下……? 一体何があるんじゃ?』


 リリーシアはジト目でため息をついてから、倉庫へ入る。ナタリーとミツビがいないことを確認してから階段を駆け降りる。


 やがて、広い場所に出た。


 技術が発展する前に主要に用いられていた船泊り場だ。波打つ方向の先には陽光が射し込んでおり、そこから海に出ることが可能と認識出来る。

 

『なるほど、ここから魔法使いまくって救出する感じか!』

「そういうこと」


 透明化が解けたリリーシアは頷いてから水中行動魔法を詠唱する。

 

 短い詠唱を終えてから海に入ろうとした直後、リリーシアの腰部分に激痛が走る。

 反射的に後ろを向くと蠢く二本の触手が視界に入る。原因を理解したリリーシアは顔色を青くした。


『触手が生えるときは激痛が走るっていっとらんかったか?』

「きいて……ない……」

『カッカッカッ。とにかくいくぞ』


 リリーシアは痛みを堪えつつ入水した。澄んだ海水は、遠くの景色を鮮明に認識させる。


 しかし、子供は見つからない。


『魔法を使ったほうがいいんじゃないか?』

「でも……」

『人命と痛み、どちらが重要?』

「……人命」

『なら唱えろよ』


 リリーシアは痛みを堪えながら震え声で詠唱すると、彼女の踵に二本の触手が生えた。


 悲鳴が泡となって上へ消える中、クラーケンは彼女に伝える。


『あそこへ向かうんじゃ』


 触手が指す方向には、足を動かす黒い影があった。リリーシアはその影が子供だと理解する。


「たすけなきゃ……」


 リリーシアは痛みを堪えながら体を動かした。しかし距離差は縮まる気配がなかった。


 絶望感を抱きながら体を動かしているとクラーケンが問いかける。


『リリーシアよ。ワシに全てを委ねてみる気はないかの?』

「……え?」

『簡単なことじゃ。ワシにそなたの体を使わせてくれればよいんじゃよ』


 クラーケンの甘美な言葉が、少女の脳を支配する。


『ワシが力を貸せば、そなたは英雄になれるじゃろぅなぁ。もしかしたら、有名になれるやもしれぬぞ?』

「でも……」

『悩んで人が死ぬ姿を見たいのか? 現に、子供は沈んでおるぞぉ~~?』


 クラーケンの煽りにより、子供がだんだんと下に沈み始めていることをリリーシアは理解した。


『ほれほれ、どうするんじゃぁ!? 見殺しにするんかぁ!?』

「~~~~っ!」

『なんてね。助けるなんて、全部嘘だよ』


 一本の触手から突如クラーケンの頭が生える。不気味に輝く瞳で少女を見つめながら、彼は言う。


『魔法を無茶苦茶に使ってくれてありがとうな。おかげでお前の苦しむ姿を見ながら、体の制御権を奪い取ることが可能になったぞ』

「……まさか」

『そのまさかだ。助けたかった少女は、お前のせいで死ぬ。目の前で四肢を解体しながら、泣き叫ぶさまをお前に見せつけてやるよぉ!!』


 クラーケンが嘲笑いながら言葉を言い切ると、体が前方へ動き始めた。人知を超えた速さで進む中、彼女は必死に懇願する。


「とまって、とまってよぉ!」

『カッカッカッ。止まるわけねぇだろ』


 リリーシアが泣きながら懇願する中、体が目的地へ到着する。リリーシアと同じ年に見える茶髪の子供がだらりと四肢をたらしている。


 瞬間、彼女は気が付いた。顔色が青紫色になっていないのだ。それはつまり、意識を失ってからそれほど時間がたっていないことを表していた。


「なんでもするから、たすけてあげて!!」


 リリーシアは痛みを堪えながら邪神に懇願する。


『何でもするって言ってもなぁ……お前煽っても楽しくないし……何より、人を久しぶりに食べてみたいんだよねぇ……それとさ。やっぱお前寝てろよ』


 クラーケンはリリーシアへ触手による打撃を食らわせた。不意を衝く一撃は彼女の意識を鋭く刈り取ったあと、意識を手放させた。


『カッカッカッ。とりあえず食べるとして……骨は奴の眼前に置いてやるかぁ!!』


 彼が高笑いしながら、子供に手をかけようとしていた時だ。


「そこまでだよ、クソダコ」

『……あ”?』


 第三者の声が、海中から聞こえてきた。

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