第4話 契約少女、邪神に仕返しする

 それは、クラーケンと契約をかわしてから一週間が経過した早朝のことだった。


『おはよう、お漏らシーシア!』


 クラーケンは目覚めるや否や、リリーシアを煽る。それを聞いたリリーシアは面倒くさそうに「……おはよう、クラーケン」と返した。


「いちに……さん、しっ……」


 布団から出たリリーシアは陽光を浴びながら柔軟体操を始めた。体をゆっくりほぐしながら眠気を取り除いていると、クラーケンの笑い声が響く。


『お漏らシーシアは毎回それやってんな。飽きないの?』

「……それをいうなら、クラーケンのほうもやめようとおもわないの? わたしも、あおられるのそこまでよいきぶんじゃないんだけれど……」

『カッカッカッ! やめるわけがなかろう!!』

「……そう」


 リリーシアは不服な顔つきで洗面所へ向かい洗顔を軽く済ませる。

 その後、眠そうな足取りでリビングへ向かった。


「おはよう、おとうさん」

「おはよう、シア。今日は体調大丈夫そうか?」

「うん、だいじょうぶ。しんぱいしてくれてありがとう」


 新聞に目を通す父に返事を返してから、母のもとへ向かう。植物性の油で焼いた魚の切り身と野菜類が盛られた皿が三枚直列に並んでいる。奥にはパンが入ったかごバスケットがあった。


「おはよう、シア。早速だけど、お皿持ってって貰える?」


 リリーシアは元気良く頷いてから手慣れた感じで皿を配膳する。

 その後、家族全員が席に座ってから手を合わせ食べ始めた。


「お母さん、きょうもごはんおいしいね!」

「あらぁ。そういってくれると嬉しいわぁ」

「そうだな、これもエオルカさんのお陰だな!」

「あらぁ、アルバートさんもぉ~~♥」

「エオルカさんは今日も美人だなぁ」

「アルバートさんも屈強で男らしいわねっ!」


 リリーシアの言葉をきっかけに、両親が仲睦まじい様子を見せる。

 そんな状況の中、一匹のごみが姿を現した。クラーケンだ。


『お漏らし―シア! 飯をよこせ!』


 邪神は少女を蔑称で呼び、飯を要求する。

 魚の切り身の一部を渡すと、瞬時に触手で奪い取った。


『むぐむぐ……ごくん。血抜きもちゃんとしているし、うざい寄生虫一匹たりともいやしない。すばらしいなぁこれは……うん……もっとよこせ!』


 クラーケンは触手を素早く伸ばし、リリーシアが食べていたご飯を盗む。皿の上に残されたご飯は、ほとんどなくなってしまった。


『やはり他人から奪う飯が一番旨いなぁ!! カーッカッカッ!!』


 邪神は「ごちそうさま……でした」と口にするリリーシアの哀愁溢れる顔を下品に笑っている。彼にとって、契約者はただの遊び道具でしかない。


 風呂やトイレといった生活の営み、勉学に励んだり仕事に精を出すとき等、様々な場面で邪神は少女の体に居座り嫌がらせをするのだ。


 いうなればタコ畜生である。


『お漏らしーシアよ! 今日はどこに行く予定だ!?』


 タコ畜生は着替えと歯磨きを済ませたリリーシアの頭に乗りながら質問する。彼女は怪訝な顔で「……お父さんのおしごとのてつだい。そのあととしょかんにいく」と短く返事してから部屋を出た。


 いつも通り階段を下り通路を歩いていると、ふと違和感が足裏に走る。 

 ゆっくり確認すると、小さな粒が床に散らばっていた。


『ぎゃあああああああああ!! いってぇぇぇっ!!』


 直後、クラーケンが絶叫しながら単独で階段をのぼる。彼女が目を丸くしていると、ちりとりと箒を持ったエオルカがやってきた。


「ごめん、シア。授業で用いる魔除けの塩をこぼしちゃったから、集めてもらってもいいかしら?」


 母の言葉を聞いたリリーシアはおもむろに質問する。


「あ、え――っと……これって、なんのこうかがあるの?」

「魔物を弱らせる道具よ。契約獣が狂暴なときに使うの」


 リリーシアは「なるほど」と心の中で思ってから提案する。


「このおしおいくつかもらってもいい?」

「いいけど……何に使うの?」

「べんきょうどうぐとしてつかおうとおもってるよ」


 リリーシアの言葉を聞いたエオルカは両手をパンと鳴らし目を輝かせる。

 

「確かに出るかもしれないわね! なら持ってきなさい!」


 何も知らないエオルカは満タンに入れた塩瓶三つを手渡した。

 リリーシアは満面の笑みを浮かべながらお礼を口にする。


 そして――決戦の場へと戻っていった。



 リリーシアが部屋についた直後、平べったくなったクラーケンが問いかける。


『……リリーシア。今回のは仕組んでいたのか?』


 煽りなしの低い声を聞いたリリーシアは横に首を振る。


 直後、彼女の前に触手が飛んできた。

 少しでも動けば肌に当たるだろう。


『本当のことを言え、さもなくば……いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

「……ほんとうにきくんだ」


 両手に塩を沢山つけていた彼女は触手を無効化しつつ距離を詰める。


『浄化したらお前が魔法を使えなくなるぞ!?』

「ざがくだけでうかるようにするから、いいよ」

『無理だね! 通るわけ……がぁぁぁっぁああああああ!!』

「……ほんとうにかみさまなの? たこさんじゃないの?」


 リリーシアは普段通りの声色で隅っこへ追い込む。クラーケンは触手を弱弱しく動かしながら怯えていた。


『許してください、リリーシアさん……死んでしまいます……』

「だったらさ。みっつやくそくしてよ」


 リリーシアは細い指を用いながら


 ・馬鹿にする言動は止めること

 ・魔法は必ず使用できるようにすること

 ・人の生理現象に介入しないこと


 の三つを提示した。それに対しクラーケンは不服の態度を見せる。


『そんなこと承諾できるわけが……』

「そう……じゃあ、だきしめてあげるね」

『まっ――』


 クラーケンはむにっとした肌感を感じると同時に、激痛を感じた。

 彼が何度絶叫しても、リリーシアは決して離さない。


『わがっだがらゆるじでぇ!! しにだぐない”ぃぃ!!』

「……つめたくてここちよいから、もうすこしだけだきしめさせて」

『あああああぁぁっぁぁぁあああああああああああ!!!!』


 むにむに感を味わいたいリリーシアによって、邪神は地獄を見たのだった。

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