第6話 情報提供者
土曜日、バイトから帰ると、伊庭は1階の自室で、資料を眺めていた。
「ただいま…」
と言って、部屋を覗く。
「ああ、メシ、できてるぞ」
「ありがとうございます」
伊庭の手元の資料に、紫乃は目を止める。
「明日、何処に行くんですか?」
伊庭は、資料に目を落としながら言った。
「県庁所在地の街に行く」
「何も知らずに行くのは不安です。分かっている事だけでも、教えてください」
伊庭が、パソコンの画面を指す。そこには、『陽だまりの家』の園長先生から、送られたと思われる写真があった。
「これは、一番最初のやつ。5年前だ。品物しか写っていない」
黒いランドセルだ。
「お礼をしようと思ったら、そこに書いてあった住所も名前も出鱈目。宅配で届いたが、出鱈目だと分かったので、伝票は捨ててしまったそうだ」
次の写真を見る。
「次の年は、これ。今度は届いた状態と、中身と2枚ある。差出人は『七福神 大黒』それで、前の年も同じだったと思い出したそうだ」
今度は、絵本のセットだった。
「同じってことは?」
「『七福神』だ。しかし、大黒じゃなかったらしい。おそらく『恵比寿』だろう」
次の年も同じだ。集荷の住所はバラバラだけど。
「しかし、去年がこれだ」
薄茶色の包みが写っている。中身は、赤いランドセル。
「包みの裏に、『七福神 布袋』とあったそうだ」
何か、違和感がある。一緒に別の宅配の品も写り込んでいる。
「…これ、どうやって届いたんですか?」
「気がついたら、宅配便の荷物と一緒にあったらしい」
紫乃は、違和感の正体に気付いた。
「これ、伝票がないですね」
「そうだ」
じゃあ、どうやって、誰にも気付かれずに、ここに置けたのだろうか。
「こんな大きな箱だと、持ち込めば誰か気付きそうなもんですね。外なら兎も角、玄関先ですよ。黙って入れば、見つかるでしょう。いつから、あったんでしょうね」
「誰も、覚えがないそうだ」
そうなると、考えられるのは、一つ。紫乃は、そっと呟いた。
「宅配業者が、他の荷物に紛れ込ませて、持ち込んだ?受け取ったのは?」
「近所の手伝いの人らしい。サインした伝票は、1枚だけだった」
宅配のエリアは、担当が決まっているはずだ。営業所に問い合わせれば、誰が担当か、分かる。と言うことは、伊庭はその人物を特定したのか。
「じゃあ、明日は、その営業所に行くんですね」
「いや、違う」
肩透かしを食った。
「当時の担当は、バイトで、その数ヶ月後に辞めた。住所も引っ越していて、現在は何処にいるか分からない」
(まさか、それを捜し歩くんじゃないだろうな)
そしたら、大変な労力だ。すぐに見つかるはずはない。
げっそりして、伊庭に尋ねた。
「そのバイトの情報は、何かないんですか?」
「当時は、医療系の専門学校に通っていたらしい。県内の医療系専門学校は、そう多くない。HPを当たっていたら、同じ名前を見つけた」
医療系専門学校の、HPをスクロールする。そこに、卒業生の一言と共に、顔写真が載っていた。
「
紫乃は、なるほど!と思った。これなら、HPに使いたくなる。もちろん、県央の総合病院が、名の知れたとこだから、と言うこともあるが、それは大きな理由じゃないだろう。
日下部樹は、男性アイドルグループにでも居そうな、そうそうお目にかかれない程の、ルックスだった。
「…こりゃ、イケメンですね…」
千隼だって、甘い感じのモテそうな見た目だが、樹はそれを凌駕する。まだ20代前半だろう。
(明日、この子に会うのか。楽しみになってきた!)
内心、ガッツポーズする紫乃を、伊庭はちょっと呆れ顔で眺めていた。
日下部樹とは、ファミレスで待ち合わせをした。
休日の午後なので、ほぼ満席の状態だった。伊庭と二人で、入り口が見渡せる席に着く。ドリンクバーのコーヒーを啜りながら、待っていた。
そのうちに、お目当ての人物が現れた。さざ波のような、ざわめきが広がる。それをかき分けるようにして、こちらに近づいてくる。伊庭が、立ち上がって迎える。
「どうも。日下部さん、貴重な休日に、わざわざありがとうございます」
向かい合った二人の姿に、女性達の熱い視線が注がれる。
(すごい!好対照の二人だ。こりゃ、目立つ)
紫乃は心の中で、呟いた。
日下部樹は、写真以上のイケメンだった。染めていないサラサラの黒髪。黒目がちの鈴をはったような目、やや切れ長だ。凛と伸びた鼻筋、引き締まった口元。身長は、紫乃よりやや大きいが、男にしては小柄な方か。細身ですっきりした体躯だ。
それに向かい合う伊庭が、いつもに増して、ゴツく猛々しい印象に見えてしまう。野生味も3割増だ。こっちも整った顔立ちなのだが。
「伊庭奏士です。フリーのライターをしています。本日は取材にご協力をいただきまして、ありがとうございます」
名刺を差し出す。樹は渡された名刺を見つめた後、顔を上げた。
「それで、僕に聞きたい事というのは何ですか?」
伊庭は、昨日紫乃に話して聞かせた、一連の話を樹に繰り返した。
「この写真に写ってる、『陽だまりの家』は、あなたの担当区域でしたよね。多分、この荷物もあなたが配達したはずです。営業所の記録に残ってました。こちらの伝票のない荷物に、心当たりはありませんか?」
樹は、じっと写真を見ている。自分の記憶を辿るような顔をして、考え込んでいる。
やがて、ポツリと話し始めた。
「確かに、僕の担当区域でした。去年の3月まで働いていましたから。自分が運んだ荷物には、伝票が貼ってあるはずです。これにはないので、違うと思います」
それから、しばらく黙っていたかと思うと、
「そう言えば、建物の外にこのような箱があったので、中に入れてあげた記憶があります。雨が降り出したので」
と、言った。
「自分から進んで?」
伊庭が尋ねる。
「いえ、その園の方に『濡れてしまうから、入れましょうか』と聞いたら、お願いしますと言われたからだと思います」
じゃあ、この人が来る前から、そこに置いてあったと言う事になる。振り出しに戻った。この人は、無関係なのだ。紫乃は、がっかりした。
「なるほど…。分かりました。ありがとうございました」
伊庭が、軽く頭を下げる。
その時、唐突に、樹が紫乃を見た。
「こちらの方は、助手か何かなんですか?」
「いいえ!違います」
紫乃は、否定してから、しまったと思った。面倒だから、そう言うことにしておけばよかったのに。
「…私は、タウン誌のライターです。『街の灯り』のコラムを書いてます。天海紫乃と言います」
その瞬間、樹の目がキラッと光った。
「そのタウン誌、読んだことがあります。…プロの方相手に、こんな事を相談するのは、気が引けるんですが、実は業界誌に短い文章を書いて欲しいと頼まれてて、困ってるんですよ。文を書くなんて、からっきしで…」
紫乃をじっと見つめる。
「もし、よろしかったら、アドバイスを頂けませんか?」
人を蕩かすような笑顔だ。これで落ちない女は、いないだろう。
「はい。私でよければ…」
思わず口から、零れた。
そんな紫乃の様子を、伊庭がまたもや呆れ顔で、見ていた。
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