竹蜻蛉の時代

葱と落花生

 竹蜻蛉の時代

 お下品な理由で出会った畦小路喜重行定痲様


 理屈は分かっていても、実現するための手立てが無い。

 もしくは、無い訳はなかろうと思う反面、技術的問題の山積で諦めているとすべきか。

 頑張って続けていれば何とか成ると言った類の物では無い気がする。

 にも拘わらず、命懸けのプロジェクトを酷く原始的な施設で成功させなければ成らない指令が出ている。


 根っから怠け者の俺が今の生活を始めた切っ掛けは、竹蜻蛉なる物があるのは誰でも知っていると思い、クルッと回して飛ばしたからだ。

 何時の時代から竹蜻蛉が作られ、尚且つ日常的な玩具として周知されたのかなんて考えもしなかった。

 子供の頃、爺ちゃんが作ってくれたのを覚えていて、見様見真似の手慰み。

 こんな一大事にまで発展しようとは、いやはや人生一寸先は闇だ。


 何年何月までは分からなが、聖徳太子がどうだこうだと噂になっているから、飛ばされたのは飛鳥時代だろう。


 よくある話で、消費期限切れの大福を食った後トイレに駆け込み、双子の姉と共有している飛行機械の教科書を広げたら、原野にポツネンとしゃがんでいた。

 幸い、出た物は未来に置いてきたらしく、問題となるのは尻に残っているウエット感だけだった。

 教科書の一ページを切って使うというのもはしたなく思えたので、最後のあとがきページを良く揉んで使った。

 始めての体験だが、固くて尻に馴染まない紙の感覚は不快極まる物である。


 知人もなく金もない、凶作続きで人里には盗む食い物さえない。

 これに気付いたのは街に出てからで、それまでは原野や山林を迷いに迷って、壮絶なサバイバル生活を経験した。


 どんな時でも携帯しているナイフとライターの活躍によって、たいていの物は食えるようにした。

 僅か半年程で、自分一人生きて行くには大して不自由しないまでに俺は成長させられた。


 都に出ると、着ている物がいかにも異界から来ましたになっている自分に気付き、山から採ってきたウサギの干し肉と山菜を着物と交換してもらった。

 身形が良ければ、近代科学の端っこでも見せて、あわよくば何処ぞの御大臣か役人に就職できるかもしれない。


 考えるのは簡単だ……が、この世界についてあまりにも無知な自分が、通りの真ん中に突っ立っている。

 どうやって、未来の教育が此の身に詰め込んでくれた驚異的学識を披露するか。


 静電気で火花でも散らしてやるか、それならライターの方が簡単だ。

 しかし、それをやった時の反応はどうだろうか。

 ひょっとしたら魔物扱いされ、首チョンバされかねない。


「困った」

 考える事数日。

 純粋無垢な子供ならば、非常識も難なく受け入れてくれるに違いないとの結論に達した。


 玩具だ!

 目先の立身出世に目がくらんだ俺は、この時代でも受け入れられそうな玩具作りを始めた。

 世間は凶作続きで日々の食い物にも困る有様、とても玩具どころではない。

 そこで次に考えたのは、得意なサバイバルで食料を調達し、何がしかと交換する折、おまけとして玩具を押し付ける抱き合わせ商法だ。


 サバイバルで作った山小屋を拠点にして狩りや植物採集の合間、人形や駒・太鼓に風車、この時代に見合った物を作ってみた。

 いきなりロケットやリニアモーターなどの画期的な玩具を出しては、化け物扱いされかねないから、高度な技術を要する物は後からチラ見せしてやる予定だ。

 この時、竹とんぼについては一瞬だけ、高度な玩具では? との疑問符が頭上に浮かんだが、爺ちゃんに作れるような物だから、この時代でも利口な奴が作っているだろうと勝手に決めつけた。


 いつもの様に市場の隅っこで干し肉と雑草を着物や米と交換して、おまけの玩具を子供にあげる。

 親しくなった子供達とは凧揚げもする。

 たとえ目の前の物が飛んでも、僕を悪魔の化身だとは思わないだろう。

 さて、ここで一発飛ばしてみるか。


 竹とんぼを引っ張り出し、周囲の者にお披露目する。

 竹で作った質素な物だ。

 子供にとって、たいして驚ける形状とは言い難い。

「おい御前等、これから俺は此の竹を凧の様に空へ飛ばして見せるぞ」

 この発言に、周囲の大人まで反応した。


 クルクルクルリンポイ。

 何度も山小屋で飛ばす練習をしてきたから、難なく高みまで飛んで行く。

「ウッオー!」

 台地を揺るがす程の歓声が沸き起こる。


「えっ? まずかったかな」

 思わず出てくる独り言。

「俺に譲ってくれ、米全部と交換だ」

「いや、俺は干物もつける」

「嫁っこ世話すっから」

 廻りの大人達から上等な商談が持ちかけられる。


「だめ」

 そもそも、就職の為に作った物を、こんな所で米や嫁……嫁はちょっと魅力だけど、兎に角、そんな物と交換して明るい未来を棒に振ってなるものか。

 お披露目は終わったし、ここだけではなく、あちこちの市場で飛ばしていれば、きっといい話が舞い込んでくる。

 今日の所はこれにて店仕舞い。



 何度かこんな芸当を披露していると、刀を腰にぶら下げた身形の良い男が二人、そっくり返って俺に声を掛けてきた。

「そちか、竹棒を空高く飛ばす者とは」

「ああ、そうだけど、何か用かい」

「ならばついてまいれ」

「いきなり『ついてまいれ』はないだろう。理由を述べよ」

 こういった場合、たいていは何だかんだの理不尽を無理強いされ、断ったらいきなりバッサリってパターンだものな。

 一応、防衛線は張っておくべきだ。


「我が君がその曲芸を望んでおられる。従えば褒美をとらす」

 我が君か、いささか運が向いてきたか。

 上手く取り入れば、美味しい仕事場に就職できるかもしれない。

 それでなくとも、アルバイトくらいの扱いで雇ってもらえるだろう。

 狼や熊の出る物騒な山小屋暮らしともおさらばできる。

「よかろう、ついていってやる」

 上から目線で対応してやった。


 なんやかや三十分ほど歩いただろうか。

 見かけだけは大そう御立派な御殿に案内された。

 思っていたより釣り上げた魚はでかそうだ。

 それより何より、外は地獄絵図にも似た飢饉状態だというのに、ここだけは別世界のようだ。

 庭の手入れは行き届き、談笑する者、酒を酌み交わす者。

 広い邸内には活気が溢れている。


「どなたの御殿ですか?」

「畦小路喜重行定痲様の御屋敷じゃ」

 知らない。

 そんな奴は教科書に載っていなかった。

 もぐりか。


 何の事は無い、引き合わされたのは俺よりも年下にしか見えない、若造。

 いや、ジャリガキ。

 鼻水こそ垂らしていないが、世間ばかりか物事どころか、生きて行くのに最低限必要な知識すら覚束無い様子。

 こいつにいくら媚びても、まともな就職はできそうにない。

 ここは適当いい加減いい塩梅に竹とんぼを飛ばし、褒美を貰って帰るのが得策と見た。


「飛ばしてみるがよい」

 偉そうに、こっちの心を見透かしたか。

「はい、少々お待ちを」

 チョイともったいつけて飛ばしてやる。


「ほーほっほっほっほー!」

 随分と単純に喜ぶもんだ。

 褒美の二倍付けを期待して、もう一度飛ばしてやる。

「ほーほっほいほいほー」

 今度は関心した様にうなずいている。


「して、それは如何なる妖術かの、それともそちは陰陽師かえ」

 やはりそう来たか、ここで妖術とは言えないし、陰陽師のやる事なんて分からない。






 まだまだ子供だと思っていたのに


 正直に答えるしかないだろう。

「ただの人間でございます」

「だだの平民が、いかようにしてその様な奇怪を起こせるのじゃ」

 俺は人間と言っているのに平民ときたか、ちよっとむかつく野郎だ。

「これは、科学の力というもので御座います」

「はて、その科学の力とやら、まろにも分かるよう説明するがよい」と言われても、このデレ助にどうやって説明するか。

 とりあえず、理解しようが出来まいが関係ない。

 教科書にあるとうり、ヘリコプターの原理でも説明してやろう。


 そんなこんなの理屈を説明していると、これに人を乗せるられないかと始まった。

 出来ると言ってしまったら、必ず飛ばせ、もし飛ばせなんだら、その首はねてやると言いかねない奴だ。

 ここはひとまず「出来るかもしれませんが、恐ろしく金と時間、それに優秀な人材が必要となるでしょうから、あまり現実的ではありませんな」と答える。

 すると「現実的でないとは、どういった意味かな」思ってもいない反応だ。


 そうだった、現代国語で話しても通じない相手なのをすっかり忘れていた。

「実現するかどうか、極めて成功させるのが難しいのですよ」

「ほー、難しいだけかえ」

「………」

 できねえって言ってんだよ! 

 言葉で通じ合える相手ではなさそうだ。

「難しいだけのようでおじゃるな、しからばそちに命ずる。その竹蜻蛉とやらに人を乗せて飛ばしてみせよ」

 みせよじゃないって、誰が乗るんだよ。

 一言二言、できません宣言してやろうと構えたら、先ほど迎えに来た男達が刀に手をかけて僕を睨みつける。

 断れない。


 間違って飛ばされてしまった世界。

 看取ってくれる者がまったくいない世界で、残酷な殺され方で死にたくなんかない。

「時間はかかりましょうが、きっと成功させて御見せいたしましょう」

 うっかり、成功宣言をしてしまった。


 どこかの国の総理大臣にも似た大ウソつきになった。

 この日から、うっかり持ってきた教科書とにらめっこ。 

 時々、監視役だか上司だかの役人が俺の部屋にやってきて、教科書を覗き込むが、見たからといって、理解どころか読む事も出来ない代物だ。

 いつも頭を斜め四十五度に固めてから、暫くしてゆるりと首をおこし「御苦労」と言って出ていく。


 だらけた日々を半年ばかり凄してから、鍛冶屋と大工、それに紙すき職人を集めてくれるように頼んだ。

 エンジンを作るのは困難だし、手頃な燃料も手に入らない。

 機械式飛行機は諦めるしかないだろう。

 結果、グライダーと人力ジャイロコプターを組み合わせたような乗り物を作ろうと決め、僕の命名で【ジャグラー】とした。


 鍛冶屋を呼んだのは、この時代には有りえない各パーツの結合部に使う金具を作ってもらうためだ。

 いくらグライダーのように風に乗るとはいえ、時には気流に頼らず自由自在の飛行をする為にジャイロコプタ―構造を組合わせるのだ。


 人力で動かすにはそれなりの機構が必要で、全体の重量が増す。

 増した重量で飛べなくなってしまっては本末転倒。

 すべての部品は極限まで軽くする必要がある。

 この時代で出来得る限りの金属加工技術を持った者は鍛冶屋だし、軽くて丈夫な木材の特性を知り尽くしていて、それをミリ単位で加工できるのは大工に他ない。

 一番重要なのは、翼に張り付ける紙の強度だと思える。

 ちょっとした雨に濡れたら、簡単に破れてしまうようでは使い物にならない。


 現代と思って生活していた超未来からしたら、学生が遊び半分で作る原寸大玩具のような乗り物でも、この時代では画期的だ。

 二年がかりで作り上げた試作品。

 自転車を漕ぐ要領で頑張ってもらうのだから、屈強な兵士をパイロットにしようとしたが、どいつもこいつも重量オーバーで使えない。


 事務方の役人から、比較的体力のありそうなのを三人ばかり候補にあげたが、ギア比が高すぎたか、重いペダルを数回踏んだだけで息があがってしまう。

 さて、このままでは一寸も浮かばない事になってしまう。


 ここで思いついたのが、普段からろくに飯を食っていないのに重労働に耐えている農民だ。

 さっそく、命がけのパイロット志願者を募ってみれば、いくら飯が腹いっぱい食えるからと言っても、命は惜しいらしい。

 事情がよく呑み込めていない風にしか見えない、ぼんやりした男が一人きり連れてこられた。


 愛想笑いなのだろうか、それとも天然か。

 いずれにしても【人柱】にされちやった者の表情だ。

 こいつに操縦方法を教えても、簡単には理解してもらえそうにない。

 そこで、こいつを訓練する期間を半年程もらい、基礎体力はもちろん、シュミレーターを作って乗せたり、飛ぶ時の理屈を頭に叩き込んだり。


 忙しくあれこれやっていると、半年はアッという間だ。

 丘の上から兵士達がジャグラーを力任せに引いて走ると、翼が上昇気流を捕らえて力強く浮き上がる。

 こうなったら、地上の連中にはどうする事もできない。

 パイロットの技量に全てを委ねる。


 ペダルを漕ぐと後ろについたプロペラがゆっくりと回りだす。

「おー! ほっほっほっほ―」

 かれこれ三年近くかかったが、なんとか飛んだ試作機に、まろは大はしゃぎだ。

 流石に危険な乗り物であるのは理解しているらしく、自分からあれに乗りたい、飛びたいとは言い出さない。

 もしかしたら、まるっきりの与太郎でもなさそうだ。


 二十メートル程浮いただろうか、プロペラの勢いか気流の力か、あっちこっちフワフワやって、グラッとしてスーと台地に引き寄せられた。

「あーあー」

 墜落した時に僕は小声で落胆したが、周囲はやんややんやの大喝采を続けている。


 心の中では「落ちたんだよ! パイロット……死んじゃったかも」と叫んでいる。

 のだが、廻りの反応に同調して、引き攣った笑顔が絶えない。

 人間とは、極限に置かれると正常な精神構造が破壊されるらしい。


 幸いにも、奇跡的にパイロットは足首を捻っただけで済んだ。

 昔の人は頑丈にできているらしい。

 ジャグラーも大破とまではいかないで、何とか修理可能の状態で林に突っ込んでいる。


 この小さな成功から更に一年。

 俺達は二人乗りで飛べるジャグラーの製造に成功した。

 ところが、これを使ってまろが始めたのは、上空から弓を使って人間を射抜く訓練だった。


 飛ばされてきた時から既に四年が過ぎ、まろも大人の仲間入りをした。

 支配者として日々過ごすのは故より、青ざめる事にこの野郎は、日本制服、はては世界を己が手中にしようと目論んでいた。

 それも俺達の作ったジャグラーを使ってだ。





 あれから千数百年


 飛行機の出現は戦争史の中では特記すべき事件であり、これによって大量殺戮を可能にした戦争は、より残酷で取り返しのつかない化け物へと変身していった。

 相反して飛行機は、人類の生活を便利で豊にしてくれている。

 つまり現代の豊かさは、戦争という血塗られた歴史が創りだした犠牲の上に成り立っているのだ。

 理不尽この上ない栄華と言える。

 飛行機の大量生産などされた日には、恐ろしい独裁者を歴史よりもずっと早く作り出してしまうだろう。

 こんな不安が、半年もしないで現実味を帯びて俺に覆いかぶさってきた。


 上空から物見ができるのは何をするにも便利なものだ。

 攻撃には向いておらず、もっぱら物見にしか使えないといった評価を得るように改良したジャグラーが独り歩きを始めた。

 攻撃機にはならないと念を押してあるのだ、とりあえずこれで一安心と優雅な休暇をとっている所に、まろから報奨金が出たとの知らせが入った。

 衣食住の手配はもとより、少なからず小遣いが出ている。

 それに加えて報奨金なのだから、笑いが止まらないとはこの事だ。


「して、如何なるいわれの報奨金ですかな」

 飛行技術に関わっているのは分かっているが、白々しく聞いてみる。

「戦場での物見にジャグラーを使いましたところ、敵の動きが手に取るようにわかり申して、なんと我が軍の大勝利にございます」

「……戦場とは?」

 俺に何の相談もなく、まろは隣国へ戦をしかけ、領地の略奪に成功したらしい。

 なにやら、いけない事をしているような気が……どころではない。


 この時代が、俺の生きていた時代の過去だとは言い切れないし、飛行機の技術が未来に与える影響で、歴史を変えてしまうとも思えない。

 ただ、飛行機の誕生によって、戦の内容が大きく変わったのは事実だ。


 どこかから技術の内容が漏れれば、すぐさま世界は飛行機による戦争の時代へと進行するだろう。

 そうなってくると、次は投下型爆弾の開発、終いには原爆だ水爆だ中性子爆弾だと、大量殺りく兵器が作られる。

 そんな動きを凄まじい勢いで進めてしまったのだと、気づいても止めなかった。


 なんだったら、思い切って科学を凄まじく進化させ、タイムマシンでも作ってやるか。

 まずまず、それは無理な話だろうと思うものの、実際に自分は何かの拍子で過去に流されている。

 この怪現象の原因さえ分かれば、どうにかなるような気がしないでもない。


 地球規模の破壊兵器が開発される前に、タイムマシンを作って過去に戻り、科学の進歩を止めてやるか。

 それとも悪しき行為の前触れは、新芽の段階で摘み取る作業にいそしむか。

 いずれにしても、今の俺にできるのは、与えられた全ての機動力を駆使して、タイムマシンの開発をする事だと決めた。

 が、課題が多すぎて不可能だとすぐに気づいた。


 このまま俺は夜逃げするべきだろうな。

 どんなに頑張っても、同じ物を作るのは不可能だと分かっている。

 鍛冶屋のおっさんは、弟子へ技術を伝授する前に酔って田圃にはまって死んだ。

 大工の親方は最近になってボケが酷く、とても次のジャグラーを作れる状態ではない。

 紙すき職人のおばさんは「こんなの誰でも出来るわ」といって国に帰った。

 それっきり、まろが必死に探したが行き方知れずのままだ。

 設計図は俺の頭の中にしかない。

 といったわけで、取り急ぎ持てるだけの現金を持って夜逃げを決め込んだ。

 


 ジャグラーが壊れずに飛んでいた数年、まろの快進撃は続いた。

 そのせいで戦場となった田畑は荒れ、人々の暮らしは一向によくならなかった。

 この悲惨な状況を作り出したのには、俺の加担があったればこそといえなくもない。


 ずっしりと感じる責任感から俺は、専門外である近代農業のやり方や魚の養殖、牧畜などを広く農民に伝え歩く事に人生をかける道を選んだ。


 十年・二十年。

 戦で死んでいった人達への罪滅ぼしにもならない、微力の積み重ねだが、それでも農民達は喜んでくれた。


 この世界に飛んできてから幾十年が過ぎただろうか、気づいてみると俺もすっかり老人の仲間入りを出来る歳になった。

 のだが、見かけが変わらない。

 この異常な現象は、旅から旅へ日本中を歩き周っているせいで、誰にも気付かれていない。

 ひょっとしたら、ジャグラーを作った罪は考えているよりもずっと重いもので、神だか仏だかが俺に罰を与えたのではと思える日々が続く。


 一生罪を背負って、人々の役に立つ知識を伝授し続けなければならないどころではない。

 このまま不老でいたらば、一生が常人の永遠になってしまう。

 終わる事のない罪滅ぼしが始まったばかりだと気づくのに、何十年もかかってしまったようだ。

 この先、命尽きるまで世間様のお役にたつ仕事を続けていくしかあるまいな。

 ああ、忙しや、忙しや。



 そうこう過ごして、千と数百年。

 長かったような、実に長かったような。

 科学者として技術の平和利用を訴え続けてきたが、発明に対して後から収入がついてくる。

 この金を将来確実に成功する事業へと投資する。

 未来を知っているのだから容易い事だ。

 莫大な資金は福祉病院の最新設備に化けた。

 この繰り返しは俺の趣味のようなものになっていて、理事室の壁には、変装した俺の写真が代々理事として並んでいる。



 ここ数日、待ちどおしくてならない事が一つある。

 それは、俺の誕生日だ。

 はたして、俺はこの時代に産まれ出てくるのだろうか。

 産まれたとしたら、俺はいったいどうなるのか。


 出産間近の母が双子を産まん為、昨日から入院している。

 父は俺が理事を務めるこの病院で、ドクターヘリのパイロットとして勤務している。

 母は元々ここで看護師をしていて、熱烈とは言えないだろう何となくダラダラお付き合い三年の末に結婚した。

 したがって、何となく俺と姉は飛行関係の仕事に就こうかと勉強していた訳だが、はたしてそれで良かったのか悪かったのか。


 そもそも、俺が理事である病院に両親が勤務している事が、前の歴史とだいぶ違っているのではなかろうかと思える。

 以前もこの様な相関関係にあったのならば、単純に繰り返されているにすぎない歴史だという事になる。

 しかし、そんな感じは全くなく、全てが新しく起こっている事柄に感じられるのだ。

 きっと俺は、歴史を書き換えながら生き延びてきたに違いない。

 全ての罪作りや贖罪は、これで終わるのかどうか。


 今日と明日が切り替わる深夜、俺はもうすぐこの世に産まれる。

 もしかしたらの時の為、俺は自分宛に全ての資産を引き継いでくれるよう、遺言を残しておいた。

 親戚関係でもない人間に、莫大な遺産を残されたと知ったら、両親はどんな顔をするだろう。

 考えると思わず理事室で大笑いしてしまう。

 そこへ、産科から連絡が入った。


「理事が気になさっていた双子、只今無事に産まれました」

 さて、俺の体はどうなるのか、粉の様になって消えてゆくのか、一瞬で消滅するか。

 しばらく待ったが何事も起きない。

 これはひょっとして、俺の原体である赤ん坊の身に何かあったか。


 深夜の新生児室へ見学に出てみる。

「右から三番目が、理事の気になさっていた赤ちゃんですよ」

「ほー、なかなか良い男だなー」

「何を言うんですか、たいして変わりませんよー」

 看護師が俺の脇腹をつついて小笑いする。

「いや、俺には分かる。絶対に美男子になる」

 どうもこうもなく、元気そうに寝ている。

 と、よく見れば俺に手を振ったりウインクしたり、キャッキャッキャッと妙な声まで出す。


「あいつ、変な泣き方しなかったか?」

「そら耳! 防音ですから、音は聞こえません」

 いや、確かに聞こえた。

 ひょっとして、奴は俺が自分で己が俺だと知っているのではなかろうか。

 前世一千数百年の記憶を持って、俺自身の分身として生まれてきたのではないかと思えてならない。

 この身に異変が無いならば、おいおいその辺の所は本人に聞くしかあるまいが、なんだか不可思議な気分になってきた。

 もっとも、人だか物の怪だか分からない生物になってからの生活そのものが摩訶不思議の集大成だ。

 今更慌てる事でもあるまい。


 この体に起きている変化に気付いたのは、この日から五年ほどしてからだろうか。

 老いているのだ。

 このまま行けば、平均的寿命を全うしたにしてもあと何十年かで俺は死ぬ。


 滑稽すぎて聞けなかった俺の分身説について、勇気を出して、まだ五歳の幼稚園児に尋ねてみる。

「御前は俺か?」

「そうだよ。どうつける、この後始末」

 これで頭の霧は晴れた。

 だが確かに、これからどうするかは大問題だ。


「御前、成績は?」

「幼稚園児に成績を聞くって、意味ないだろ。それなら僕も考えていたんだ。僕が超天才ぶりを披露して、跡取りのいない御前の所へ養子に入るって作戦な」

 流石に俺自身が、俺の記憶を持ったまま成長しているだけの事はある。

 考えるのは似たり寄ったりだ。


「それよ、それしかないだろ」

「いささか無理があるけどな、それじゃあ、明日から僕は天才として振る舞うから、御前はそれに目をつけた実業家として、僕を全面的に支援してくれよ」

「よーし、分かったがだ、御前、間違っても腐った大福は食うなよ」

「あー、それな。確かに、もう一度は御免だものねー」



 こうして、互いに話をまとめて計画は実行された。

 一月もしないで、俺の天才ぶりは町内に知れ渡り、一年で全国に、二年で世界の人々が知る事となった。

 僅か七歳の少年が、あらゆる分野の科学を学生相手に講義するのだからさもありなん。

 俺が若き天才として世間をお騒がせしてから四半世紀。

 こうして、俺から僕への世代交代は完了した。

 

 ゆったりしている。

 とても眠い。

 僕が俺の顔を覗き込んでいる。

「少しばかり早くないかい」

「御前な、千何百年を早いって言うか」

「それもそうだな」

「じゃあな、後は頼んだよ」

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