第4話 ルームシェア

 あおいとルームシェアを始めて二週間が経過した。



 午前七時、目を覚ますと寝室の床にひいたせんべい布団の上にあおいがぐっすり寝ている。初めの三日間くらいは違和感があったけれど、だんだんと慣れてきた。踏まないように気をつけて居間に行き、カーテンを開ける。



「行ってきまーす」



 適当に着替えた俺は、散歩がてら近くのコンビニに行ってアイスを一つ買ってくる。近隣三軒のコンビニアイスを全て制覇するのがこの夏のささやかな目標なのだ。

帰ってくるのは大体七時三十分くらいになる。アイスと軽い朝食を平らげた後、再び寝室に戻って二度寝するのが俺の日課だ。原稿の納期前や調子がものすごくいい時は仕事にあてるが、基本的には二時間ほど二度寝を楽しむ。



 九時半になったら寝室のカーテンを開けて壁際の作業机で仕事を始める。メールチェックから始めて、後はひたすら原稿の翻訳だ。



 実務翻訳家じつむほんやくかの仕事は企業から依頼のあった契約書や資料を翻訳することである。俺は日英も英日もやっている。小説などの文芸翻訳に比べてなかなか世間に知られていない仕事だ。俺の場合、もともと英語が得意で、学生時代の小遣い稼ぎが高じて仕事になってしまった。ずっと座り仕事で気が滅入る時もあるが、自分のペースを乱されないので気に入っている。



 窓から入ってくる光や俺の作業音で目が覚めるのか、あおいは午前十時頃一度覚醒する。ぬぼーっと起き上がって機械的に「おはよう」と発した後、覚束ない足取りで居間に向かう。そのまま居間の日向で寝ている時もあれば居間のカーテンを閉めて暗闇で寝ている時もある。一緒に過ごした二週間の中で一日だけ、居間でそのまま座っていた時があった。体は起きているが頭は寝ているといった様子で、ぼーっと窓の外を見つめる姿は大層怪しかった。



 十三時頃作業を一区切りさせて居間に行くとあおいの手によって簡単な昼食が準備されている。暑くて米を食べる気にならないのか、この二週間ずっと麺だ。昼食を考えて作るのは地味に面倒なのでとても助かっている。そして結構おいしい。



「料理、上手なんだな」

「料理ぐらいしかやることなかったからね」



 初めての昼食にカルボナーラを作ってもらった時の会話である。闇が深そうなのでそれ以上聞かないようにした。



 昼食を食べて休憩した後、俺は寝室に戻って作業を続ける。その間、なんと居間の方から掃除機や洗濯機の音が聞こえてくる。意外や意外、あおいは家事の類を普通にこなすのだ。こちらも非常に助かっている。俺は午後五時まで仕事を続けて、気分転換がてらに買い出しに行き、夕食を作る。あおいは先に外で食べていることもあるし、一緒に買い物についてきて俺の作った料理を食べることもある。



「ちょっと甘すぎるんじゃない?」

「うるせえ、俺は甘口派なんだよ」



 一昨日カレーを作った時の会話だ。あおいは辛い方が好きらしいが、ここは俺の家だし作っているのも俺なので大人しく食べてもらうことにした。



 食休みをして、午後八時から仕事を再開する。その間あおいは基本的にはぐったりと寝ている。調子がいい時は風呂に入れるらしいが、この二週間は失敗している。そんなあおいを尻目に俺は午後十時には仕事を切りあげて風呂に入り、ストレッチや筋トレを済ませて午後十一時三十分にはベッドに横になる。



 あおいは日付が変わって二時頃、ようやく起き出してシャワーを浴び、寝室に敷きっぱなしにしてある布団に潜り込むらしい。俺は熟睡しているので本当かどうかはわからない。



 そんなこんなで結論、あおいとのルームシェアは全然違和感がない。あおいの人畜無害な雰囲気のお陰か、一人暮らしの時となんら変わりない生活ができている。昼食準備や家事をやってもらっている分返って助かっているくらいだ。これならいくら居てくれても構わない。



「あおい。気がすむまでここに居ていいぞ」



 昨日の昼、向かい合って冷やしうどんを食べながらそう伝えると、あおいは大きな目を更に大きく見開いて手に持っていた箸を落とした。



「ごめん、びっくりした。まさかそんな風に言ってもらえるなんて思ってなかったから」

「俺だって自分でびっくりだけどな。料理上手だし家事もやってくれるし、普通に助かるんだよ。気がすむまでここに居ればいい」

「そんなこと言って、俺が一生居座るって言ったらどうするんだよ。彼女だって連れて来れないぞ」

「彼女できる予定ないから大丈夫。まあでも一生ってなったら、どっちかっていうとあんたの方が困るんじゃないの? それこそ彼女ができても連れ込む部屋がないぞ。あ、この部屋に連れてくるのはもちろんなしだからな」



 一応念を押しておく。あおいは見てくれがいいから、彼女の一人や二人すぐにできそうだ。案外すぐにルームシェアは解消になるかもしれない。そうなったら家事代行サービスでも検討してみようか。そのためにはもう少し稼げるようにならないとなあ……。



「けいちゃんはさ」

「ん?」

「高校とか大学とか、彼女いたの?」

「んー、まあいる時もあったけどすぐ別れたよ。俺、恋愛向かないみたいでさ」

「そうなんだ」



 あおいは拾い上げた箸を持ったまま一瞬何か言いたげな顔をしたが、結局黙って水道まで歩いていった。意外だ。あおいも恋愛話とか興味あるのか。



「まあお前もいい感じの相手とか見つかったら教えろよ。話くらい聞いてやるから」



 戻ってきてうどんを啜るあおいに声をかける。



「あはは……うん。ありがと」



 あおいは顔を上げて、へらっと笑いながらそう言った。

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