第13話 人生の共有
次の日、昼になるまで三上を待った。でも昼食の誘いは来なかった。
南と綾部と一緒に昼食を食べながら、引き伸ばしていた昨日のレストランの話をすると、二人は案の定オーバーリアクションで悔しがった。
夕方、練習試合があるという田中に呼ばれていつもの中庭に行くと、田中と一緒に三上が待っていた。
「おつかれ」
二人に声を掛けて、俺は田中の隣に座ってテーピングを巻く。
三上と田中の雑談が幾つか、その間に俺が手慣れた仕事を終えると、田中は深々と頭を下げて颯爽とバレーに向かっていった。
俺は少しの充足感を得て、そして隣に座る三上に意識を向けた。
どうしよう、なんて切り出そう。
昨日いきなり泣いてごめんね、かな。それとも、何にも答えないで車を降りたこと? いや、先ずはごちそうさまだな。
「あの──」
「昨日! 変な感じになったよね?」
「え?」
三上はいつもの人好きする笑顔を封印して、真面目な顔で俺を窺う。
変な感じ? なんのことだろう。確かに俺には馴れないことがたくさん起こったけど。
「俺たち、キスしそうだったよね?」
三上がやや思い切ったようにそう言って、俺は噴き出してしまった。
「笑うって反応は予想してなかったんだけど」
三上は眉を寄せて、咎めるような顔で俺を見た。
「いや、びっくりして」
「しそうだったよね? そう思ったの俺だけ?」
俺はなんと言うべきか迷ってしまった。
確かに俺はキスがしたかった。どエロいやつが。でも三上がそう思ってるとは思わなかった。これっぽっちも。
「俺の家の前で?」
「うん!」
うん! じゃなくて。
君は俺の顔を心配そうに見つめて、俺のことを何か一つでいいから教えてってねだってた。俺はそれを無視して車を降りて、それで君は行ってしまったよね? いったいどのタイミングでキスのこと考えてたんだよ。言ってくれないと全然分かんないよ。
俺はたくさん首を傾げながら、それでも嘘を吐くのも心苦しくて、一応肯定を試みた。
「そう、なのかもね」
「やっぱりそうだったよね!」
三上が前のめりになって、俺はまた笑ってしまった。
「でも普通は確認しないんじゃない? 翌日に」
「だって一大事じゃない? 一大事じゃないの?」
一大事だよね、うん。
「種類的に後からは確認しにくいタイプのやつだから」
俺はまた笑いがぶり返した。三上は珍しくすねたような表情に変わった。
「俺が泣いてたからじゃない?」
「泣いてるくらいでキスしたくなってたら大変だよ」
三上は腕を組んで俺を覗き込む。プレイボーイは女の子の涙にはちょくちょく遭遇するようだ。
てかキスしそうになったとか言っておいて俺の顔を覗き込む神経よ。
「距離感とか、お腹がいっぱいで眠かったとか?」
三上は眉を寄せて「んー?」と悩む声を上げた。
嘘だよ。俺が泣いていて、キスしたかったからだよ。
君は優しい人間だから、それを察知したんだよきっと。
俺はあれから一晩泣いて、あっという間に開き直っていた。
親友が死んだ後になって好きなことに気が付いたなんて、絶望的な鬱小説になりそうだけど、今はなんだか清々しいような気持ちになっている。だってこんなことはきっと広之には言えなかった。だからもう誰にも言う必要が無いことに心底ホッとした。
三上は三上の言うとおり、俺が物珍しい人間だから惹かれているんだろう。俺自身が昨日まで自分が好きな人を亡くしたって知らなかったんだから。そりゃ攻略が難しいわけだ。
「ちょっと変な感じになっただけだよ、俺は気にしてない」
三上を見て、それから空を見上げた。
「俺は、ちょっと友也が好きなのかなって思っちゃったけど」
俺は変な声を上げてしまった。
「三上……」
「なに?」
「なんていうか、素直な奴だな」
三上は今度は不貞腐れたような顔をする。
「だってああいうことよくあるから」
俺はぎょっとして身を引いた。
「女の子とはね」
なるほどこれがプレイボーイか。
「そうなったからってしないよ? でもそういう雰囲気ってあって、絶対にキス出来るなーってやつ。友也だって思ったんだろ?」
「まあ……そう、なのかな?」
いや違う。キスしたいっていう雰囲気を俺が作ったんだよ。もし三上がそう思ってるのが分かってたらガッツリいってたと思う。そして気まず過ぎて今日俺たちはこうしていないと思う。
「三上、そろそろ彼女作ったら?」
俺は言ってから自分はつくづくアホだなと思った。
「そういうこと? 欲求不満ってことなのかな?」
三上は本当に分からないという風に、険しい顔をしている。
「君の性的な欲求についてはわからないよ。彼女じゃなくて、もっと喋る人間の方がいいってことかも」
「……そうかなのかな」
三上が好きなくせに、バカでアホな俺。
「三上は、やっぱりそういうやつなんだと思うよ」
「やっぱりそういう? どういう意味?」
欲望に素直な気持ちで三上を見てみると、黒髪の短髪、高身長、広之は俺の前ではよく喋ったし、何故か二人は俺を大切にしてくれる。俺の好みだったんだと分かる。
「三上はどんな奴とでも踏み込んだ仲になれるんだよ。俺だって三上にかなり気を許してる。まだ知り合ってひと月ちょいなのにさ、君は少し怖いよ」
「怖い?」
「俺もほとんどの人間も、どんな奴とも踏み込んだ仲になりたいわけじゃないんだよ。そういう話、前にもしたよな?」
「友也も、一人の特別になりたいのか」
「そう。誰とでもキスできる距離まで仲良くはならないよ。三上はそうなった運命みたいなものを大切にしたいって言ったけど、俺みたいな人間ばかりのこの世界だと、三上は誰とでもそうなれちゃうんだよ。そのことは考えないといけないと思うよ」
「男は初めてなんだけど」
「それは俺がイレギュラー、だからかな?」
三上は黙って投げ出した自分の足を見ていた。
今日のサンダルはカーキグリーンのレザーベルトだ。この人って冬は何を履くのかな。
「三上には三上の行動に至る理由がある。それはよく分かってるよ」
音を鳴らしながら頷いて、三上は少し遠くを見た。
「俺はもうずっとそういう風に考えて生きてきたから、今もやっぱり友也を特別だって考えちゃうんだよな。気のせいとかじゃなくて」
「よく生きてて迷わないね。君は色んな人に気に入られるだろ? 俺だったらきっと、それを全て大切にしようとしながら、でも特別な一人を必死に特定しようとするよ」
「人と関わっていないと不安なんだよ」
「それは分かってるけど」
三上はサンダルを脱いで、踵をベンチに引っ掛けて膝を抱えた。
「本当はただ怖いのかな」
「怖い?」
「人が死ぬのが」
俺は息をひそめた。
「自分が失われていくみたいに思えるから」
「そうだね」
好きな人との特別な時間は、大抵自分の記憶の中にしかない。生きてる時はそれが親密さの証だったのに、キスもハグも、見つめあった眼差しも、本当にあったんかいと言われたら証拠は出せない。
「人は突然死ぬから」
「そうだね」
気が付くと夜の世界になっていた。幾つかの教室には明かりが灯り、外灯が晴れた空の星の気配を掻き消している。
「俺、おじいちゃんの墓参りしてくるわ」
「え、今から?」
「うん。バカみたいかな」
驚きはするが、墓参りをバカみたいだと感じる神経は俺にはない。
「別にいいんじゃない?」
「友也付き合ってよ」
俺はやっぱり驚いたが、「晩飯おごるから」と言われて了承した。
三上の禍々しい黒いベンツに乗り込み、昨日と同じ高級なレザーの香りを嗅ぐ。埃ひとつ無いオーディオからニュースが流れている。
俺は三上のおじいさんのお墓の場所を知らないので、ただ黙って去りゆく大学を見送った。
「友也免許は?」
「持ってるけど全く運転はしてない。地元で取ったから、ここら辺とか運転出来る気がしないよ」
「慣れるけどね」
「あ、地元は佐月市だよ」
「え?」
驚いた三上が俺を一瞬見た。
「別に俺は秘密主義じゃ無いんだよ」
「そっか」
少し嬉しそうな三上に、俺も少し嬉しい気持ちになった。
キスの気配。それは明らかだった。
三上のおじいさんの墓前だったが、三上は今度はキスをするつもりらしかった。
正直言って今の俺には全くそのつもりは無かったし、いったい三上の中で何がどうなって先祖の前でキスの衝動が湧いたのかの方が気になったけど、俺も昨夜はどエロいキスがしたかったわけだから、まあやぶさかではないと言うやつで、キスを受け入れることにした。
三上の右手が俺の左の頬に触れて、左手が腰に回った。それほどあると思っていなかった身長差も、すぐ傍に並ぶと見上げる角度だ。
俺は目を逸らせず、唇が触れる瞬間も目を開けていた。
それはほんの一瞬のキスだったと思う。触れて押し付けただけの。けれども俺にとっては意味の強いキスだ。
綾香とのキスで感じた感情とは明らかに違った。
微かな緊張の向こうにある、ぬくぬくした感情が胸を膨らませる。
「怒った?」
俺は感動に一瞬言葉を失って、それでもなんとか気持ちを落ち着けると、「おじいさんの墓の前でなにやってんだよ」と一応突っ込んだ。
三上は笑ってやや強引に俺を抱き寄せた。俺は目を閉じて、抱きしめられるという感覚を味わった。
「夜の墓場でキスしちゃった」
三上がおどけて、二人で体を震わせて笑った。
「おじいちゃんごめんなさい」
三上は子どもみたいな口調で、お墓にまた手を合わせた。
「謝るのはおじいさんだけじゃないんじゃない?」
俺は分かりやすく咎める口振りで言ったが、こちらを見た三上はちょいっと眉を上げ、「友也には謝んないよ」と、ぷいとそっぽを向いてさっさと歩き出した。
「ええ?」
「だって、キスしてもいいって言ってた」
「言ってた?」
「雰囲気で」
ああそうだね、拒まなかった。
キスをして、抱きしめて、そしたら次はどんな感情が湧くんだろう。
三上、俺とキスしてどうだった? 俺は嬉しかったけど、君はプレイボーイだよね? やっぱり違うなって思った? 俺はさ、綾香とキスした時と広之とキスした時は違ったんだ。そんなの当然だと思ったけど、どっちがどうかなんてのは分かんなかったんだよ。だって女と男、一人ずつだったからさ。でも今分かった。やっぱり俺は、三上にどきどきしたよ。
俺は三上を好きになってもいいのかな。
心の隅っこで期待している。恋の予感ってやつだ。
でもこれは、この小さな期待にとどめておくべきかもしれない。
戯れのキスは広之ともしたことがあった。あの時は若くて酔っていたけど、俺は未だに親友が死んでから自分の好意に気が付く程度の恋しかしたことがない。
片思いでもするべきなのかな。初恋は叶わないし、涙も出るし、意識も籠るし、もうすぐお盆だ。
「お腹空いた」
三上が言って、俺は頷いた。
「なに食べたいの?」
三上が振り返って、この墓参りには夕食が付いてくることを思い出した。
「肉だね」
俺は断言した。
「おっけーまかせろ」
夜の墓場で肉が食いたい衝動が湧くんだ、男にキスしたい衝動が湧いても不思議じゃない。
そうしてすぐに夏休みが来た。
三上は毎日俺を迎えに来て、予告も無く色んなところへ連れて行き、俺のボランティア活動にも当然のように付いてきた。朝から晩までずっと一緒。それこそ南と綾部がキレ散らかすほどに。
旅行は夏休み後半に決まり、そして三上は時々俺にキスをした。
なんでもないようなタイミングで、ほんの一瞬。
手の甲だったり指先だったり、頬だったり、おでこだったり、首筋だったり。
人のいない一瞬の隙にしてきたりするから、俺はその度に緊張した。
「こういうの好きなの?」
俺が苦笑いで尋ねると、三上は首を傾げた。
「拒否んないから」
「理由になってないと思うんだけど」
さっき触れられて、まだ熱い気がする首筋に手を押し当てて三上を見上げると、三上は「ふむ」と音を鳴らして考え始めた。
今日は三上のベンツで湖まで来て、雰囲気のいい洋食屋でナポリタンを食べて、今は食後のコーヒーを飲んでいる。
少しして、三上は「君が聞いたんだからね」と前置きをして口を開いた。
「俺は友也が好きだ。でもちょっと戸惑ってる。だって俺も友也も男だから。キスがしたくなって、してみたら拒否られない。あれ、なにこれしていいのかな? って思うんだけど、ちょっと友也は変わったやつだから、キスくらいは軽い挨拶だと思ってるのかもしれない。俺が友也を好きだからキスをしているって言ったらもうキスできないかもしれないなーって思いつつ、でもやめられないって感じ。だってしたいからね、ってつまりこれって告白なんだけど、わかる?」
「わかる。最初に好きって言ってた」
言葉の理解が後から追いついてくるような感覚を覚えながら、俺はなんとか頷いた。
三上が顔を赤くしている。珍しい。
「うわー言っちゃった! 俺もう帰っていい?」
「こんなとこに置いていかないでよ」
「だよね」
今度は俺が「ふむ」と音を鳴らして考える番だった。
三上はアイスティーを飲みながら、俺を見たり目を逸らしたりしていてなんだか面白い。
俺の思考は捗らず、しょうがなく自然に出る言葉に任せて口を開いた。
「三上のことは俺も好きだよ、キスも嫌じゃない。挨拶だなんて思ってないよ、日本生まれだからね」
「そっか、じゃあ俺と付き合って?」
「え」
流石に思考が止まってしまった。隣の席の中年男性も随分前から固まっている。
「付き合うのは控えてるんじゃなかった?」
「まあね、でも友也はどう考えたって変だよ」
「好きはどこいった」
「凄く特別って意味の変。俺には初めてだから、男も初めてだし、もしかして俺の唯一である可能性は大いにあると思うんだ」
「俺のこと何も話してないけどいいの?」
「分かんない。でも分かんないからってやめとくことにはならない」
「ならないの?」
「だって知ってる部分は好きだからね」
「何かがあってこうなったのかもよ? 君もおじいさんが亡くなってそうなったわけだし」
「過去を話したい相手じゃないから、俺とは付き合えない?」
三上の目が俺を惹きつける。冷房が聞いているのに三上は額に薄っすら汗をかいている。それくらい真剣に俺が特別だって言ってくれてるのかと思うと、そんなのはやっぱり嬉しい。
「三上に話したくないんじゃないよ、誰にも話してないだけ」
「でもあの二人は知ってるんだろ?」
「二人はもともと知ってたんだ」
「もともと知ってた」
隣の中年男性は身じろぎをしたが、三上は黙って、やっぱりそれが何かとは聞いてこなかった。
俺が語るかどうするかを決めていいというスタンスを崩さない三上に、俺は心を決めた。
「多分これはきっかけなんだよな、三上の言う特別な。男に告白されてるんだから」
三上はジッとしている。
俺は少し速まる心臓を意識しながら、また一口コーヒーを飲んだ。
「去年親友が事故で死んだんだ」
三上は沈黙している。
「おかしく見えたのはそのせい。俺のぼんやりしているあれも、あれからだから」
長い間をとって、ようやく三上が少し動いた。
「それっていつ?」
「去年の九月。夏休みが終わる三日前。車の単独事故。あいつは運転してなかったけど」
「三人亡くなった事故のこと?」
俺ははっとして顔を上げた。彼の特徴的な眉がなんとも言えないラインを引いている。
「そう、車で壁に激突して、女の子一人だけが助かった。あの車の後ろに乗ってたのが親友」
「相場……広之?」
喉が締まって、ひゅっと音が鳴った。
まさか、三上の口から広之の名前が出てくるとは思っていなかった。
俺は浅い息を繰り返しながら、三上の目を真っ直ぐに見た。
いや、揺れる俺の瞳を、三上の瞳が見つめている。
三上の眼差しが、どこかに痛みを感じているように細められた。
「俺、友也の親友のお葬式に行ったよ」
三上は小さく何度か頷いて、テーブルの上に右手を乗せた。
「あの車を運転してた川俣先輩って呼ばれてる人と何度か飲みの席で一緒になったことがあって、そこに二回くらい相場君がいた。あんまり喋ってなかったけど、川俣先輩は気に入ってるみたいで、あの人が無茶なことを言うのを諌めてた」
三上が、広之の話をしている。
「事故を知って、彼のことが一番痛ましく思った。先輩と彼女は少し走って生きてる感じだったから、巻き込まれてしまったんじゃないかって思ったんだ。それでお葬式に行ったんだよ」
言葉が出なかった。それどころか呼吸をすることさえ無意識にはできなくなっていた。
もったりと現れたあの日と同じ湿度が、俺と三上を包み込んだような気がした。
窓を打つ雨、香木の匂い。
「ごめん、聞きたくなかった?」
ぼんやりと滲みかけた意識が、伸びてきた手に触れられて、じんわりと戻ってくる。
「本当に三上は顔が広いんだね、広之を知ってたなんて。しかもお葬式にまで。近くないのに」
三上は電車で一時間の距離を二度飲みの席で出くわしただけの広之の死を偲ぶために来てくれたのだ。
この人らしいと思って、その行動の優しさにますます喉が詰まった。
ここに広之がいたとしたら、ありがとうと言っているだろうな。
同じ気持ちで三上を見た。ただじっと目を合わせて、親友を亡くした俺のことを思ってくれている彼を。
「俺が控室で動けなくなっているときに、三上があの場に来てたなんて、なんだかすごく不思議だ」
「友也が親友だったなんて知らなかったよ」
視線を落とす三上に、俺はゆっくり頷く。
「誰にも言わなかった、言う気になれなかったし。そのまま言わないで時間が過ぎていった。久しぶりに広之の名前を口にした」
「友也」
「三上はさ、やっぱり誰の特別にでもなれるんだよ」
胸が苦しい。広之の名前を口にしたせいか、三上が好きだからか分からない。
「友也」
三上に二度、名前を呼ばれて、その特別な色の瞳が俺の輪郭を撫でていく。吐息が震えている。
心はやっぱり心臓のそばにあるんだろう。胸の真ん中あたりから何か流動的なものが湧いてくる。
押し込めて見ないふりをしていた、寂しいとか、悲しいとか、辛いとか、愛しいとか、そういう感情がごちゃ混ぜになった、ずきずきするものが溢れてくる。
三上が俺の手を取った。俺は切れの悪い涙を右の目から流しながら三上を見る。三上は眉をぐっと寄せて、引いた俺の手を唇に押し付けた。
「ちゃんと泣いた?」
「……うん」
広之のお父さんの腕の中で泣いた。耳の奥が痛くなるくらい。
「じゃあ、もう少しいい状態になれるはずだよ」
思わず笑いが漏れた。今は良くないんだよな、やっぱり。
「俺はさ、他の人とは違う友也が気になって、それでそばにいるようにしたんだ。放っておくと飛んでっちゃってるのも心配だったし」
「うん」
「最近はあれある?」
「あれ?」
「トリップ現象」
「無い……と思う」
そういえば最近は起きない。起きかけることはあるけど、何時間も時が過ぎていたなんてことはなかった。
「俺が阻止してた」
「え?」
三上は肩をすくめて口角だけを上げた。
「できるだけそばにいて、話しかけて。最近はなんとなくそうなりそうな時にキスした」
「……そうだったんだ」
「前からなんとなくわかってたんだ、友也がいなくなる原因。確信してたわけじゃないけど、あんな風になってしまうには相当の理由があるだろうなって。俺も経験があるからさ」
そうだね、君も俺も大切な人を亡くした同士だった。これも運命って言うのかな。
「大切な話をしてくれてありがとう」
「いいんだ、ずっと話したいって思ってたから」
「そうなの?」
「この話がっていうより、三上に俺の人生を共有してもらいたかったっていうか」
「そうだったんだ、すごく嬉しいよ」
三上はそう言って、本当に嬉しそうにふんわり笑った。
その笑顔につられて自分も笑顔になった。目じりの涙を拭う。
「確かにあれだね」
俺はすっと息を吸ってテンションを上げた。
「うん?」
「自分の人生を人と共有するのは、セックスと同じくらいの事の大きさがある気がするね。まあ俺は童貞だけど」
「そうだろ? そうなのか? 見えなかった」
三上は驚いた顔で笑って、アイスティーを吸った。
テーブルに差し込んだ西日を追って窓の方を見た。隣の席の中年男性が腕を組んでうたた寝をしていた。
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