第7話――流星

『キシャアアアアア!』

「クー・シー!?」


 悲鳴をあげる相棒、いったいなにがっ……背中からは見えない、でもお腹のあたりからジュウジュウと肉の焼ける音が。

 まさか、フレイムタンの溶解液!? 舌は伸ばされていないはずなのに……っ!!


「溶解液を吐いて飛ばしたというの!? クー・シー、あなた!」


 ほんの一瞬で気づいて、体をよじり、その身で――ガクンッ!


「ぐ、くっ、くぅぅううう!」

 相棒が力を失い落ちていく……くぅ、しー……



 ――バッサリ!



『キシャアアッ!!』

「いやっ、ダメよクー・シー!」


 そんな必死にっ、翼を大きく広げては……最後の働きだと言わんばかりに羽ばたいては!


「掴んでシルキー!」

『キシャアアッ!』


 ガシッ! ナオが叫び、シルキーがその鈎爪でクー・シーを掴む。

 バサリ、バサッバサ……シルキーが羽ばたくたびに落下速度はゆるやかになり……とすんと、ほとんど衝撃もなく地面へ降りれた。

 助かった、のね……


「ほっ……」

『きゅい、きゅいぃ』

「クー・シー。えぇ、あなたを癒やさなければ――」

「ハルミ様!」


 ぐいっ、と襟首を掴まれる。

 そのまま無理やり引っ張られてシルキーに乗せられて、バサリ、バサッと羽ばたいて……クー・シーがはるか下に、遠くに……え、な!?


「なにをするのですか! 離しなさい、クー・シーを、忠義の臣を助けねば!」

「クー・シーにはおとりになってもらいます、そのスキに逃げますよ!」

「おとり!? まさか蟲ごときに食わせ――」

「そうです、町を守る領主になるあなたを! 守るためにそうするんですよ!」


 あ……領主の、跡取りの、私を……貴族の、領主の跡取り、だから。

 だから、相棒を、捨てる?


「あ」


 クー・シーと目があう。

 早く行け――彼が、そう言った気がした。


「あ、あぁ……」


 ぶわりと、不快な感情がこみ上げる。


「ご、ごめん、ごめんなさっ……」


 私が、私が、貴族なんかばかりに……!


「クー・シー!」




 ――ドォンッ……ドガァァアアアン!!



 …………

 ……?


「え?」

「ん?」

「きゅい?」


 ――きゅいぃ? きゅいっ!?


「はい……?」


 空で二人と一羽、遠くの地上で一羽が、呆けてしまう。

 だって、だって。

 青いフレイムタンが。クー・シーに舌なめずりしながら近づく蟲が、空で爆発して……そのまま落ちたから。

 ぐしゃりと、地面に叩きつけられて潰れて、あがくみたいにモゾモゾ動いていたけれど、それもやがて止まる。


 ――強く大きな命が存在感を示し、あっという間に消えていく様子はまるで……


流星ミーティア……」

「ハルミ様?」

「えっ? あ、ど、どうしましたかナオ」


 まさか、先程の恥ずかしい一言が聞かれていました?


「自分たちってもしかして、助かったのでしょうか」

「え、と……えぇ。助かった、と、思いますわ」

「あいまいですねぇ。あと、いいですねその表現」

「ナオあなた! ……まったく、もう」


 からかわれて怒ってしまう、それは生きているからできること。

 そう、生きている。私も、ナオも、彼女のシルキーも……私が未熟なせいで傷つき見捨てたクー・シーも、生きている。

 誰かが、ウロコムシから、死の危険から救ってくれた……やはり。


「その力もまた、不思議ですわね」


 振り向いた先には、記憶を失った少年がいた。手にする小さな銃を下ろし、こっちに手を振っている。


「ハルミ様、ハルミ様。あの銃、煙がほとんど出ていませんでした」

「本当に? 火薬を使っていないのかしら、でも爆ぜる音がしましたわよね」

「それもですし、あの銃って小口径だから対人用ですよ。そんなちっちゃな銃で蟲を倒すとは……」

「小さいとは、私の胸くらい?」

「そうそう、ハルミ様の身長と――」


 ガシッ。


「胸くらい小さい銃でっぁアァァァあああ!?」


 ナオの頭蓋に回した両腕で、力強く抱き潰す!

 ふふ、硬いでしょう? 天国のような地獄ではなく本物の地獄のようでしょう?


「正直者のあなたにはこのくらいで勘弁してあげますわ」

「あっあっ!? ギブッ、ギブ! あのっ、あの武器を再現できたらがぁぁあああ!」

「その痛がりよう、何ともわざとらしいですわ」

「えへっ、ッマジは、マジはダメです!?」


 まったく……再現できたらいいのですが、盟主たる王国がどう言うでしょうか……ギリギリ。


「け、けど、あの距離で弾を当てられたっ。その技量は技量でガンナーにほしいですね! あぁっそろそろおぉぉ!」


 そうですわね。あの子、こっちを見て呆れていますし。

 ぽいっとナオを解放してから考える。あの少年が何者か、そして――ともにあった鉄の鳥も、何なのかを。


「空を見上げるあなたは、そこに何を見ていますの?」



〈Side:少年〉


「仲いいなぁ、あの子たち」


 体の特徴でからかったり、決め技で悲鳴あげさせたり。かなり仲良くないとできないことだ。


「というか、ヒトを乗せて空を飛べる、そもそも自重で潰れないって凄いな」


 思わず感心した蟲喰い鳥? とかいう巨大な猛禽類もそうだし、オレが倒した虫もそうだ。

 ウロコムシだったか。虫なのにうろこが生え、所々にトカゲの要素が見える異形。

 ……常と異なるといえば、少女たちも同じか。


「知りうる常識と当てはまらない、まさしく異世界か」


 何もかもが未体験で疲れてしまう。

 まぁ、それでも。ハルミとナオ、それに、傷ついた巨鳥を救えて良かった。


「“お守り”、なかなかの威力だったね」


 手にした武器を見てつぶやく。かつての世界の武器が通用するのは良かった……これを。


「これをヒトに向ければ、殺せてしまう」


 巨大な虫を爆破した武器。それを、もし子供に向けるとしたら……はぁ。


「そんなバカげたこと絶対にしない。してやるもんか。子供を撃てとかのたまう奴がいたら、そいつを、殺ス……」


 そうだ、そうなんだよ。

 子供が懸命に戦うことなく、気兼ねなくはしゃげる毎日のために、オレは。


「あぁ、そうか」


 記憶を失い取り乱したけどすぐ正気に戻れた。体が、魂が、ただひたすらに子供を救えと駆り立てたから。


「……憎たらしいまでの晴れ模様だ」


 ついさっきまで戦場だった青い青い空を見上げてみる。

 戦いが終わり、平和になった世界を飛ぶ鳥たち。

 あんな異形と比べないで欲しい、そう言わんばかりの小さな虫も見える。


 ――エンジン音を轟かせる鉄の竜は、いない


「…………誓ってみせるよ」


 巨鳥の上からこちらに手を振りつつ、様子をうかがっている少女たち。

 彼女たちのような子供を見守っているはずの誰かに、オレは言い放つ。


「顔も、何をしてくれたかも忘れてしまったけど……オレは、あなた達に報いてみせる」



 ――エンブリオ動乱

 後の世にそう呼ばれる時代があった


 英雄たちが星のごとくきらめき、無情に散っていく時世において、頭角を現したのは一人の少年と二人の少女


 三人は日々の中で笑いあい、からかいあい

 そして戦いの空へ征く、何度も、何度も


 ただ、心配することなかれ――三人には流星ミーティアの加護が輝いているのだから……

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エンブリオ空戦記 ‐異界のエース・オブ・エース、二人の鳥人少女と浮遊艇を駆り、仇なすものを落とす‐ 尾道カケル=ジャン @OKJ_SYOSETU

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