第6話――冷静、怯え、被弾
……ふふっ。
「はい。そして、いいえ。町のみんなを大切にしない人の嫁になるのは、嫌ですわ」
「……自分の、ハルミとして幸せはどうなんですか」
「そんなに怒らないでくださいまし、平民のナオ」
ナオ、己の血筋に価値がないからこそ責任を負わない、自由な女の子。どうか悲しまないで。
「私は貴族、結婚もまた政治の一つ。町のためなら、誰と結ばれようとも覚悟していますわ」
「…………今は。今は、ウロコムシとの戦いを考えましょう」
「えぇ。まずは目の前の脅威に対処しませんと」
何事も一歩一歩踏みしめることが肝要ですもの。
さて、倒すべき相手は……?
「妙に、大きくありませんか」
「んー……“フレイムタン”に似ていますけど、なんか大きいし、色も違うような」
「やっぱりそうですわよね……」
ナオの言葉に深くうなずく。
ウロコムシにも色々種類がいる。その中でもフレイムタンは、火を思わせる赤いウロコに長い舌が特徴的だ。
長い舌からは強酸性の溶解液を分泌し、ムチのようにしならせ獲物を打ち、火傷を負わせ、弱らせ捕食する。
その全長は1メートルにも及ぶのですが……
「あのフレイムタン、ウロコは青くて、全長も数割……いえ、2倍はありますわね」
言葉にしてみれば、その異様さが分かるというもの。
本来赤色のウロコが青色なのはまだしも、木々と比較し計った全長は2メートル近くある。
「……体と比例して浮遊結晶が大きくなれば、その分ウロコは硬くなっているはず」
フレイムタンであれば、いつも通りクー・シーとではたき落とせる……けれど。
「ナオ」
「はい」
「逃げますわよ!」
「逃げるって――やっぱりぃ!?」
ふふっ、流れるようなボケをありがとうですわ。
「新種はなにをしでかすかわからず、一人二人では対処できないかもしれません」
「実際、王国軍も先日それで、ですもんねぇ。新種を発見したらいち早く報告するのが義務なのもうなずけます」
えぇ。すべては次の戦いのために。
「知らなかったことが負け戦の原因トップ勢。なによりもまず情報を持ち帰り、それに従い準備をし、迎え撃つ」
「そのとおりですわ。命あっての物種、生きていればいつまでも……」
迎え打てる、戦える――――本当に?
――守ってやっているのに、その態度はなんだ?
――お止めください領主様ッグ、ガァァアア!?
「っ……」
いつ、あの乱暴な貴族が町に乗り込んでくるか分からないのに。
いつ、この身と誇りが奪われるか分からないのに。
悠長に待っていられるの?
――ブゥッォォオン!
『キシャア!』
「ハルミ様!」
「っ!」
手綱を左に引きっ、視界が左にかたむく――ブゥオン!
速い! 右の目耳によぎる影と風切り音、クー・シーとナオの叫びがなければ体当たりを受け落ちていたっ。
ほんの少し気を緩めた、その一瞬で肉薄するとは……!
「ハルミ様! 一撃与えてそのスキに!」
「えぇ! クー・シー!」
『キシャアアアアア!』
迷いを振り切るように相棒の名を叫び、お腹を蹴りつければ、相棒は一層強く羽ばたく。
耳を柔らかく撫でていた風が、今では引きちぎろうと言わんばかりに強くなり、迷いを彼方に吹き飛ばしてくれる。
これほどの速さなら――ブゥゥウウウン!
「振り切れない!?」
羽音が背中すぐそばでっ!?
何なんですの、この新種は!
「ハルミ様、今援護を、くぅ!」
「無理せずついてきなさいな!」
ナオの声に叫び返し、小刻みに手綱で、足でクー・シーに指示を出す。
右、右、左、上、下、右……
――ブゥン、ブゥゥウウウゥゥン!
「えぇいレディを追いかけ回すなど失礼な蟲が! くっ!」
まるで引き離せないっ、羽音が背中にぴったりついてくる!
速いだけでなく、小回りまで効くと言うんですの!?
「く、この! ――ここ!」
手綱を両手で目いっぱい引く!
バサァアッ! 目いっぱい広げられたクー・シーの両翼が抵抗を生み、
ガクンッ! 急減速!
追いすがってきたフレイムタンを下にッ、そして後ろへ回り込む!
「喰らいなさい!」
手綱を握りながらサーティーンを抜き構え、撃つ!
ドカン! バキッ!
「浅いっ、わぷ!?」
くっ、吹き上がる白煙を顔に! 涙が!
「くぅ……っ」
視界がうるむ……その一瞬前に見えたのは、ウロコ数枚が弾け体勢を崩すウロコムシ。
そして空に――!
「ナオ!」
「はぁぁぁああ!」
天高く、人鳥一体の銃士が気合とともに降ってくる!
急降下の速度を乗せれば、あるいはっ。
「クー・シー、いったん離れて――」
言いかけて気づく。
あれほどやかましく響いていた羽音が、しない。
まさか、私の一撃で落ちたとでも?
――影がさした。
「え……」
「ハルミ様ァァアアアアア!」
「あ――」
――ゆっくりと、世界が流れる
――悲鳴につられて、見上げる
――そこには、覆いかぶさるようにナニカがいた
――巨大なウロコムシが
――さっきクー・シーがしたみたいに
――翅を目いっぱい広げて……
――視界から外れてすぐ後ろから羽音が響いてなにかキシキシいって
体がひっくり返る
ビチャビチャ!
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